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不思議と思うことの大切さ オナガの広場
祐司には中1

 子供の世界は不思議に満ちている。子供は「なぜ」を連発して、大人にしかられたりする。しかし、大人にとって当たり前なことでも子供にとっ
てはすべて「ふしぎ」であると言ってもいいほどである。子供は、「ふしぎ」と思うことを親に聞きそれを親に教えてもらい自分の知識として吸収 する。たとえば子供が親に「なぜセミはミーンミーンって鳴くの」と聞くと、親は「なぜでしょうね」と答える。すると子供は「お母さんを呼んで いるからだ」というふうに自分で答えを考え、そして納得する。外的な現象と、子供の心に生じるものが一つになって物語の結晶となっている。  

 僕は、「~だからこうなる」というふうに親から科学的なことを教えてもらいなにも分からないでいるよりもずっと自分で答えを考え出して納得
するほうがいいと思う。  

 なぜかというと、第一に、科学的に説明をしてもらい、上辺だけで理解をして納得するだけでは本当に身についたとは言えないからだ。たとえば
小さい子に「太陽は~だから東からのぼって西にしずむんだよ」などというふうに説明をするよりも子供に自分なりの説明をさせるほうが自分の身 につく。僕も子供のころよく物語を作った。太陽が沈むのは、太陽が疲れて帰っていくからだと思っていた。  

 第二に、科学的に正確な答えが、子供たちを満足させるとは限らないからだ。たとえば子供が「電車はどうして動くの。」と聞き、親が「~だか
ら動くんだよ。」という風に答えたとしてもたぶん子供はそのことを信じてくれないと思う。それよりも、自分で考えさせた方が納得すると思う。 僕も「どうしてテレビは映るの?」など、よく親にいろいろなことを聞いたが、科学的な答えを聞いてもどんどん混乱しわからなくなるだけだった  

 第三に、すべての科学は何かに疑問をもち不思議と思うことから始まるからだ。人間が「なぜ」という疑問を持たなければ何も考えることができ
ず、科学というものが成り立たないからだ。科学というものを成立させるためにも自分で考え、納得するということは大切だと思う。たとえば人間 は、昔、地球は誰かにささえられているという物語を作り出し、そこから真実をさがしだそうとし、ついに地球が丸いということがわかった。  

 確かに中学校高校では科学的な考え方が必要になってくる。でも、「自分の心のうちに持っていないものは何一つ自分の財産でない。」という名
言があるように、科学的な考え方が必要になっても心から納得することは忘れてはいけないと思う。  

 僕もこれから科学的なことも覚えて、そして心から納得するために考えるという行為を忘れないようにしたいと思う。
 

 
                                           
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