私がまだ小学校に行っていた時分に、喜いちゃんという仲のいい友達があった。喜いちゃんは当時中町の叔父さんの宅にいたので、そう道のりの近くない私のところからは、毎日会いに行くことができにくかった。私はおもに自分の方から出かけないで、喜いちゃんの来るのを宅で待っていた。喜いちゃんはいくら私が行かないでも、きっと向こうから来るにきまっていた。そうしてその来るところは、私の家の長屋を借りて、紙や筆を売る松さんのもとであった。
喜いちゃんには父母がいないようだったが、子供の私には、それがいっこう不思議とも思われなかった。おそらく訊いてみたこともなかったろう。したがって喜いちゃんがなぜ松さんのところへ来るのか、その訳さえも知らずにいた。これはずっとあとで聞いた話であるが、この喜いちゃんのお父っさんというのは、昔銀座の役人か何かをしていた時、贋金を造ったとかいう嫌疑を受けて、入牢したまま死んでしまったのだという。それであとに取り残された細君が、喜いちゃんを先夫の家へ置いたなり、松さんのところへ再縁したのだから、喜いちゃんがときどき生みの母に会いに来るのは当たり前の話であった。
なんにも知らない私は、この事情を聞いた時ですら、べつだん変な感じも起こさなかったくらいだから、喜いちゃんとふざけ廻って遊ぶ頃に、彼の境遇など考えたことはただの一度もなかった。
喜いちゃんも私も漢字が好きだったので、わかりもしないくせに、よく文章の議論などをして面白がった。彼はどこから聴いてくるのか、調べてくるのか、よく難しい漢籍の名前などを挙げて、私を驚かすことが多かった。
彼はある日私の部屋同様になっている玄関に上がり込んで、懐から二冊つづきの書物を出して見せた。それは確かに写本であった。しかも漢文で綴ってあったように思う。私は喜いちゃんから、その書物を受け取って、無意味にそこここを引っくり返して見ていた。実は何が何だか私にはさっぱりわからなかったのである。しかし喜いちゃんは、それを知ってるかなどと露骨なことを言うたちではなかった。
「これは大田南畝の自筆なんだがね。僕の友だちがそれを売りたい
|