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無の文化と教育2 as/1342.html
森川林 2011/08/30 19:11 
修 削


 無の文化における方法論の主なものは、自然、喜び、反復などです。

 日本人は、解決しがたい大きな問題にぶつかると、自然の中に戻って答えを探そうとする傾向があります。人や文献に頼るのではなく、自分で直接、自然や現場に赴いてその問題と一体となろうとするのです。

 また、日本人は、暗いことは悪いことで、明るいことがよいことだというもともとの価値観があります。だから、議論をして勝つようなことは、議論すること自体に暗さを感じてしまうのです。

 多数決で決めることも同じです。多数決で少数者の声を否定して決めざるを得ないことに、本来の姿ではないものを感じるので、日本人の最も理想とする決定の仕方は、満場一致になります。決をとるのではなく、全体の雰囲気で決まるともなく決まるというのが理想の決まり方です。この根底にあるのは、だれもが明るく納得することがよいという価値観です。

 日本の無の文化にあるもうひとつの特徴的な方法論は、反復の重視です。道元は、只管打坐という座禅の方法を確立しました。理屈による理解や技術の段階的な修得という方法ではなく、ただ黙って最初から最後まで座り続けるという方法を方法論として定式化したのです。

 日本の仏教に見られる念仏も同じです。念仏においては、同じ言葉を唱え続けることが方法なのです。欧米の有の文化が、修行を何かを得るためのものと考えているのに対し、日本の無の文化は、修行を曇りや汚れを拭いとるものと考えています。このため、無の文化の方法は、ただ拭うために繰り返すことになるのです。

 これは、日本の運動やスポーツの技能に対する考え方にも生かされています。例えば、日本では、野球でも剣道でも素振りという練習をよく行います。相撲でも、四股を踏むという繰り返しの練習が行われます。

 テニスの練習法の素振りは、欧米の人にとっては、なぜそういう練習をするのか理解に苦しむところがあるようです。欧米の有の文化ででは、運動とは技能を身につけるものですから、技術を理解し修得する練習が中心です。日本の無の文化では、同じ動作を繰り返すことによって不純物を拭い去り、その運動に必要な本来の自分の姿を明らかにするということが中心になるのです。

 学習についても同様です。日本では江戸時代の国語教育の中心となった方法は、素読と手習いでした。素読とは、同じ文章を何度も声を出して読み、暗唱するまで繰り返し読むことです。手習いとは、手本となる文字をなぞり書きし、紙が墨で真っ黒になるまでそのなぞり書きを繰り返すことです。

 有の文化では、文章は一度読んで理解できたらそれでよしと考えます。文字は書き方を理解し書けるようになったらそれで練習は終わりです。なぜなら、文章も文字も、自分の外側に「有る」ものですから、それが自分の身についたら学習は完成なのです。

 日本の無の文化では、読めるようになるとか書けるようになるとかいうこと自体が教育の目的なのではありません。文章や文字は、自然と同じように本来人間と一体のものであるはずだからです。ところが、人間は生きる過程で曇りや汚れをつけてしまうので、自分の中に本来ある文章や文字が自分のものとして出てきません。だから、同じものを繰り返し読み、繰り返し書くことによって、自分の表面にある不純物を拭い去り、その文章や文字との一体感を取り戻すということが教育の目的になっているのです。

 日本人は、念仏にしても、素振りにしても、写経にしても、千羽鶴にしても、同じ動作を繰り返すことが好きです。それは、なぜかというと、同じことを繰り返すことによって何かが浄化されていくという感覚があるからです。

 有の文化は、自分が「有り」、対象が「有る」ことを前提にして、自分がその対象を獲得することを目的とします。これは、誰でもわかる論理です。デカルトの「我思う。故に我あり」は、デカルトの青年期の思索の結果でした。だから、欧米の有の文化の論理は、よく言えば青年の論理、悪く言えば子供の論理なのです。

 無の文化では、自分というものは世界のさまざまな面から既定された関係であって、それ自体が実体のある何かではないということを暗黙の前提としています。同様に、対象も実体ではなく関係にすぎません。色即是空という言葉は、日常生活で使うことはあまりありませんが、日本人は誰でも心の中で物の実体は空であることを感じています。

 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」という方丈記の一節に多くの人が共感するのは、河や人生は実体ではないという感覚を持っているからです。



 ところで、日本の江戸時代では、教育における反復の手段に、素読や手習いという主に言語的なものを使っていました。素読は、読む力、聞く力、話す力を必要とします。手習いは書く力を必要とします。これだけで国語教育がすべてカバーできていたのです。(つづく)



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