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人間の持つ創造性の土台としての不完全性 (日本の新しい産業 その3) as/1210.html
森川林 2011/03/24 21:17 



 日本の未来の産業は、IT産業でも金融工学産業でもありません。もちろん、農業でも、製造業でも、サービス業でもありません。

 これらの過去の産業に共通しているものは、自然や人間がもともと持っている力を拡大し、その一方でその仕事にかかわる人間の労働を省力化することによって利益を上げるという方法でした。そのため、その産業の内部での革新が行き詰まると、企業はリストラによって利益を確保するという方向に向かいました。

 この方向の先にあるものは、ある意味でユートピアともいえる不思議な世界です。従来の産業が発展した先にある究極の社会は、ロボットがすべての生産活動を行い、人間はその成果を消費するだけという社会です。そこでは、ほしいものがすべて無料で手に入ります。だから、労働する必要のない人間は、無給でも困ることはありません。

 しかし、この世界は、南の島でバナナを食べ放題の人たちの暮らす社会と本質的には何も変わっていません。変わったのは、バナナのかわりに、もっと多様なものが手に入るようになったということだけです。

 生産力が極度に発達し、労働がすべて機械にとってかわられるようになった社会では、人間のすることは豊かな消費だけになります。この平和な停滞した社会は、もはや自らの内部に、問題を発見し新しい何かを創造するという動機を持ちません。このような社会では、人間は、機械の恩恵を受けるサルと同じような存在になっていきます。ボタンを押して機械を利用することはできますが、その機械がどのような仕組みで動いているのかは知りません。まして、自分がその機械を作ったり改良したりすることなど思いもつきません。

 豊かな日本の社会では、既にこのような若者たちが生まれています。物心ついたときから、テレビも車もエアコンもあり、インターネットでいながらにしてほしいものが手に入る環境で育った子供たちは、消費には敏感ですが、自分で何かを生産するという動機には乏しいのです。



 人類の未来がこのような停滞したユートピアにならないようにするためにも、これからの日本が生み出すものは、新しい創造産業でなければなりません。この創造産業を生み出すだけの経済力と文化を持った国は、世界の中でも日本しかないからです。

 創造産業は、従来の産業と違い、人間の労働を減らすことによって価値を生み出すのではなく、逆に人間の特質を生かすことによって価値を生み出します。この場合の人間の特質とは、創造性です。

 従来の産業が、人間の労働の省力化をめざしたのは、そこで使われている人間の労働力が創造性を抜きにした労働力だったからです。工場で歯車のねじをしめる仕事、物を運んで送り先に届ける仕事、エレベーターで開閉のボタンを押す仕事、レジで金額を計算し代金をもらう仕事、これらの仕事に求められる人間の資質は、故障のない機械に求められているものと同じです。ブルーカラー、ホワイトカラーに限らず、現在のほとんどの人が従事している仕事は、本来人間がやるよりも機械に任せた方がよい仕事です。人間は、機械に代替できる仕事ではなく、人間だけができる創造の仕事をするために生まれてきたのです。

 では、人間が、他の生物やロボットが持たない創造性を持っているのは、なぜなのでしょうか。人間の創造性の土台は、逆説的に聞こえるかもしれませんが、実は人間が本来的に持つ不完全性に根ざしています。創造とは、不完全なものがより完全なものを目指すときに現れる新しい空間のことです。

 機械が不完全であれば、それは単なる故障した機械でしかありません。機械は完全であることによって本来の役割を発揮します。だから、機械の中には創造へと向かう動きはありません。逆に、完全な人間がいたとしたら、その完全な人間の中にも創造へと向かう動きは存在しません。不完全さの中に生きる人間だけが、創造への強い意志を持っているのです。

 未来の創造産業は、この人間が持つ創造への意志によって成立する産業です。



 さて、人間の持つ不完全性は、人間の身体と言語に特徴的に表れています。

 人間の身体が不完全であるために、人間は生まれつきの素質のままでは、どのようなスポーツも上手に行うことはできません。一方、他の動物は、生まれつきの素質のままで、自然の中を自由に生活していくことができます。犬や猫が、持久力や瞬発力をつけるためにトレーニングをするということはありません。しかし、人間は、この人間の身体が不完全であるがゆえに、訓練することによってある運動に熟達し、その分野で新しい技能を作り出すことができます。

 身体の不完全性は、運動だけでなく感覚にも表れます。人間の感覚は、味覚も、触覚も、視覚も、聴覚も、不完全であるがゆえに、訓練によってより高いレベルに到達することができます。この身体の不完全性、したがって向上の可能性の中に、創造産業の芽があります。

 人間のもうひとつの不完全性は、言語の中に表れています。動物は、一方通行のうなり声やさえずりのような言語は持っていますが、コミュニケーションの道具としての言語は持っていません。集団行動をするオオカミなどは、ある種の以心伝心の力を持っているようですが、この場合のテレパシー的な言語は、人間の持つ不完全な言語とは違って完全な言語です。

 機械が持っている言語は、プログラミング言語に見られるようにやはり完璧な言語です。正しいコマンドであれば、だれが命令してもソフトは正確に動きます。しかし、つづりを1文字間違えただけでも、全く動かなくなることがあります。(私も、ただ一ヶ所の半角スペースや改行記号が抜けていたためにプログラムが動かず、原因探しに数時間かけたというようなことが何度かありました。)

 人間の言語は、この動物の言語とも機械の言語とも異なっています。その特徴は、不完全な言語であるということです。しかし、人間の言語のこの不完全性こそが、創造の土台となっています。

 簡単な例を挙げると、人間が、トウモロコシを間違えてトウモコロシと読んだとき、機械はそれをエラーと見なすでしょう。動物は(人間の言うことが通じる犬のような場合)それを正しいトウモロコシに還元して理解するでしょう。しかし、人間だけは、この間違いを笑いとして受け止めることができます。ダジャレの本質は、言語の不完全性が、人間の受け取り方によって笑いに転化することにあります。

 正しいもの、完全なものは原則としてひとつしかありません。しかし、間違ったもの、不完全なものは原則として多数存在します。この不完全性の多様さこそが、創造の多様性の土台となっています。

 言語の持つ不完全性は、ダジャレのような単純なところだけでなく、もっと大きく学問体系の創造のようなところにも表れます。ある学問分野で、これまでA→Bだと考えられていたものが実はA→B→Cであると理解が進んだとき、隣接する学問分野に、類推できる理論A’→B’があると、そこから未知のC’を創造ないし発見しようという動きが出てきます。

 例えば、自然科学におけるダーウィンの進化論は、社会科学におけるダーウィニズムを生み出し、そのダーウィニズムに基づいて優勝劣敗の制度の合理化という政治経済政策を生み出しました。しかし、逆に、その優勝劣敗の制度の矛盾が明らかになってくると、今度は、もとの自然科学の分野にまでさかのぼってダーウィニズムの弱点や限界が明らかになっていくのです。このように考えると、学問の発展は、完全な真理の発見の過程ではなく、無限に続く真理の創造の過程だということができます。この無限の創造性の土台となっているものが、人間の持つ言語の不完全性なのです。(つづく)



※話がだんだん長くなっていきますが、これから次第に具体的な話に進み、やがて作文の話に戻るので、もうしばらくおつきあいください。(^^ゞ

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日本の未来は創造産業にある (日本の新しい産業 その2) as/1209.html
森川林 2011/03/23 20:58 



 製造業にもサービス業にも未来はないと言っても、当面、日本の経済は、製造業とサービス業でやっていくしかありません。

 製造業は、総体的には低賃金の新興国に追い上げられているとはいっても、まだ多くの分野で日本独自の技術が優位を保っています。また、サービス業は、日本人の細やかな感性に支えられて、多くの分野で他国のサービス業よりも優位に立っています。

 しかし、未来の大きな流れを見ると、製造業とサービス業で日本経済が発展することはもはやありません。また、観光や介護や医療や福祉にも、日本の産業の未来はありません。

 日本の未来の産業は、これまでとは異なる分野で新しく生み出す必要があります。その新しい産業を、創造産業と呼ぶことができると思います。



 江戸時代は、日本が国内だけで自給していた時代です。当時の主要な産業は農業でした。そして、その農業の生産力に支えられて、大量の武士階級が養われていました。当時の武士は、社会に新たな価値を創造することのない、悪く言えば一種の寄生階級でした。

 しかし、江戸時代の日本は、当時の世界の中で最も豊かで平和で知的水準の高い社会を作り出していました。それは、第一次作業である農業と、社会の寄生階級である武士との中間の社会に、密度の濃い多様な文化が産業として成立していたからです。この多様な文化が、江戸時代における創造産業でした。



 ここで話は原理的なことになりますが、社会の豊かさがどこから生まれるかと言えば、それは豊かな供給からではありません。

 熱帯地方では、一年中食べられる果物が実っている地域があります。しかし、そこに住んでいる人は、必ずしも豊かではありません。むしろ、食物の豊富な熱帯地方は、貧しい社会と重なっている場合がほとんどです。江戸時代の豊かさの条件のひとつに、農業生産力の発達があったことは確かですが、その農業が豊かさを生み出す主な要因だったのではありません。

 では、豊かさは需要によって生じるのかといえば、それも正確ではありません。一年中食べられるバナナが実っていて、そのバナナを食べて暮らしている人がいるというだけでは、そこにはただ静的な循環があるだけです。そのような循環は、自然界のすべての生き物についてあてはまる生活サイクルであって、人間社会の豊かさを説明することにはなりません。

 人間社会の豊かさは、人間の持つ想像力に由来しています。人間は、想像力によって、今既に存在している供給を超えた未知の需要に対して憧れや欲望を持ちます。この欲望が、静的な循環から抜け出る努力や工夫という創造的な不均衡を生み出します。この不均衡の分だけ社会は豊かになり、それがまた新たな不均衡と新たな豊かさを生み出すのです。



 例えば、毎日バナナを3本食べて満足に暮らしていた山奥の人が、ある日、海辺の人に出会い、カキという貝のおいしさを知ったとします。海辺の人は、年中カキがとれるので、やはり毎日カキを3個食べていれば満足に暮らしています。

 山の人は、これまでのバナナ3本の生活に飽き足らず、せめてカキをもう1個食べたいという欲望を持ちます。その欲望は、カキに対する憧れという想像力によって生み出されたものですから、山の人は、カキ1個のためなら、バナナ2本と交換してもいいと思います。

 一方、海の人も、いったん知ったバナナの味に対して憧れを持ちます。海の人は、バナナ1本のためなら、カキ2個と交換しても惜しくないと考えます。

 こうして山の人は2本のバナナを持って海辺へ向かい1個のカキを手に入れて満足して山に帰ります。一方、海の人は2個のカキを持って山に入り1本のバナナを手に入れてやはり満足して海に帰ります。この結果、海と山とで、それぞれカキ1個分とバナナ1本分が豊かになっていったのです。

 この豊かさは、交換や流通や分業によって生み出されたものではありません。交換や流通や分業は、豊かさが実現する形式であって、豊かさの内容ではありません。豊かさの内容は、人間が最初に抱いた欲望であって、その欲望が、需要を上回る供給を生み出すとともに供給を上回る需要を生み出すことによって、社会を現状よりも豊かに発展させる動因になっているのです。



 日本の経済の低迷は、実は先進国に共通する低迷であって、もっと言えば人類全体の低迷です。確かに地球全体で見れば、新興国や途上国に見られるように、その国の国民の欲望が新たな需要と供給を作り出す国が次々と生まれています。もっと豊かな生活をしたいから、もっと長時間働き、もっと生産や流通の方法に工夫を加え、もっと多くの需要と供給を生み出したいと願う広範な大衆がいる国では、経済は発展しているように見えます。しかし、その発展は、新しいものの発展ではなく、古いものの周回遅れの発展であって、その遅れが次々と低賃金の国に伝播していき、最後には地球全体で静かに消滅するという歴史の流れの中の、最後の仇花としての発展です。

 その最後の仇花が咲き終わったあとに、人類のゼロ成長の恒常的な安定の時代が来るとしたら、その安定の時代はあまりにも魅力のない時代ではないでしょうか。今の日本は、世界の中でいち早くそのゼロ成長の社会に突入しようとしています。日本が今の経済力のまま、社会に格差がなくなり、みんながそれぞれ自分の分に応じた生活をするという世の中になったとしても、それが果たして私たちの理想の社会だと言えるのでしょうか。

 日本は、今の新興国が目指している経済発展とは全く異なる分野で、これまでの発展の何十倍にもなる新しい発展を目指さなければらないのです。しかし、その発展を担う産業は、もちろんIT産業でも金融工学でもありません。(つづく)



※話がだんだん長くなってしまいました。作文教室とは関係ない話と思う人もいるかもしれませんが、実は最終的には作文の学習と深く結びついています。もうしばらくご辛抱ください。

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