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創造産業の重点は言語的、知性的なものに (日本の新しい産業 その7) as/1214.html
森川林 2011/03/26 11:07 


 今後、日本で創造産業が発展するためには、国民ひとりひとりの意識が変わっていく必要があります。それは、私たちの喜びを、消費的な喜びから、創造的な喜びに向かって広げていくことです。消費の喜びには、寝食を忘れて取り組むというようなものはあまりありません。しかし、創造の喜びにはそのような情熱的な感動を伴うものがしばしばあります。

 例えば、音楽を鑑賞する、スポーツを観戦する、おいしいものを食べる、どこかに旅行に行く、テレビを見る、本を読む、このような喜びは、消費の喜びです。これに対して、音楽を作る、スポーツに参加する、おいしい料理を作る、みんなを迎える観光地を作る、テレビ番組を作る、本を書く、このような喜びは、創造的な喜びです。創造的な喜びは、夢中になると文字どおり寝食を忘れて取り組むようなことが起こります。創造の喜びの魅力というものを多くの人が実感していることが、創造産業を発展させる土台となります。

 創造産業を発展させるためにもうひとつ忘れてはならない大事なことは、身体的、感覚的なものよりも、まず言語的、知性的なものを優先させるということです。

 創造産業の例として、最初にわかりやすく流鏑馬の話を取り上げましたが、身体的なもの、つまり、運動や音楽や芸術のようなものだけが発展し、子供たちの夢や理想が身体的なものに向かうようになると、日本の文化は知的に衰退するようになります。そして、知的に遅れた国は、やがて知的に発達した国の科学技術に後れをとるようになります。

 だから、創造産業は、量的には身体的なものが多数を占めるとしても、質の面での重点は、まず言語的なものにする必要があります。言語的な創造産業とは、具体的には、学問の新しい分野を作り出すことです。アメリカで生まれた金融工学は、宇宙工学の分野で失業した人が金融界に流れて誕生したと言われるように、経済学とコンピュータアルゴリズムの融合という形で発展しました。同じようなことが、これからさまざまな学問分野で生まれる可能性があります。

 なぜかというと、現在の学問は、例えば数学でも専門が少し違うだけで、互いの先端分野は理解できないと言われるように、高度に専門化して発達しているからです。そして、人間の理解というものは、コンピュータのようにただメモリの容量さえあればすべて受け入れるという単純なものではなく、長い時間をかけてその分野に精通しその分野の知識を血肉化していくという不完全な身体性を伴ったものだからです。

 この身体性こそが、個性と創造性の根拠になります。例えば、数学のAという分野に精通した人が、同時に生物学のBという分野にも精通していて、その両者の先端的知識を組み合わせると、新しい数理生物学のような分野が新学問として創造されるということです。すると、その学問分野がまた新たな創造の土台となり、このようにして、知的な分野でも無数の創造が可能になるのです。

 よく「遺伝学の父メンデル」とか「カオス理論の父ローレンツ」などという言い方がされることがありますが、日本に(そして、やがて世界に)無数の「○○学の父」が生まれるというのが、創造産業の知的な面での表れ方になります。

 さて、ここで考えなければならないことは、身体的な分野ほど導入部分が容易であるのに対して、言語的な分野は導入部分が困難であるということです。これは、習い事の例を考えてみるとわかります。小学生の子供たちにとって、スポーツや音楽はすぐに親しめる分野です。しかし、勉強的なことは自然に任せておけば自ら興味を持って取り組む子はほとんどいません。子供たちが小さいころから塾に通っているのは、受験社会に対応する必要に迫られているからであって、決して子供たちの内的な動機によるものではありません。

 なぜ、身体的なものの方が知的なものよりも入りやすいかというと、身体的なものはどんなに初期の習得段階であっても、それなりに表現する楽しさがあるからです。サッカーを習い始めたばかりの子であっても、下手な子は下手なりに楽しくサッカーのプレーに参加することができます。音楽や芸術も同様です。

 しかし、知的なことは、延々と習得するだけの過程が続きます。知的な分野で何かを創造するというのは、20代や30代、場合によっては40代や50代になってから初めてできることなのです。だから、この退屈な知的習得の過程を継続させるために、本来、創造の喜びとは無縁なテストや競争や賞罰という強制力が必要になってくるのです。

 ところが、ここで、テストや競争や賞罰に頼らない形の知的学習として、作文を活用がすることができます。(やっと作文の話になった。)なぜならば、作文は、子供たちのそれぞれの個性や年齢に応じて、誰もが発表の喜びを味わえる学習だからです。(つづく)

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森川林 2011/03/26 11:06 



 創造産業の広がり方を、流鏑馬を例にとって説明しましたが、では、ほかにはどのような新しい創造産業の文化が考えられるでしょうか。

 まず、流鏑馬に関連して、先に述べた馬の飼育、弓矢の制作などがあるでしょう。このほか、小動物の飼育に関しては、鷹の飼育(鷹匠)、ウズラの飼育、ウソの飼育、金魚の飼育、コイの飼育、猿回しの訓練、イルカの訓練、伝書鳩の訓練などもあるでしょう。江戸時代には、オカメインコやトイプードルなどはいなかったでしょうから、これからそういう新しい種類の小動物についても日本人の手による品種改良や訓練が行われるようになります。カラスは賢い鳥ですが、その鳴き声と色とゴミ箱をあさるという性質から、多くの人に迷惑がられています。しかし、これから長い時間をかけてカラスの品種改良を行い、クジャクのような羽を持ち、カナリヤのような声を持ち、人間の命令に忠実なカラスが作られれば、カラスは一種のペットとして人間と共存することができます。すると、カラス訓練士などというものも、ひとつの創造産業になる可能性があります。

 植物について言えば、日本では、これまで、アサガオ、サツキ、オモト、ランなどにさまざまな品種改良が加えられ、多くの品種が作られてきました。現代の日本は、江戸時代にはなかった世界中の珍しい植物が手に入ります。すると、ここで更に個性的な植物改良が行われる可能性が出てきます。例えば、よい香りのするラフレシア、ゴキブリを専門に食べるウツボカズラ、ペットボトルのかわりになるフルーツなどです。

 これまでの産業構造では、このようなユニークなアイデアは、漫画の話題になるぐらいがせいぜいでした。しかし、これから生まれる創造産業の社会では、作る本人がその内容について強い興味を持ち、その分野の専門の知識や技能をもとに創造的な作品を作り出し、その仕事を同じように面白いと思う人が、その作品や作成技能に関心を持つようになれば、そこにひとつの新しい産業が生まれます。文化というものは、初期の段階では取るに足らないようなものであっても、人間がその身体性を土台に時間をかけて技能に磨きをかけていくと、突然その分野に新しい創造が生まれることがあります。例えば、植芝盛平(うえしばもりへい)が創始した合気道は、単なる武道から質的に異なる超人的な段階にまで到達しました。似た例として、野口晴哉(のぐちはるちか)の整体、肥田春充(ひだはるみち)の強健術など、日本にはさまざまな創造文化が生まれています。

 現代が江戸時代に比べて有利なのは、世界中からの新しい素材や道具が利用できるようになっていることです。工芸品として、木工細工、金細工、うるし塗り、陶芸、染物、織物などがありますが、今後、セラミック、樹脂、新素材などを利用した新しい工芸品が創造される可能性があります。また、コンピュータのプラグラムとセンサーを利用して立体彫刻を短時間で作る技術なども既に実用化されつつあるので、そういう新しい技術を利用した新しい工芸分野が生まれる可能性もあります。しかし、この場合も重要なことは、技術や方法に還元した機械的な生産に向かうのではなく、あくまでも人間の身体性に依拠した個性的な熟練を高めていく方向で、創造産業と向上産業を組み合わせていくことです。

 日本で伝統的に道の文化として挙げられるものに、茶道、華道、書道などがありますが、絵画、漫画、歌、踊り、落語、講談、寸劇、衣料、美容、など、今後さまざまな分野で新たに道の文化が創られる可能性があります。茶道を創始した千利休のように、ひとつの分野に情熱を持って追求する人がいれば、どのようなものもそれ自体が道の文化になることができます。

 創造の分野は、どこにも無限に広がっています。新しい楽器、新しいスポーツ、新しい芸術、新しい行事、新しいお祭り、新しい趣味、新しい文学、新しい舞踊、新しいファッション、新しい名所など、その分野に興味と関心を持つ人が考えれば、いくらでも多様化、細分化、専門化した創造産業を生み出すことができるのです。(つづく)

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