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眠雨 |
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高1 |
システムは毒である。徐々に呼吸を侵し、思考すらも崩れさせていく。何より悪いのは、現代社会がその毒に適応し、疾病を運営の基盤においてしまって |
いることだ。マニュアル人間という言葉が囁かれるようになって久しいが、改善の兆しは未だ見られない。結局はそうしたマニュアル、構築されたシステム |
に従うことが現代の社会において利口なやり口だからだろう。だがそうした結果造られるのは、ローラーで広げられ均質化した薄っぺらな人間なのだ。我々 |
はその毒性を認識し、徐々に浸透していくシステムに抗うべきだ。 |
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その方法としては第一に、現在の育児、また教育体制の変革があげられる。その人だけの持つ素晴らしい能力や性質は、しかし学校という人生初頭の壁で |
頭打ちに合う。義務教育では、短期間で様々な問題を解けるようになることが重視される。学問を志す前に、まず基礎的な能力を身に付けさせようという方 |
針である。しかしそこで問題になってくるのは、「問題を解く」ことを考えるあまり、小中学校の教育は「解法のマニュアル集」になっていることだ。問題 |
を解く分にはそれが恐らく最も効率がいいのだろうが、自分で考え、考えることによって自分というものを確立していく過程がまったく無視されている。例 |
えば、国語の授業で先生が質問をしたとする。内容としてはごく単純なもので、誰々の気持ちはこのときどんな気持ちだっただろうか、という程度だ。だが |
それに生徒が答える折、自分で考え、自分なりの言葉をまとめて答える生徒はまずいない。大抵は「○○な気持ちになった」と書いてある教科書の文章をそ |
のまま読み上げるのだ。まるで国語試験の「何字で抜き出せ」問題の解答である。小学校の低学年時代は、こんなことはなかったように思う。自分なりの答 |
えを、自分なりの言葉でひねりだしていた。けれどそれではあまりに非効率的でマルが貰えにくいことに少しずつ気づきだし、そうして段々と効率のいいシ |
ステムを習い始めるようになる。こうしたシステム化を進めていく教育体制は、改変されて然るべきである。 |
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また第二に、「自分だけのもの」との出会いが必要とされている。小中高大、そして就職。連綿と続くベルトコンベアーに乗せられ、与えられるままにた |
だ生きている人々。真に就きたい職であったのならそれでも構わない。むしろそれがいい。だが社会に流されるままで、漠然と呼吸だけをしている人間もま |
た確かに存在するだろう。システムを振り切らねばならない。型通りの生き方に牙を剥き、不安定であろうとも自分が信じ貫ける物を、抱いて生きねばその |
人生は単調な呼吸である。手塚治虫の漫画に「七色インコ」という作品がある。メジャーな作家のマイナーな作品だが、手塚治虫の作品では私が最も好きな |
ものだ。主人公は七色インコ。代役のみを請け負う、天才的な俳優にして怪盗。彼の魅せる舞台では必ず何かが盗まれる、という趣向の漫画である。この七 |
色インコ、実は大会社の社長の跡取り息子だった。だが親の教育方針に反して芝居に熱狂し、果ては父親の汚職の尻尾を掴んだ週刊誌記者の娘と恋に落ち、 |
我を押し通して結局親元を飛び出してしまう。そのままシステムに隷属すれば、大会社を継ぎ莫大な財産を手に入れた彼。だが演劇に恋という己を賭けられ |
るものを発見した、彼の生き様は決して一笑に伏せるものではないだろう。ラストシーンがまた反社会的で感動的なのだが、若干本題から離れ過ぎるので説 |
明は割愛する。 |
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確かに社会に反発する人間が増えては、社会は不安定になるだろう。ロシアのナロードニキ運動がテロリズムに推移していった経過などは、啓蒙の悪い例 |
である。だが現在のシステム社会を維持すればいいかとは、それもまた違う。無用の混乱は望むところではないが、血の流れない手術など無い。毒は既に社 |
会を基盤から侵している。均されていく世界を救うには、開胸が必要である。ロックバンドは歌っている。旧時代の世界を踏み付け、マグマのような、熱い |
どろどろの心を吹き上げている。部屋の片隅に置かれ埃を被った、ギターを取り街に出よう。譲れないものを一つ、持つことが本当の自由だと、B'zは歌った |
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