素読には、孔子の「読書百篇意自ずから通ず」と同じような学習法がとりいれられています。大事なのは、繰り返し読むことであって、読んで理解できないところを誰かに解説してもらうという学習法ではありません。
読んでわからないところを解説してもらうと、わかったような気がしますが、その理解は表面的なものにとどまります。
繰り返し読むことによって全体を把握し、それが自分の成長ととともに次第に深まっていくというのが素読の学習法です。
江戸時代の寺子屋の学習の中心は、日本語の読み書きの学習でした。今の教科で言えば、国語の時間がほとんどで、そこに算盤という計算の練習が加わったような形でした。
読み書きというのは、社会生活を行う上で欠かせないものですが、特に読み書き教育が重視されたのは、それが人間の成長と深く結びついていたからです。
教育において、言語教育を重視するのは、言語脳が人間の進化の最もあとから発達した機能だからだと考えられます。
教育の分野には、音楽教育、運動教育、絵画教育などもあります。しかし、それらの教育では、個々の分野の教育にとどまり、全人的な教育には広がりません。
言語教育は、言語の習得にとどまらず、人間の成長全体に影響する教育になります。それは、最も新しい言語機能が活性化することによって、脳の他の機能も活性化するからです。
アメリカの教育実践で、脳に先天的な異常があり身体の動作が不自由だった子が、幼児期に読み書きの練習をすることによって身体機能までも回復したという報告があり、再現性が確認されています。
「赤ちゃんに読みをどう教えるか」
http://www.amazon.co.jp/dp/4925228013
言語の教育は、それだけ教育の重要な柱なのです。
ところが、これまでの欧米流の有の文化の言語教育は、一般に次のような形で行われていました。
まず最も単純で易しい文字を覚えます。次に、単語を覚え、短い文を読み、その文が理解できるようになったら、長い文章を読み、次第に難しい文章を読んでいくという流れです。易しいものから難しいものへ少しずつ進んでいくという方法です。
これに対して、無の文化の言語教育は、正反対とも言っていいものです。
まず、難しい漢字が使われていて内容も難しい論語などのテキストを、そのまま丸ごと音読します。そして、それを暗唱できるまで繰り返し読んでいくのです。文章の内容の理解とは無関係に、ただ声を出して読み続けることが素読という学習法です。
手習いも同じです。ただ手本となる文字を何十回何百回となぞり書きするだけです。その手本となる文字は、ひらがなについては「いろは」、漢字については千字文という中国の詩などでした。内容が子供向けかどうかという配慮などはなく、大人の社会に通用しているものをそのまま丸ごと自分のものにすることが求められたのです。
欧米の有の文化の教育法では、子供向けの教材が必要になります。そして、その教材をどういう手順で発展させていくかというカリキュラムが必要になります。すると、そこで、教材とカリキュラムに精通した先生が必要になり、先生の教える場所としての学校が必要になります。
その結果、欧米の教育は、金銭的な余裕のある一部の上流階級の子弟だけに限られたものになりました。欧米では、教育を受けた人だけが社会を動かすエリートで、教育を受けない人は家畜と同じようにただ受け身で命令を聞く存在であればよいと思われていたのです。そして、その文化は、今も続いています。
これに対して、日本の無の文化の教育は、教材もカリキュラムも先生も学校も必要ありませんでした。大人は、自分が子供のころ習って身についている「いろは」や論語を、同じようにただ子供に伝えればいいだけでした。ただ、ある程度分業した方が能率がいいからという理由だけで、寺子屋というシステムができていたのです。決して、寺子屋方式という教材、カリキュラム、先生、教室が教育に欠かせなかったわけではありません。これが、欧米の教育と日本の教育の大きな違いで、この違いが、欧米と日本の大衆の識字率の驚くほど大きな差を生み出していたのです。
日本の教育では、教育はエリートだけではなく、誰もが等しく同じように受けられるもので、反復して曇りを拭い取るという同じ教育法によって、誰でも同じように本来の人間としての能力を発揮できるようになると考えられていました。
欧米流の有の文化の教育は、今の世界の教育の主流です。子供が学びやすいように、学年別に細分化された教材を作ります。子供がつまずくところは更に細分化して教材を完備します。そのようにして、大量の複雑化した教材に囲まれて勉強する形なので、学校と先生がなければ教育が行われないと考えてしまうのです。
日本の無の文化の教育は、学校や先生がなくても成り立ちます。吉田松陰は、下級武士の子で貧しかったので、山の畑で父の農業を手伝いながら勉強しました。
欧米では、学校に行けないということは、そのまま教育を受けられないことを意味していました。日本では、学校に行こうが行くまいが、家庭の生活の中で教育を受けることができたのです。(つづく)
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無の文化における方法論の主なものは、自然、喜び、反復などです。
日本人は、解決しがたい大きな問題にぶつかると、自然の中に戻って答えを探そうとする傾向があります。人や文献に頼るのではなく、自分で直接、自然や現場に赴いてその問題と一体となろうとするのです。
また、日本人は、暗いことは悪いことで、明るいことがよいことだというもともとの価値観があります。だから、議論をして勝つようなことは、議論すること自体に暗さを感じてしまうのです。
多数決で決めることも同じです。多数決で少数者の声を否定して決めざるを得ないことに、本来の姿ではないものを感じるので、日本人の最も理想とする決定の仕方は、満場一致になります。決をとるのではなく、全体の雰囲気で決まるともなく決まるというのが理想の決まり方です。この根底にあるのは、だれもが明るく納得することがよいという価値観です。
日本の無の文化にあるもうひとつの特徴的な方法論は、反復の重視です。道元は、只管打坐という座禅の方法を確立しました。理屈による理解や技術の段階的な修得という方法ではなく、ただ黙って最初から最後まで座り続けるという方法を方法論として定式化したのです。
日本の仏教に見られる念仏も同じです。念仏においては、同じ言葉を唱え続けることが方法なのです。欧米の有の文化が、修行を何かを得るためのものと考えているのに対し、日本の無の文化は、修行を曇りや汚れを拭いとるものと考えています。このため、無の文化の方法は、ただ拭うために繰り返すことになるのです。
これは、日本の運動やスポーツの技能に対する考え方にも生かされています。例えば、日本では、野球でも剣道でも素振りという練習をよく行います。相撲でも、四股を踏むという繰り返しの練習が行われます。
テニスの練習法の素振りは、欧米の人にとっては、なぜそういう練習をするのか理解に苦しむところがあるようです。欧米の有の文化ででは、運動とは技能を身につけるものですから、技術を理解し修得する練習が中心です。日本の無の文化では、同じ動作を繰り返すことによって不純物を拭い去り、その運動に必要な本来の自分の姿を明らかにするということが中心になるのです。
学習についても同様です。日本では江戸時代の国語教育の中心となった方法は、素読と手習いでした。素読とは、同じ文章を何度も声を出して読み、暗唱するまで繰り返し読むことです。手習いとは、手本となる文字をなぞり書きし、紙が墨で真っ黒になるまでそのなぞり書きを繰り返すことです。
有の文化では、文章は一度読んで理解できたらそれでよしと考えます。文字は書き方を理解し書けるようになったらそれで練習は終わりです。なぜなら、文章も文字も、自分の外側に「有る」ものですから、それが自分の身についたら学習は完成なのです。
日本の無の文化では、読めるようになるとか書けるようになるとかいうこと自体が教育の目的なのではありません。文章や文字は、自然と同じように本来人間と一体のものであるはずだからです。ところが、人間は生きる過程で曇りや汚れをつけてしまうので、自分の中に本来ある文章や文字が自分のものとして出てきません。だから、同じものを繰り返し読み、繰り返し書くことによって、自分の表面にある不純物を拭い去り、その文章や文字との一体感を取り戻すということが教育の目的になっているのです。
日本人は、念仏にしても、素振りにしても、写経にしても、千羽鶴にしても、同じ動作を繰り返すことが好きです。それは、なぜかというと、同じことを繰り返すことによって何かが浄化されていくという感覚があるからです。
有の文化は、自分が「有り」、対象が「有る」ことを前提にして、自分がその対象を獲得することを目的とします。これは、誰でもわかる論理です。デカルトの「我思う。故に我あり」は、デカルトの青年期の思索の結果でした。だから、欧米の有の文化の論理は、よく言えば青年の論理、悪く言えば子供の論理なのです。
無の文化では、自分というものは世界のさまざまな面から既定された関係であって、それ自体が実体のある何かではないということを暗黙の前提としています。同様に、対象も実体ではなく関係にすぎません。色即是空という言葉は、日常生活で使うことはあまりありませんが、日本人は誰でも心の中で物の実体は空であることを感じています。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」という方丈記の一節に多くの人が共感するのは、河や人生は実体ではないという感覚を持っているからです。
ところで、日本の江戸時代では、教育における反復の手段に、素読や手習いという主に言語的なものを使っていました。素読は、読む力、聞く力、話す力を必要とします。手習いは書く力を必要とします。これだけで国語教育がすべてカバーできていたのです。(つづく)
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公立中高一貫校の入試では、「特殊な受験勉強を必要としない入試」という原則から、考えさせる問題を出しています。
そのひとつが作文の課題です。
その作文の課題も、最初のころは、身近な書きやすい課題が出ていましたが、最近はだんだん難しくなり、複数の文章を読ませて書かせる課題などもよく出ています。
また、どういう切り口で書いたらいいかわからない問題もよく出されます。
今回は、東京都のある公立中学の問題をもとにして、切り口の必要な作文課題の書き方を説明します。
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次の詩を読んで考えたことを、あなたの経験を例にあげて、分かりやすく書きましょう。
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顔ってね
ないた顔 おこった顔
笑った顔 ねぼけた顔
いろいろあるの
人間は
そのいろいろな顔のおめんを
次々にかぶったり
ぬいだりしているの
====
「子どもの詩」より
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作文の課題が出されたときには、まず要求されているポイントが何かということをつかんでおくことが大事です。
この課題の場合は、「あなたの経験を例にあげて」「顔」「おめん」などです。
採点する人は、たくさんの作文を次々に読まなければならないので、このような言葉を使いながら書いていった方が読み手に親切です。
例えば、自分の経験を書くときは、「私にも、似た経験がある。それは……」などと書くのです。
この「詩の感想」のような課題のことを、言葉の森では、「象徴的なテーマ」と呼んでいます。はっきりした意見の是非を求められているのではなく、どのような書き方でも書ける課題だからです。
こういう課題のときは、人間の生き方に結びつけて書いていくと意見を絞りやすくなります。
例えば、(人間は、いろいろな表情をするけど、それはおめんだとも考えられる。だとしたら、悲しい顔、怒った顔をするよりも、できるだけ明るい優しい顔をして生きていけたらいいなあ)などと考えます。
この場合の意見は、難しく考える必要はありません。よく、意見で独創性を出そうとする人がいますが、それは大人でも文章を書くプロでも難しいことです。人間の考えることは、だれでもほとんど同じです。意見で個性を出すのではなく、意見は平凡でもいいから、その裏づけになる実例と、文章を書くときの表現で個性を出していけばいいのです。
そして、意見は、できるだけひとことで短く簡潔に言えるものにします。例えば、「私は、いい顔をして生きていきたい」などという意見です。このぐらい単純でいいのです。
さて、作文は、いくつぐらいの段落に分けて書くか、最初に見通してを立てます。それぞれの段落は、同じぐらいの長さで書いていきます。
====
第一段落は、身近な実例と意見を書きます。「私も、毎日いろいろな顔をしている。お母さんに叱られたときは、ちょっとすねた顔、友達と会うときは、明るい顔、難しい問題を解くときは真剣な顔。しかし、何もしていないときは、どんな顔をしているのだろう。もしかしたら……(などと実例)。私は、いつも明るい顔をして生きていきたい。(などと意見)」
第二段落は、その意見を展開していきます。「そのために、ひとつには、いつも自分をふりかえる余裕を持つことだ。私は、前に、こんな経験をしたことがある。友達と学校からの帰り道に口げんかをして、そのまま家に帰ってきたときだ。母は私を見ると、『どうしたの。今日はそんなにこわい顔をして』と笑い出した。私は、そのとき……(などと実例)」
第三段落は、展開のその2。「もうひとつは、顔の表情をおめんのようにとりかえるだけではなく、自分の心の中がそのままいい顔として表れるように、自分の中身を磨いていくことだ。『年をとったら自分の顔に責任を持て』ということを聞いたことがある。私は、まだそんなに年をとっていないが……(などと実例)」
第四段落は、まとめ。「人間は、動物と違っていろいろな顔の表情ができる。それは、言葉だけではなく、表情によっても相手とコミュニケーションをしたいと思っているからだろう。だとしたら、顔は、自分のためだけでなく、相手のためにもあると考えることができる。私は、これから……」
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結びの段落は、いちばん印象に残るところなので、いくつか重要なコツがありますが、最低限、最初の段落の意見とずれていないことだけを確認しておきましょう。
作文の書き方で大事なことは、以上の説明のように、構成をはっきりさせて書くことです。
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ここで、話は変わって。
今度は、子供の作文の書き方ではなく、大人の文章の書き方です。
日本人の大人の人は、何か文章を書くときに、ぶっつけ本番で1行目からおもむろに書き出す人が多いと思います。
この書き方だと、文章がうまく進むときと、そうでないときの差が大きくなります。趣味で書く場合にはそれでいいのですが、締切期限までにどこかに提出する文章なども同じような書き方で書くと、出来不出来に差が出て実力が不安定になります。
あらかじめ書きたいことを何点かメモしておき、そのメモに沿って書いていくと、当たり外れなく書けるようになります。
書き出す前に、最後の見通しまで考えてから書くのが過不足なく書くコツです。
さて、小学校低学年の子で、長く書くことに異常に執念を燃やす子がいます。字が間違えていようが読みにくかろうが気にせずに、書けるぎりぎりまで書いてきます(笑)。
長く書くのは意欲の表れですが、読む方は大変です。
ところで、大人でも、このように長く書く人が結構います。日本の文化の中では、短い文章よりも長い文章の方が相手に対して誠意があるように見えるのかもしれません。
しかし、現代のようにさまざまなコミュニケーションが飛び交う世界では、文章が長いということはあまり歓迎されることではありません。
書いたあと、中身を少し削ってから送信するぐらいがちょうどいいのです。(この文章も長すぎたか (^^ゞ)
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無の文化は、日本の社会においては、経済だけでなく、教育の世界にも流れています。
日本の近代の欧米流教育は、有の文化の教育でした。教育の対象として「個人が有る」ということと、「その個人が身につけるべき何かが有る」という考え方が前提とされていました。
その「身につけるべき何か」について、「何を」「どこで」「だれから」教わるのかと特定していったものが、教材であり、学校であり、先生でした。
だから、現在の社会では、教育というと、教科書、学校、先生が不可欠であるかのように思われています。しかし、これは決して教育の本質にとって普遍的な要素ではなく、近代という時代の歴史に限られた要素なのです。
もちろん、このような近代教育の採用は、日本が明治維新以降、西洋の文化という異質なものを急速に取り入れる必要があったために避けることのできないものでした。
しかし、今日では、西洋の文化は、日本の社会の中にすっかり消化されて取り込まれています。これからは、日本が本来持っていた無の文化を教育の中に生かし、これまでの有の文化を包み込んだ教育を作り上げていく時期なのです。
無の文化においては、人間は、個人として独立した実体であるよりも、社会関係の中で規定された相対的な何かとして見なされます。ある個人は、家族、地域、歴史、社会的役割などによって多層的に、その個人の外側から関係づけられた存在です。
有の文化においては、教育とは、未完成な個人が何かを身につけていく過程でした。しかし、無の文化においては、個人は周囲の社会から既定された何かとして最初から完成されています。それは、あたかも、自然の中の動物が、生まれたときから完成されているのと似ています。
例えば、ライオンやウサギは、教育を必要としません。自然の生態系の中で、自分の生きるポジションが決まっているので、よりよいライオンやウサギになるために、トレーニングに励むというようなことをしないのです。(あたりまえですが)
無の文化においては、人間も、自然の生き物たちと同じように最初から完成している存在だと見なされます。
しかし、人間は、成長の過程で、人間の自然にとって本来なくてもよい余分なものを身につけていきます。だから、それらの曇りや汚れを拭うために教育があるという考え方をするのです。
有の文化の教育が「外にある何かを身につける教育」であるのに対して、無の文化の教育は、「内にある曇りを拭いとる教育」です。
しかし、これはもちろん、何かを身につけることを否定するのではありません。外の何かを身につける前に、まず内の何かを拭わなければならないという考え方です。曇りを拭い続けているうちに、おのずから必要なものが身につくというのが、無の文化の教育の方法論です。
例えば、日本では、技芸の修行をするときに、雑巾がけを5年、10年と続けながら、師匠の技を盗む、というようなことが行われます。
有の文化の視点から見ると、このような教え方は全く非効率であるように見えます。しかし、ここに無の文化の教育の特徴があります。
有の文化では、教えるものを特定します。Aという技術とBという知識を習得したあとに、Cを身につける、というような教え方です。それらを教えやすくするために、必要に応じて技術を更に細分化し、順序を決め、教材とカリキュラムを完備していきます。
しかし、このような教え方をすると、教わるべき教育の内容が、教え手の教え方によって最初から偏っているということに気づきにくくなります。教育の内容が、特定化されることによって一面的になってしまうのです。
また、教えることが特定されることによって、それをすべて身につけるということが可能になります。すると、限定されたものをすべて身につけることにより、慢心が生まれやすくなる一方、師匠の水準を超える弟子が生まれにくくなります。
一方、日本のように雑巾がけをしながら技を盗むという教え方は、教える内容が教え手の主観によって一面化されていません。
無の文化では、人間にはもともと自分の内側に完璧なものがあり、それを自分で悟るために、雑巾がけをしたり、師匠の技を盗んだりするという考え方をします。
だから、進歩には際限がなく、永遠の完成を目指して精進を続けるという教育観が出てきます。そのときの教材は、自分であり自然であるのです。
二宮尊徳の言葉に、「あめつちは書かざる経をくりかえしつつ」というものがあります。本を読んで、その限られた知識を身につけることが教育なのではなく、天地自然から学び続けることが教育だという考え方です。
本居宣長は、「なぜ、日本には、インドの仏典や、中国の四書五経に匹敵する思想体系がないか」と問い、「それは、日本が、そのような事々しい教えを必要としないほど、いい社会だったからだ」と述べています。
もし、教育において、教材が特定されていれば、その解釈をめぐって対立が生まれ、批判や論争が生まれ、最後は、物事の真実よりも、議論の巧みさや力関係の強弱によって正しさが決められるようになります。それが、今日の世界の支配的な宗教となっているものの現実の姿です。
日本における無の文化の教育は、教材を特定して、それを教え込むというような方法をとりませんでした。人間は既に自分の内側に完全なものがあるから、それを自分で悟るために、日々精進し、師匠の技を盗み、天地自然に学ぶという教え方をしました。だから、教える人に必要なのは、教え方ではなく後ろ姿でした。
ところで、曇りを拭うという無の文化の教育にも、方法論があります。人間はもともと完全な存在であるのに、後天的に、曇りや汚れや余分なものや不純なものを身につけます。その不純物を拭う方法として、日本の文化は、自然、喜び、反復などの方法を編み出しました。(つづく)
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陰陽の文化というものも、無の文化を前提にして生まれています。
有の文化と無の文化の違いを簡単に説明すると、有の文化は、その言葉のとおり、ある物事が「有る」というところを出発点にした文化です。
デカルトの「我思う。ゆえに我あり」は、意識における有の思想ですが、物理的な物事に関しても、ある物を定義するのに、それが何かということを分析し細分化します。すべての「有る」にさかのぼる発想をするのが有の文化です。
現代の日本人も、学校教育の中でこのような有の文化の洗礼を受けるので、ごく自然に、ある物事を考えるときに、それを分析する立場から見ようとします。
しかし、日本の文化に本来あったものは、無の文化です。無は、物事を「無い」ものと見るところから出発します。ある物事が「無い」のに、それが物事として成立しているのは、その物事の周囲がその物事をその物事たらしめているからだという考えです。
例えば、ドーナツの本質は、穴があることです。では、穴とは何なのでしょうか。それは、何も無いことです。しかし、単に無いのではなく、穴以外のものに取り囲まれていることによってその「無いこと」が穴として存在しています。
ある物事が、その物事の「有」によってではなく、その物以外の「有」によって、つまりその「物」自体の無によって規定されるというのが無の文化の発想です。
この無の文化がアジアの文化の背景にあり、そして、それは、この日本で最も深く根づいていたのです。
陰陽の考え方も、この無の文化から来ています。陰は、陰だけで単独に存在するのではなく、つねに対比されるものとの関連で陰になります。だから、場合によっては他のものとの関連で陽になることさえあります。
陰が極まると陽になるというのも同じです。過ぎたるは及ばざるが如しというように、ある「有」は、それを追求していくと、有の極まったところで無に転化します。しかし、その無を突き詰めていくと、再び無の極まったところで有に転化します。
木火土金水の五行の関係も同じです。例えば、木は、単独で木であるのではなく、水からは生じられる関係で、金からは剋される関係で初めて木として存在します。
風水も同じです。ある土地や物自体がよかったり悪かったりするのではなく、その土地や物が周囲の場所や状況との関連でよくなったり悪くなったりします。
ところが、欧米の有の文化の発想は違います。問題になるのは、常にその物自体であり、他との関連は二義的です。まして、その物自体は「無い」のに、他との関係だけが「有る」というようなことは考えつきません。
この欧米の有の文化が、世界の標準の考え方になってきたのは、わずかここ2、300年です。産業革命が成功し、市民革命が成功し、その圧倒的な軍事力と策略の力で、思想的な面でも、世界中の文化を有の文化に変えることができたのです。
ところが、日本は、明治の開国と、太平洋戦争の敗北によっても、有の文化は社会に浸透しませんでした。日本人のものの考え方の根底には、今も、無の文化が生きているのです。
欧米の有の文化は、世界に広がり発展するにつれて、次第にその限界を見せてきました。
経済学の分野では、アダム・スミスが述べたように、「個人の利益を追求することが、社会全体の利益にかなう」という考え方が、実際に有効だった時代もありました。しかし、やがて、個人の利益という「有」がガン細胞のように際限のない増殖を始め、社会全体の利益に反するばかりか、自身の存立基盤をもむしばむようになったというのが、現代の金融資本主義という有の文化の行きついた姿です。
それは、運営の仕方がたまたま悪かったためでも、民主的な規制ができなかったためでもなく、有の文化そのものが持つ限界だったのです。
とすれば、現在の世界の政治的経済的行き詰まりを打開できるのは、日本及びアジアに残る無の文化ではないでしょうか。
無の文化における経済の目的は、個人の利益という「有」を追求するためにあるのではありません。個人の利益を「無」と考え、相手の利益を豊かにすることを第一の目的とすることによって、初めて現代の人類の豊かな生産力をコントロールすることができるようになるのです。
そういうことが果たしてできるのでしょうか。それができることを示したのが、日本の3.11の経験でした。
日本は、世界で唯一と言ってもいいほど、無の文化が社会の隅々にまで息づいている国です。しかし、そうでありながら、欧米の有の文化の成果である科学技術、政治経済、学問教育の分野でも、本家の欧米以上の成果を達成しています。
単に欧米の有の文化を否定するのではなく、自身の中にもある有の文化を生かしつつ、それをより大きな無の文化に包摂するというのが、世界史におけるこれからの日本の役割なのです。
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これは、教育の話を論じる予定です。出だしは、経済と政治の話ですが、根本にあるものを論じていくと、文化全体に通じるものになり、したがって、教育の話にもつながっていくのです。
この本の中で原田さんは、現下の世界経済の動きを、欧米とアジアの文化的抗争という視点からとらえています。
戦後、世界の経済力の中心であったアメリカは、1970年代から衰退を始めていました。当時、多くの人の目には、豊かな欧米と貧しいアジアという構図が映っていましたが、現実の経済の活力の点では、アメリカやヨーロッパに代わって日本がアジアの牽引車として台頭しつつあったのです。
しかし、このアジア台頭の予測に危機を感じたアメリカは、経済的に発展する日本とアジアを、政治的に支配する道を計画し始めました。
それは、ひとことで言えば、日本とアジアの生産力を欧米の金融によって合法的にコントロールする仕組みです。そして、アジアがこの支配から脱け出ないように、政治的には、アジアどうしを反目させる仕組みが残されたのです。そのひとつが、今も、日本、中国、韓国の間に残る領土問題や、政治的に醸成された国民どうしの反感です。
著者の原田さんは、この欧米による金融支配を打破し、平和なアジアを築くために大事なことは、アジアの共通原理(プリンシプル)を持つことだと述べています。
そのプリンシプルとは、日本、中国、韓国に共通する陰陽の思想だと言うのです。
現在の政治と経済の問題を、数百年単位の文化のサイクルの問題として考え、欧米の文化に対置するアジアの文化を陰陽の思想と考えたのは、歴史の本質を独創的にとらえた見方です。
私は、日本及びアジアの文化の特徴を、陰陽の文化の更に先にある無の文化としてとらえています。それは、具体的には老子の無の思想、日本文化における無常観などとして考えることもできますが、もっと広く文化の全般にわたって流れているものです。
日本及びアジアの文化を無の文化と考えることによって、陰陽の思想も、また、政治、経済、科学、教育も、新しい視点で見ることができるようになるのです。(つづく)
【参考】カテゴリー「知のパラダイム」
https://www.mori7.com/beb_category.php?id=45
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「大東亜戦争の正体」(清水馨八郎著)という本が、この7月に祥伝社から出ています。著者の清水さんは、1919年生まれですから、現在92歳です。
この本には、戦後のアメリカ主導の教育に染まる前の日本の知識人による、日本人が本来持っていた考え方が書かれています。
この中で、著者は、日本の強さを支えた力をいくつか挙げ、その中のひとつとして「国語力」の大切さを述べています。
日本の学校では、小学校で1000字の教育漢字を習い、中学で2000字の常用漢字を習います。そして、高校卒業までに約3600字、社会人は一生のうちで5000字の文字教養を持つと言われています。
これに対して、欧米では26文字のアルファベットしか習いません。
その結果、日本語では、長い言葉を省略するときに、日教組、全学連、経団連などと漢字を組み合わせて作ることができるので、その言葉を見ただけでどういう中身か大体の見当がつきます。
一方、英語ではIBM、FBI、OECDなどという略語しか作れないので、その時代の人にはわかっても、次の世代の人には教えられなければ理解できません。
実は、この違いは、ものごとの理解を深めるという点で意外と大きいのです。日本人は、日本語を学ぶことによって、最初から理解のための優れた道具としての言語を身につけてきたのです。
そう考えると、英語教育に対しても、日本人がこれからどういう姿勢で臨んでいくべきかということがわかります。
日本語は、きわめて優れた乗り物ですが、日本人以外の人にはなかなか乗りこなせません。それに対して、英語は、日本語に比べると性能の悪い乗り物ですが、世界中の人が使っています。だから、コミュニケ―ションの必要上、日本人も英語をある程度使えるようにしておいた方がいいということなのです。
日本人にとっては、日本語が主役で、英語は脇役です。
更に言えば、日本語の持つ優れた性質を考えると、外来語をそのままカタカナやアルファベットで表すことも大きな損失になります。海外から新しい言葉が出てきた場合でも、日本では、できるだけこれまで既にある言葉の範囲で漢字化していった方が日本語の特徴を生かすことになります。
そして、これからの日本語は、常用漢字に限定せずに必要な言葉はもとの漢字を生かして使っていく方向で豊かにしていくべきでしょう。
江戸時代までさかのぼらなくても、明治、大正、昭和初期の文献でも、現代の常用漢字の範囲では読み書きできない言葉が多数出てきます。当時の人々は、それらの漢字も普通の教養として使うことができたのです。
日本の「国語力」を生かす教育とは、漢字を使うとか、外来語を日本語化するとかいうことだけにとどまりません。もっと根本的には、欧米流の近代教育によって忘れ去られた日本が本来持っていた言葉の教育を復活させることです。
それは、ひとことで言えば、難しい内容には難しい言葉をあてはめて読むという勉強です。この新しい教育によって克服される旧来の勉強とは、易しい言葉で書かれたものを解くという勉強です。
「解く」勉強から「読む」勉強へということを、これからの新しい国語教育の流れにしていく必要があるのだと思います。
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読書力には、二つの面があります。ひとつは、読む力、もうひとつは理解する力です。
小さい子供は、文字を目で見ても理解しにくいので、いったん声に出しその声を耳で聞くことによって、耳から言葉を理解します。これが、幼児期や低学年における音読しながら読む読書です。
しかし、文字を目で見るだけで理解できるようになると、次第に読む力がつき黙読になってきます。
ところで、この音読→黙読という読む力のあとに育つのが理解する力です。
文章とは、もともと現実に存在するものを文章という形で表現したものです(ちょっとややこしい言い方ですが)。
その文章が表している現実が単純なものであれば、文章を読んだだけですべてが理解できます。しかし、その文章が複雑な現実を表していた場合は、文章を読んだだけでは、理解できないことがあるのです
そして、学年が上がるにつれて、読む力よりも、この理解する力の方が重要になってきます。
易しい文章を読むよりも、難しい話を聞く方が考える力がつくのはこのためです。ここに、長文をもとにした家庭での対話の意義があります。
子供に、難しい文章を読むようにと言っても、言うことを聞く子はまずいません。しかし、子供に、課題の長文を読んでその内容を親に説明してくれるようにと言えば、多くの子は喜んでやると思います。
さて、難しい文章を理解しようとしているとき、人間の頭の中ではどのようなことが起きているのでしょうか。
理解とは、いくつかの単語を文法的に組み合わせてひとつの文として理解し、その文を更に組み合わせて文章になったものを総合的に理解するというように積み上げ式に進むものではありません。
自動翻訳がなかなか進まないのは、このような線形的な発想で文章の翻訳を行おうとしているからです。
人間の頭の中では、単語や文法よりも、まず文というひとまとまりの現実を理解し、その現実を組み合わせて、より大きな文章という現実を理解するという流れが進行しています。
つまり、最初に単語の理解があるのではなく、最初に大きなひとまとまりの意味を持つ文の理解があるのです。
では、この理解力を高める方法はあるのでしょうか。それがあるのです。
人間の短期記憶は、7つぐらいまでをひとつのまとまりとして把握する力があります。その7つというのは、単語ではなくチャンクというかたまりです。だから、50文字ぐらいの文であれば、一度聞いただけで復唱することができますが、100文字ぐらいになると、一度聞いただけではすぐに復唱することができなくなります。100文字では、チャンクの数が7つを超えてしまうことが多いからです。
ところが、言葉の森で300字の暗唱をしたり、900字の暗唱をしたりするとき、この短期記憶はどうなっているのでしょうか。
実は、暗唱した文章においては、チャンクのひとまとまりが大きくなっているようなのです。例えると、普通ではせいぜい10文字ぐらいしか入らないチャンクというバケツのサイズが暗唱によって大きくなり、ひとつのバケツに100文字ぐらいを入れられるようになっているのです。
暗唱の練習が、文章の理解力を育てるのは、こういう事情があるからです。ただし、大人の場合、暗唱の効果は、理解力よりも発想力が豊かになるという形で表れてくるようです。
また、これに関連して、家庭での親子の対話も、短い断片的な文ではなく、長い複雑な文として話した方が、子供の理解力が育ちます。
しかし、そういう対話は、日常生活の中ではなかなか出てきません。日常の対話は、「あれ、とって」「はい、これ」というような短いやりとりで成り立っている場合がほとんどだからです。
ところが、課題の長文をもとにした対話をすると、自然にそういう長い文章による対話をするようになるのです。
読書も対話も、ある程度の量をこなすことは大事です。しかし、いちばん大事なのは、その質です。たくさん本を読んで、たくさんお喋りをしたから理解する力や考える力がつくというのではありません。どういう本を読み、どんな話をしたかということが大事なのです。
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