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アイディ・・・言いづらい(途中) アジサイ の広場
たこ星人 こむ 中3

 現代はアイディンティティ不定の時代である。
 

 その理由は第一に、よく知られているように、近代以前の社会には、それぞれの社会の要請に見合った何らかの通過儀礼が存在した。子どもと大人はこの
儀式によってはっきりと分けられていた。たとえば、わが国の武家社会における元服の儀式は、それを最もよく象徴している。一定の年齢になると、男子は 幼名を廃し烏帽子名をつけ、服を改めて、髪を結いなおしたりさかやきを剃ったりした。  

 ところが近代は、子どもから大人への変化期からこの単純な境目を取り払い、代わりに「教育課程」という、長い射程をもったシステムをあてがうことに
した。いうまでもなく、学校制度がその機能を果たすことになったのである。  

 上の文を簡単に言い換えると、昔は成人になった証として紋章を刻む、鼻に穴をあけるなどすごく痛そうなことをしてやっと成人したといえるのである。
しかし、最近はこれといって成人した証もなく  

 第二に、近代以前には、子ども期と呼べるような時期は存在せず、子どもはみな小さな大人であった。幼児期をすぎると、ごく早い時期から子どもは大人
の集団に仲間入りして、かれらの話や行動のなかから見よう見まねで大人社会の規範やそのありさまを学び、明瞭に問題化されることとひそやかに語られる こととの区別などを身につけるようになっていった。しかし最近は、子どもは子供としての教育を受けて、ほかの大人たちとはべ別の生活を送ることになっ ている。  

 
                                               
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