シュリーマンが、さまざまな外国語を独学で習得した方法は、その言語の音読と暗唱でした。
この方法が、外国人が日本語を学ぶ方法として生かせると思います。
言語というものは、おおまかなところでは単語がわかれば内容を理解することができます。
翻訳ソフトのレベルは、既に概要を理解するには充分な域に達しています
しかし、細かい微妙なニュアンスの違いなどは、翻訳ソフトではまだ力不足です。
それを文法的に理解する方法もありますが、いちばんよいのは、やはりその言語に慣れることによって身につける方法です。
例えば、日本の中学生の英語のテストでは、語順を入れ替えた文章を正しい語順に直すという問題がよく出ます。これを文法的に理解するのは大変です。しかし、音読で慣れていれば、自然に正しい語順がわかります。
外国人の日本語学習にも、同じことがあてはまります。
文法や単語の学習のほかに、日本語の文章に慣れることによって、微妙なニュアンスも理解するということが勉強の中心になると思います。
幸い、日本は、諸外国の本の多くが日本語に翻訳されています。
これらの本の中で、自分の気にいったものを読み、その中のいい文章を音読し暗唱するのです。
ふりがながないと漢字が読めないという場合は、ルビふりのサイトがあります。
音声がないと読み方がわからないという場合は、音読のサイトがあります。
そのほか、個々の単語の意味はウェブ翻訳で充分にできます。
インターネットの時代には、シュリーマンの学習した方法が、誰でも自宅で簡単にできるようになっているのです。
問題はただひとつ、まだその音読暗唱という方法が、まだ洗練された学習方法として確立されていないことです。
言葉の森では、今後この日本語の音読暗唱という勉強方法を作っていきたいと思っています。
参考までに、「シュリーマンの古代への情熱―シュリーマン自伝 (新潮文庫)」
http://www.amazon.co.jp/dp/4102079017
ドイツ語の原本は、キンドルで無料で読みます。
「Selbstbiographie (German Edition) Heinrich Schliemann」
http://www.amazon.co.jp/dp/B004ZG12DO
ちなみに、シュリーマンは、日本にも来ていたそうです。
「シュリーマン旅行記 清国・日本 (講談社学術文庫 (1325)) 」
http://www.amazon.co.jp/dp/4061593250
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テキストにある会話の例を全部暗記してしまう生徒、未習の文型も使いこなしています。
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「フリースクールで教育を受けた場合でも義務教育の修了と認める」という法案が、来年2016年の国会で成立する見込みで、早ければ2018年4月からスタートします。
不登校の児童生徒は、現在12万人いると言われています。
不登校の子供たちは、勉強が嫌いなわけではありません。皆と同じペースで学校で勉強することが嫌いなのです。
しかし、子供ですから、自分のペースで自主的に勉強するということはできません。やはり、大人のアドバイスがなければ、安心して勉強に取り組むことはできません。
そこで、一般的に考えられている対策は、個別学習のアドバイスです。しかし、これにも限界があります。
今の教育は、教えることが前提になっています。少し前までは、大勢の生徒を対象にした一斉指導が中心でしたが、今は、それが少人数になり、更に学習塾などでは個別指導で教えるところも増えています。
ところが、この「教える」という発想を前提にする限り、教育は異常にコストがかかるものになり、しかも、子供の、自分のペースで自主的に勉強するという希望は、達成されないのです。
ここで、参考にできるのは、江戸時代の寺子屋教育の仕組みです。
寺子屋教育は、(1)子供たちが集団の交流の中で学ぶことができ、(2)しかし、先生が教えるのではなく、子供がそれぞれ自分のペースで学び、(3)それにも関わらず、どの子も確実に必要な学力をつけていく、という教育でした。
小中学生という義務教育の期間の勉強は、わかりやすい参考書と適度な問題集があれば、独学でも学べるものです。
しかし、今は、学校でも塾でも、先生が教えることが前提になっているために、教科書も問題集もわかりにくく作られています。その例が、解説の少なすぎる教科書、解法の不十分すぎる問題集です。
この教材選びを変えることが、寺子屋的な教育の前提になります。
言葉の森の森林プロジェクトも寺子屋オンエアも、先生が生徒にあまり教えない勉強です。子供自身がわからなくて質問をしてきたときは、教えますが、先生が積極的に教える場面はごくわずかです。
子供は、というよりも人間は、もともと人に教えるのは好きですが、人に教わることは好きではないものです。たとえ、苦労しても、自分でやってみたいというのが人間の本来の性質です。
わからなくて困っているときに教えてもらうのはいいのですが、自分でやればできそうなことまで一方的に教えられるのは、人間性の本質に反するのです。
そこで、言葉の森が今考えているのは、森林プロジェクトと寺子屋オンエアを、通信制のフリースクール的な学校にすることです。
現在のネット環境を利用して、かつての寺子屋教育のよさと、創造性を育てる新しい教育を組み合わせた通信制の学校を、できれば2018年4月までに作っていきたいと思っています。
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解らない時は、回答や解説を読んでみる。
そこで、わかった!!と納得できる
そんな勉強が、子供1人で出来るようになると、最高ですが、現在のうちの場合を
お話しますと、算数などは、わからないと回答をみてるのか??すべて、丸付けで丸なんです。どうしても子供は、◯にしたいので、その場を◯にしても結局自分が本当に解ったのか、あやふやなまますぎる状態になってしまいます。わからないところは、わかるまで、繰り返す。そんな勉強が出来るようになるといいですが、皆さん、できているのでしょうか?寺子屋の仕組みは、凄くいいと思います。そのアドバイスの仕方が、難しいです。
かれごまさん、そこが大事なところなのです。
その子の成長過程の初期に、「○がつくことがよいことだ」という先入観が育ってしまったのですから、それを直すのが教育です。
どう直すのかというと、「自分が成長することがよいことだ」という価値観をこれから育てるのです。
○をつけるか×にしておくかということは、技術的な問題ではなく、大げさに言えば世界観や人生観の問題なのですから、何度か言ってすぐにできるものではありません。
そのかわり、そういう考え方が定着すれば、中学生になっても高校生になっても、一生その子の生き方にとってプラスになります。
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