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考える力
アジサイ の広場
裕子 にこ 大4
「LIVE TO LEARN.LEARN to
LIVE.」校舎に大きく刻まれたわが大学の学びの精神である。「大学」と
いう文字にあるよう大いに学んでほしい、そんな創立者の思いをかんじる。し
かし一歩中に入って大学の教室をのぞくとこっちもガヤガヤ、あっちもガヤガ
ヤ。教壇に立つ教授を無視してのおしゃべり、「ケータイ」での電話、そんな
風景が珍しくなくなった。いま、大学生の学力低下が盛んに言われている。確
かにこんな教室の風景を見ているとそれも納得してしまう。でも、学力の低下
が問題なのは果たして大学生だけだろうか。少し前、漫画を読む大人というの
が話題になった。背広を着たサラリーマンが電車の中で熱心に漫画雑誌を読ん
でいる姿を当たり前のように見る。新聞のベストセラーリストはここ数年、「
よく分かる・ ・ ・」「図解 ・ ・ ・
 
 私はこの原因がいまの行き過ぎた映像文化とそれに侵略された活字文化に関
係しているとおもう。私達は生活が豊になるに連れて、テレビが当たり前にな
り、読み切れないほどの雑誌を抱えて、パソコンを持つようになった。今では
、目に見える情報は消化し切れないほど次から次にあふれてくる。時間がない
から、分かりやすさを求めて活字よりも、映像に手を伸ばす。そうして私達は
新しい知識にたいして受け身であることに慣れてしまったのではないだろうか
。目で見て分かったつもりになって深く考えようとしない、その繰り返しで私
たちは浅い知識しかもつことができなくなり、やがては考える力を失ってしま
ったのではないだろうか。考える力を失うということは、進歩しようとする力
がなくなることだと思う。考える力を身につける為の努力が必要だ。
 
 そのために、私たちは学び考える充実感を知るべきだと思う。受け身での知
識の収集でなく自分で働きかけて一つの答えを得る、そんな知識の獲得を目指
すべきだと思う。ドイツのトロイの遺跡を発掘したシュリーマンはすばらしい
探求心の持ち主だった。8歳の頃に読んだホメロスの詩に感銘を受けて人生の
目標をきめ、自らそのために語学や考古学を学んだ。私も以前大学で考古学の
授業をとったことがある。でも私の場合は一般教養の単位稼ぎの為、シュリー
マンのような情熱はもちろんもたず、テスト前に詰め込みで勉強しただけであ
る。もちろんどんな学問だったかさえ覚えていない。きっとシュリーマンが学
んだ知識は私がそのテスト勉強で得たものとはまったく違うという本物の知識
だったはずだ。学ぶことに対して欲を持って、自分で働きかけたからこそシュ
リーマンは自分の人生にトロイの遺跡発掘というご褒美を得ることが出来たの
だと思う。
 
□確かにめまぐるしく動く現代社会ではたくさんの知識を映像によって手っ取
り早く得ることも必要だろう、しかし受け身で得た知識に満足して学ぶ、考え
ることを怠ってしまっては駄目だ。そこから自分で考え、身につけていかなく
ては新しいことに流されて何も残らなくなってしまう。テレビを捨てて、活字
を読む、考えることの充実感、ひらめきの達成感それを感じられるようになれ
ば、私たちはきっと進歩していけると思う。LIVE TO
LEARN・LEARN TO
LIVE」短い人生のうちに学ばなくてはならないことがたくさんあるような
 
 
 
 先生へ
今一つ考えがまとまらないうちに仕上げてしまいました。とくに、対策が思い
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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