小学生の生徒が中学入試の問題集の問題文を読むとき、普段の生活ではあまり接したことがない語彙に触れることになります。それが、例えば、「異色、討論、容認、名詞」などの言葉です。本人が日常生活の中で、「お母さん、今日の給食のおかずは異色だったよ」とか、お母さんが、「へえ、よくそんな組み合わせを容認してくれたわねえ」などという言葉を交わしていれば抵抗はありませんが、そういう言語生活をしている生徒は、もちろんあまりいません。
大人の場合も、「限界効用」とか「即自存在」などという言葉が出てくるような文章を読むと、意味は理解できても眠くなることがあります。子供の場合も、難しい文章を読むと、意味は理解できても内容を自分のものとして把握することが難しくなるのです。
試験問題は、読み取りが難しい文章を読ませて、しかもその中でも特に読み取りにくい部分を問題として出すようになっています。ここで、国語の点数の差が出てきます。この差は、読解の仕方のテクニックだけで埋めることはできません。読解のテクニックを使う前提として、読む力をつけておく必要があるからです。その読む力の土台が、難しい語彙になじんでおくことなのです。
小学生の生徒にとって難しい文章の代表的な例は、中学入試問題の文章です。同様に、中学生にとっては高校入試問題の文章、高校生にとっては大学入試問題の文章が難しい文章の例になります。こういう文章を読み慣れておくことが文章読解力の基礎になります。
しかし、中学入試問題の文章は、小6までに習った漢字についてはふりがなが振られていません。ここで、漢字集の暗唱で身につけた漢字の読みと漢字のイメージ化が生きてきます。
漢字の書き取りは、学年相応のものができれば充分です。漢字の読みだけは、学年よりも先に進んでおく必要があるというのはこのためです。しかも、その漢字の読みは、ただ読める以上に、その意味がイメージ化できるぐらい自由に読めるようになっている必要があるのです。
問題集読書の方法は、次のような形で進めます。
まず、全国の1年間分の入試問題集を購入します。これは、1、2年前のものでもかまいません。
通常の国語問題集は市販のものであれ、塾専用のものであれ、あまりおすすめしません。入試問題集は、年々新しくなるので、現代の時代状況に沿ったテーマが出ますが、普通の問題集はどうしても古いものをそのまま載せがちだからです。
時代の状況は、年々刻々と変わっています。一昔前はどこでも環境問題が二酸化炭素の排出量と関連させて出ていましたが、その後地球温暖化の元々のデータに疑問が出てきたため、今後の環境問題は別の方向で論じられるようになると思います。入試問題の場合は、こういう時代の変化を反映しやすいのです。
購入した入試問題集は、そのままでは分厚すぎるのであまり活用できません。人間が毎日利用するものは、適度のサイズと適度の軽さが必要ですが、問題集は毎日利用するには大きすぎ重すぎるのです。
そこで、入試問題集の背表紙を裁断して50ページぐらいずつホッチキスで留め直します。その際、自分なりにきれいな表紙をつければ、更に楽しく学習できます。この50ページほどの分冊であれば、カバンの中に入れることもできるし、行き帰りの電車の中で開いて読むこともできます。これを問題集の分冊と呼びます。
問題集の分冊は、毎日5ページぐらいずつ、問題を解かずに問題文だけをただ読書がわりに読んでいきます。
問題集読書で大事なことは、1冊を1回読んだだけで終わらずに、4回から5回繰り返し読んでいくことです。
中学入試問題集は約1300ページ、高校入試問題集は約400ページありますから、その1冊を繰り返し4回読むとすると、毎日5ページずつ読んだとしても、中学入試問題集は3年間使えます。高校入試問題集も1年間使えます。
難しい文章を繰り返し読むためには、音読するか傍線を引きながら読んでいく必要があります。黙読で読むと、勉強の自覚にまだ乏しい小中学生のころは、ただ字面を目で追うだけの読み方になってしまうことも多いからです。
何度か読んでいるうちに、意味のわからないところが出てきたら、辞書などで調べてもいいのですが、身近な両親に聞いてもかまいません。勉強を長続きさせるコツは、あまり厳密な方法でやらずに気楽にやことだからです。また、文章の意味は、辞書で調べるよりも、身近な人に聞いた方がわかりやすいことも多いからです。(つづく)
48文字の漢字を続けて30回ぐらい声を出して読むと、ひとまとまりの音のつながりとして暗唱できるようになります。
30回を数えるためには、「正」の字を書いたり、15回折れる紙を使ったりする方法があります。紙を折る方法の方が読むことに集中できます。
30回音読したあと、暗唱を定着させるために4つの熟語それぞれの頭文字を頭に入れます。例えば「宣言……官庁……朗報……著名……異色……通訳……」なら、「せかろちいつ」です。これは短期記憶の範囲で覚えられます。
そして、4つの熟語のつながりを覚えるために、それぞれの言葉の持つイメージを連想します。「朗報 貴族 神聖 奮起」ならば、「朗報が届いたので貴族が神聖な気持ちで奮起した」というような連想です。
1日5分で48文字を暗唱できるようにしたあと、2日目は次の48文字を暗唱し、3日目は次の48文字を暗唱します。4日目は、3日分の文字48文字×3日=144文字を続けて10回音読して暗唱します。5日目も、6日目も、7日目も144文字を10回ずつ音読していると、1週間でその144文字がすっかり暗唱できるようになります。この1週間で、1つの文字について70回声を出して読んだことになります。
次の1週間は、別の144文字を暗唱します。次の1週間はまた別の144文字を暗唱します。そして、4週目には、それまでの3週間分の文字144文字×3週間=432文字を続けて4回読みます。それを1週間つづけると、432文字を全部まとめて暗唱できるようになります。1か月を通して1つの文字について98回声を出して読んだことになります。
貝原益軒の提唱した素読法は、論語などを百字ずつ百回読むことでした。しかし、論語などに使われている語彙では現代語の多くはカバーできません。また、今の時代に1日に百字を百回読むという単調な学習法に耐えられる子はほとんどいません。
益軒の素読法を現代の言葉の学習にあてはめたのが、この漢字集の音読暗唱です。毎日5分の学習で、3か月もかからずに小1から小6までに習う教育漢字約1000字をすべて読めてイメージ化できるようになります。
そのあと、常用漢字の暗唱をすれば、やはり3か月もかからずに常用漢字約1000字をすべて読めてイメージ化できるようになります。もちろん、常用漢字には抽象的な言葉が多くなるので、だんだん難しくなりますが、暗唱するという基本は変わりません。
江戸時代に行われていた素読も、子供にとっては難しい抽象的な言葉で埋められている文章を暗唱することでした。だから、大事なのは反復して定着させることであって、その言葉の意味を理解することではありません。
この漢字力の基礎の上に、問題集読書という難読の練習を行うことが、文章読解の学習の基本になります。
漢字学習は決してそれ自体が目的なのではありません。漢字のテストでいい点数を取るために、漢字の勉強をするのではありません。 現代の社会で使われている漢字をすべて自由に読めるようにすることによって、どんな本でも読む力をつけるために漢字の学習を行うのです。
したがって、漢字の書き取りまで無理にする必要はありません。書き取りも確実に行おうとすれば、かえって読みの進度が遅くなります。そして、自由に読めるようになれば、自然にその漢字も使うようになってくるのです。(つづく)