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ハトやカラスの害
アジサイの広場
小山くさ中1
 平和の象徴であるハト、また「カーラースー、なぜ鳴くの~#%&$」と歌
われているカラスが現在、駅や神社などの人が多く集まる場所に大量に住み着
いている。これは、私たち人間がハトやカラスの居場所を次々と破壊している
からではないだろうかと言われている。得に、ハトのふんの害、カラスのごみ
箱荒らしなどの問題が深刻なのではないだろうか。ところが、もとは人間の犯
した事なのだから、自然環境を守るという事は当たり前、そして、ハトやカラ
スとの共存という事も大切ではないだろうか。
 
 なぜならば、人間関係に当てはめて考えてみると私たちの生活にも同じよう
なことが言えるということだ。私は部活以外ではなかなか会えない友達や、部
活もクラスも一緒であるという友達がいる。部活でもクラスでも一緒の友達は
時には対立したり、感動し合ったりと、決していつもいい関係だとは言えない
時もいくつかあった。しかし、ハトやカラスなどと一緒で人間の生活圏内に入
ってしまった限り、もと通りに直すには長い年月がかかるので、対立しないよ
うな生活環境を作っていくということが大切である。
 
 夏になると私たちを脅かすスズメバチの害が問題になる。これも私たち人間
がスズメバチの住んでいた山を切り開いたため、スズメバチの生活圏が人間の
生活圏に侵入してきたのではないだろうか。この件に関してもハトやカラスな
どと同様、共存が大切ではないだろうか。(少し恐ろしいが)
 
 また、人間は自分たちの行為がこのような利害につながってしまったので、
我慢ということも大切だ。昔話の「舌きりスズメ」でのりを食べてしまったた
めに、スズメの舌を切っていまったという意地悪なおばあさんがいた。これで
は、まるで「北風と太陽」に出てくる対立するものはすべて滅ぼすという北風
だ。そこで太陽のような、我慢をし、対立するものを愛するという考え方が大
切になってくる。
 
 確かに、ハトのふんの害、カラスのごみ箱荒らしなどは私から見てもあまり
気持ちがいいものではないのだから、頭にハトのふんをかけられた者、また、
ゴミ収集のおじさんおばさんなどは、ハトやカラスが許せないほど憎いだろう
。しかし、自業自得、人間が鳥などの住みかを次々と奪ってしまったため、こ
のような糞害やごみ箱荒らしなどの問題がついてきてしまった。その為にも自
然環境を守るということは当たり前だと考え、鳥に限らず、シカやイノシシな
どとの共存も大切だ。