どんなときにイヌは怒るのかといえば、まず自分の縄張りに侵入されたときである。たとえば、ボールが生垣の下からよその家の庭に転がり込む。それを取りに庭へ入り込んで、もしそこにイヌがいたら、帰りがけに、後ろから尻を咬まれるだろう。その家が留守ではなく、イヌにはボスにあたる飼い主がいたら、いつもは臆病なイヌでも攻撃的になって当然である。
警察犬や軍用犬用に特別に訓練されたイヌは別だが、イヌにとって人間を襲うことは、かなりの勇気のいる行為である。たとえ相手が小学生であっても、目の位置はイヌよりも上にある。イヌは家畜として人間と一緒に暮らしてから一万年以上も経ってはいても、その目に映るホモサピエンスは、大きな動物に見えるはずである。目の位置からの判断では子どもだって月の輪熊よりは大きい。したがって、イヌが人を咬むのは、せっぱ詰まっての反撃なのであり、原因のほとんどを人間のほうが作っている。
イヌが怒りを爆発させて、攻撃を仕かける前には、まず警戒のボディランゲージを見せる。背なかの毛を立て、四肢を踏ん張って、尾を小刻みに振るのは、相手を警戒している証拠である。気が弱いイヌなら、このとき口を上にむけて吠えたてる。吠え声は仲間に援助をもとめるためのものである。
気の強いイヌほど、この警戒から怒りへの移行は早い。尾をぴんと立て、歯をむきだしにして、唸り声をだしたら危ない。このときの耳は後方に引かれて伏せられている。この怒りを無視して近づいたら咬まれることになる。
人間でも親しい人は別として、赤の他人が、ある一定の距離を超えて近づいてきたら不快感を持つ。満員電車がその好例だ。われわれが満員電車に乗れるのは、社会の通念という、ひとつの約束事を理性が知っているからである。だから同じ電車の同じ車輌という空間でも、ガラガラに空いているとき、なぜか赤の他人が自分に
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