旅は一人でするのがいいだろうか。誰かと二人でするのがいいだろうか。それとも、グループでするのがいいだろうか。これは意外に答えにくい難問である。がそれでも、一度考えてみるに値する問題を含んでいるといえるだろう。なぜなら、旅を一人でするか、二人でするか、それともグループでするかによって、同じく旅とはいってもかなり性格のちがったものになるからである。
本当に旅の好きな人は、ふと思い立ったときに一人でぶらりと旅に出かける、といわれる。日常の人間関係のしがらみから離れ、足の赴くままに旅をするには、一人の旅がいちばんいいであろう。誰と相談する必要もなく、自分一人の思うがままにどこへでも行くことができる上に、旅の仕方についても誰の遠慮もいらないからである。旅の在り様として自由と偶然性をもっともよく享受できるのは一人旅である。また、旅先でもっとも直接に現実と触れうるのも、自分をよく見つめうるのも、一人の旅であろう。
定住社会のなかに生きていると、ひとはしばしば、日常生活のわずらわしいしきたりや拘束をのがれて一人でふとどこか遠いところへ行ってしまいたくなる。が、実際にそれができる人はきわめて少ない。ほとんどの場合、ただそうしたいと心に思うだけで実行はできず、したがって思いだけがつのるようになる。だからこそ、人々の間で自由で奔放な一人旅=放浪への願望が根づよいのであろう。そして、放浪という名の一人旅には、絶対的自由へのあこがれがある。
このように、たしかに旅は一人でするとき、本人にとってもっとも自由で解放的で冒険に富んだものになる。また一人旅では、ほかに相談する相手が身近にいないから、すべてにつけて自分で思案しなければならない。そのために、自分自身との間での対話を活発に行なわなければならないことになる。一人旅では私たちは、そういうかたちで旅先での現実に相対するのである。けれどもこれは実際には、なかなかたいへんで骨の折れることであると、息をぬくひまがなく、心の余裕がなくなるからである。そのために緊張の連続が強いられ、どうしても隙ができてしまう。
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