あの荒地へ水を引く法があるのかと、城へ帰ってから昌治がきいた。およそ三十年ほど前に、その案を申請した者がおります、と小三郎は答えた。井関川の上流から特殊な方法で堰を掘ると、荒地へ水を引くことができる。その方法を図面にして申請した書類が、いまでもわが家の蔵書の中に残っている、と小三郎は熱心に付け加えた。
「いまの老臣どもはそれを知っているのか」
「わかりません」と小三郎は口ごもった、「滝沢御城代は知っておいでだと存じますが、どうやら御内福と評判の藩としては、このうえ物成りを殖やして、幕府ににらまれることをおそれているのではないか、というような評を聞いたことがあります」
「一度その図面を見よう」昌治はそういって小三郎の眼を見つめた、
「――明日は剣術の相手を申し付けるぞ」
「こんなことを申し上げてはお怒りを受けるかもしれませんが」小三郎はよく思案しながらいった、「あまり一人の人間をごひいきあそばしては、家中へのしめしがつかなくなるのではございませんか」
「おまえは滝沢の伜のことをいっているのか」
「誰とは限りません、わたくしはもう三十余日も、お忍びのお供をしております、これでは家中の噂にならずにはいません」
「噂になっては悪いか」
「お側小姓は五人、ほかの者にもお目をかけていただきたいのです」
「よし、聞いておこう」昌治はいった、「だがおれは、おれの好きなようにする、ということも覚えておけ」
小三郎は低頭してさがった。
昌治は四月に初入国をしてからまもなく、忍び姿で城の搦手をぬけだし、小三郎だけを供に領内を見てまわった。それ以来三十余
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