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創造と逆境
イチゴ の広場
優希 あなし 中3
創造とはキノコのようなものである。キノコの根が地表下に根を発達させるよ
うに、創造には蓄積段階が必要である。またキノコが妨害条件がないと作りだ
されないように、創造においても逆境は与えられなくてはならない。どこかで
逆境がないとその蓄積が活かせずにおわってしまうのだ。
 
 逆境とは、自分を苦しめるもののようなイメージがあるが、私はそうは思わ
ない。むしろ自分を生かすものではないだろうか。今までの私の人生に「逆境
」というと少しオーバーなきもするが、とにかくそういったものがひとつもな
かったならば今みたいな私はいないと断言できる。ではもしその場合どんな私
がいるのかというと、おそらく何の輝きもない、生きる意味を失った人間がそ
の世界に存在するのではないだろうか。
 
 というのは、私は逆境をかかえているからである。いや、私だけではない。
みんな知らず知らずのうちに逆境に立ち向かっている。例えばプライド。誰に
だってプライドはある。私の場合、私には勉強のよきライバルがいる。その子
より良い成績をとりたいといつも思っている。その子に負けないようにするに
は相当の努力が必要だ。ときにはそれが苦しいと感じることもある。しかしそ
のプライドのおかげで私は勉学を怠ることがなく、成績も保ち続けている。も
し私にプライドがなかったら・・・たとえ私にどんなに知能があっても、勉強
なんかどうでもよくなり、遊ぶことにしか興味をもたなくなるだろう。つまり
プライドという逆境は私を向上させてくれるプラスの働きを持つので
 
 ある。これも一種の創造である。
 
 このように、逆境は創造をうみだす。むしろ逆境を創造によって生み出され
るといった方が正しいかもしれない。私は小学校3年生くらいの頃、伝記には
まって図書館にある伝記を読み尽くした記憶があるが、それらの本の中にはい
つもが逆境があった。逆境とひとことで言ってもその種類は様々だが、その逆
境は確実に偉人を育て上げる要素のひとつとなっていた。これからもおとずれ
るであろう数々の逆境。でもそれがプラスに働くと思えば、なんだってできる
のではないだろうか。なんだってやれるのではないだろうか。これもまたひと
つの創造である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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