6.2週と6.3週の授業の動画をアップロードしました。
鳥の村の資料室に入っています。
ハイパー作文コースの6.2週と6.3週もアップロードしています。
▽6.2週
言葉の森の作文指導は、構成の仕方を中心にした説明をします。
だから、誰でも一定の水準の作文が書けます。
その人らしい個性を出すのは、構成の部分ではなく、主に題材と表現の部分です。
題材とは、感動や挑戦のある体験実例と、データのある社会実例です。
表現とは、主に自作名言です。
題材と表現は、毎週の練習の中で、次第に優れたものが蓄積されていきます。
このストックが多ければ、作文の試験でどんな課題が出されても、自分の実力の最も高いところが出せるようになります。
普段の練習は、いい題材と表現を見つける練習と思ってやっていってください。
寺子屋の基本は、読み書き算盤でした。
「なんだ。簡単だ。毎日、読み書き算盤をしていればいいなら家でもできる」と思った人は、人間の心理をわかっていません。
人間は、ロバではありません。ロバの耳になることはありますが。違うか。
家庭で毎日同じことを続けるのは、人間にとってはきわめて難しいのです。
湯川秀樹は、6歳のときから、祖父に四書五経の素読を教わりました。
それは、きわめて退屈で苦痛の多いものでした。
話によると、テキストには、同じように素読をさせられた兄たちの涙の跡も残っていたそうです。
では、なぜその退屈で苦痛の多い素読が、江戸時代の寺子屋では日常の学習として行われていたのでしょうか。
それは、子供たちがみんなで一緒に勉強していたからです。
勉強の基本は独学です。
一斉に教えてもらうことができるのは、みんなが同じようにレベルの低いときだけです。
学年が上がり、それぞれの個性と得手不得手が出てきたら、ひとりで勉強する形でなければ能率のよい勉強はできません。
その、ひとりで勉強することをみんなと一緒にやるのが自主学習クラスです。
この自主学習クラスは、広がれば広がるほど、同じようなレベルの人が一緒に勉強できるようになります。
しかし、そのためには、一緒に勉強できる人数を、全員の対話が可能な5、6人にとどめておく必要があります。
ここで、インターネットテクノロジーが必要になります。
古きよき日本の伝統を復活させるためには、新しい科学技術が必要なのです。
自主学習クラスの体験の初日で、いろいろなことがわかりました。
やはり、家庭で親子で勉強しているだけでは、勘違いしたやり方を続けていることも多いのです。
そのやり方が習慣になると、あとからの軌道修正は、できなくはありませんが難しくなります。
だから、子供がまだ小さくて、お母さんの言うことを素直に聞くような時期から、家庭での勉強の仕方を作っておく必要があるのです。