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名前
エンジュ の広場
秀俊 あゆわ 中1
 多くの人は、世界にあらかじめ何らかの実態があって、それに名前を付けて
いると思っている。しかし、我々は連続的に変化する世界を適当に切り取って
言葉で言い当てようとしているのである。そのやり方には根拠がないとしても
同じ言語を使う人々の間ではやり方が同じである。そうするとコトバが同じな
のでコミュニケーションが出来るのでなく、コミュニケーションが出来るので
、言葉が同じであるかのように錯覚されるに違いない。
 
 名前が付いた事が物の考え方に影響するという事はそんなによくない事だと
ぼくは思う。ぼくは、よく学校の帰りに星を見る。今はオリオン座がよく見え
ます。しかし、それらよりも名前も分からない星の方が見ていて楽しい。きっ
とそれは名前が分からないからだと思う。
 
 CMに「この~木なんだろ気になる気になる名前も知らない木ですから~」
という歌があった。ぼくはこの歌が好きだ。でもきっとその木の名前をしてい
たらきっとつまらないと思う。今でももその木の名前を知りたいとは思わない
。そのまま「名前の知らない木」であって欲しいのだ。
 
 確かに名前を付けて区別していく事は大切だと思う。その事によって成功し
た研究もあるようだ。しかし、言葉に表わされた事しか見えなくなってしまう
なら名前を付ける事を考える前にその物自体をよく見ていく事が大切なんだと
思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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