学生さんが引き取ってほしい、と 読解検定長文 小6 冬 1番
学生さんが引き取ってほしい、と小説を二十 冊ほど運んできた。全部、一人の作家の 著作。現在 活躍中の 若い著者で、残念ながら古書価はつかない。大事にしなさい、とおひきとり願った。大事にせよ、は古本屋のお断り辞令である。だが学生には通用しない。 若者に人気のある作家だから確実に売れる、と演説を始めた。ひいきにする 著者ゆえ無理もない。しかし商売は別だ。
何度も固辞したが、無料でよいから 棚に 並べてほしい、と 哀願する。 敬愛する作家がかわいそうだ、と泣き言を言い出した。まさかタダでもらうわけにはいかない、なにがしを 払って引き取った。わずらわしくなったのである。こっそり 捨てればよい、という 腹だった。
ところが 翌日やってきて、売れましたか? と聞く。 彼は自分の旧 蔵書が 棚に 並べられていない不当をなじりだした。買えば当方の勝手だ、と 私は 抗弁した。いや本の場合は別だ、客がゆだねたのであって、古本屋は売らねばならぬ使命がある、とご 託を 並べ始めた。
古本屋に作家の作品を殺す 権利はない、と気色ばんだ。うるさくてかなわないので、 棚の 一隅に全部 陳列した。学生はこれを見て満足して帰った。
どうせ売れるわけがないのである。古本屋の評価は 根拠があいまいとは言うものの、食いぶちに 即はね返るので 勘の働きは 鋭いのだ。
一カ月たった。案の定、一 冊も売れない。手に取る客もいない。ほおれ見たことか、と 私は思わず手を打ったが、喜んでいる場合じゃない。 勤労奉仕ではないのである。学生がやってきて、まだ売れませんか、とあきれている。ご主人が 販売に不熱心だからだ、と八つ当たりするので 一喝した。あやうく作家の悪口を言いそうになった。そんなに気がもめるなら、いっそ君が引き取れ、とふてくされると、そうしますと素直に応じた。∵
こちらの買い入れ 値の五 割増しで 買い戻してくれればよい、と 機嫌を直すと、そんな 馬鹿な、一、二 割の手数料がいいとこでしょう、と言う。なら売らぬ、と 私はつむじを曲げた。
君は自分の 尊敬する作家を 値ぎるのか、となじると、学生はひるんだ。 理屈はそうなる、と 畳みかけると、 撤回します、と頭をさげた。多少こましゃくれていても、 彼は案外気のいい 奴かもしれなかった。自分の旧 蔵書をバッグにつめながら、結局自分は何をしていたんだろう、とつぶやいた。そして顔をあげて 真剣に 訴えた。
「本屋さん、ぼくの読書はまちがっているんでしょうか。だってぼくの読んでいる本の古本 価値がこんなに安いなんて、なんだか情けなくなりました。読書の 値うちがまるでない」
そこで古書価というものは当てにならぬものなのだ、と 冒頭の話をした。
(出久根 達郎『読書の 値うち』)
校庭の隅の水道場で 読解検定長文 小6 冬 2番
校庭の 隅の水道場で、 蛇口に口をつけて水を飲んでいる 竜夫の頭上で、あっという声が聞こえた。 竜夫が顔をあげると、同じクラスの女生徒が 薄笑いを 浮かべて立っていた。
「いまそこで英子ちゃんも水を飲んだがや。英子ちゃん、きっと喜ぶわァ……」
「だら、変なこというな」
竜夫は口や 顎を 濡らしたまま、校庭を走っていった。どこをめざして走っているのか判らなかった。その女生徒の思いがけない言葉で顔を火照らしていた。
授業が始まると、 竜夫は 窓ぎわの席に 座っている英子を何度も 盗み見た。
竜夫は授業が 済み教室を出て 廊下を歩いていく英子をうしろから 呼び止めた。
「銀 爺ちゃんが 蛍狩りに行こうって。英子ちゃんも 一緒に行かんけ?」
「……あの 螢のこと?」
英子は 銀蔵の話を覚えていた。
「うん、今年はきっと出よるって。ことしを外したら、もういつ出よるか判らんて銀 爺ちゃんが言うとるがや」
英子はもともと無口な 娘であった。 竜夫の 肩のあたりに目をやりながら、 黙って考えこんでいた。中学に入って、こうやって二人きりで言葉を交わすのは初めてのことだった。
「いつ行くがや」
「……まだ判らん、田植の始める 頃が、 螢の時期やと」
「母さんに聞いてみる」
「おばさん、きっと 駄目やって言うに決まっとる」
「……なァん。そんなこと言わんよ」
「英子ちゃんは行きたいがか?」
「うん……行きたい」
同じ 年頃の 娘たちと比べると、英子はそんなに 背の高いほうではなかったが、それでも一時期 竜夫よりも大きかった時がある。∵ 竜夫が 晩生だったからだが、いまこうして 並んでみると、いつのまにかはるかに 竜夫の方が大きくなっていた。
竜夫はふと英子に関根のことを話したい 衝動にかられた。自分の前から永久に 姿を消してしまった友もまた、自分と同じように、いやひょっとしたら自分よりももっとひたむきに、英子に 魅かれていたのであった。
「関根が英子ちゃんの写真を持っとったがや」
と 竜夫は言った。英子は決して関根のことを悪く思わないだろうという確信があった。
「……写真?」
「うん。英子ちゃんの 机から 盗んだがや」
思い当たるように、英子は目を見 瞠いて、遠くに 視線をそらした。日ざかりの道を自転車に乗って遠ざかっていく関根 圭太の最後の 姿を思い出すと、 竜夫は 突然英子に対して無防備になっていった。
「その写真を、 俺、関根からもろたがや。友情のしるしやと言うて、関根がくれたがや」
その時、級友たちが 廊下の向こうからやってくるのが見えた。 竜夫は 慌てて、英子に言った。
「 蛍狩り、行く?」
「うん、行く。母さんに 頼んでみる」
竜夫は教室に 駈けもどった。 誰かに話しかけられて、それに答え返す 竜夫の声が、いつまでも上ずっていた。
次の授業が始まってすぐ、用務員が教室に入ってきて、教師に何やら耳打ちした。教師は 竜夫の席まで来ると、
「校門のところでお母さんが待っとられるから帰れ……」
と 囁いた。 竜夫は、父が死ぬのだとその 瞬間思った。教室を出ていく 竜夫を級友たちは 一斉に見つめていた。 窓ぎわの英子の顔がぼっと白くかすんで見えた。 (宮本 輝『 螢川』)
うるせえんだよ、あいつ 読解検定長文 小6 冬 3番
「うるせえんだよ、あいつ」「ったく、ちょームカつくよな」――少年ではない。少女たちの会話である。電車のなかや街で、こういった言葉づかいを耳にすることは、 珍しくない。
「最近の女の子ときたら、まったく 嘆かわしい」と 嘆息されるかたも多いだろう。身内にそういう女の子がいれば「なんて言葉をつかうんだ。はしたない」と 叱る人も多いと思う。
なぜ、 彼女たちは、このような 乱暴な言葉づかいをするのだろうか。ひとつは、「女らしさ」という社会通念を破ることへの、 爽快感ではないかと思う。「女の子は女の子らしく」という、ある意味では大人からの 押しつけの 価値観がある。それへの反発ではないだろうか。
乱暴な言い方を初めて試してみたとき、やはり 彼女たちには 彼女たちなりの、 抵抗感があったことだろう。が、ひとたび 垣根を 越えてしまうと、意外なほど、らくちんでさっぱりした世界が広がっていた。
今ほど 極端ではないけれど、 私が高校生のころは、女子生徒のあいだで、自分のことを「ぼく」と 呼ぶのが流行っていた。 私自身、初めて自分のことを「ぼく」と言ってみたとき、なんともいえない不思議な気分になった。その不思議さは、やがて気持ちよさに変化する。つながれていた 紐がぱっと消えたような解放感だった。母親はとても 嫌がったけれど、結局卒業するまで、 私は「ぼく」だった。
たぶん同じような解放感を、味わっているのだろうなと思いつつ、今の少女らを観察している。が、ときには、これはもっと根深いものをはらんでいるのかもしれない、と思うこともある。男言葉以上に 乱暴な表現を耳にしたりすると、なんだか 痛々しい、とさえ思えてくる。無理にそこまで自分をもっていかなくてもいいんじゃない? もっと 肩の力を 抜いたら? と話しかけたくなる。
乱暴な言葉で自分のまわりを固めることによって、 傷つきやすい心を、 彼女らは守っているのかもしれない。
「ざけんじゃねえよ」「おまえにガタガタいわれたくねえな」――ごつごつしてとんがった言葉を、 鎧のように身につける少女た∵ち。 彼女らは、何をそんなに 警戒しているのだろうか。
「女の子らしい言葉をつかいなさい」と 叱ることは 簡単だ。が、 汚れたTシャツを 脱ぐのとはわけが 違う。言葉は、心を 映すものだから。
(俵 万智『かすみ草のおねえさん』)
保吉の海を知ったのは 読解検定長文 小6 冬 4番
保吉の海を知ったのは五 歳か六 歳の 頃である。もっとも海とはいうものの、万里の大洋を知ったのではない。ただ大森の海岸に 狭苦しい東京湾を知ったのである。しかし 狭苦しい東京湾も当時の 保吉には 驚異だった。 奈良朝の歌人は海に寄せる 恋を「大船の 香取の海に 碇おろしいかなる人かもの思わざらん」と歌った。 保吉はもちろん 恋も知らず、万葉集の歌などというものはなおさら一つも知らなかった。が、日の光に 煙った海の何か 妙にもの悲しい 神秘を感じさせたのは事実である。 彼は海へ張り出した 葭簾張りの茶屋の手すりにいつまでも海を 眺めつづけた。海は白じろと 赫いた 帆かけ船を何 艘も 浮かべている。長い 煙を空へ引いた二本のマストの汽船も 浮かべている。 翼の長い一群の 鴎はちょうど 猫のように 啼きかわしながら、海面を 斜めに飛んで行った。あの船や 鴎はどこから来、どこへ行ってしまうのであろう? 海はただ 幾重かの 海苔粗朶の向こうに青あおと 煙っているばかりである。……
けれども海の不可思議をいっそう 鮮やかに感じたのは 裸になった父や 叔父と遠浅の 渚へ下りた時である。 保吉は初め 砂の上へ静かに寄せてくるさざ波を 怖れた。が、それは父や 叔父と海の中へはいりかけたほんの二、三分の感情だった。その後の 彼はさざ波はもちろん、あらゆる海の幸を 享楽した。茶屋の手すりに 眺めていた海はどこか見知らぬ顔のように、 珍しいと同時に無気味だった。――しかし 干潟に立って見る海は大きい 玩具箱と同じことである。 玩具箱! 彼は実際神のように海という世界を 玩具にした。 蟹や寄生貝は 眩い干潟を右往左往に歩いている。 浪は今 彼の前へ一ふさの海草を運んできた。あの 喇叭に似ているのもやはり 法螺貝というのであろうか? この 砂の中に 隠れているのは 浅蜊という貝に 違いない。……
保吉の 享楽は 壮大だった。けれどもこういう 享楽の中にも多少∵の 寂しさのなかった 訳ではない。 彼は 従来海の色を青いものと信じていた。両国の「大平」に売っている月耕や年方の 錦絵をはじめ、当時流行の石版画の海はいずれも同じようにまっ青だった。 殊に縁日の「からくり」の見せる黄海の海戦の光景などは黄海というのにも関わらず、毒々しいほど青い 浪に白い 浪がしらを 躍らせていた。しかし目前の海の色は――なるほど目前の海の色も 沖だけは青あおと 煙っている。が、 渚に近い海は少しも青い色を帯びていない。正にぬかるみのたまり水と選ぶところのない 泥色をしている。いや、ぬかるみのたまり水よりもいっそう 鮮やかな 代赭色をしている。 彼はこの 代赭色の海に予期を 裏切られた 寂しさを感じた。しかしまた同時に 勇敢にも 残酷な現実を 承認した。海を青いと考えるのは 沖だけ見た大人の 誤りである。これは 誰でも 彼のように海水浴をしさえすれば、 異存のない真理に 違いない。海は実は 代赭色をしている。バケツの 錆に似た 代赭色をしている。
三十年前の 保吉の態度は三十年後の 保吉にもそのまま 当て嵌まる態度である。 代赭色の海を 承認するのは 一刻も早いのに 越したことはない。かつまたこの 代赭色の海を青い海に変えようとするのは 所詮徒労に 畢るだけである。それよりも 代赭色の海の 渚に美しい貝を発見しよう。海もそのうちには 沖のように一面に青あおとなるかも知れない。が、 将来に 憧れるよりもむしろ現在に安住しよう。―― 保吉は預言者的精神に富んだ二、三の友人を 尊敬しながら、しかもなお心の一番底にはあいかわらずひとりこう思っている。
大森の海から帰った後、母はどこかへ行った帰りに「日本昔 噺」の中にある「 浦島太郎」を買ってきてくれた。こういう お伽噺を読んで 貰うことの楽しみだったのはもちろんである。が、 彼はその外にももう一つ楽しみを持ち合わせていた。それはあり合わせの水絵の具に一々 挿絵を 彩ることだった。 彼はこの「 浦島∵ 太郎」にもさっそく 彩色を加えることにした。「 浦島太郎」は一 冊の中に十ばかりの 挿絵を 含んでいる。 彼はまず 浦島太郎の 籠宮を去るの図を 彩りはじめた。 籠宮は緑の屋根 亙に赤い柱のある 宮殿である。 乙姫は―― 彼はちょっと考えた後、 乙姫もやはり 衣裳だけは一面に赤い色を 塗ることにした。 浦島太郎は考えずとも好い。漁夫の着物は 濃い藍色、 腰蓑は 薄い黄色である。ただ細い 釣り竿にずっと黄色をなするのは 存外彼にはむずかしかった。 蓑亀も毛だけを緑に 塗るのはなかなかなまやさしい仕事ではない。最後に海は 代赭色である。バケツの 錆に似た 代赭色である。―― 保吉はこういう 色彩の調和に芸術家らしい満足を感じた。 殊に乙姫や 浦島太郎の顔へ 薄赤い色を加えたのは 頗る生動の 趣でも伝えたもののように信じていた。
保吉はそうそう母のところへ 彼の作品を見せに行った。何か 縫いものをしていた母は老眼鏡の額 越しに 挿絵の 彩色へ目を移した。 彼は当然母の口から 褒め言葉の出るのを予期していた。しかし母はこの 彩色にも 彼ほど感心しないらしかった。
「海の色はおかしいねえ。なぜ青い色に 塗らなかったの?」
「だって海はこういう色なんだもの。」
「 代赭色の海なんぞあるものかね。」
「大森の海は 代赭色じゃないの?」
「大森の海だってまっ青だあね。」
「ううん、ちょうどこんな色をしていた。」
母は 彼の強情さ加減に 驚嘆を交えた 微笑を 洩らした。が、どんなに説明しても、――いや、 癇癪を起こして 彼の「 浦島太郎」を 引き裂いた後でさえ、この 疑う余地のない 代赭色の海だけは信じなかった。……
( 芥川龍之介「少年」)
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