さっきの女の子はまだ描いていた。それも、もうそろそろ彩色が終わってもいいところなのに、画用紙を裏返して、また初めから描いているのだ。あいかわらずたどたどしい線でまだ建物の輪郭もとれていなかった。あと半時間たらずで仕上げなければならないというのに、そのようすでは夜になっても出来上がりそうになかった。
洋が近づくと、女の子はおびえた目つきになった。洋はできるだけ優しい声でたずねてやった。
―どうしてさっきのに塗っていかへンかったンや。
女の子はふりむいて唇をかんだ。なにかを懸命にこらえている顔だった。
―きみの好きないろで自由にぬっていってたら、もう仕上げられたのに……。
洋が言っても女の子は口をきかなかった。さっきよりもっと強く唇をかんだ。両目に涙があふれたまった。こぼれ落ちるのをなんとかこらえていたが、一粒ぽろんと落ちたのをきっかけに、画用紙の上に涙の小雨がふった。洋はあわてた。そのときになって、自分がでしゃばりすぎたことをしたのにようやく気がついたのだ。この子はこの子のテンポとやりかたで描いていた。それを洋はぶちこわしてしまったのだ。女の子は、小さな、けれどきつい声で、さっきの絵は先生の絵だで――わたしやっぱり自分の絵を描きたかったで……と、言ったのだ。洋は胸をつかれ、困惑した。いったいどうすればよいのか。もうしばらくすると、自分は学校へもどり、全校生徒集合のあと、本日の写生大会の終了を宣言しなければならなかった。しかし、この子の絵はそのときまでにとてもとても仕上がるはずがなかった。女の子はそんな洋を無視して、また線を引いては消しゴムを使う――作業をくり返していた。洋は男の子になって立ちすくんでいた。
すると、さっきみたいに、また背中をちゃんとつつく者がいた。ふりむくと、根元少年がすぐ後ろにきていた。
―まだ仕上がらん生徒がふたりおるで、先生がおしまいまで見とる――と、学校まで言いにいったるでよ。
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