facebookページより。
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誰でも、何かに、又は誰かに、胸ときめかした思い出がある。
そのときのことを思いだそう。
思い出すだけならただ(笑)。
花を見ても、鳥を見ても、空を見ても幸せだった、そのころの気持ちを思い出そう。
そうすれば、目の前の大きく見えた問題も、すぐに小さな問題になり、やがて問題ではなくなる。
そうして、自分が幸せだったころの気持ちを思いだしたら、ほかの人にもそのことを教えてあげよう。
世界は、本当は、こんなにきれいで楽しくて幸せに満ちていたのだとみんなが気づき始めたら、そういう時代以外のものはこの地上からなくなっていく。
夜中に、空を見ていたら、ふとそんなことを思い出した。
そういえば、初恋って、何十年前だったかなあ。
誰でも持っているすばらしく高価で美しい無料の思い出。
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言葉の森が9月から新しい取り組みを開始します。
その第一は、プレゼン作文発表会の企画です。
作文の勉強の大きな目標は、創造性と思考力と表現力を高めることです。
もちろん、その途中に、受験の作文小論文に合格する力をつけることもあります。また、作文力の全体になる国語力、読解力をつけるという目標もあります。
しかし、子供たちの将来まで続く大きな目標は、ひとことで言えば創造力と思考力のある文章を書く力をつけることです。
ところが、作文の評価はどうしても主観的になりがちで、客観的な評価が難しいため、子供たちの勉強の目標も曖昧になりがちでした。
言葉の森では、項目に合わせて書く指導と、森リンの点数による評価という形で、作文の客観的な評価を行ってきました。しかし、作文という勉強の性格上、成果が表れるのに時間がかかるため、意欲的な勉強がしにくいという生徒もいました。
その点で、新聞やコンクールに応募して入選するというのは、ひとつの意欲付けにつながるものでした。
実際に、朝日小学生新聞の作品欄には、言葉の森の生徒が毎月誰かが入選していますし、各種コンクールにも言葉の森の生徒の作品がよく選ばれています。しかし、そのように他の機関に頼った評価は、通常の指導とは結びつけにくいため、保護者にお任せする形で行ってきました。
そこで、言葉の森が今回計画しているのは、自分の作文が発表されるような機会をこれまであまり持たなかった生徒のための作文発表会です。当面は自由参加にしたいと思います。
作文発表会は、これまで、港南台の通学教室で何度か行ってきました。最初は、みんなの前で作文を読む形でしたが、暗唱できる生徒は暗唱したものを発表するということも取り入れました。
今度は、この発表の形を更に発展させ、プレゼンテーションを行うような形でのプレゼン作文発表会にしたいと思っています。
プレゼン作文ですから、文章だけでなく、画像や音声や動画も組み合わせてひとつのビジュアルな作品を作ることを考えています。そのビジュアルな作品を表示しながら、発表者は、原稿やメモを見ずに、聴衆に語りかけるような形で自分の作品を発表します。
発表会は、これまでは通学教室でないとやりにくい面がありましたが、今度は、インターネットを利用して動画で発表することを考えています。ただし、ネットすから、個々の生徒の発表は、非公開、部分的公開、公開のいずれかを選択できるようにしたいと思っています。
こういう発表会を繰り返すことによって、作文に取り組む姿勢が、自分らしい個性、創造性、思考力を伸ばすという方向に発展していくと思います。
このプレゼン作文発表会の最新情報は、今後、オープン教育コミュニティ「オープの川」で随時お知らせしていく予定です。
https://www.mori7.net/ope/
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公立中高一貫校の作文試験や、高校入試の作文試験などの勉強の仕方で質問や相談がある場合は、新設の掲示板「オープの川」に相談コーナーを設けましたので、ぜひご活用ください。
https://www.mori7.net/ope/
この「オープの川」では、受験以外にも、長文、勉強、遊び、生活など子供たちの勉強と生活を応援するさまざま交流の場を提供していく予定です。
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オープン教育のサイトができました。
ここでは、子供たちの教育に関する情報の交換だけでなく、実践の交換も行っていきたいと思っています。
具体的なページとしては、
・子供たちに読んでほしい長文をオリジナルに作成する「オープン長文」
・勉強の仕方や問題の解き方を解説し交流する「オープン勉強」
・親子で楽しく過ごせる遊びを紹介する「オープン遊び」
・家庭学習の上手な進め方を紹介する「オープン生活」
などがあります。
この案のことを話すと、何人かの方から、「クックパッドみたい」と言われました。
私は、食事は素材のまま食べることが多いので、クックパッドというサイトを知りませんでしたが、見てみると確かに雰囲気が似ていました。
これからの教育は、ある特定の分野は専門家に任せる面もありますが、多くは自分たちの手作りでやっていく方が充実したものになると思います。
記事の閲覧は誰でもできますが、投稿にはメール登録が必要です。
どなたもご自由にご参加ください。
オープン教育コミュニティ
「オープの川」
https://www.mori7.net/ope/
なお、言葉の森は、facebookでも、現在様々なグループを運営しています。
(読書、長文、遊び、行事、受験作文、感想文、帰国子女、外国人の日本語、森林プロジェクトなど)
しかし、facebookグループの記事は、反応性がいいので交流には向いていますが、記事の整理や検索には不向きです。
そこで、facebookグループでは、主に気軽な交流をし、オープン教育のサイトでは、本格的なやりとりをするように使い分けていきたいと思います。
ただし、気軽と本格の差は微妙ですから、そのときの雰囲気でどちらに書き込みをしてもいいことにします。
みなさんのご参加をお待ちしています。
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昨日のシリアの話の続きです。
大事なのは、想像力です。
米英仏は、なぜ国際法的に違法なことをしてまで、他国に軍事介入をしようとするのでしょうか。
それは、軍需産業の在庫を片付けるためで、その軍需産業の背後に、自分のことだけしか考えていない人たちがいるのです。それらの人たちで作り上げられたストーリーです。
シリアへの軍事介入のあとに、イランがイスラエルを攻撃したように見せかけて、イスラエルがイランに報復し、その報復がロシアや中国に飛び火し、日本も米英仏の応援に巻き込まれ、最終的に日中が戦争に陥るような大きなシナリオが描かれている可能性があります。
だから、物事の最初のきっかけ作りのときに、これが作り話だと言っておく必要があるのです。
大事なのは、想像力です。その想像力を、社会をよりよくするために使うのが人間の役割だと思います。
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なるほど。今、社会をよくする技術がどんどん出ようとしているのですね。
こういう動きは、もう止められないと思います。
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言葉の森は、創造性を育てる作文教室です。
しかし、子供たちの勉強の前提には、平和な世界があります。
米英仏が、シリアのアサド政権が毒ガスを使用したという理由で軍事介入の準備を進めているようです。
しかし、これまでの米英仏の言ってきたこと、やってきたことを思い出せば、これが戦争をするための作られた口実だという可能性は、ほぼ百パーセントあると思います。
人間の知恵は、意見の違いを暴力ではなく話し合いで解決することができます。
戦争のない自由で豊かな社会を作っていきましょう。
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入試に作文小論文試験がある人向けに、受験コースの教材を別途作っています。
これは、実際の志望校の過去問に合わせた課題で、小学生は4か月間、中学生は3か月間、高校生は2か月間、特別に行うコースです。
通常の作文指導では、項目を中心によくできたところを褒めて励ます指導ですが、受験コースの場合は合格が目的ですから、欠点を直すことが中心になります。
しかし、受験という目的があるので、いくら注意されてもみんな挫けずにがんばっています。
言葉の森の受験コースは、わかりやすくレベルが高いのが特徴です。
ほかの予備校などで教わってよく書けなかった生徒が、言葉の森に来るとすぐに書けるようになります。そして、短期間で上達します。
しかし、大学入試向けの高校3年生の受験作文指導は、先生の空きがないので、今在籍している生徒以外の新たな募集は受け付けていません。
とは言っても、「小学生のときに、言葉の森の受講をしていたのですが……」という高校3年生が来ると、やはり断れません。何とか都合をつけて見てあげる時間を取るようにしています。しかし、原則として高校3年生が新たに始めるのは無理だと思っていてください。
さて、本題です。
受験作文小論文コースは、課題が難しいので、家庭での事前の予習が必要になります。
予習と言っても、課題を音読して、お父さんやお母さんとその課題について対話をしてくるというのが予習です。だから、日常生活の一部として簡単に準備できるものになっています。
この受験コースの予習や、勉強を進める上での相談を掲示板で受け付けることにしました。
それが、「オープン勉強」というページです。
https://www.mori7.net/ope/index.php?b=2&k=2
記事の閲覧は誰でもできますが、投稿には、あらかじめメール登録が必要になります。
「森友メール登録」
https://www.mori7.net/link/moritomo.php
なお、この新しい掲示板システム「オプの川」には、「書く」「読む」「遊ぶ」「働く」などのコーナーがあり、そのコーナーの中にテーマ別の掲示板があるという形になっています。
https://www.mori7.net/ope/
言葉の森の生徒以外の方も、どなたでもご自由にご参加ください。
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小学校低学年や幼児のころから、とてもよくできる子がいます。そういう子を伸ばす方向を、昔ながらの成績を上げることだけに向かわせないことです。
成績が上がってよくできて、最難関の大学に合格したところで大したことはありません。はるか昔のように、いい大学を出たらそれで安心という時代ではもうないのです。
もちろん、成績がいいのに越したことはありません。しかし、それもほどほどまでです。
80パーセントの成績を90パーセントや100パーセントに向かわせる努力をするよりも、その分、その子の個性を伸ばしていくことです。
なぜなら、これからの時代で大事なことは、自分の個性を梃子(てこ)にして生きていくことだからです。そして、そういう生き方が、本人にとっても楽しいのです。
成績がいいだけの子はたくさんいます。しかし、そういう性能のいいコンピュータのような人材はもう供給過剰です。
社会が成熟してくると、性能のよさだけでは売れなくなります。市場は飽和状態で、もうコンピュータは買い換えの需要しかないからです。だから、性能のよさで買ってくれる人を待つのではなく、自分で自分を世の中に売り込みに行かなければなりません。
そのときに、生きてくるのが個性です。しかし、そういうことを教えてくれる先生はあまりいません。学校や塾は、成績をよくするところであって、個性を伸ばすところではないからです。
その子の個性に目を向けるのが親の役割です。個性に目を向けられることによって子供は自分らしく成長していくのです。
そういう時代がもう来ています。
昔は、いい大学に入るとか、いい資格試験に合格するとかいうことにわくわくする感覚がありました。しかし、そういう成果を手に入れた人が、意外と優雅に楽しそうには生きていません。むしろ、多忙で煩雑な日常に追われていることの方が多いのです。
かつて邱永漢さんは、「成績のいい子は育てられるが、お金の稼げる子は育てられない」と言っていました。成績は、手順を踏んでそれなりの時間をかければ誰でもすぐに上がります。それも、そんなに小さいころからこつこと積み上げる必要はなく、受験を自覚してからの半年や1年ですぐに上がるのです。
しかし、すぐ成果が上がるから今の塾は単純な詰め込みに子供を向かわせます。その詰め込みと競争とテストの刺激で煽られた子供は、次第に学ぶことに燃えなくなってきます。好奇心が多くいろいろなことを吸収したい時期に、もう新しいことはやりたくない、今のだけで精一杯、だから手を抜いて表面的にやるしかない、と冷めた勉強姿勢になってしまうのです。
学校の先生も塾の先生も、勉強の世界しか知りません。親もほとんどは自分の仕事の世界しか知りません。だから、いい成績を取っていい学校に入れば、もっといい世界に行けるという気がするのですが、今の日本でそんな世界はありません。
成熟した社会では、指定席はほとんどが埋まっています。あとは自由席しかありません。自分で自由な席を作り出す力のもとが個性です。
しかし、その個性で作る自分らしい人生というのは、それほどあてのない話ではありません。それは、これからの社会が大きなフロンティアを持っているからです。
日本には、人間がたくさんいて、みんな何かしたいと思っています。その何かとは自分にとってプラスになる何かです。
ただ消耗するだけの生活ではなく、また平穏無事なだけのルーティンワークの生活でもなく、自分と自分の生活が進歩、発展、成長するちょうな人生を本当は誰もが望んでいます。
これまでは、そのエネルギーの奔流を阻んでいたものがありました。ひとつはお金、もうひとつはさまざまな規制、そしてもうひとつはこれまでの社会の停滞を生み出してきた既得権です。しかし、これからそういう状況は後退していきます。つまり、これからは制約のない社会になるのです。
そのときに大事なことは、個人の心からも制約を除いておくことです。大きな欠点のないことだけを目指す小さな人生から、小さな欠点も許容できるぐらいの大きな人生に舵(かじ)を切る時代になっていることを早めに自覚することです。
世の中は、多くの人が望んだ方向に動いていきます。これからより自由な楽しい社会を来ることを前提にして、子供たちの教育を考えていく必要があると思います。
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