■4級の2 天地初めて発(ひら)けし時(古事記)
【1】
天地初めて発けし
時、
高天の
原に
成りませる
神の
名は、
天の
御中主の
神。
次に高御産巣日の
神。
次に神産巣日の
神。この
三柱の
神は、みな
獨神に
成りまして、
身を
隱したま
ひき。
【2】
次に國稚く、
浮かべる脂の
如くして
水母なす
漂へる
時に、
葦牙のごと
萠え
騰る物に
因りて
成りませる
神の
名は、
宇摩志阿斯訶備比古遲の
神。【3】
次に天の
常立の
神。この
二柱の
神もまた
獨神に
成りまして、
身を
隱したま
ひき。
【4】
次に
成りませる
神の
名は、
國の
常立の
神。
次に
豐雲野の
神。この
二柱の
神もまた、
獨神に
成りまして、
身を
隱したま
ひき。【5】
次に
成れる
神の
名は、
宇比地邇の
神。
次に妹須比智邇の
神。
次に角杙の
神。
次に妹活杙の
神二柱。【6】
次に意富斗能地の
神。
次に妹大斗乃辨の
神。
次に
於母陀琉の
神。
次に妹阿夜訶志古泥の
神。
次に伊耶那岐の
神。
次に妹伊耶那美の
神。
【7】ここに
天つ
神諸の
命以ちて、
伊耶那岐の
命伊耶那美の
命の
二柱の
神に「この
漂へる國を
修め理り
固め
成せ。」と
詔りて、
天の
沼矛を
賜ひて、
言依さしたま
ひき。【8】かれ
二柱の
神、
天の
浮橋に
立たして、その
沼矛を
指し下して
畫きたま
へば、
鹽こをろこをろに
畫き
鳴して、
引き上げたま
ひし
時に、その
矛の
末より
垂り落つる
鹽、
塁なり
積もりて
島と
成りき。【9】これ、
淤能碁呂島なり。その
島に
天降りまして、
天の
御柱を
見立て八尋殿を
見立てたま
ひき。
(
古事記)
この記事に関するコメント
コメントフォームへ。
同じカテゴリーの記事
同じカテゴリーの記事は、こちらをごらんください。暗唱(121)
暗唱検定の長文は、次のページに掲載しています。
https://www.mori7.net/mine/as2.php
朗読と抄訳のページのリンクを今後作る予定です。
4月4週に5級の暗証検定を行います。暗証検定には、skypeを使います。
5級の長文(3ヶ月分約3000字)を6分以内で間違えずに暗唱できれば合格です。
5級に合格した人は、4級の暗証検定に取り組んでください。
【暗唱のコツ】
(1)最初の読みのときに読み間違えると、あとからはなかなか直りません。最初はゆっくり正確に読み、正確に読めるようになってからはできるだけ早く読むようにしましょう。
(2)暗唱の長文を印刷した紙は、いつも同じものを使いましょう。人間の記憶は、紙の位置とも結びついています。印刷物が古くなったら、同じものをコピーして使いましょう。
(3)すらすら読めるようになるまで、紙を見て暗唱しましょう。思い出しながら暗唱すると、思い出しながら暗唱する読み方になるのでかえって時間がかかるようになります。
■4級の1 千山/偶成/春望/方丈記/田子の浦ゆ
【1】
千山鳥飛ぶこと
絶え
万径人蹤滅す
孤舟蓑笠の
翁
独り釣る寒江の
雪
【2】
少年老い易く学成り難し
一寸の
光陰軽んず
可からず
未だ覚めず
池塘春草の
夢
階前の
梧葉已に秋声
(
偶成/
朱熹)
【3】
国破れて
山河在り
城春にして
草木深し
時に
感じては
花にも
涙を
濺ぎ
別れを
恨んでは
鳥にも
心を
驚かす
烽火三月に
連なり
家書万金に
抵る
白頭掻けば
更に短く
渾べて
簪に
勝えざらんと
欲す
(
春望/
杜甫)
【4】ゆく
河の
流れは
絶えずして、しかももとの
水にあらず。
淀みに
浮ぶうたかたは、かつ
消え、かつ
結びて、
久しくとどまりたる
例なし。
世の
中にある、
人と
栖とまたかくのごとし。 【5】たましきの
都のうちに、
棟を
並べ、
甍を
争へる、
高き、いやしき、
人の
住ひは、
世々を
経て
尽きせぬものなれど、これをまことかと
尋ぬれば、
昔ありし
家は
稀なり。
或は
去年焼けて、
今年作れり。
或は
大家亡びて
小家となる。【6】
住む
人もこれに
同じ。
所も
変らず、
人も
多かれど、いにし
へ見し
人は、
二三十人が
中に、わづかにひとりふたりなり。
朝に
死に、
夕に
生るるなら
ひ、ただ
水の
泡にぞ
似たりける。
【7】
知らず、
生れ
死ぬる
人、
何方より
来たりて、
何方へか
去る。また
知らず、
仮の
宿り、
誰が
為にか
心を
悩まし、
何によりてか
目を
喜ばしむる。【8】その
主と
栖と、
無常を
争ふさま、い
はばあさが
ほの
露に
異ならず。
或は
露落ちて
花残れり。
残るとい
へども
朝日に
枯れぬ。
或は
花しぼみて
露な
ほ消えず。
消えずとい
へども
夕を
待つ
事なし。
(
方丈記/
鴨長明)
【9】
天地の
別れし
時ゆ
神さびて
高く貴き
駿河なる
布士の
高嶺を
天の
原 振り放け
見れば
渡る日の
影も
隠ら
ひ 照る月の
光も
見えず
白雲も い
行きはばかり
時じくぞ
雪は
降りける
語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ
不尽の
高嶺は
田子の浦ゆうち
出でて
見れば
真白にそ
不尽の
高嶺に
雪は
降りける
(
山部赤人)
この記事に関するコメント
コメントフォームへ。
同じカテゴリーの記事
同じカテゴリーの記事は、こちらをごらんください。暗唱(121)
この記事に関するコメント
コメントフォームへ。
同じカテゴリーの記事
同じカテゴリーの記事は、こちらをごらんください。暗唱(121)
これから、3回に分けて、教育を考える際の二つの変数について書いていきたいと思います。
その変数とは、自由度と計画度の横軸と、自主性と強制性の縦軸とで構成されたグラフに表される変数です。
自主性
┃
C ┃ A
計 ┃ 自
画━━━╋━━━由
度 ┃ 度
D ┃ B
┃
強制性
そして、現在の学校教育に代表される教育全般の行き詰まりと、その打開策について述べていきたいと思います。(つづく)
この記事に関するコメント
コメントフォームへ。
同じカテゴリーの記事
同じカテゴリーの記事は、こちらをごらんください。教育論文化論(255) 寺子屋オンライン(101)
受験勉強というのは、それほど面白いものではありません。既に答えのある世界で、他人と同じことをより速くより正確にやるという競争ですから、個性のはっきりしている子ほど飽きるのも早いのです。
しかし、現実に競争があるのですから、やらないわけには行きません。そこで、出てくるのが、最後の1年間(又は半年)で死に物狂いの集中力で得点力をつけるという方法です。
地道で計画的な勉強を考える人は、そういうやり方を不安視しますが、実はこの短期間の集中勉強というのは、大きな成果を上げるものです。
ただし、それまでに、基礎的な実力はつけておく必要はありますが、その基礎的な勉強は、学校で普通に勉強していればつくというレベルのもので十分です。
受験勉強というものは、本人の実力を測るものではなく、限られた範囲の試験での得点力を測るものですから、過去問を分析し自分の弱点を見極め、集中的に取り組めば、半年ほどで成績が急上昇します。
保護者の中には、こういうことを自分で身を持って体験している人がいます。そういうお父さんやお母さんは、子供の勉強にあまり口出しをしません。普通に勉強していれば、いざというときにがんばれるということがわかっているからです。
そして、それまでの勉強をあまり無理せずに行っていて、自分の自由な時間をたっぷり持っていた子供ほど、短期間の集中力は爆発的になるのです。
ところが、今は塾の情報が多いせいか、子供が小さいころから塾に通わせて受験勉強の先取りをする家庭が増えています。
もちろん勉強すること自体は、子供の仕事のようなものですから、それはそれでいいのです。
しかし、受験の先取り的な、学校でやらないような問題を解かせるような勉強は、多くの場合全くの無駄になることが多いのです。なぜなら、例えば小学校3年生で1時間かけてやっと身につけたようなことは、小学校5年生になると10分でもっと確実に身につけられるというようなことがあるからです。
そして、早めに無理な勉強をがんばっていると、勉強の生活に飽きるせいか、受験のときの短期間の爆発力が出ないのです。
勉強は、時間をかければ確かに成績は上がります。だから、受験の最後の1年間の集中力で成績を上げるよりも、早めにこつこつと成績を上げておいたほうがよいという考えもあります。
しかし、受験のための勉強に時間をかけるのは、実はもったいないことです。
これからの子供たちの成長に大事なことは、個性を伸ばし本当の実力をつけておくことです。
成績を上げるための勉強は、短期間の(と言っても半年か1年の期間ですが)集中力で取り組み、そのかわり、自分の好きなことに熱中し、経験と読書の質と量を高めていくことに多くの時間を費やすようにしていくといいのです。
この記事に関するコメント
コメントフォームへ。
同じカテゴリーの記事
同じカテゴリーの記事は、こちらをごらんください。子育て(117) 勉強の仕方(119)
子供たちの中には、ときどき、「今日は宿題があるから(時間がないので)、○○はできない」と言う子がいます。
中学生の場合も、定期テストの前に、一生懸命宿題をこなしている子がいます。
先生は、宿題を出すことによって、最低限の家庭での学習ができると思っているのでしょう。
また、保護者の方でも、学校の宿題というものがあれば、必ず勉強することになるので助かると思っているのかもしれません。
しかし、宿題は、多くの場合意味がないばかりか、子供たちの頭を悪くし、勉強の意欲をなくすマイナス面の方が多いのです。
宿題がなければ家庭で学習しないような子は、その宿題もやらなかったり、やっても答えや友達の宿題を写すようなやり方でやっています。
宿題をきちんとやってくるような子は、その宿題は単なる作業のようなもので、やっても勉強になるようなことはありません。
そして、もっと大きな問題は、他人にやらされる退屈な勉強に慣れることによって、勉強の面白さを感じない子に育っていくのです。
私事ですが、私(森川林)の子供が小1のとき、足し算の答えを色分けするような宿題が学校から出たことがありました。
子供が、「はあ」などとため息をつきながら宿題をやっているので、見てみると、全然面白そうな勉強ではありません。
「これは、お父さんがやってやるから、本でも読んでろ」と言うと、子供は喜んでいました。だから、父の宿題です(笑)。
その学校の先生は、普通にいい先生でした。普通のいい先生が普通に宿題を出すのですから、ほとんどの家庭では、その宿題をやるのが当然なのだと思ってしまうでしょう。
そして、親も先生も誰も悪気はないのに、肝心の子供たちはどんどん勉強に対する意欲を失っていくのだと思いました。
この記事に関するコメント
コメントフォームへ。
同じカテゴリーの記事
同じカテゴリーの記事は、こちらをごらんください。家庭学習(92)
小1から読書好きになるように、読書感想クラブの企画を立てています。
対象は、当面は新小学1年生ですが、将来は幼児や小学校中高学年の生徒にも広げていきます。
内容は、次のとおり。
(1)毎週1回、時間は30~45分、1グループ7~8人、月4回、参加費月額1,404円。
(2)家庭のパソコンから参加できるように、インターネットを使って行います。(パソコンに内蔵カメラがあれば、特に難しい設定は必要ありません。スマホでもできますがまだシステムに不安定なところがあるので、当面はパソコン参加でお願いします。)
(3)最初に先生が本の読み聞かせをします。10分程度。
(4)そのあと、参加生徒から、今読んでいる本の紹介をしていただきます(紹介は自由)。15分程度。
(5)希望する生徒は、自分の読んでいる本をもとに似た話(実験・観察・調査・取材など)を準備してプレゼン発表ができます。10分程度。
(6)先生や生徒の紹介した本で、興味のあるものは互いに貸し借りができるようにする予定です。
(7)読み聞かせの本には、ストーリー物だけでなく、理科や社会のノンフィクション物も取り入れ、幅広いジャンルから選ぶようにします。
(8)読み聞かせには、先生だけでなく、生徒のお母さん、上の学年の子供なども希望があれば参加していただく予定です。
家庭でお母さんやお父さんから読み聞かせしてもらうのとはまた違った新しい読書の体験ができると思います。
この記事に関するコメント
コメントフォームへ。
同じカテゴリーの記事
同じカテゴリーの記事は、こちらをごらんください。読書実験クラブ(9)
さて、算数数学の勉強の場合は、他の教科の勉強と比べて、できない問題にぶつかったときの対応の仕方にコツがあります。
できない問題は、自分で解説を読んで理解しますが、自分で読んでも理解できない場合があります。そのときに、そのできなかった問題の解法のどの部分が理解できないかを絞って、ほかの人に聞くのです。その場合、単に「問題がわからない」と言うのではなく、その問題の「解法のどこからどこに進むところがわからない」と絞って質問することが大事です。
子供が最初に質問する「ほかの人」とは、お母さんとお父さん、つまり身近な親です。なぜなら、親は、子供がいちばん気楽に質問できる相手であり、親もまた子供の個性をいちばんよく理解しているからです。
子供に質問をされたとき、親は自分の知識や考えで答えるのではなく、その問題集の解法に沿って答えることが大事です。親が自力でその問題を解く必要はなく、親は解法を見て説明できればよいのです。
しかし、学生時代によく勉強ができた親でも、普段は勉強的なことをする必要がないので、多くのことを忘れています。
親が考えても、子供と同じように解法が理解できないときは、先生に聞きます。そして、その先生の説明を親が理解し、親が再び子供に説明してあげるのです。
更に言えば、親が解法を見て考えても理解できない問題は、できなくてもよい問題であることも多いのです。入試問題は満点を取る必要はなく、できる問題をしっかりできるようにしておくことが第一です。あとは、少し難しい問題もできるようにしておき、難しすぎる問題はできなくてもよいと割り切って取り組むことです。
なぜそれほどまでにして、親が関わることが大事かというと、小学生だけでなく中学生でも高校生でも驚くほど見当違いの勉強をしていることが多く、その見当違いの種類がそれぞれに個性的なので、毎日勉強を個人的に見るぐらいの家庭教師でなければ、その勉強の弱点に気がつかないからです。
と言っても、親に専門的な目が必要なのではありません。1日わずか10分でも日常的に子供の勉強に接していれば自ずからおかしいところがあるときは気づきます。農業で言う「主人の足跡は田畑の肥料」と同じことが、教育には更に言えるのです。
算数数学の勉強は、まず子供が自分で解法を読んで理解し、次に子供が自分で解法を理解できないところだけを親に聞き、親がその解法を理解できないときに先生に聞く、という流れです。これが、算数数学の最も理想的な勉強法です。
子供が解法を読んで自分で理解できないという問題の割合は、1時間勉強して1つあるかないかです。もし、それ以上頻繁に子供の質問がある場合は、その問題集の解法が不十分であるか、その問題集がその子にとって難しすぎるということです。
学校や塾の宿題や通信教材の中には、子供がその場ですぐに答え合わせのできないものがあります。そういう教材で勉強するのは時間の無駄です。自学自習できる教材を1冊だけ完璧に仕上げるというのが勉強の鉄則なのです。
受験では、算数数学の差がつきやすいので、家庭学習も、小6又は中3の受験に備えて1年先の学年までやっておくのが理想です。しかし、それ以上先取りする必要はなく、生活時間に余裕があるときは、読書や経験の時間にあててその子の個性を伸ばしておくことです。
この記事に関するコメント
コメントフォームへ。
同じカテゴリーの記事
同じカテゴリーの記事は、こちらをごらんください。家庭学習(92) 寺子屋オンライン(101)