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対話と表現を生かす作文―コミュニケーション・ラーニング(その9) as/1114.html
森川林 2011/01/04 18:38 


 理解力を高める学習と創造力を高める学習は、車の両輪です。

 理解力を高めるためには、幼児期からの添い寝と語り聞かせ、学齢期になってからの読書と暗唱が重要でした。しかし、理解力を高めるだけでは、ただいろいろなことを人より早く身につけることにしかなりません。

 その理解力を土台にして、社会に新しいものを作り出すのが創造力です。その創造力を育てるものは、対話と表現です。

 日本の社会には、かつて手紙、日記、短歌、俳句などという対話と表現の文化がありました。しかし、現代の社会では、それらの文化の多くは日常生活からは縁遠いものになっています。

 確かに、大人にはブログやSNSのようなインターネットを利用した新しい対話の機会ができました。しかし、子供にはそういう機会はほとんどありません。日本では、特に、学齢期における対話と表現の教育が少ないことに最も大きな問題があります。



 対話については、一時ディベートというアメリカから輸入された方法がブームになったことがありました。しかし、ディベートは、相手の議論の弱点を自分の議論の長所で打ち負かすという一種のスポーツのようなものですから、日本の文化にはなじみませんでした。また、論争は、ともすれば勝ち負けに終始してしまうので、創造的な対話にも結びつきませんでした。



 ユダヤ人の家庭では、家族の対話が頻繁に行われているそうです。ユダヤ教徒には、安息日を厳格に守る習慣があるので、週1回の安息日には家庭の中で聖書を読んだり話をしたりする以外にすることがあまりありません。そういう生活の中で、ユダヤ人の子供たちは家庭の中で議論する習慣を身につけていきます。しかし、この家族での議論の前提になっているものは、安息日と聖書と戒律の文化ですから、日本人は全くなじみがないものです。

 しかし、日本人は、そういう宗教的なものに依拠しないでも、対話の習慣を作り上げることができます。それが、作文の取材と発表です。

 日本語は、音声言語と文字言語の一致度がきわめて高い、世界でも珍しいひらがな書きのできる言語です。英語では、小学校1年生が、スペリングをまちがえずに文章を正しく書くことは考えられませんが、日本では、「わとは」「おとを」などのわずかの区別さえ覚えれば、だれでも作文を書くことができます。



 言葉の森では、子供たちが小学校3年生になると、週1回、題名課題で作文を書くようになります。その題名課題は、どれも身近なもので、「がんばったこと」「おいしかったこと」「はじめてできたこと」などというものですから、子供たちが自分の経験だけで書くこともできます。

 しかし、この題名課題をもとに、家族の中で取材を行うようにすると、それが自然な対話になるのです。子供によっては、田舎のおじいちゃんやおばあちゃんに電話で取材することもできます。

 小学校低中学年では、このような話題が特になくても、親子でいろいろな話をすることができますが、作文の課題という話題があると、その対話の焦点が絞られるようになります。特に、日常生活で親子の接触する時間が短い父と子の場合は、こういうはっきりした話題がないと、「勉強しているか」「うん」というあたりさわりのない話になってしまいます。

 小学校低中学年という、子供と親がいちばん楽しく話をすることのできる時期に十分な対話をしていないと、子供が大きくなり中学生や高校生になったときに、更に話を交わすことが難しくなります。そうすると、結局、話題は成績のことや点数のことだけになってしまいます。

 この対話の習慣作りに大事なのは、やはり母親です。母親は、小学校低中学年のときに、子供と父親が対話のできる環境を作ってあげる役割があります。もちろん、母親も子供と対話をしますが、子供にとっては、普段あまり話を交わさない父親との対話が考える力の練習になるのです。



 対話は、作文を書く前の取材の段階でもできますが、長文の音読や長文の暗唱のときにもすることができます。言葉の森の長文1編は約1000字ですから、全部音読をしても2、3分です。食事の前に、子供が音読や暗唱の練習をして、その長文を話題にして親子が話をするという方法がとれれば日常的な対話がしやすくなります。同じように、週1回書いた作文を読み、それをもとに話をするということもできます。

 このときに大事なのは、親が子供の批判をしないということです。例えば音読が下手であっても、それを指摘して直すようなことはしません。作文がうまくなくても、そこで注意するのではなく、書かれた中身について共感することが大事です。直すのは、読む練習を繰り返す中で自然に行っていくものです。対話は、勉強の一部としてではなく文化的生活の一部として楽しく行っていくことが大事です。

 対話というと、子供と親が同じように話をするディスカッションのようなものを考える人もいると思いますが、そういう欧米式の議論のようなものは日本人には向きません。日本人の子供時代の対話は、親がどんどん話をして、子供がそれを楽しく聞くという感じで無理なく進めていけばいいのです。そのために、時間があれば、親が事前に作文課題や長文を見て準備をしておいてもいいと思います。

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日本における表現の文化―コミュニケーション・ラーニング(その8) as/1113.html
森川林 2011/01/02 06:09 


 相対語感しか持たない人は、ひとまとまりの物語や学問を、言葉によって理解することはできますが、同じように再現することはなかなかできません。絶対語感を持つ人は、物語や学問を一度聞いただけで理解し、しかもそのまま再現することができます。

 しかし、だからといって、相対語感の人が学力的に劣るわけではありません。学問をするうえで理解に時間がかかるというハンディがあるだけですから、そのハンディは努力によって克服することができます。また、理解に時間がかかるということは、逆に言えば創造性を発揮する余地があるということです。しかし、理解力が優れているということは、人間が社会生活や学問生活を行っていくうえでやはりきわめて有利なことなのです。

 もちろん、この相対語感と絶対語感の差異は、はっきりと分けられるものではありません。相対語感はだれもが共通に持っていますが、絶対語感は乳幼児期の環境によって、持ち方の度合いに差が出てきます。



 絶対語感を成長させる要因は、乳幼児期に親が同じ物語を何度も聞かせてあげることです。これが、添い寝と語り聞かせの文化によって、日本の社会に受け継がれてきました。この理解力の土台があったために、日本は、過去何度か、国民全体の大きな方向転換を比較的容易になしとげることができたのです。



 ところで、こういう絶対語感によって優れた理解力が育つだけでは、ただ頭のいい子ができるだけです。そういう頭のいい子がいくら集まっても、社会に新しい創造は生まれません。理解力が優れているということは、創造性を発揮する必要をあまり感じないということだからです。頭のよさとアイデアの斬新さには、反比例する面もあるのです。

 理解力を育てるには、同じ文章の語り聞かせや読み聞かせが必要でした。子供が自分で文章を読めるようになれば、ここに、同じ文章の音読や暗唱や読書も入ります。一方、創造性を育てるには、対話と表現が必要です。既にあるものを聞いたり読んだりするのではなく、まだないものを新たに作り出すというのが対話と表現だからです。

 この点で、日本にはやはり、他の国にはあまり見られない大衆的な、短歌、俳句、日記、手紙という表現の文化がありました。江戸時代における手紙のやりとりの頻繁さは、当時日本を訪れたヨーロッパ人を驚かせました。また、戦時中、日本と戦ったアメリカ軍をやはり驚かせたのは、日本の兵士の多くが手帳に日記や詩を書いていたことでした。欧米では、そのようなことをするのは社会の上層にいるエリートだけで、大衆が日常的に文章を書くということは考えられなかったのです。

 明治維新を遂行した日本人は、欧米の文化を単に理解して受け入れるだけでなく、そこに日本的な創造を付け加えることを忘れませんでした。どのように異質なものが来ても、和魂洋才の精神で消化することができたのは、日本にこのような創造的表現の大衆文化があったからです。

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