子供たちを見ていると、勉強のよくできる子もいれば、普通の子も、苦手な子もいます。
しかし、みんなそれぞれの個性を持って生きています。
成績だけを考えればそこで優劣があるように見えますが、人生の成功ということから考えると、スタートラインは全く同じです。
成功とは、自分の個性的な知識の土台の上に創造性を発揮して、世の中で自分にしかできないことをやっていくことです。
そのためには、成績は普通にできていれば十分で、その上に、一点集中した個性を伸ばしていくことが大事なのです。
これからの世の中は、物が拡大していく時代ではありません。
拡大はいったん終了し、更には縮小して、その中で人間の行動が高度化していく時代です。
物が拡大していく時代は、答えのある時代でした。
先に進んでいる人や国が答えで、その答えに追いつくことが成功することでした。
だから、教育も、答えのある勉強でできるだけよい成績を取ることが重視されてきたのです。
よい成績は、よい学校への進学につながり、よい学校の卒業はよい仕事への就職につながりました。
答えのある世界でよい成績を取ることが、成功する人生につながっていたのです。
しかし、これからの世の中では、物はこれ以上拡大しなくなります。
あるいは、また、画期的な産業上の技術革命が起こり、新しい物が爆発的に拡大する時代は将来あるかもしれません。しかし、とりあえずはそういう兆候はまだありません。
これからは、既にある産業の上で、需要は停滞し更には縮小していくのです。
物が縮小していく時代は、逆に、事が高度化していく時代です。
広く浅く何でもできるという分野は、ますます競争が激しくなっていきます。用意されているパイが次第に縮小していくにもかかわらず、多くの人がまだそこに参加しようとしているからです。
これからの時代の成功は、縮小していく答えのある世界で上位を占めることではありません。
答えのない世界を自分で作り出し、その世界を個性的に高めていくことが成功の条件になります。
子供の教育に関して言うと、これまでの理想は、国数英理社の全教科でオール5を取るような方向でした。
しかし、現代の早期からの受験勉強が示しているように、長時間の勉強で成績を上位にする方向は、大人数で狭いパイを奪い合う方向なのです。
これからの世の中で必要になる能力は創造力です。
創造力とは、底辺が知識で、高さが創造性となっている三角形の面積です。
底辺がみんなと同じような国数英理社の全教科の知識であれば、その分野で創造力を発揮するのはかなり困難です。誰もが同じような勉強をしているからです。
底辺の全教科の知識は、知識の基本ですから、身につけておく必要はあります。
しかし、その身につけ方は、国数英理社全教科オール3ぐらいでいいのです。
国語も数学も英語も理科も社会も、一応一通りのことはわかっているというのがオール3の水準です。
その全教科オール3の土台の上に、自分の関心のある分野に狭く絞った知識を、他の人が追随できないぐらいに高度化していくのです。
三角形のの底辺となる知識が他の人と異なるところで広がっていれば、それだけで創造力は高まります。
更に、三角形の高さと創造性を高めておけば、その分野で第一人者になることができます。
創造性を高める方法は、知識を詰め込むような勉強に力を入れることではありません。知識は創造力の土台であって、創造性の高さでないからです。
創造性は、自然との触れ合い、人間との関わり、道具の駆使、読書の広がり、暗唱の習得など、多様な身体的経験を通して育ちます。
これからの子育てで大事なことは、勉強の世界で上位に入れてもらうことではなく、人生というより大きな世界で成功することです。
そして、成功とは、創造力を発揮して何らかの分野で第一人者になることであり、そのためには自分の得意な特定の分野で高度な知識を持ち、その知識の土台の上に創造性を発揮することです。
学力は平均でも十分で、その分、一点集中できる分野を見つけ、そこで自分の創造性を発揮していくことが、これからの子育てで重要になってくるのです。
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勉強は、できないよりもできた方がいいのはもちろんです。
しかし、勉強ができていればそれでいいというのではありません。
これからは、勉強よりも創造性の方が大事になってくるからです。
多くの人は、成績がよければ安心、成績が悪ければ心配、と思っていると思います。
しかし、これからの世の中は、成績のよさだけで渡っていくことはできません。
ゴールドラッシュで成功したのは、ゴールドを探し求めた人ではなく、その人たちにジーンズを売った人でした。
答えのある世界にみんなが殺到しているときに、自分なりに問題を発見した人が成功した人だったのです。
自然の中でたっぷり遊び、そこからたくさんのことを学びながら成長していきたいですね。そこから得るものは多くありそうです。
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少し早いと思いますが、新年の言葉の森新聞を発行する関係で、新年の抱負を書きました。
これからの世界は、二重の意味で激動に見舞われるでしょう。
ひとつは、経済危機や自然災害などのあまり喜ばしくない激動です。
しかし、もうひとつは、新しい技術革新や人間意識の向上という新しい幸福に満ちた激動です。
そして、最終的にその前向きの肯定的な激動が、古い後ろ向きの激動を乗り越えて進んでいくのです。
だから、この時期に大事なことは、明るい未来を確信して、自分の判断で行動することです。
言葉の森は、これからの方針を次のように考えています。
第一は、作文一番です。作文指導の分野で、日本で一番レベルの高い指導をしていくことです。
そのために、作文検定、プレゼン作文、暗唱検定、音読チェックなど、生徒が参加できる企画を増やしていきます。
第二は、メディア・ソーシャルです。これは、メディアとソーシャルによって、多くの人と交流し、みんなが参加できる機会を増やしていくことです。
具体的には、facebookやgoogleハングアウトなどを活用し、さまざまな参加型の企画を行っていきます。
第三は、森の学校オンエアです。これは、自然の中の合宿教室ととオンエアの指導システムを融合することです。
夏休みや土日の自然寺子屋合宿に、オンエアの寺子屋指導を組み合わせた企画を行っていきます。
未来は、それぞれの人が望んだ分だけ可能性が広がっています。
そして、日本をよくするのは、外部の環境ではなく、何よりも日本をよくしたいと思う人の意識です。
新しいよりより時代を作るためにがんばっていきましょう。
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少し早いですが、新年の挨拶です。
激動の年は続きますが、マイナスの激動をプラスの激動がのりこえて進んでいくでしょう。
それは、すべて人間の意識と行動にかかっています。
新しい年もがんばってやっていきましょう。
2017年も楽しくなりそうです。
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これまでの時代は、物を生産する時代であり、インフレの時代であり、グローバル化の時代であり、競争と戦争の時代であり、宣伝と営業の時代であり、生産の連関を形成するインフラが重視される時代でした。
この時代のキャッチフレーズは、よりよい物を安く広くでした。この場合の「よい」の基準は、物的なよさ、つまり便利さでした。
しかし、この時代は終わりつつあります。その象徴が、高付加価値の路線です。
よい物を安く広くという考えが、よいと思われそうなものを高く広くに変質していったのです。これは、物を広げるフロンティアがなくなってきたためです。
物を広める時代のあとに来るものは、事を高める時代です。これは、人が何かをすることに価値を見出す時代です。
人が経験するということの中には、単なる経験としての旅行や観劇なども含まれます。しかし、経験の本質は、その経験によって自分が向上するという学習や修行を中心としたものです。
この時代は、物の上ではデフレの時代であり、調和と平和の時代であり、ローカル化・パーソナル化の時代であり、評判と交流の時代でであり、学習の連関を形成するカリキュラムが重視される時代です。
キャッチフレーズは、よい事を高く狭くという言葉で言い表されます。この場合の「よい」の基準は、人としてのよさ、つまり自身の幸福や向上や創造につながることがよいことだとされます。
この時代の象徴となるものは、さまざまな講習会や研修会で、より高度な技をより少数で身につけていくという方向に進んでいきます。
さて、教育も、物を広める時代の教育から、事を高める時代の教育に切り換えていく必要があります。インフレの時代の教育から、デフレの時代の教育に切り換えて行く必要があるのです。(つづく)
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もう12月、という言葉がよく聞かれます。
まだ12月などと言う人はあまりいません(笑)。
時間の流れが加速しているように思えるのは、今が時代の転換点で、古いものと新しいものが急速に入れ替わっているからです。
だから、過去の延長で考えるのではなく、常に時代の先を見ていく必要があるのです。
長谷川慶太郎さんは、現代はデフレの時代であり、インフレの時代はもう終わったと述べています。
時代を再びインフレに向かわせるために、戦争を行おうとしている人もいますが、インターネットで情報が共有される時代には、先進国では戦争に誘導することはかなり難しくなっています。
だから、これからもデフレが続くと考えて、未来の展望を考えていく必要があります。
インフレの時代からデフレの時代への転換は、言い方を変えれば、物を広める時代から事を高める時代への転換です。
だから、教育もその方向で考えていく必要があるのです。
量より質ですね。
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