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無の文化と教育6 as/1346.html
森川林 2011/09/05 18:47 





 欧米の有の文化では、教材とカリキュラムを充実させることによって、教育が一部の裕福な人たちだけのものになりました。教える「物」が前面に出ると、持つ者と持たざる者の格差が生まれるのです。

 これに対して、日本では、教える方法が重視されました。「物」ではなく「事」が中心になることによって、貧富の差も男女の差もなく、誰もが自由に享受できる教育になったのです。

 これが、欧米と日本で教育の普及に大きな差が生まれた要因です。



 今、インターネットの普及によって、教える教材としての「物」は、物の性質を弱め、情報の性質を強めつつあります。これは確かに社会の進歩です。現代では、インターネットの情報に関する限り、持つ者と持たざる者の差は生まれにくくなっています。しかし、教材が書物の形からデジタル情報の形になったとしても、教材という「物」を教育の中心とする限り、その教育は有の文化の延長にあります。



 対象を重視するのが有の文化で、方法を重視するのが無の文化です。この二つの文化の違いは、欧米と日本の宗教の違いにも表れています。(ここで、少し話が横道に入りますが)



 中世のキリスト教は、ラテン語の聖書によって聖職者だけに独占されていました。このラテン語の聖書を、大衆の理解できるドイツ語の聖書に翻訳したのがルターの宗教改革の意義でした。



 このルターの改革を現代の教育にあてはめると、教材をだれでも利用できるようにインターネットで公開することと同じ意味を持っていると思います。教材や教典の大衆化というのは、社会の進歩のひとつのあり方です。



 しかし、無の文化の進歩は、そうではありません。日本では、宗教の大衆化は、教典の大衆化という方向ではなく、実践の大衆化という方向に進みました。それが、念仏であり、托鉢であり、トイレ掃除のような下座行の日常化でした。



 知識や思考は頭の一部を使うだけですが、実践は人間の全体を使います。実践という全体の反復によって曇りや汚れを拭い取り、本来の人間が持つている仏性を開花させるというのが、日本の宗教の改革者たちが目指した方向でした。

 教典の大衆化が有の文化の宗教の進歩だとすれば、実践の大衆化が無の文化の宗教の進歩だったのです。

 それは、何度も繰り返しますが、有の文化が、個人が「有り」、教典という対象が「有り」、個人がその教典を摂取するという考えを前提にしていたからです。

 無の文化は、これに対して、個人は「無く」、教典も「無く」、すべてはもともと備わっている全体の一部であり、その全体を明らかにするために更に自分も教典も無化して全体につながると考えるのです。



 この無の文化の伝統は、教育にも生きています。教材という知識を身につけることを目的にするのではなく、反復という全体的な実践を目的とし、その結果として教材が自然に身につくという方法を、江戸時代の教育は実現していたのです。



 反復という方法は、日本の型の文化とも深く結びついています。反復によって身につけるものは、反復している当のものであるよりも、その対象を入れる枠組みとなる型です。

 型を身につければ、中身は自ずから満たされるというのが、日本人の教育方法に流れている人間観だったのです。(つづく)

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無の文化と教育5 as/1345.html
森川林 2011/09/02 18:45 


 暗唱は、暗唱の対象よりも、むしろ暗唱するという方法そのものに意味があります。暗唱という方法で、根の吸収力を高めるというのが、この方法の特徴なのです。

 有の文化では、吸収すること自体を教育の目標とします。そのために、スモールステップで、吸収しやすいような教材作りをします。無の文化では、吸収力を高めることを目標とします。吸収力が高まれば、スモールステップなどがなくても丸ごと吸収できると考えているからです。



 本多静六は、家が貧しかったために、家の仕事を手伝いながら勉強をしました。その勉強法は、米をつきながら、暗唱した文章を繰り返すというものでした。

 机に向かって数学の問題を解くというような時間を取れなかったため、今の大学入試にあたる入学試験では、数学は全くできませんでした。しかし、作文だけは得意だったので国語の点数で合格することができたようです。

 入学後、数学はやはり全然できず、1年目についに落第という結果になりました。深い挫折感のあと一念発起した静六は、数学の問題を解法ごと丸暗記する勉強に取り組みました。

 数学に詳しい先生であれば、これは最悪の勉強法だと考えるでしょう。数学でつまずいたら、カリキュラムをさかのぼり、わからなくなったところまで戻るというのが勉強の基本です。しかも、数学は考えて理解する勉強ですから、問題と解法を丸暗記する勉強で力がつくわけがないと考えるのが普通です。

 しかし、静六はひたすら丸暗記を続け、ついに数学が学年でいちばんできるようになり、卒業するころには、数学の先生から、数学の天才とまで呼ばれるようになったのです。

 スモールステップ法が、山のふもとからこつこつ積み上げていく方法だとすれば、解法丸暗記法は、山の頂上から丸ごとカバーしていく方法です。目指すところは同じですが、積み上げ方式が誰でもできる方法であるのに対して、丸暗記法は、丸暗記の力がなければできません。

 本多静六が、数学の丸暗記を実行できたのは、それ以前に文章の暗唱という吸収力を高める練習をしていたからです。数学の丸暗記も文章の暗唱も、共通するのは、同じものを反復するという方法です。

 丸暗記というと、ほとんどの人は覚えることに意味があるように考えると思いますがそうではありません。暗記は目的ではなく結果です。では、何が目的かというと、何度も繰り返し反復することによって、比喩的に言えばその数学の問題と一体化することなのです。



 ところで、この反復という方法には、重要な条件があります。それは、細分化された部分を反復するのではなく、全体を丸ごと反復するということです。

 全体の丸ごと反復という点で、バイオリンのスズキメソッドを連想する人も多いと思います。スズキメソッドの特徴は、一曲丸ごと反復するという全体性にあります。部分の組み合わせで全体があるのではなく、最初に全体があり、そのあと必要に応じて部分に分けることができるという考えなのです。


 絶対音感の教育では、単音を聞かせるのではなく、和音を聞かせることが最初になります。和音という全体が先にあり、それを丸ごと把握することによって、やがて必要に応じて単音を把握することができます。決して個々の単音をマスターしてからそれを組み合わせて和音という全体を聞く力をつけるのではありません。

 文章の暗唱も同じです。最初に、内容のある全体があります。その文章の中には、まだその学年で習っていない漢字や、その学年では理解しにくい難しい内容が盛り込まれているかもしれません。しかし、それらの漢字を覚えたり、内容の解説を聞いたりするよりも先に、まず全体をすらすら読めるようにすることが暗唱の方法です。

 このように、全体を丸ごと反復するという方法だから、特別な教材もカリキュラムも先生も学校も要らないのです。(つづく)

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濱田美津子 20110906  
個人的にほぼ毎日少しずつ読んでいる本があります。2千頁強あるので、暗記は無理だと思っているのですが、あの辺にあんなことが書いてあったなくらいは分かります。中根さんの文章を拝読して、これは続けて意味のあることなのだなと安心致しました。

森川林 20110906  
 新しい本を次々と読むと知識は増えますが、自分の考えの芯のようなものにはならないようです。
 一方で繰り返し読むような精読の本があり、他方で次々と読むような多読の本があるというのがいいのでしょうが、繰り返し読む本はなかなか見つけにくいようです。

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