ひとこと |
マルチメディア |
アジサイ | の | 滝 | の広場 |
武照 | / | あよ | 中3 |
立派な白い建物が私を出迎えてくれた。私が一度は行ってみたかったロイヤ |
ル・ティレル博物館である。と言っても実際にカナダに行ってきたわけではな |
くパソコンの画面上でである。インターネットを使えば飛行機を使わなくても |
外国の博物館の展示物を見ることができるのである。CD・ROMにしても二 |
十枚の薄い板に創刊から百八年分のナショナル・ジオグラフィック誌が入って |
しまうのである。このようにマルチメディアを利用すれば多くの情報を手軽に |
、すばやく手に入れることができるのである。我々はこのマルチメディアをど |
んどん利用していくべきであろう。 |
なぜここまでマルチメディアが発達したのか。それはこれまでのメディアが |
ほとんど紙面上であったのに対し、マルチメディアが我々の目と耳に訴えかけ |
て来たと言うことである。文字のほか画像や音声の組み合わされた情報は我々 |
がぱっと見た時に理解されやすいであろう。 |
マルチメディアを我々がりようするのにもっとも大切なことははじめの一歩 |
である。少しのぞいてみようかなという気持ちが大切であろう。少しのぞいて |
みることの大切さは例えば外国でこの映画が人気だそうだから見てみようと思 |
って見てみればそれだけよい映画にあう機会が多くなるのと同じである。 |
たしかに情報に流されることの問題も忘れてはならないであろう。その恐ろ |
しさをよく示しているのが湾岸戦争である。テレビなどでイラクがながした原 |
油塗れの海鳥の映像が多く流れ、一時は「環境テロ」だとの批判が多く成され |
たが、じつはあの映像がアメリカのマスコミによって作られたやらせであるこ |
とが最近明らかになってきている。情報が流れているということは流している |
人間がいるということである。我々は情報を面白いからではなく必要だからと |
言う自覚が必要であろう。 |
マルチメディアの世界はもう一つの世界である。国境も無く、個人が権力に |
直接働きかけていくことができる。マルチメディアの発達は我々の物の見方を |
大きく広げる可能性をもっているといえるであろう。 |