子供は、面白い先生が大好きです。
面白い先生に教えてもらうと、つい一生懸命勉強してしまいます。
その先生が、真面目で学識豊かであるかどうかというようなことは、子供には関心がありません。
どの子も、楽しく勉強したいだけなのです。
小中学生の間の勉強は、もともと退屈なものです。
高校生や大学生になって考える勉強という要素が入ってくると、勉強はだんだん面白くなってきますが、それまでの小中学校の勉強は、必要だからやるのであって、面白さとは縁遠いものです。
例えば、かけ算の九九のような当然やらなければならない勉強も、自分から進んでやるような子はまずいません。
最初はしぶしぶとやって、できたのを褒められているうちに、少しずつ面白くなっていくのです。
それも、勉強そのものが面白いのではなく、褒められるから面白いのです。
ほかの勉強も、進んでやりたくなるようなものではないという点で共通しています。
作文ももちろん同じです。
自分の書いた文章が上手に書けているかどうかに関心を寄せ、書くことが好きになるような年齢は、もっとあとになってからです。
小学校の最初のころは、文章を書くという勉強は大して面白くないものです。
だから、小学校低中学年の生徒はよく言います。
「どうして、こんな勉強しなきゃいけないの」と(笑)。
ところが、そういう勉強に、なぜか子供が一生懸命取り組んでしまうことがあるのです。
それは、先生が面白い先生だからという場合です。
明るい楽しい先生に出会うと、子供はその先生の期待にこたえようとして熱心に勉強してしまうのです。
家庭学習をする際にも、同じことが言えます。
勉強は、真面目にやるものではなく面白くやるものです。
どう面白くやるかということは、親ができるだけ面白くやっていこうと思えば自然に出てきます。
少なくとも、声のトーンは明るく、顔はいつもにこやかにというだけでも、子供の勉強に取り組む雰囲気は違ってくるのです。
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真面目さと面白さは両立するものです。
しかし、真面目な先生は、つい面白さを後回しにしてしまいます。
本当は、面白さを先にして、真面目さはあとからつけたしておけばいいのです。
作文の勉強は、そのときの感情に左右されます。
真面目な暗い雰囲気で、自由な明るい内容の作文を書くことはできません。
叱られながら、「楽しかったこと」という課題の作文を書くことを想像してみるとわかります。
だから、作文の勉強は特に明るく楽しくやっていくことが大事なのです。
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10月になると、公立中高一貫校の受験作文コースを選択する生徒が増えてきます。
作文の試験というものは、実力のある生徒でも、その日の課題によって自分がどの程度をできるのかつかめないところがあるので不安になりがちです。
言葉の森の作文指導は、そういう不確定な作文試験に自分の実力の120パーセントを発揮できるようにすることを目標に指導しているので、10回ぐらい書く練習をすると、ある程度安心して受験することができます。
さて、この公立中高一貫校の試験問題は、昔は確かに教科書レベルの考える良い問題が出題されていました。
しかし、今は私立中学の受験と同じように、受験のための訓練をしなければ解けない問題になっています。
受験生の点数に差をつけるために、時間内には解き切れないような大量の問題を出し、その中にほとんどの生徒が解けないような難問も入れてあるのです。
これまでに受験した生徒を見ると、順当に合格したと思われる子もいますが、実力が十分にあるはずなのに不合格だった生徒もかなりいます。
問題が特殊なので、実力があるから合格するというわけではなく、合否はかなり偶然に左右されています。
しかも、公立中高一貫校の倍率は一般にかなり高いので、合格しない生徒の方が圧倒的に多いのです。
だから、公立中高一貫校を受験する生徒の保護者は、最初から合格はしないつもりで受験に臨むことです。
というのは、子供にとっては受験というものは最初の経験なので、どうしても甘い見通しを持つからです。
また親も、実力のある子供を見ていると、つい合格が当然のように思って取り組んでしまう場合も多いのです。
親子で、合格するつもりでハードな勉強をして、その結果不合格になると親も子もかなり消耗します。
その結果、もっと大事な、中学での勉強を親子で協力するということができなくなってしまうのです。
塾によっては、公立中高一貫校受験一本では不安だろうからと、私立の受験をすすめるところがあると思います。
しかし、滑り止めのために、もともとは行く気のなかった私立を受験するというのは本末転倒です。
公立中高一貫校が不合格だったら、近所の公立中学に行けば十分です。
不合格であっても、受験をしたことは、勉強の密度を高める生活をするという意味でとてもいい経験になります。
そして今は、公立中学、公立高校という選択も、かなり明るい見通しが持てるようになってきているのです。
(つづく)
公立中高一貫校受験という選択(2)
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どこに合格しようが不合格になろうが、本人の実力は変わりません。
また、学校がいい教育を提供してくれるのではなく、勉強は自分の意志で取り組めばそれで十分に進みます。
だから、受験の合格をひとつの目標にして勉強するのはいいことですが、親は合否にとらわれないようにし、大きい目で子供の勉強を見ていく必要があると思います。
東大の世界大学ランキングの順位が低下していますが、この原因のひとつはガラパゴス化した入試にあると思います。
公立中高一貫校の入試にも、似た傾向が出ています。
だから、合格すればもちろんそれはいいことですが、本人の勉強の実力さえあれば、合否などは別にどうでもいいことなのです。
これからの社会では、更に、合否よりも実力ということがはっきりしてくると思います。
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