ひとこと(4月4週)
大人になって
アジサイの広場
加奈子せて高2
 
 この頃、あまり不思議なことや、疑問に思うことが少なくなってきた。する
と、だんだんつまらなくなってきて、「ふしぎ」な事を提供してくれる、テレ
ビ番組などを見る。しかし、テレビ番組などは、必ず「ふしぎ」な事が最後に
は心に収まり分かるようになっている。このため、少しの「ふしぎ」があって
も、最後には安心にせてくれる。その質問に対して、物語的説明と科学的説明
の二つ説明の仕方があるが、科学が発展してきた現在では物語的説明先方の説
明では、都合が悪いことも明らかになってきた。
 
 よく子供の頃、親にちょとしたことでいつも質問ばかりしていた。「なんで
、空は青いのか。」や、「テレビはどうしてうつるのか。」この答えは、いつ
も夢のような答えだった。私は、分からなくても「ふーん」と言っていた。し
かし、科学的な説明をされても、もっと分からなかったと思う。
 
 行き過ぎた科学的説明は、次第に何を考えるにも寂しく、味気ないものにな
ってしまう。それに比べて、神話のような物語的説明は、暖かみのある楽しい
人生を送れる。ではなぜ現在は、科学的説明だけに偏ってしまったのか。一つ
目の原因は、科学における発達が大きかったからだ。昔は、三十代くらいまで
しか生きることができなかったが、現在は日本人は、世界でも有数な長寿の国
だと言われるくらいまで長生きをするようになった。これは、いろいろな薬も
開発されたからだ。二つ目は、核家族化が進み、おじいさん達と話す機会が減
ってしまったので、物語を聞いたりできなくなったからだ。
 
 たしかに、物語的説明だけでは、現在の質問に完璧に答える事はできないた
め、どうしても科学的説明が必要になってしまう。しかし、科学的説明だけで
は、人々は夢のような考え方をしないつまらない世の中になってしまう。「ひ
もじい時にまずいものなし」と言う言葉があるように、空腹の時は何を食べて
も美味である、と同じで説明が全然分からない時は、何を聞いてもよい説明の
ように聞こえてしまうが人間は、やはり夢心を大切にすべきである。