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講評 題名:いつか分かるだろう・・・。 名前:YESさん(せし高1アジサイの広場
内容字数1131構成題材表現:主題:表記:

 「叱る」ということには、なぜかマイナスのイメージがつきまとうのですが、この長文の筆者が言うように、「
知らない者」に「知っている者」が教える(時には厳しく叱る)といういことは、当然のことですね。せし君も書 いてくれたように、昔は教師による体罰も普通に行われていました。(先生は体罰を受けた世代です。(笑))も ちろん、体罰がよいことであるとは言えませんが、厳しく叱るということに関しては、学校生活の中でも必要な場 面が多々ありますよね。先生が子供に甘いだけならまだしも、親が子供に甘すぎるというのは、最近の大きな問題 だと思います。子供の機嫌を損ねるのを避けたいのか、叱ることに自信がないのかはわかりませんが、本気で叱る ことのできない親が多すぎる気がします。 叱られる側と同じように、叱るということにも痛みを伴います。だか らこそ、相手のことを真剣に考えていなければ叱ることはできないのです。本当に子供のこと、あるいは相手のこ とを思うなら、そして、より良い社会にしていこうという気持ちがあるなら、叱らなければならない場面では当然 叱るべきでしょう。叱られる側も、確かにそのときは、苦い思いをするかもしれませんが、やがては自分のためで あったと気づくはずです。 結びは、力強い意見でまとめることができましたが、「叱る」という観点からは、や やずれてしまったのが残念。「叱る」ということに戻ってまとめてみよう。誰でも自分だけの力で成長できるわけ はありません。教えられて学ぶことの大切さを認識し、叱らないこと、叱られないことの怖さを知るべきでしょう 。 "☆" ★自分自身の体験実例も織り込むことができました。せし君は、きっちり叱ってくれるご両親でよかっ たね。恥ずかしい話ですが、実は、先生も未だに親に叱られています。(笑)▲「馬鹿にする事」、「やらなけれ ばならない事」などの「事」は、ひらがなを使って書いてね。  "☆" メグ先生(じゅん
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