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真の豊かさとは
アジサイの広場
にこ大3
真の豊かさとは
 
 中国南部の少数部族ヤオ族のなかには、100歳を超えても元気な人達が多
いと知られている村々がある。調査の対象となった105歳の男性は、長寿の
秘訣は、悩みのない事だといっている。県の「老齢委員会」は、彼らの長寿の
原因として、汚染のない空気、自然の食物、長年の畑仕事で鍛えられた体を挙
げている。いずれにしても、90歳代まで元気で悩みがないというのは、うら
やましいことだとおもう。
 
 しかし、こんなヤオ族の人々が、先進国のつくったカテゴリーでは、極貧層
として位置づけられる。彼らの平均年収が、先進国の基準から見て、とても低
いからだ。つまり、先進国の側からは、彼らは貧しい、豊かでないとうつるの
のである。だが、真の豊かさとは、何だろうか。ヤオ族の例のように、金銭的
な裕福さとは離れたところにこそ、真の豊かさは存在するのではないか。
 
 私の一家はごく普通のサラリーマン一家だ。父親は、毎朝8時前に家をでて
、満員電車で会社に向かう。仕事が忙しい時など、帰ってくるのが夜の十二時
ちかくだ。夜遅くに帰ってきた父親が、「ただいま」の一言だけ言って、ベッ
ドに直行する姿をなんどもみた。たしかに、わたしの父親は、金銭的にヤオ族
の人々より裕福かもしれない。しかし、目をショボショボさせながら、会社へ
向う父親の姿をみていると、人間として本当に豊かだとは思えない。
 
 お金があるからこそ、好きなものを買ったり、食べたりできるというのは事
実だ。しかし、それはいまの私達の社会のように、お金が力を持っている世界
の話である。まだ開かれない地にいきる人達のように、金銭的な裕福さと離れ
た豊かさを見つける大切さを認識しなくてはならない。現在、先進諸国は、そ
の勝手な理論で、貨幣の浸透していない地域の人々を消費経済に巻き込もうと
している。そんなことになれば、彼らをカテゴリー上の貧困から、真の貧困に
転落させてしまうかもしれない。先進国に生きる私達はいま、真の豊かさに気
づかなければならない。
 
 
 
 (前回送ったものが途中で切れていたかもしれませんので、字数を確認して
必要があれば訂正しておいてください。森川林)