では、なぜ暗唱をすると頭が良くなるのでしょうか。それは、頭脳が扱う短期記憶の入れ物が大きくなるからだと思います。
人間が普通に一度聞いただけで記憶できる分量は、7つまでと言われています。それが短期記憶の容量です。このため、文章で言うと、7文節ぐらいまでなら一度で覚えられますが、それ以上になると一度では覚えられません。新しい文節の単位が一つ入るごとに、古い文節の単位が一つ出ていくからです。
しかし、暗唱の場合はそうではありません。一つの文節ではなく、いくつかの文節が集まった一つの文自体が記憶の単位になっています。これは、百人一首の短歌を覚えている場合を考えてみるとよくわかります。「ひさかたの」という最初の言葉を聞いた時点で、すぐに全部の「ひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ」までが思い出されます。この場合は35文字が一つのまとまった単位になっているということです。
文章を理解するということは、ちょうどバケツリレーで、ひとつひとつのバケツに理解できる最小単位の文節が入っていて、それを次々と運んでいくような作業です。理解する単位が大きくなると、バケツリレーという作業自体は変わりませんが、ひとつのバケツのサイズが何倍にも大きくなるのです。
このため、暗唱をして短期記憶のバケツを大きくしておくと、発想力も理解力も増すのだと思います。
これは、ちょうど速読の仕組みと似ています。初めて文字が読めるようになった子供は、最初は1文字ずつ文字を読んでいきます。声に出しながら1文字ずつ読んでいき、その自分の声のつながり具合から何を書いてあったのか理解します。
読むのが速くなると、声に出す必要はなくなり、文字のつながりをひとまとまりに理解しながら読み進めていきます。
速読の場合は、この理解するひとまとまりが、5文字、10文字と増えていきます。フォトリーディングなど、更に速い読み方では、ひとまとまりの単位がもっと大きくなります。
速読の場合は、読む単位を広げることですが、暗唱の場合は、理解する単位を広げる練習をしていることになるのだと思います。
タイトルの「暗唱をすると頭が良くなる」というのは私の実感です。実感とは言っても、データの裏づけのある実感です。
昔から、言葉の森では音読の自習をしていました。しかし、その音読をもっと徹底させたいと思っていました。
音読は、国語力をつける効果はありますが、続けにくいということと、そして、たまに嫌々やるぐらいでは効果がないことが弱点でした。
五分でもいいので、毎日同じ文章を繰り返して読むことが大事なのですが、そのやりかたを実行している子は、なかなかいませんでした。
また、言葉の森で音読をしていると、同じことをほかのところでもやるようになってきました。
音読を勧める本が出たり、学校の宿題として取り組むところが出てきたりすると、逆に音読のマイナス面も目立つようになってきました。
それは、「子供が音読を嫌がるので、どうしたら楽に音読を続けさせられるか」というような、音読の意義よりも音読の方法を目的にしたもので、親も子もただ苦労するだけの学習になっていったのです。そのようなやり方では当然大した効果はありません。
そこで、言葉の森では、音読の意義をさらに徹底させるために、暗唱という学習に取り組むことにしました。
まず、自分で暗唱をしてみる必要があるので、半年ほど毎日10分の暗唱に取り組みました。
私はもともと記憶力というものに自信がなく、聞いたことはメモをとらなければどんどん忘れていきます。たぶん、記憶力テストのようなものがあれば、学校のクラスで下から1、2位を争うぐらいだと思っていました。だから、自分にできることなら誰にもできるだろうと思ったのです。
暗唱の練習をしてしばらくすると、新しい発想が次々とわいてくるようになりました。
暗唱の時期と前後して、構成図で文章を書く方法や、付箋をつけながら読書をする方法もやるようになっていたので、それらが暗唱と相乗効果を発揮したのかもしれません。何しろ、急にいろいろなことを思いつくようになってきたのです。
私は、中学生のころから日記をつける習慣があり、大人になってからは、A4サイズのルーズリーフ用紙にナンバーリングでページを入れて日記をつけていました。日記といっても、その日にあった出来事などは書かず、思いついたことをメモのように書くものです。
毎年、年末になってページ数を見ると、1000ページ弱というのがこれまでのペースでした。しかし、暗唱を始めるようになったときから日記の量が増え、今は年間2000ページ、1日に直すと約5ページ以上も、書く内容が頭からわきでてくるようになったのです。
また、読書の量もかなり増えたという実感があります。これは冊数を数えていないのでデータの裏づけはありませんが、読むスピードが速くなった感じです。
たぶん今、毎日の自習をしている生徒の皆さんは、似たような感覚を持っていると思います。物事の理解が早くなり、それに関連して発想が豊かになるという感覚です。つまり、暗唱を始めて半年ぐらいたつと頭が良くなってきたという実感がわいてくるのです。
しかし、学校の成績というものはもっと直接的なもので、テストの前にどれだけ勉強したかということに左右されます。ですから、暗唱をして急に成績が上がったというようなことはあまりないと思います。
成績は測定できますが、頭の良さというものは測定するものがないので、目だった結果はまだないかもしれません。しかし、日記の量や読書のスピードに見られるように、発想力や理解力は増大しています。それが、長い期間の中で成績にも反映してくると思います。
では、なぜ暗唱をすると頭が良くなるのでしょうか、ということはまた明日。(つづく)