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本質教育、実力教育、創造教育、文化教育(その3) as/2275.html
森川林 2014/12/21 16:34 


■実力教育

 実力教育とは、時間をかけ、量を積み重ねる教育です。
 例えば、昆虫が好きな人は、昆虫の本を読み、昆虫を観察し、採集し、昆虫のことだけに人一倍時間をかけて取り組みます。人間の実力とは、その人が何に時間をかけたかによって決まってきます。動物好きな人、物づくりの好きな人、読書好きな人、料理の好きな人、音楽の好きな人など、人間にはさまざまな好みがあります。その好みを時間をかけて伸ばしていくことが、その人の実力になります。

 ところで、現在の社会は、その土台に豊富な知識があります。膨大な知識によって支えられた知識社会が現代の社会です。だから、どの分野に進むにせよ、その土台としての知識を身につけなけければなりません。
 その知識を身につける方法のひとつが読書です。この読書は、理科や社会の勉強も含めた広い意味の読書です。
 そして、この読書の知識を支えるもうひとつの方法が経験です。この経験は、実験や観察や調査なども含めた広義の経験です。

 本質教育で身につけた基礎学力の上に身につけるものは、受験のための準備教育ではなく、まずこの実力教育です。
 低学年で本質教育がよくできた子は、中学年から受験教育の先取りをするような形の勉強に向かいがちです。しかし、受験教育は、受験期の1年間で集中して取り組む方が能率のよいものです。
 もちろん、受験期の1年間に受験教育に集中するためには、本質教育を学年を超えて半年間か1年間先に進んでおく方が有利です。しかし、それは受験勉強の難問を先取りすることではなく、基礎的な学力を学年を超えて先取りしておくことです。
 そして、基礎的な学力を身につける本質教育は、特に誰かに教わらなくても教科書や参考書で独学できるものなのです。

 受験期の勉強の仕方は、まず受験する学校の過去問をもとに、その子がどの分野が苦手かを分析することから始まります。
 なぜ苦手を見るかというと、現在の受験勉強の評価の多くは、受験科目の総合点で行われているからです。総合点を高くするためには、点数の低い科目を高くするのが最も能率のよい方法です。
 力を入れる科目や単元が分析できたら、次に、そのための教材を探します。この教材選択は、1年間使うものですから、時間をかけて慎重に行う必要があります。多少の無駄は覚悟の上で、よいと言われている教材をすべて取り寄せ、少しずつやってみる中で、その子に最も合ったもの1冊に絞り、その他の教材は使わないという選択の仕方をします。教材選びは、投資と割り切ることが必要です。
 あとは、その1冊に絞った教材を5回を目安に繰り返し読み、完璧に自分のものにすることです。途中でときどき過去問に立ち戻り軌道修正を行う必要がありますが、基本は最初に決めた教材を確実に仕上げることです。
 こういう勉強は退屈なものですから、1年間又は半年間勢いをつけて脇目もふらずに取り組むものです。受験勉強は、長い期間をかけてこつこつやるよりも、短期間に集中した方が効果が高いのです。

 受験教育は、受験期の1年間に集中して取り組むものですから、本質教育のあとに行う教育は、受験教育ではなく、学年の少しずつの先取り教育と実力教育です。
 低中学年の子は、基礎的な勉強が終わったら、そのあと難問を解かせて受験勉強の先取りをするような形の勉強をするのではなく、基礎的な勉強の範囲で先の学年に進むとともに、読書と経験に力を入れていくといいのです。
 この読書と経験は、その時点での教科の成績にすぐに結びつくわけではありません。そのため、勉強の時間を優先し、読書や経験の時間を切り詰めてしまう家庭が多いのですが、本当は逆にしなければなりません。
 低中学年の勉強は、ほどほどにしていればよく、ほどほどの勉強の結果余った時間は、読書や絵画や工作や遊びや実験や旅行など、さまざまな経験に費やしていくことが子供の実力を育てることになります。
 この実力教育は、小学校時代だけでなく一生続くものですが、その発端は小学校時代の豊富な読書と経験によって培われるのです。

■創造教育

 教育の最も重要な役割は、創造性を育てることにあります。それは、創造こそが、人間の生活に深い喜びを与えるものであるとともに、社会を本質的に豊かにするものだからです。
 本質教育で育った幹と枝の先に、実力教育で多くの葉が茂り、その葉の間から咲く花が創造というふうにたとえることができます。

 ところが、この創造教育というものには、これまで確立した方法論がありませんでした。創造は、偶然の天才によってもたらされるものだと考えられていたからです。
 しかし、世界には、創造性にたけた民族がいます。それが、ユダヤ人と日本人です。
 ユダヤ人の創造性が高いということは、ノーベル賞の受賞者数などで多くの人に認められています。日本人の創造性が高いというのは、江戸時代の長い鎖国の期間にもかかわらず、その時期に欧米で生まれた文化に対比できる文化を独力で生み出していたことに表れています。
 この二つの社会で行われていた教育を意識的に推し進めていくことが創造教育の方法になります。

 その方法の一つが読書と対話です。しかし、その読書と対話には、多くのメタ言語が含まれている必要があります。抽象度の高い言葉、造語で言えば「難語」というような言葉が含まれている読書と対話が、認識の構造化を進める道具となります。
 もう一つが、これも造語で言えば「難読」です。語彙だけにとどまらず、思考の枠組み、つまりさまざまな独創的なパラダイムを身につけることが、思考の構造化を進める道具となります。本格的な難読に取り組めるのは大学生になってからですが、小中学生の間には、問題集読書のような形で難読の力をつけていくことができます。
 この難語と難読を身につけるためのもう一つの方法が、音読とその発展したものとしての暗唱です。抽象的な構造を持つ語彙と思考の枠組みを秘めた文章を暗唱することが、これからの暗唱教育になり、それが創造教育の一つの重要な方法になります。

 読書、対話、音読、暗唱で読む力の構造化を進める一方、書く力でも、思考の構造化を進める必要があります。それが作文です。
 その作文も、ただ事実に則した文章を書くだけでなく、構成図という方法で構想をふくらませ、構成の明確な文章を書くことに力を入れていく必要があります。
 また、作文をただ書くだけで終わらせずに、絵や写真や音楽や動画などのマルチメディアで立体化し、互いに発表し合うようなプレゼン作文発表をするような機会が必要になります。

 このような読書作文教育のトータルな展開が、これからの創造教育の中心になっていきます。

■文化教育

 創造教育の先にあるものが文化教育です。この文化教育には、日本の歴史や文化を継承する教育のほかに、音楽や絵画の教育、心身の教育、思いやりの教育、自然に親しむ教育、礼儀作法の教育、幸福に生きる教育などがあります。
 この文化教育の一つとして、先に挙げた「枕草子」の「春は、あけぼの」を味わうような教育があるのです。

 人間は、歴史と文化の中で生きています。
 グローバルで無色透明などの国にも共通する教育というものも確かに必要です。本質教育のかなりの部分は、そういう普遍的な教育です。また、受験教育のほとんども、普遍的な教育です。だから、本質教育と受験教育についていは、世界共通の試験なども可能なのです。

 しかし、実力教育は、身に付けるために時間をかけるという点で、その人の個性や関心と分かちがたく結びついています。
 また、創造教育は、方法論には共通性がありますが、何を創造するかはその人の個性によって大きく異なります。それは、作文で言えば、同じテーマで同じ構成で同じ項目で書きながら、それぞれに内容の違うものが生まれるのと同じようなことです。

 文化教育は、その教育自体に意義があるとともに、実力教育や創造教育で育てた個性に、文化の色彩をつけることにもう一つの意義があります。
 ここで形成された新しい創造文化が、過去の日本文化を引き継ぐとともに、未来の新しい日本文化の土台となり、それがその文化の中で生きる日本人の新しい感性となっていくのです。

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 家庭教育を立て直す方法の一つが、言葉の森が今行っている寺子屋オンエアです。
 インターネットを利用して、子育てを比較的うまく済ませた年配者が、その子育ての経験を生かし、今子育ての真っ最中の家庭の教育を一緒に見てあげるという形です。
 昔は、子供は、家庭と学校だけでなく、地域の他の大人たちによっても育てられていました。また、兄弟も比較的多い家庭が多かったので、兄弟の人間関係の中での教育も自然に行われていました。
 今は、親一人子一人の関係で、家の中だけで子供たちの生活が営まれている家庭も増えています。すると、親の持っている長所も欠点も、そのまま子育てに大きく反映してしまうのです。

 勉強ができない子がいた場合、それはその子の能力が低いからではありません。ただ勉強の仕方を知らないことと、そのために正しいやり方で勉強をしていないことが原因です。
 日本の教育で、かつて格差がきわめて少なかったのは、正しい勉強の仕方を社会が共有していたからです。それは、さかのぼれば江戸自体の寺子屋教育に行き着きます。
 今の日本で教育の格差が拡大しているのは、正しくない勉強の仕方が広まっているからです。それは、問題を解かせて○×をつけ、テストで評価するという形の勉強法が、家庭教育においても勉強の仕方の主流になっているからです。

 この問題を解かせて採点しテストで評価するという方法は、評価する必要がある場合の一時的な方法です。ところが、これが普段の勉強でも、勉強の仕方の中心になっています。
 問題採点型の勉強が増えたのは、学習塾や通信教育が、指導しやすい便利な勉強の仕方として普及させた面もあります。
 このやり方で勉強していると、理解の早い子と遅い子の差が出てきます。そして、それ以上に勉強の量が成績の差となって表れてきます。すると、量を増やして勉強する子はできるようになるが、量が伴わない子はできるようにならないという状態が生まれてきます。
 これが、教育格差の一つの大きな原因です。無駄な遠回りの多い勉強法で勉強をさせて、子供たちの間に差をつけるような教育が行われているのです。

 では、どういう勉強法がよいのかというと、それは、問題を解く勉強ではなく、参考書を読む勉強です。本当は、教科書を読む勉強でもよいのですが、今の教科書は、先生が教えることを前提にして作られているため、教科書を読んだだけではわからないことが多すぎます。だから、教科書よりも、教科書に準拠した市販の参考書の方が読む勉強の役に立つのです。

 算数数学や理科の場合は、問題を解くということも勉強の中で大きな比重を占めますが、それでも中心になるのは解く勉強ではありません。できる問題をいくら解いても力はつきません。しかし、ほとんどの子供たちは、できる問題をていねいに解く勉強をしています。解く勉強は、勉強というよりも解く作業です。そういう作業のようなことをしているにもかかわらず、子供たち本人はそれが勉強だと思い、周囲の大人もそれを勉強している姿と見てしまうのです。

 算数数学の勉強で大事なのは、できない問題に対応するときの勉強の仕方です。できない問題があったとき、その解法を見て理解し、あるいは解法を見ただけでは理解できない場合は人に聞いて理解し、その理解した解法を何度も読む勉強が算数数学の勉強法です。
 何度も読むためには、1冊の問題集を、できなかったところだけ何度も繰り返す必要があります。しかし、この何度も繰り返すという方法が、学校教育や塾教育や家庭教育ではなかなかできません。
 これまでの教育では、できる問題もできない問題も含めて新しいプリントを次々と解かせ、その定着度をテストで評価するという形の勉強法でないと、多様な生徒を同時に教えることはできなかったからです。

 こういう無駄の多い勉強法も、低学年のときは問題はありません。なぜなら、低学年のときは繰り返しやらなければ身につかないほど難しい勉強はしていないからです。
 しかし、学年が上がるほど、この問題採点型の勉強は、時間がかかるようになります。それはできる問題も何度も新たに解き、その一方でできない問題も1、2回した解き直さないことが多いからです。その結果、勉強にかけた時間によって、できる子とできない子の差が出てきます。そして、できる子はそれなりにできるようになっていくので、本人も、親も、先生も、その学力の差が努力の差によるものだと思ってしまうのです。

■受験教育

 今の教育は、その到達点が受験に合格することに置かれています。
 本質教育は、教育の幹や枝にあたる部分ですが、この本質教育の延長に受験教育があるように思われています。これが単線型の教育観です。
 問題を解く形の勉強法は、受験で問題を解きそれが採点される形に似ているので、低学年からの解く勉強がそのまま高度になり受験の解く勉強になるように思われています。
 しかし、本質教育と受験教育は、本当は異なるものです。本質教育は、勉強の基礎を確実に身につけることが目的で、それは昔風に言えば読み書き算盤の世界ですから、誰もが同じように身につけられるものです。
 受験教育は、差をつけるための勉強ですから、できる子とできない子の差が出てきます。もともと差をつけるために行われているのですから、差はあっていいのです。

 では、その差は何かというと、守備範囲の差です。広い裾野をどれだけカバーしているかという差が、受験勉強の学力の差です。その裾野を広くカバーできる子は、将来社会に出て、やはり広い裾野をカバーする仕事をするといいのです。
 受験勉強の得意でない子は、広い裾野ではなく、狭い裾野をカバーする仕事をすればいいのです。本質教育で、既に誰もが基本的な教育ができていれば、あとは守備範囲の違いが受験勉強の差になって表れているだけですから、自分に合った守備範囲で勉強していけばいいのです。
 この守備範囲の違いというのは、頭のよさの違いではありません。退屈な勉強でも苦にならない子と、退屈な勉強にはすぐ飽きる子の違いです。

 裾野の広さは、山の高さとは別のものです。富士山のように裾野も広く山頂も高い山もありますが、中には裾野だけが広い山もありますし、屋久島のように裾野に比べて高さだけが突出して高い山もあります。
 自分に合った裾野で、その山頂を高くしていくことが、その人の社会に出てからの仕事です。わかりやすく言えば、広い裾野を選んだ人は、大企業に入りそこのトップになるように仕事をしていけばいいのですし、狭い裾野を選んだ人は、中小企業を立ち上げてそこでトップになるような仕事をしていけばいいのです。トップと言っても、社長だけがトップというのではありません。番頭のトップでも、経理のトップでも、技術開発のトップでもいいのです。要するに、誰にもひけをとらない第一人者としての役割を、自分の選んだ場所で確立していけばいいのです。

 受験教育は、本質教育とは似ていますが、本来の性格が異なるものです。
 たとえて言えば、本質教育という幹や枝が、その先をだんだん細く分岐させてて、枝としての意味がないほど細くなった先に、差をつけるための受験教育があるという関係です。
 その細い先まで行ける人は行けばいいのですが、そのような先まで興味がない人は、基礎的な本質教育の枝だけを確保して、別の教育に力を入れていくといいのです。
 その本質教育のあとに力を入れていく分野が実力教育です。
(つづく)

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