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△言葉の森合宿所は、那須高原南ヶ丘牧場と那須サファリパークの中間です。近所にはペニー・レインというビートルズの音楽が流れるパン屋さんがあります。
物語の本は、すぐに熱中できるものが数多くあります。
そして、最後まで読み続けられます。
しかし、説明文の方はそうではありません。
知的には面白いものでも、読んでいると、途中で飽きることも多いのです。
また、物語の本の場合も、現在のものがテンポが速く飽きずに読み続けられますが、昔の名作と言われる物語の中には、途中で退屈に感じるものもよくありますす。
そういう、読み終えると面白さがわかるが、読んでいる途中で飽きやすい本をどう読むか、ということで考えたのが付箋読書です。
付箋読書とは、自分が読みたいと思う方法10冊ぐらい並べておき、1冊を読んで飽きてきたら付箋を貼り次の本に移るという本の読み方です。
これを繰り返していると、何時間でも飽きずにいろいろな本を読むことができます。
ただし、この方法は理屈で言ってもなかなかわからないので、今度の夏合宿で実践してみようと思いました。
合宿に参加する生徒が、それぞれのおすすめの本を数冊持ってきます。
そして、グループごとに互いの本を貸し借りする形で付箋読書を行います。
45分本を読んだら15分休憩というような形であれば、午前中、読書三昧の生活ができます。
朝の10分間読書ならぬ、午前中の3時間読書です。
そして、たっぷり読書をしたあとに、午後は自然の中で自由に遊びます。
更に、夕方は、午前中の読書と午後の体験を活かして作文を書きます(笑)。
実は、作文と読書との間には深いつながりがあります。
文章を読む時間が多くなると、言葉が浮かんできやすくなり、その後の作文も書きやすくなるのです。
作文の題材は、実際の体験が直前に豊富にあるので、いくらでも思いつきます。
作文の中には、その日一緒に遊んだ友達なども登場すると思うので、その作文をプレゼン発表するような機会を作れば、更に面白いと思っています。
面白い夏合宿にするためにはどうしたらいいかということを考えて、以上のようなことを思いつきました。
名付けて「読書三昧の夏合宿」です。
7月23日から8月23日まで、2泊3日を1単位として連続して開催する予定です。
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これまでの夏合宿は、子供たちの交流が中心でした。
今年ももちろんそうですが、今度は場所が固定しているので、必要な道具をいっぱい持ち込めます。
例えば、ビニールプール、ウェットスーツ、防水カメラ、クロームブックなどなど。
こういう合宿所を、将来全国各地に作っていきたいと思っています。
読書はもともとひとりで楽しむものですが、同じ本を共通して読んでいると、普段の話題の中にその本をもとにした話が出てきます。
思考発表クラブでの本の紹介を見ていると、そういう本の楽しみ方もあるのだとわかってきました。
そこで、今年の夏合宿は、読書を共有する合宿にしようと思いました。
更に、共通の体験をもとに、作文もプレゼン発表会で共有する予定です。
それを、家で待っているお父さんお母さんにgoogleハングアウトで配信することを考えています。
合宿所の場所を固定化すると、いろいろな企画ができるようになりました。
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思考発表クラブに参加する生徒の中で、いちばん関心が高いのが、ほかの人がどんな本を読んでいるかという「本の紹介」のところのようです。
読書好きの生徒が多いせいか、どの子も、学年相当よりもかなり難しい本を読んでいます。
もちろん、易しい面白い本も登場しますが。
読書は個人の楽しみですが、ほかの人に紹介するのは、また別の楽しみがあるようです。
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小3のクラスは8人なので、いちばんにぎやかです。しかも、みんな力作を次々にアップロードしてくれるので、先生の授業はあとで自分で見てもらう形になっています。
このころは、それぞれの個性も出て、しかもまだ学校はそれほど忙しくないといういちばん自由な勉強ができる時期なのかもしれません。
本当は、高校3年生までこういう自分の好きな勉強を続けられれば、そのまま大学の特色入試や推薦入試に合格するのだと思います。
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家庭で決めた勉強と同じようなものが学校の宿題として出て、勉強がぶつかってしまうことがあります。
よくあるのが音読の宿題です。
昔は音読の宿題などはなかったので、言葉の森が音読の家庭学習の話をすると、「音読にどういう意味があるのですか」と質問を受けることがかなりありました。
ところが、今は、「学校でも音読の宿題があるので、子供が両方やるのは嫌だと言うのです」というような相談をときどき受けます。
勉強の中心は、あくまでも家庭で決めたものです。
宿題を中心に勉強していると、その宿題がなくなったときに、その勉強自体をしなくなってしまうからです。
勉強はひとつのことを継続することが大事なので、家庭で決めたやり方を、学校の宿題の有無にかかわらずやっていくのがいいのです。
しかし、家庭学習を優先して、宿題を無視するというわけには行きません。
そこで妥協案として話しているのが、家庭学習は朝、宿題は夕方というやり方です。
朝ご飯の前の時間帯は、よほどくたびれて起きられないないというのでもないかぎり、確実に時間がとれます。
夕方の時間帯は、ある程度習慣化することができますので、ときどき臨時に時間がとれなくなるときがあります。
特に高学年になると、夕方の時間は、できたりできなかったりすることが多くなります。
家庭学習のような、誰からもチェックされない勉強は、途中で例外的な中断があると、それをきっかけにやらなくなってしまうことがあります。
音読のような勉強は、1日やらないとそのままやらなくなってしまうことが多いのです。
だから、大事な勉強は朝やることにして、大事でない勉強、又は宿題のような強制的な勉強は夕方やるようにしておくといいのです。
時間が離れていると、子供は同じ勉強であっても、抵抗なく取り組みます。
ただし、今の世の中では、子供に要求されていることを全部やらせようとすると、時間がどんどん不足してきます。
子供の時間管理をして、力を入れることと、ある程度手を抜くことをアドバイスすることが親の大事な役割になっていると思います。
そして、子供には、世の中は、自分の原則を貫くことも大事だけど、周囲と妥協してやっていくこともあるということを肯定的に話してあげるといいのです。
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学校からもらってきた成績表で作文のところだけCの場合
https://www.mori7.com/index.php?e=2378
成績表をもらう時期になると、よくある話です。
言葉の森の生徒の保護者から、「ほかの成績はいいのに、作文のところだけCなんです」という相談を時どき受けます。
あるお母さんの話では、学校の家庭訪問のときに、習い事の話が出て、作文を習っていると言ったすぐ次の学期から、作文だけがCになったそうです(笑)。
こちらは、またかと思って笑って聞いていますが、そういう成績をつけられた子供はたまりません。せっかく熱心に勉強しているその勉強だけがとりたてて駄目だと評価されるのですから結構傷つきます。
しかも、そういう子たちが決まって明るく素直な性格のよい子なのです。
算数、理科、社会などのほかの教科では、こういうことはありません。また、同じ国語でも、漢字力や読解力の評価ではこういうことはありません。
それらは客観的に評価できることですし、誰かが特別の教え方をしているわけではないので、言わば誰でも教えられる勉強なので、先生の権威も傷つかないからです。
国語の専門の先生は、国語という教科に対して思い入れのあることが多く、特にそれが作文という勉強には強く表れます。
作文は、専門的なベテランの先生でなければ十分に教えることができないという思い込みがあるのです。
どの世界にも、未熟な人はいます。学校の先生だから特別ということではありません。
もちろん大多数の先生は、そんなことにヤキモチを焼いたりせず、むしろ子供をよいところを励ます接し方をしています。
先生という仕事で最も大事な性格が、このいつでも子供のよいところを見て明るく励ますことがができるということなのです。
では、子供がそういう「作文のところだけがC」という成績をもらってきたとき、お母さんはどうしたらいいのでしょうか。
子供には、次のように言ってあげるといいのです。
「作文というのは、いろいろな見方があるけど、お母さんはあなたの作文はとてもいいと思っているのだから大丈夫。いつか、あなたが大きくなったとき、この作文Cの評価が楽しい想い出話になると思うよ」
このように明るく爽やかに、むしろその悪い評価を楽しむような気持ちで話してあげるといいのです。
そして、こういう話し方によって、子供は不本意な悪い評価を受けたときに、どう対処していけばいいのかという人生の大事なコツも学んでいきます。
「行蔵こうぞうは我に存す。 毀誉きよは人の主張」(勝海舟)
他人の評価は過去のものとして明るく受け流し、自分は自分のよいと思ったことを実行していけばいいのです。
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今の子供は、やらなければならないことが昔の子供より多い気がしています。
自分で選んだ習い事も含めて、やれと言われたことを全部やっていると、傍から見るとうまくこなしているように見えても、内実はどれも密度薄くやるようになります。
だから、重点は何で、重点でないものは何かということをある程度親が指示してあげる必要があります。
私が思う重点はやはり読書で、次が音読又は暗唱で、そのあとは自由な遊び時間です(笑)。
それで余力があったら、ほかのことをするといいのです。
昔の子供は暇でした。年がら年中遊んでいました。
宿題もなかったし、塾もなかったし、習い事などもほとんどありませんでした。
それでもみんな、まともな社会人になっていきました。
今は、何かそれが逆になっているような感じがします。
たぶんそれは、重要でないことをやらされすぎているからではないかと思います。
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△4.2週「私は小さい頃(感)」の構想図を書いた人の作品
作文の勉強の特徴は、浅くも深くもを書けるところにあります。
例えば小学校5年生の作文で、「大笑いしたこと」という題名課題が5.1週にあります。
大笑いしたという実例は誰でもたくさん経験があります。
だから、作文の材料は簡単に見つかります。
しかし、笑いの本質とか、笑いが人生に対して持つ意味とか、笑いと社会というようなことを考えると、その作文をいくらでも深く考える作文にすることができます。
ここで、考える力のつく作文になるか、ただ出来事を書くだけの作文になるかの違いが出てきます。
では、どうしたら考える作文になるかというと、一つは生活時間の余裕です。
勉強や宿題に追われている生活では、1時間作文を書くということになかなか集中できません。
子供の成長には、自分の考えをじっくりまとめる時間が必要なのです。
もう一つは家族の協力です。
お父さんやお母さんと、「笑い」というものについていろいろな実例や感想を話し合う時間をとってもらうのです。
これは無理に高度な話をする必要はありません。楽しい雑談のようなものでいいのです。
こういう家族の対話の蓄積が、子供たちを成長させていきます。
この親子の対話による作文の準備というのは、公立中高一貫校の受験作文のときは更に必要になります。
しかし、受験に作文を使わない場合でも、親子の対話は高学年になるほど重要になってきます。
とは言っても、何もないところで突然親子の対話をするのは難しいところがあります。
思考発表クラブは、そういう親子の対話のきっかけを作るための予習の授業をしています。
小5の授業は、毎週水曜日の19:00~19:45です。
参加型の授業ですから、内容はやや高度ですが、普段の勉強でものたりなさを感じている人には面白いと思います。
言葉の森の生徒以外の方も参加できます。
●授業の動画
https://youtu.be/FgraVxVbRc8
▼5.1週
★大笑いしたこと、家族でスポーツをしたこと
▽電車の中でつられ笑い!! 笑いの魔力 おもしろ動画 funny train
https://youtu.be/8ZmUZbwmxhw
▽6秒で笑える 爆笑おもしろ動画まとめ集
https://youtu.be/eODMPgGM7Dc
▽健康21 40 笑いと健康 その1
https://youtu.be/kksxtkbQVf4
▽平成23年 枚岡(ひらおか)神社 お笑い神事
https://youtu.be/tsmalOhDnTM
(2分30秒あたりから)
●算数の似た問題
「これでわかる算数小5」P32-問題2
「これでわかる算数小6」P14-問題2
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小5の5.1週の作文課題は、「大笑いしたこと」ですが、高学年の作文は、半分は実例で、半分は主題です。
低中学年のころは、実例だけで作文を書くのが普通ですが、高学年や中高生では、その実例を通してどういう主題を表しているかということが重要になります。
この主題を充実させるために、事前の準備が大事になってきます。
子供は、時間の余裕があれば、必ずよりよい作文を書こうとします。
ときどき実力はあるのに、決められた字数ぎりぎりで、項目も一応全部入れただけという作文を書く子がいます。
そういう子は、日常生活の勉強が忙しすぎるのです。
実は、勉強が忙しい子は、今は成績がよくても、あとになるほど伸びなくなります。
それは、考えるという最も大事な勉強を省略しているからです。
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言葉の森では、この夏に自然寺子屋合宿を行います。
せっかくの合宿ですから、その中で行う勉強は普段できないことをやっていきたいと思っています。
また、同じやるのであれば言葉の森独自の勉強をしたいと思っています。
読書感想文の指導をするということも考えましたが、子供たちにとってはあまり面白く感じられないでしょう。
何年か前、言葉の森で読書感想文の指導を夏休みに行ったところ、次々に学校代表に選ばれる子が出てかえって困惑したことがあります。
そこで、読書感想文は普段の勉強の中で実力をつければ良いということにして、もっと別のユニークな勉強をしたいと思いました。
第一は、漢字の読みです。
書きは、これから次第に重要ではなくなります。
しかし、読みができていないと、ふりがながふってある本しか読めなくなります。
子供たちは自分の興味に応じて大人の読むような本を読みたいと思うようになるはずですから、小学生の間に小学6年生はもちろん中学3年生までの漢字、つまり常用漢字約2000字を全部読めるようにしていくことが目標です。
教材には、言葉の森の漢字集を使います。
第二は、長い作文を書く練習です。
手書きの作文やパソコン入力の作文では、1200字書くのに1時間から1時間半かかります。
それではとても長い作文は書けません。
そこで構想図を書いたあと、音声入力をする形で1万字の作文を書くことを目標にします。
1万字の作文であれば、夏休みの自由研究としても使えると思います。
朝は漢字の勉強、夜は長い作文の勉強、そして日中は自然の中でたっぷり遊ぶというような夏合宿にしていきたいと思っています。
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高校生大学生の読書離れが広がっているようです。
読書が必要なのは、その読書によって自分の経験以外の幅広いものの見方ができるようになるからです。
右のものを左に移すような仕事や勉強の場合は、必要な情報や知識があれば間に合います。
しかし、そこに自分の工夫を加えることが必要になると、知識や情報だけでは間に合いません。
ものの見方を立体的にしていく必要が出てくるからです。
その立体的なものの見方を提供するのか、それまでの読書の蓄積です。
この場合の読書は、主に説明文的な読書です。
また物語の読書であっても、古典となっているものの多くは、社会や人間心理の構造という立体的なものを含んでいます。
そういう構造的、立体的な読書が役に立つのです。
そういう読書をするためには、小学校時代に読書に熱中する経験をしている必要があります。
読書を苦い薬でも飲むかのようにノルマとして読むのではなく、熱中して読むような読み方をすることが、小学校時代の教育の要になります
これまでの社会は、肉体的な仕事が機械に置き換えられてきた時代でした。
これからは、知的な仕事が人口知能によって置き換えられる時代になります。
これは教育においても受験においても同じように広がっていきます。
教育の本質は二つあります。一つは知識を習得する時期で、長い退屈な山道を登っていくような部分です。
もう一つは、その知識の蓄積のあと尾根に出て、自分なりの創造を付け加え社会に貢献していく部分です。
これまでの受験では、退屈な山道のアプローチだけが長期化していました。
そして多くの子供たちが、右のものを左に移すだけのような勉強で消耗していたのです。
これからは、長いアプローチの部分は人口知能の利用で簡略化されるようになります。
すると、教育のもう一つの本質である創造がより前面に出てくるようになります。
そのときに大切になるのが、その子のそれまでの読書の蓄積なのです。
思考発表クラブでは、子供たちが読んでいる本を約1分で紹介するようにしています。
どの子も発表がとっても上手になりました。また、その相互の紹介によってみんなの読書の幅が広がっています。
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国語力をアップさせるコツと付箋読書
https://www.mori7.com/index.php?e=2224
国語が苦手という生徒には、(1)毎日の読書、(2)課題の長文の音読、(3)感想文の課題の予習、そして、(4)余裕があれば問題集読書をと言っています。
更に、その上に、毎月の読解問題を全問正解になるようにじっくり解くように説明します。
すると、必ず国語の成績は上がります。その上がり方も、かなりはっきりしています。
小6のとき国語がいちばん苦手だったという生徒が、中3になるころには、国語の成績がいちばんよくなるということも実際にあります。そして、第一志望の難関高に受かった子も何人もいます。
だから、国語の力をつけるというのは、実は平凡なことの積み重ねなのです。
しかし、小学生のときまでに国語が苦手だったという生徒の中には、読書の習慣がついていないことも多く、受験に合格すると、ついそれまでの勉強法を忘れてしまい、読書から離れてしまう生徒も多いのです。
すると、高校生になったばかりのころは国語が得意だった生徒が、高3になるころにはまた国語が苦手になるということもあります。
だから、いつでも本を読む生活を忘れてはいけないのです。
読書は習慣ですから、1日読まなければ、1日分読書から遠ざかります。そして、何日か読まない生活が続くと、読書をしない生活が普通の生活のようになってしまうのです。
これは、大人でも同じです。毎日10ページでも読むと決めておけば、読書のある生活から離れることはありません。
しかし、読まない日が何日か続くと、そのあと新しく本を取ることが億劫になるのです。
この毎日の読書を続けるのに最もよい方法が、付箋読書です。
毎日どんなに忙しくても最低10ページは読むと決めておけば、10ページを読むのにかかる時間はせいぜい10分ほどですから、読書から離れることはありません。
読み終えたところに付箋を貼っておくと、わずか10ページでも、確実に読み終えたという実感が残ります。これがもし付箋を貼らずに読むとなると、10ページほどでは張り合いがない気がするので、「いつか時間のあるときにじっくり読もう」と思って、結局読まないことになってしまいます。
人間は、中身よりも形を基準にして生きています。
読書も、読んだ形を残すことで続けやすくなるのです。
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付箋読書の仕方は、下記のページを参考にしてください。
https://www.mori7.com/as/939.html
大事なのは、上に貼る付箋の方ではなく、横に貼る付箋の方です。
つまり読んでいる途中経過がわかるように貼ると、読み続けやすくなるのです。
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勉強というと、人間が電卓や辞書の代わりになるようなことをすることが勉強と考えている人がかなり多いです。
大事なことは、電卓や辞書の土台の上に新しい創造を付け加えることです。
その創造のもとになるのが説明文的な読書で、その読書のもとになるのが、小学生時代に読書に熱中した経験です。
スマホのような便利な情報環境に流されないためには、子供時代に読書に熱中する経験を積んでおくことが大切です。
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