(写真は、昨日浮かんでいた雪見大福のような雲)
====facebook記事より。
感想文のコツは、感想を書くことではありません。感想の本質は、面白かったかどうかですから、ひとことで終わってしまいます。
だから、感想だけで長く書こうとすると、同じことを何度も書くようになります。すると、長さに比例して、密度の薄い文章になってしまいます。
また、感想文のコツは、あらすじを書くことではありません。あらすじは、いくらでも長くかけます。
あらすじはいくら書いても、結局あらすじでしかありません。しかし、ほとんどの子の感想文は、あらすじと感想で埋められています。
感想文のコツは、似た例を考えることです。自分の似た例がなかったら、お父さんやお母さんに取材したり自分で調べてみたりするのです。
また、似た例のかわりに、自分で想像してみてもいいのです。自分なりの似た例を通して、感想も個性的になっていきます。
しかし、こういう書き方を教えてくれるところは、ほとんどありません。言葉の森の感想文のサイトを見て、初めて感想文の書き方がわかったという声をよく聞きます。
https://www.mori7.com/as/1314.html
そして、いちばん問題なのは、小学校低学年に感想文の宿題を出す学校や塾がまだあることです。低学年は、感想文などで苦しい思いをさせるよりも、楽しく本を読んでいる方がいいのです。
感想文が何とか書けるようになるのは、小学4年生からで、上手に書くことを目標にできるのは、小学5年生からです。できるようになってからやるから、力がつくのです。
では、小学校低学年で感想文の宿題が出たら、どうしたらいいのでしょうか。それは、お母さんが代わりに書いてあげるといいのです(笑)。これはホント。夏休みはややこしい宿題で苦労させるよりも、楽しく遊べるようにしてください。
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5月の森リン大賞(中2の部71人中)
言葉遣い
りょうたろう
「ちょっとピンチやから助けてぇや。」
と僕が友達のフォックスとスネークにささやいた。小学校の休み時間、僕は国語の教科書を忘れるという痛恨のミスを犯してしまった。日本語は複雑だ。同じ内容でも、相手との親密さによってそれを表現する言葉は変わる。(仮に親密さを無視して話したとしても、たいていの場合は通じるだろう。)しかし、相手がとても親密な場合は、言葉も単純なものになり、他の人には通じず、その意味を知った間柄にのみ通じる暗号のようなものになる。一方、全ての人が理解出来る様な共通語もある。この二つは対照的であるが、どちらが良いということは言いにくい。
確かに、仲間内で通じる言葉を使うことで親密さは高まる。例えば、あだ名だ。僕は、小学生の頃、友達同士であだ名を付け合っていた。僕は、「ソニック」で、友達のあだ名は「フォックス」と「スネーク」だ。このあだ名は、自分の元の名前とは一切関係がないので、他のみんなは分からなかった。だから、僕達にとっては、「自分達だけ」のあだ名であり、その感覚が僕達の親密さを一層深めた。例えば、僕が国語の教科書を忘れたときは、先生が僕の方に寄って来ると、ひとりの友達が先生に質問をして、先生の行き先を変えさせた。また、ついにバレてしまった時は、もう一人の友達が、まるで僕の弁護士かのように、「休み時間まではあったんですけど、運動場から帰って来たら、りょうたろう君の教科書がなくなっていました。」と全くウソの弁護をし、僕もそれに同調することで、信ぴょう性を高め、先生の怒りを逸らした。こうして僕達は、あだ名が生み出す親密さのお陰で最強トリオとなったのだ(笑)。僕は、あだ名から来る友情は、普通の友達関係でのそれとは比べものにならない程深いのだなあと感じた。
しかし、万人に通じる言葉でないと、多くの人々に正しく理解してもらえないという意見もある。例えば、テレビだ。今でこそ、バラエティ番組では大阪弁などの方言をよく耳にするが、ほんの25年前ぐらいまでは、大阪弁に市民権は与えられていなかった。標準語を使うことこそが正しく、大阪弁を使うことを批判されたりもしたそうだ。確かに他の地域の人にとっては、大阪弁は分かりにくい。今でこそ大阪弁は市民権を獲得したが、全国的には普及していない。バラエティで使うのはまだしも、もしニュースなどの報道番組にも大阪弁が使われ始めたとすれば、これは問題になるだろう。ニュースは、万人に正確に内容を伝えなければならい。正確性が命だ。だからこそ、親近感のわく大阪弁ではなく、全ての人に正確に伝えることができる言葉も大切だと思う。
仲間内で通じる言葉の親密さも良い。万人に通じる正確性も良い。しかし、一番大切なのは、それぞれの場面によって適切に言葉を使い分ける臨機応変な対応だ。「悪いことそのものがあるのではない。時と場合によって悪いことがあるのである。」という名言があるように、どちらにも良い面と悪い面があり、そのどちらを引き出すかは使い手次第なのだ。これから僕は、それぞれの状況で使うべき言葉を見極め、その言葉の良い面だけが出るように心がけたい。
順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
---|
1位 | ●言葉遣い | りょうたろう | 86 | 1302 | 57 | 74 | 83 | 81 |
2位 | ●現代版「親父の背中」 | ききほ | 84 | 1437 | 53 | 80 | 89 | 89 |
3位 | ●一家の大黒柱としての役割を果たすために | れたす | 83 | 1086 | 52 | 64 | 71 | 95 |
4位 | ●Dadの現状 | みっくまっく | 82 | 1387 | 58 | 76 | 95 | 86 |
5位 | ●自分なりの行き方を見つけるために | 四葉のクローバー | 82 | 1229 | 52 | 81 | 88 | 90 |
6位 | ●生きる | かこちゃん | 81 | 969 | 52 | 78 | 81 | 89 |
7位 | ●「私たちの人生は、私たちが費やしたほどの価値がある。」 | ☆Ivy*(^皿^)*v | 81 | 1028 | 57 | 58 | 70 | 90 |
8位 | ●個性について | ゆへぬ | 80 | 1459 | 54 | 55 | 79 | 92 |
9位 | ●言語の特徴 | あよあよ | 80 | 1049 | 46 | 61 | 63 | 90 |
10位 | ●満足する生活に | Qちゃん | 79 | 951 | 48 | 74 | 80 | 83 |
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====facebook記事より
小論文の過去問を練習しに来ている高3の生徒に、「ほかの教科の過去問はどうだった」と聞くと、「まだ、やっていないいんです」という返事でした。
聞けば、大手の予備校の先生に、過去問は最後の仕上げにやるためにまだやらない方がいいと言われたそうです。
過去問は、仕上げのためにやるものではなく、作戦を立てるためにやるものです。
だから、いちばんいいのは、高3になったばかりの春休みに過去問をやることです。それができなかったら連休中。
もちろん、そのころはまだできない問題が多いので、解答を見て答えを書き込みながらやっていくのです。
そして、「この問題ができるようになるためには、どういう勉強をしないといけないか」ということを考えるのです。
では、なぜ塾や予備校では、過去問は最後の仕上げのためにやると言うのでしょうか。
それは、早めに過去問に取り組む生徒が増えると、指導する内容がばらばらになってしまうからです。
つまり、一斉指導をしやすくするために、過去問は仕上げのためにやるようにしているのです。
入試のための勉強は、通常の学校での授業で学ぶ勉強とは違います。
通常の勉強は自分の実力をつけるためにやるのですから、幅広く満遍なくやっていくものです。
しかし、入試のための勉強は、実力をつけるためではなく勝負に勝つためにする勉強ですから、相手がどういう出方をするかということを第一に考える必要があります。
こういう説明をすると、例年、高校3年生は、「なるほど」と納得してくれるのですが、しかし、実際にやる人はほとんどいないのです(笑)。
まあ、後回しにしたいという気持ちはわかりますが……。
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facebook記事より。
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人間は、自分が似た経験をしたものでないと、深く共感できないことがあります。
その共感力の差が、読みの深さの差です。
ところが、自分ができる経験は限られています。
その経験を補うものが読書と対話です。
だから、国語の勉強の基本は、問題集を解くことではなく、読書と対話を増やし、あとは理詰めで考えるということなのです。
その「理詰め」の説明です。
国語の選択問題の成績を上げるには、なぜその選択肢を選んだのかを説明できるだけでは不十分です。
なぜその選択肢以外の選択肢を選ばなかったのかという理由を、それぞれの選択肢についてすべて説明できなければなりません。
というのは、国語の選択問題は、そういう解き方をするように作られているからです。
だから逆に、そういう解き方をすれば、原則として満点が取れるようにできています。
人間が作った問題は、人間が解けて当然なのです。
ところが多くの小中高校生は、「当たった」「当たらなかった」のレベルで問題を解いています。
なぜそれがわかるかというと、問題用紙がきれいなままで、選択肢をひとつずつ考えたという形跡がないからです。
問題用紙を見て、それがきれいなままであったら、それは理屈ではなくカンで解いているということです。
こういう話を、実際にその子が解いた国語問題を解き直しながら1時間も説明すると、次の回からすぐに国語の成績が上がります。それもかなり急に(笑)。
しかし、こういう話をしてくれる先生がほとんどいないのです。
だから、国語の問題の見直しは家庭でやるのがいちばんです。
では、親でも理屈で説明できない問題に遭遇した場合は、どうしたらいいのでしょうか。
その問題は、できなくてもいい問題なのです。
人生経験が子供の何倍もある親でも理屈で説明できない問題は、問題自体が悪問であるか、その答えの方が間違っていることも多いからです。ホント。
(ただし、大学入試の問題になると、親と子が同じぐらいのレベルということもあります。)
今日は、朝方涼しい雨が降っていましたが、もう雨も上がり穏やかな曇り空が広がっています。
ところで、今週末から猛暑になるそうです。もう、しょうがないなあ。
内陸部では36度以上になるとか。ε-(´o`;A アチィ
これは、もう絶対海かプールですね。
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5月の森リン大賞(中1の部71人中)
間をとり入れることで
スヌーピー
余韻や余情、ふくみなどそれらはすべて、「間」の生かし方に左右されているようだ。
私たちは「間」を生かし、より相手に伝わるような話術を身につけたいものだ。
なぜかというと、「間」を話の中に取り入れることで互いに理解し合えるからだ。私も毎日のように「間」の大切さを実感している。それは、社会の授業のときのことだ。
私たち一年生の社会を担当している先生は、様々な話を知っていて内容がとても面白い。だが、話すスピードがとても速い。そのため、話の切り替えも気づかないうちに行われていて、授業についていくのが精いっぱいだ。
だから、どんなに「なるほど」と思う内容でも、先生が言ったことを自分で聞き取りそしてすぐにメモをとらないとおいて行かれてしまうから、思考する余裕を失ってしまう。
決して、先生の授業の行い方を批判しているわけではない。ノートを見直さなければその単元を理解するのが難しくなるから自然に復習を行うようになるという良い点もある。しかし、授業の中で先生と生徒で互いのことを理解し合うのが難しくなってしまう。
少しでも会話の中に間を取り入れれば、自分の話を相手にと伝えるプロセスをしっかりと踏むことができ、その後につながるのではないか。
また、第二の理由ついては「間」をとりいれないと、自分で自分の言ったことがわからなくなってしまうからだ。それは緊張したときなどにあてはまるのではないか。
例えば、スピーチのときや意見を言う場面。話しているのは自分しかいなくて、周りの人の視線が自分にだけ注がれている。そんなとき、ついつい緊張してしまい焦って、自然に話すスピード早くなってしまうことがないだろうか。そして、自分が話した内容を忘れてしまい、二回同じ内容を話すかもしれない。
私も、実際に体験したことがある。数学の授業で発言をしたときのことだ。何を言いたいか、どんなことを言いたいかは頭の中にあるのに、クラスメイトが納得していない表情をしているとつい慌ててしまう。そして、その前に行ったことを忘れてしまい、焦って気が付かないうちに同じことを二回言ってしまった。
こんなとき、少しでも間をとり入れてみるとどうだろうか。間を自分自身でつくり、その間に自分の話した内容や頭の中を見直すことで、これから話す内容がはっきりしてくる。
その次の数学の授業で間を意識してみたら、頭の内容が整理され焦ったり、慌てることなくうまく話すことが出来た。
また、聞いている側もこれからどんな話をするのかという関心意欲が間のなかで生まれてくるかもしれない。
確かに、速く話すことですぐに相手に伝わる。でも、話したい内容しっかりと伝わってないのではないか。「巧みにしゃべる機知と沈黙する術を心得ていないことは大いなる不幸である」という名言があるように、間をとることで相手あるいは自分への気遣いもできより自分が話したい内容も相手に伝わりやすくなる。私も間をうまく利用して、相手を自分の世界へ引き込むような話術を身につけたいと思った。
順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
---|
1位 | ●間をとり入れることで | スヌーピー | 85 | 1261 | 52 | 63 | 72 | 89 |
2位 | ●お金に換算できないもの | どろっぷ | 84 | 1138 | 61 | 59 | 72 | 87 |
3位 | ●間を今いかす時でしょ! | 猛食類 | 83 | 1068 | 58 | 64 | 70 | 89 |
4位 | ●素直すぎる | 不知火 | 82 | 1048 | 56 | 60 | 75 | 79 |
5位 | ●勉強の目的を明確に | 華月 | 81 | 1018 | 57 | 62 | 73 | 77 |
6位 | ●予想外の笑いの球技大会 | ダイヤモンド | 80 | 715 | 39 | 90 | 89 | 84 |
7位 | ●間をとって理解 | しゅわきち | 80 | 1026 | 46 | 74 | 85 | 79 |
8位 | ●人間の学習能力をどう思う? | くるる | 79 | 1019 | 61 | 54 | 62 | 80 |
9位 | ●お金の換算が全てなのか。 | やまり | 76 | 714 | 59 | 62 | 65 | 99 |
10位 | ●お金の価値 | まるか | 75 | 672 | 52 | 64 | 71 | 87 |
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本当は森リン大賞だから、キリンの写真を入れたいのですが、今回はイルカ。
今度、近くの金沢自然動物園に行って、キリンの写真を撮ってくる予定です。
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■川西緑台高校 2009年度 50分
1、省略。150字という字数の感覚をつかむために、自分で自由にテーマを決めて、消しゴムを使わずにできるだけ早く指定の字数でまとめる練習をするとよい。
2、
自然の仕組みを利用して工夫した例を考えるとよい。
第一段落は、説明。「私も自分の生活に、動物たちの身体の仕組みを生かしたことがある。」など。
第二段落は、実例1。「第一は、寒さをしのぐ方法だ。私は、寒いとき、スズメが体をふくらませて空気を羽の間に入れていることに気づいた。そこで、これまでシャツの上に着ていたセーターを、シャツの内側に着てみた。すると、もこもこして動きにくくなったが、空気がセーターの間に入り、外の寒さをやわらげることができた。」など。
第三段落は、実例2。「第二は、運動会の徒競走で速く走る方法だ。私は、チーターが速く走れるのが、爪を地面にひっかけて加速をつけているからだと知った。そこで、それまで底がつるつるだった運動靴を、小さなスパイクがついているものに買い換えた。その結果、コーナーを曲がるときも足が横滑りしなくなり、これまでよりも速く走ることができた。」など。
第四段落は、まとめ。「このことから私は、自然界には、人間の生活に生かせるヒントが数多くあることを知った。私は将来科学者になりたいと思っているが、この経験を生かして……。」など。
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■宮城県仙台第二高校 平成20年資料
第一段落は、「残念なことです」の説明。「現代は、情報がきわめて手に入りやすくなっている。しかし、その情報を鵜呑みにしていては、せっかくの正しい情報を生かすことができない。情報を集める能力よりも、情報をかぎわける能力が必要な時代になっているのに、そのことを自覚していない人が多い」など。
第二段落は、その原因。「セレンディピティ能力がこれまであまり重視されてこなかった原因は、これまでの時代のほとんどが、情報不足の時代だったからである。昔、私の家には百科事典があり、わからないことがあるとそれを引いて調べた。しかし、今はインターネットで……」など。
第三段落は、対策。「大事なことは、一つは、教育の一部としてセレンディピティ能力を育てることである。これまでの教育は、与えられた正解を探す形のものが多かった。……。もう一つは、一人ひとりの自覚である。私の家では、テレビでニュースを見たあと、家族で話し合うことがある。そのたびに……」など。
第四段落は、反対理解とまとめ。「確かに、基礎的な知識に関しては、与えられたものをまず受け入れて消化するということも大切である。しかし、……」など。
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