「ジョンこそ、誰が 読解検定長文 小6 秋 1番
「ジョンこそ、 誰が好きなんだよ。ずるいぞ 僕ばっかり」
僕はときめきにつつまれながら、負けずにジョンにそう 指摘した。父親のお古のアイビールックに身をまとったジョンが今度は赤くなる。
「そうだ、ジョンは 誰が好きなんだ」
ロバーツが 煽る。
「ひゅー、ひゅー」
サムは鼻水を 垂らしながら目だけ細めて今度はジョンを冷やかした。
ジョンは星空を見上げていた。 誰かのことをこっそりと思っているかのような 恥じらった表情をしながら。
「そういう、ロバーツはどうなんだよ。君は 誰が好きなんだ」
ジョンがそう応戦すると、今度はロバーツの顔が赤くなるのだった。
「ひゅーひゅー」
サムは相変わらずマフラーに顔を 埋めて、欠けた歯の間から空気を 吐きだしている。そのたびにひゅー、ひゅーは大きくなるのだ。
僕はサムのほうへ 振り返って、 指摘するのだった。
「サム、( 狸先生風にいえば、サーンムという感じだ)サムこそ 誰が好きなんだよ」
するとサムは顔を赤らめることもなく、いってのけたのである。
「 僕? 僕はキャサリンさ。決まってるでしょう」
僕らはいっせいに大声をあげた。えーっ。その声が余りに大きくてお店の人が見に来たくらいだったのだ。
「サムはキャサリンが好きなのか?」
ジョンが 確認するようにそういう。
「ああ、 僕はキャサリンが好きだよ」
サムは気後れすることもなくそうはっきりというのだった。
「キャサリンだぞ、お前はあのキャサリンのことを好きだっていうんだな」
ロバーツの声は心なしか 上擦っていた。∵
「キャサリンはキャサリンさ。 親父のようにキャバレーに行くわけじゃないから他にキャサリンなんて女は知らないよ」
サムはきっぱりというのだった。
「 何時からだ」
僕は身体を 震わせてそう 抗議するのだった。
「前からだよ。もう 忘れてしまったけどずっと前からだ」
僕たちはそれから一言も 喋ることができなかった。 皆キャサリンが好きだったのだ。しかしあの 頃は北海道の星空のように全てが 純粋で、 僕たちはそれに 従うしかなかったのである。
つまり、あの 頃はまだ 僕たちは 幼くて 恋人はいったもの勝ちだったのである。最初に好きだと公言してしまったものが 恋人になりえた時代であった。(それでは早くいえばいいじゃないかぐずぐずしないで、と思われるかも知れないが、そこがうぶな青春の 蹉跌なのだ)
そしてそれから 暫くの間、 僕たち四人の間でだけ、サムはキャサリンの 恋人になってしまったのである。 勿論向こうはサムのことをどう思っていたかはわからないけれど。
僕は 失恋を 噛みしめながら、その後も 狸先生の授業に出つづけた。そしてキャサリンのきりりとした横顔を切なく見つめるのであった。
( 辻仁成「キャサリンの横顔」)
当時、私たち兄弟は 読解検定長文 小6 秋 2番
当時、 私たち兄弟は家の二階の八 畳間二つをそれぞれ勉強部屋と 寝室にしていつも二人 並んで 暮らしていたが、 机のある部屋の 天井にはいつしか弟の作った 模型飛行機がびっしりつるされていた。 模型といっても物の 乏しかったあの 頃、 子供の遊びやそのための 玩具はすべて自前だった。
弟の作る 模型飛行機はどれも完全に 彼の 創意で設計され、かろうじて手に入ったひごとか細い木材をさらに自分でけずって曲げながら作っていた。 模型作りは その頃のはやりだったが、弟の作品は 子供ながら見事なもので 子供たちが手製の作品を持ち寄って競う中ではいつも 出色だった。 私はその種の手のかかる作業が苦手で、作品を完成したことがない。
そのせいの 嫉妬ではないが、多少のいまいましさもあったろうか、ある時弟の成績がひどく下がって父が 彼をしかった折、 彼よりは一応父を満足させられる成績を 収めていた 私が父に、弟の成績低下の最大の原因はあの 模型作りで、あれをやめさせぬ限り 彼の成績はおぼつくまいといいつけた。
父もうなずいて弟に 模型作りを禁じ、いきなりではなかったが、それでも 趣味をやめぬ弟へのみせしめにやがて、 天井から外して 乱暴に束ねた紙張りの飛行機を庭で火をつけて焼いてしまったことがある。その 頃何ものにも 替え難い手作りの 模型たちは、あっけないほど 簡単に燃え上がって 灰になった。
その横で弟は、そんな親のせっかんを自分の 科として 納得しなくてはと思いながらも 諦めきれずに、目に 一杯涙をため、 懸命に 唇をかみしめながら立ちつくしていた。
父にとっては他愛のない 子供の 玩具だったろうが、弟が 渾身それに 打ち込んできたのを間近で 眺めていた 私にはなんともつらい光景だった。そして、それが実は 賢しげな 私の 讒言でもたらされたことを弟以上に 私は心得ていた。父にとっては親として当然の仕∵置きだったかも知れないが、 私にとってはたかだか学校の成績のために、弟への一番つらいせっかんを父にとりもった自分がにわかにおぞましく許せぬものに感じられその 段になって 恥ずかしくなったが、 黙ったままでいた。
私がすぐに放りだしてしまうような 粗末な素材を、 愛しむように神経こめながらロウソクの火にかざし、少しずつ少しずつ曲げて整え、満足そうに一人でうなずきながらまた次の作業に目を細めていた弟の 姿が今でも目に 浮かんでくる。
弟の作った 模型飛行機について、もう一つ 鮮烈な 記憶がある。
父の 懲罰からしばらくして、またまた独自の設計で弟は風変りなかなり大型の飛行機を作った。戦争前に 長距離飛行の世界記録を作って有名だった理研の試作機に似て、 胴長で 翼が長く 幅広い不思議なプロポーションの飛行機だった。
家の前の道路での試験飛行では、細長い 胴体にたわわに張ったゴム 紐を半ばも 巻かぬのに、新作機の飛び具合は絶好だった。弟は満足そうで、 突然、集まった仲間に向かってその飛行機を家の前の高い 丘の 頂上から風に乗せて飛ばすといい出した。
思っても 胸ときめく試みだったが、せっかく作った飛行機がどこへ飛んでいってしまうかわからず、 尽くした努力があっけなく消えてしまいかねない。 私はしたり顔で説いて止めたが弟はとりあわずに仲間を 従えて 丘へ上っていった。
丘の上には下で見るよりも格好の風が 吹いてい、弟は長い 胴体にかけたゴム 紐をゆっくりと 一杯に 巻き上げてかざすと、風に乗せるように少し上向きに角度をつけて放った。飛行機は 身震いするようにして 舞い上がり、そのまま見事に風に乗って 我々のいる 頂よりも高い高度を真っ直ぐ町に向かって飛んでいった。
それは予期したよりはるかに素晴らしい見ものだった。ゴム 仕掛けの動力の 威力は知れたものだったが、バランスのとれた大きな機体はかなりの風にもめげずうまくそれに乗って 悠々と安定した∵ 滑空をどこまでも続けていった。ただの 模型飛行機が飛んでいくとはとても思えぬ、 日頃見る、近くに多い 鳶たちの 滑空と同じように見事な、完全な 飛翔だった。
すでにプロペラは止まっているが、一向に機首を下げぬ 模型飛行機は 奇跡のようになお飛び続けていった。仲間も 私もただうっとりと息を 凝らしながら見入っていた。そして、やがて飛行機がゆるやかに 下降しだし、眼下に続く大きな松林の 彼方の 町並みに消えていった時、みんなは 一斉に 喚声を上げながらその飛行機を 取り戻すために 丘を 駆け降りていった。
しかし、なぜか弟だけはみんなの後を追わず、 私が 促しても、あれはもういいのだというようにただ首を 振って笑っていた。それはいかにも、あの 模型とは思えぬ素晴らしい、生命をさえ感じさせる 傑作を一人で作りだした男の自負と自信に満ちた表情だった。そして、 彼だけが、自分の手になったあの飛行機の底力を 誰よりも知っているが故にも、あの飛行機がもう 誰の手も 及ばぬはるか 彼方まで飛び去ったことを 覚っているようにみえた。
私は初めて目にする、 圧倒的な 存在感のある 誰か大人を 眺めるようにそんな弟の様子をうかがっていた。 子供のくせに 彼一人が 泰然として 浮かべている笑顔の意味が 私にはどうにも解せぬものだった。強いて想えば、それは、 子供たちの中にあって一人 彼だけが、ぜいたくな 悦楽のために高価な 代償を 甘んじて受け入れることが出来る、ひどく大人びて 孤高な 雰囲気だった。
(石原 慎太郎「弟」)
君は、何でも食べるように 読解検定長文 小6 秋 3番
「君は、何でも食べるようになったな」
デザートのシャーベットを食べながら、ふと思い出したように、Jが言った。 彼は、自分の前にあった皿だけでなく、息子たちの食べ残しの分まで、ことごとくたいらげていた。
「あら、昔は、 好き嫌いがあったの?」
驚いたように、妻が言う。Jは、いたずらっぽい目で 彼の方を 盗み見たあと、笑いをかみころすようにして説明する。
「 好き嫌いというよりも、こいつはまったく何も食べなかったんだ。高校時代、昼メシを絶対食べなかった」
「朝もだ」
と 彼が 補足した。
「あら、どうしてなの?」
「 食欲というものを、 軽蔑していたんだ。 僕は自分を、何かしら特別の 存在だと思っていた。その特別の 存在が、ふつうの人間とおんなじようにメシをくうなんて、とても 耐えられなかった」
「でも、 晩ごはんは食べてたんでしょ」
「一日じゅう、何も食べないでいるってわけにもいかないからね。悲しいことだけれど、 僕もやっぱり、一個の生きものだから……」
横あいから、Jが口をはさんだ。
「その一日一回きりの食事ってのが、すごいんだよ。 彼の家で、一度夕食をごちそうになったことがあってね。とにかく、こいつがメシをくってるのを見るのは、あれが初めてだった」
「まあ、どんなふうだったの?」
「おかしいんだよね。テーブルの上に、トマトケチャップの大ビンを置いてね、何でもかでも、ベトベトの真ッ 赤ッカにして食べるんだ」
「何でもかでもって――」
「つまり、あらゆるものだよ。肉でも、魚でも、野菜でも、メシでも。これは現場を見たわけじゃないけど、お母さんの話では、カレーライスを食べる時でも、皿が真ッ赤になるまでケチャップを――」
「うわッ、気持ちわるい」
彼の妻は、つわりになったように、口を手でおさえて、むせかえ∵った。それから、息もたえだえ、といった様子で、 尋ねた。
「あなたって、そんなふうだったの。でも、あたしと 一緒になった時は、ふつうに何でも食べたじゃないの」
「そうだよ――」
だしぬけに 彼は、 奇妙に冷ややかな 眼射しで、妻の顔を見すえた。
「お前と 一緒になった時、 僕は、トマトケチャップの大ビンと、 訣別したんだ。そして、同時に 僕は、トマトケチャップの大ビンに 象徴される何ものかに対して、別れを告げたんだ」
「なーによ、何よ」
と妻は、からむような口調で、大声をはりあげた。
「何のことだか、わけがわからないわ。大げさなこと、言わないでよ。いったいトマトケチャップに、どんな意味があるっていうの」
<中 略>
「それは、こういうことなんだ」
妻にではなく、まるで自分自身に話しかけるような調子で、 彼はゆっくりと語りはじめた。
「 子供の 頃、 僕は現実というものを 嫌悪していた。現実は、 僕をうけいれてはくれないし、だから、 僕の方も、現実にまつわる一切のものを 拒絶してやろうと、身構えていた。食べるものにしてもそうなんだよ。いろんな材料がありいろんな料理があり、いろんな味つけがある。それは大人たちの約束事じゃないか、と 僕は 覆った。そんなものは、 無視すればいい。そこで 僕は、材料の風味や、味つけが 吹きとんでしまうように、あらゆるものにトマトケチャップをかけて、口の中に流しこんだ。ほんとうは、 僕は 宇宙飛行士が口にするような、チューブに入った食べもので生きていたかった。料理だとか、調味だとか、そんなくだらないものに自分の感覚をひきまわされたくなかった。つまり 僕は、数字や記号で置きかえることができるような、 抽象的な 存在でありたいと願っていた。それが 僕の夢だったし、その夢が破れた時、 僕の青春は、終わったんだ。むろんこれは、一つの思いこみが消えて、新たな思いこみが始まっただ∵けなのかもしれない。でも、それでもいい。とにかく 僕はいま、こうして、みんなとテーブルを囲み、いろんな食べ物を味わった。そうだ、人と人とが、心の底から お互いを理解し、永遠に愛しあうなんてことは、現実にはありえないかもしれない。けれども、同じ料理を口にして、その味や風味や舌ざわりを、ともにかみしめることはできる。それは愛などといったイメージからはかけはなれたものかもしれないけど、でも、これはこれで、とても大切なことだと 僕は思う。自分以外の他人たちと、何かを 一緒に食べるなんて、以前の 僕なら、それ自体が不快のタネだったんだが……。つまり、そういうことなんだ。いま 僕は、トマトケチャップなしで、さまざまな料理を、みんなとともに味わうことができる。かつては 嫌悪し、 拒んでいた現実をおだやかにうけいれることができるんだ」
「おだやかに――?」
不意に、 異議をはさむように、Jが 遮った。しかし 彼は、いちだんと強い口調で、同じ言葉をくりかえした。
「そう、おだやかにね」
そう言って 彼は、テーブルを囲んでいる、妻と、二人の息子と、Jの一家三人を、 撫でるようなすばやさで、ぐるりと見回した。
(三田 誠広『トマトケチャップの青春』)
いもがあたえられると、 読解検定長文 小6 秋 4番
いもがあたえられると、サルたちは、目の色をかえてとびつき、いもをつかむと、いそいで海にもっていきます。いもについた 砂をあらって食べるためです。いもを両手にもち、あとあしで立って走るサルもいます。そのために、ほかの場所にすむサルは、めったに二本あしでは歩かないのに、この島のサルたちは、立って歩くことが、とてもうまくなりました。
年よりたちは、海水にいもをつけ、手でごしごしこすって、 砂をとります。ところが、母ザルたちは、海水のなかで、かるくゆするだけです。それで、じゅうぶん 砂がとれます。しかも、母ザルは、ひとくちかじるたびに、いもを海水につけています。「どうしてだろう。」キョンは、ふしぎでした。でも、海水になかに落ちているかけらを食べてみて、わけがわかりました。おかあさんは、いもに塩味をつけていたのです。
「ペペッ」キョンは、口のなかのものを、あわててはきだしました。 砂浜にまかれたむぎを食べると、 砂がいっしょにはいってきて、すごくまずいのです。
「ばかね、こうするんだよ。」とでもいうように、おかあさんは、むぎを 砂といっしょにかきあつめ、それを手でつかんで海へもっていき、水のなかになげいれました。むぎについていた 砂がすっかりとれ、むぎは、水中で、金のつぶのように光っています。おかあさんは、それをひろって食べました。
「ふうん、いいやりかただな。」と思って、キョンはまわりを見ました。と、みんな、そうしているのです。「へええ、頭がいいんだな、みんな。」キョンは、すっかり感心してしまいました。
「あれ、どうしたんだろう。」キョンは、サンゴを見て、ふしぎに思いました。サンゴは、この群れでいちばん強いメスです。それが、むぎあらいをせず、すわったまま、きょろきょろとまわりを見まわしているのです。
ノギクが 砂を手でかき、むぎを集めはじめました。サンゴは、それをじいっと見ています。ノギクがむぎを集めて手にもち、海になげいれると、サンゴは、すかさず走っていって、ノギクのせなかをつきとばしました。ノギクは「キャッ」と悲鳴をあげてとびのきます。そのすきに、サンゴは、水中になげられたむぎを、よこどりしてしまったのです。ノギクは、しばらくくやしそうに見ていましたが、強いサンゴにさからう勇気はありません。すごすごと、また、むぎを集めました。∵
サンゴは、よこどりが 専門です。「悪いやつだなあ。」と、キョンは、あきれはててしまいました。(中略)
幸島は、海にかこまれているのに、むかしは、だれも海にはいるものはいませんでした。ある日、海に落ちたピーナツをひろうのに、子ザルが海にはいってから、みんなが海にはいるようになったのです。でも、カミナリをはじめ、年をとったサルたちは、けっして水のなかへはいろうとしません。考えかたが古いので、新しくはじまった行動をとりいれることができないのです。新しい発見や発明をするのは、ほとんど、古い習慣にとらわれない子どもたちです。子どもは、文化のつくり手です。
潮がひくと、群れは、いっせいに海岸へ行き、貝を食べます。ウノアシやヨメガカサのように、岩にぴったりはりついているものは、歯ではがしとります。まき貝のクボガイもだいすきです。キョンも、クボガイをひろって食べました。おいしくて、ほっぺが落ちそうです。
むかしは、貝を食べるものは、だれもいませんでした。それが、十数年まえに、はじめて、食べるものがあらわれたのです。だれがさいしょだったかは、わかっていません。でも、これも、きっと 好奇心の強い、子どものサルだったのでしょう。貝を食べる行動は、しだいに群れのサルにつたわっていき、いまでは、ほとんどみんなが食べるようになりました。新しい食習慣が、群れにできたのです。
つまり、貝食いという食物文化が、新しく生まれたのです。
その後、キョンがおとなになってから、島の漁師がすてた魚を食べるものが出てきました。なかには、つり人がつった魚を食べるものが出てきました。なかには、つり人がつった魚をねだるものもあらわれはじめ、つり人をこまらせています。いずれ、魚食いも、この群れの食物文化になることでしょう。世界じゅうのサルのなかで、生魚を食べる習慣をもった群れは、ほかにありませんから、この行動は、とてもめずらしがられることでしょう。
それにしても、幸島のサルたちは、いもあらい、むぎあらい、貝食い、魚食いと、つぎつぎと新しい文化を生みだしてきました。新しい行動を身につけたり、問題を解決していくちえをもっているのには、びっくりします。そして、「文化をもっているのは、人間だけではないんだなあ。」と、考えさせられます。
(河合 雅雄「ニホンザル」)
|