生きる喜び |
イチゴ | の | 滝 | の広場 |
幸子 | / | あさも | 中3 |
科学文明の発達は、人間の日常から手間をどんどん省く。便利さや快適さを |
求める人間の欲求が、文明を発達させてきたことは事実であろう。生きる喜び |
とは、感性をとぎすまし、自然の大きさと人間の魅力を日々発見することにあ |
ると思う。私は、せっかく生きているのだから、どうせなら生きる喜びを感じ |
て生きていきたい。生きる喜びは生きているときにしか味わえない。(当たり |
前) |
そのためにまず、いろいろな手間を省かずに手足を動かしてみることが大切 |
だ。学校に行くにも、いちいち車などに乗せてもらって行くよりも、自分で歩 |
いていった方が、「生きている感」がするのではないだろうか。死んでしまっ |
ても車には乗れるが(特に霊柩車ね)、歩く事は出来ないのである。もっとも |
、死んでしまったら生きている感も何も、感じられないが。 |
生きているうちに出来る事といったら、ごくわずかである。同じ自然でも、 |
楽して大自然の写真やテレビをみるのと、どんなに小さい林でも足元滑らせな |
がら登り、本物の自然に触れるのとでは、本物の自然の方が何倍も良いものが |
あるのである。苦労しないと、そのものの良さは分からない。苦労すれば苦労 |
するほど、成し遂げたときの達成感や、満足感は大きいものとなる。 |
江戸時代末期にかなり活躍した勝海舟は、幕府のお偉いさんになるまではか |
なり貧乏で、辞書を買う金もなかったので辞書をわざわざ手書きをしたと言わ |
れる。彼はかなりの勤勉で、辞書を一冊丸々うつすのにはかなりの労力が必要 |
とされたと思われるが、うつし終えたときは本屋で買うより∞の喜びがあった |
に違いない。 |
確かに、ある程度手間を省くことも大切である。しかし、手間を省きすぎる |
と生きているという喜び、生きていると感じる事が出来なくなっていくのであ |
る。生きていないと出来ない事を精一杯やっていくことが大切なのではないだ |
ろうか。「朝のこない夜はない。」というが、苦労しなければ、楽しむ事は出 |
来ないのである。もっとも、生きている限り、苦労は避けようがないだろう。 |