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知能を高める教育(その7) as/186.html
森川林 2007/09/26 09:20 
 抽象能力を高めるためには、難しい本を読むことが大事だと書きました。しかし、小学校の低中学年までは、難しい本を読むための土台を作る時期なので、多読によって読む力をつけて.おくことが大切だとも書きました。また、社会人になってからは、自分にとって未知の新しい分野に読書の幅を広げていくことが重要だとも書きました。

 今回は、この中で、難しい本ということについてもう少しくわしく書いていきたいと思います。
 難しい本は、なぜ難しいかというと、理解しにくいからです。なぜ理解しにくいかというと、読み手がそれまでに持っている考え方の枠組みに収まらないものを持っているからです。つまり、難しい本というのは、読む人にとって新しいパラダイムを提供するために難しく感じられるのです。しかし、だからこそ、その難しい本を読み終えると、その人には新たな思考の枠組みが広がります。それが抽象能力を高めることにつながります。
 では、新しいパラダイムを提供するような本とは何でしょうか。それは、古典(古くから定評のある本)だと私は思います。古典つまり古い本がなぜ長い生命を持っているかというと、その古い本が初めて登場したときに、その時代に対して新しいパラダイムを付け加え、その新しいパラダイムががその後の時代のパラダイムの一部になる力を持っていたからです。
 流行の本には、面白い本がたくさんあります。しかし、面白い本というのは、わかりやすい本です。わかりやすい本というのは、要するに読み手の考え方の枠にほとんど収まる本だということです。そう考えると、面白いからという理由で流行の本を読むよりも、まず、面白い面白くないにかかわらず古い本を読むということが、読書の仕方で大事なことになってくると思います。
 この古い本に似ているものは、ことわざです。あることわざが初めて世の中に登場したとき、それは、その時代のパラダイムを打ち破る新鮮さを備えていました。しかし、時代が下るにつれて、ことわざは単なる知識として伝わるようになります。知識として伝わるようになると、ことわざは新鮮さを失い、それに比例して多くの人の常識となっていきます。
 古典の中には、当初は革命的な考え方を提供したものが、現在では半ば常識のようになっているものもあります。しかし、そのような古典にも、もちろん読む意義があります。なぜかというと、その古典を読むことによって、自分たちが普段、水や空気のように常識として持っている考え方が、ある時代に歴史的に生まれたものであることがわかるからです。

 現在の国語の教科書には、子供たちが喜ぶような流行の話題を取り入れたものが増えています。しかし、教科書のように文化の形成の土台となるものは、そのほとんどが古典によって(古文ではありません)占められるべきだと思います。
 難しい本とは、古い本であり、古い本とは、それが登場したときに、その時代のパラダイムを転換するような新しさを持っていた本です。
 その古い本には、小学校低中学年から読めるものももちろんあります。古くからある昔話や童話は、子供向けの古典と言ってもいいものでしょう。(つづく)

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知能を高める教育(その6) as/185.html
森川林 2007/09/19 05:46 
 「知能を高める教育」について、メールをいただきました。そのメールに、頭のよさとはそもそも何か、頭のよいことは幸福なことなのか、という問題提起が書かれていました。そこで、今回は、この二つを中心に。

 まず、頭のよさとは、そもそも何かということです。
 私は、勉強ができること、又は成績がいいことが、頭のいいことではないという意味で、「頭のよさ」を考えています。というのは、成績と頭のよさの間には、確かに相関がありますが、微妙に異なる面があるからです。その異なるところというのは、成績が、がんばって勉強をすればよくなるという二次元的なものであるのに対して、頭のよさは三次元的なものであるということです。
 昔、松下幸之助さんが、コンピュータのことを部下に聞きました。部下が長時間難しい説明をしたあと、幸之助さんは、「それで、それは儲かるのか」と聞いたそうです。二次元的に頭がよくコンピュータの説明をする部下と、それを利益という観点からとらえようとする三次元的な経営者という構図が浮かび上がります。
 「牛をつないだ椿の木」という長文が小学3年生の課題に載っています。井戸を掘ることばかりを考えている海蔵さんは、井戸を掘らせてくれない地主のおじいさんの病気と自分の井戸掘りの計画を平面的に考えます。地主のおじいさんの息子の代になれば、井戸掘りができることがわかっている海蔵さんに対して、海蔵さんの年老いた母は言います。「おまえは、悪い心になっただな」。海蔵さんの頭のよさは二次元的ですが、母親の頭のよさは三次元的です。
 子供の成績をよくしたいと思わない親はいません。しかし、子供の成績をよくするために、かえって頭を悪くするような子育てをしていることもあるのです。例えば、計算問題の反復や漢字書き取りの反復という勉強法があります。これらの勉強法は、学習の土台を作るためには大切ですが、やりすぎれば頭を悪くします。辞書や計算機は、人間の記憶力や計算力よりも優れた能力を持っていますが、だれも、辞書や電卓を「頭がいい」とは言いません。今、世の中で成績がよいと思われている人の中には、辞書や計算機を高度にしたような意味で成績がよいという人も多いのです。
 計算練習や漢字書き取りやいろいろな知識の記憶などは、抽象度の低い勉強ですから、やればやるだけ成果が上がります。速読練習なども同じです。やればやるだけ速く読めるようになります。しかし、言葉の森の名言集にあるように、「最も速い速読の秘訣は、不要なものは、読まないということである」という方法にはかないません。読むべき本を判断するというのは、速読のスピードを上げるよりも抽象度の高い方法だからです。
 海蔵さんは、井戸掘りを目的として考えていました。母親は、何のための井戸掘りかという、井戸掘りよりも抽象的な目的を考えることができました。海蔵さんは成績のいい人で、母親は頭のいい人です。しかし、頭のよさは普段は隠れていて見えません。課題が高度になったとき、初めて頭のよさが二人の違いとして見えてくるのです。

 次に、頭のいいことは幸福かということです。
 そのためには、まず、成績のよさと頭のよさを区別して考える必要があります。成績のよさと幸せとは、あまり関係ないだろうとだれでも思うと思います。身の回りを見れば、成績と幸福に関係がないと思われる例はたくさんあるからです。しかし、だからと言って、成績が悪ければ幸福かと言えば、もちろんそうではありません。要するに、成績のよさと幸福とは関係がないということです。
 では、頭のよいことは幸せかと言えば、それは間違いなく幸せです。試しに、来世で、全然悩み事のない犬や猫として生まれるか、苦労の多い人間として生まれるかという選択があったら、だれでも人間を選ぶと思います。それは、なぜかと言えば、人間は犬や猫よりも高い次元から物事を見ることができるからです。人間が犬や猫と違うところは、知的好奇心があることです。
 二宮金次郎が薪(たきぎ)を背負って歩きながら本を読んでいる像は、最近あまり見なくなりましたが、あの姿は、人間の学びたいという情熱を象徴的に表しています。二宮金次郎の像を見て感動できる人は、学ぶことの感動を知っている人だと思います。少し前、吉田松陰の若いころの日記を読みましたが、学問への純粋な情熱が感じられました。金次郎と松蔭の学問は、成績のためでも学歴のためでもありません。人間が生まれつき持っている、学ぶことへの欲求だったのです。(つづく)

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知能を高める教育(その5) as/184.html
森川林 2007/09/12 11:04 
 先々週号で「その2」、先週号で「その4」となっていましたが、これは、先々週号が、「その2」と「その3」を合体したものだったためです。したがって、「その3」はありませんでした。

 知能を高めるのが読書だとすれば、その知能の結果が表れるの作文です。特に、言葉の森の作文は、学力の集大成になるような文章力を目標としています。
 第一が構成力です。ある課題について、文章の構造を考えて書くというのは、高度な抽象力を必要とします。特に、複数の理由を書くとか、原因や対策を書くとか、複数の意見を総合化するとかいう形になると、書こうとする材料が頭の中ですっかり整理されていなければなりません。よく、頭のいい人の話は、絵や図を見るようでわかりやすいと言います。構成的に書くということは、視覚的にわかりやすい文章を書くということです。しかし、小学生のころは、この構成力が年齢的にまだ十分に育っていません。ですから、構成メモを書いてから作文を書くという作業は、小学生には無理があります。小学校低中学年のころは、むしろ中心を決めて書くことに専念していれば十分です。
 第二が表現力です。名言の引用やことわざの加工は、抽象概念どうしの組み合わせが必要です。抽象概念を組み合わせる力がある人は、どういう意見にも、名言やことわざを組み合わせることができます。小学生のころには、この組み合わせる力は、たとえの力やダジャレの力として表れます。事実と言葉の組み合わせから、言葉と言葉の組み合わせや、概念と概念の組み合わせに発展していくのが表現の練習です。
 第三は題材力です。小学生のころは、似た話や聞いた話を入れて書くという練習をしていますが、中学生や高校生になると、体験実例や社会実例を組み合わせて書く練習になります。この社会実例も、データ実例、伝記実例、昔話実例といろいろな種類があり、いずれも実例の背後にあるテーマを組み合わせるという高度な抽象能力が必要となってきます。
 第四は長文を読んで書くという難読の部分です。単に難しい文章を読むだけでなく、その文章のテーマを考えて感想文を書くという視点で読むので、これも高度な抽象能力が必要とされます。
 ですから、言葉の森で勉強しているような形の作文を自力で書ければ、その人の考える力はかなり高いということができます。これは、私が実際に生徒の作文を見ていて日々感じることです。簡単に言えば、いい文章を書ける子は頭がいいということです。そして、その文章力の土台には、高度な読書力があります。

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