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■小学1、2年生の勉強の仕方
小学校低学年のころは、楽しく毎日同じことを続けるという習慣をつける時期です。
いろいろな教材・教具を利用して目新しいことを次々と行っても力はつきません。
例えば、通信教材のドリルをしたり、CDを聞かせたり、いろいろな習い事に行かせたりするのは、あまった時間に余禄としてやらせる分には問題ありませんが、中心はあくまでも毎日家庭で同じようにやっていく学習、例えば、音読、暗唱、読書、対話などです。
なぜかというと、教材を利用した学習やどこかに通って行う習い事は、その教材や習い事をやめれば、もう続かないからです。
子供の学力は、週に何回かの学習や、数ヶ月の継続でつくものではありません。何年も毎日同じことをやることによって本当の実力がついてきます。毎日同じことを続けるためには、特定の教材に頼らずに家庭で行える単純な学習を続けていくことが大切です。それが、音読、暗唱、読書、対話です。
単純な学習は、子供が飽きるので続けさせにくいと考える人もいると思います。しかし、ここで、子供が飽きないように目新しい教材を次から次へとこなすのでは力はつきません。低学年の毎日の学習は、勉強というよりもしつけと考えていくとよいと思います。朝起きたらあいさつをする、ご飯の前に顔を洗う、食事のあとに歯を磨くなどということと同じしつけとして、毎日同じように音読、暗唱、読書、対話をしていくのです。
そのためには、その学習をしたからといって特別な褒美を出す必要はありません。通信教材の中には、勉強すると褒美が出るような仕組みで子供の意欲を引き出す工夫をしているものがあります。しかし、褒美によって勉強するという発想では、しつけはできません。
毎日の学習を、生活のルールとして当然のこととして行っていくことによって、子供が自立して勉強する力が育っていくのです。
褒美を出してやらせないことと同じように大事なことは、あくまでも楽しく続けるということです。注意したり叱ったりしてやらせるというのは、褒美でやらせるのと同じく、子供の自主性を損ないます。しかし、どの子にも個性があり、どの親にも個性があるように、一律のやり方でだれにでもできる万能な方法というのはありません。すべて、お母さんやお父さんが毎日の試行錯誤の中で少しずつ、その子に合ったやり方を工夫していくことです。
ただし、低学年の目標は簡単です。ひとことで言えば、楽しく続けさせるというだけです。この目標をしっかり押さえて、
できるだけ叱ったり注意したりしないことと、安易に休んだり中止したりしないことを守っていけば、だんだんと家庭学習のコツがつかめてきます。
小学校1、2年生のころに家庭学習の習慣がつけば、それはそのまま小学校中高学年での勉強につなげていくことができます。小学校低学年のころに、親が家庭での毎日の学習習慣をうまくつけることができないと、中高学年になったときに塾などの外部の教育機関に頼るようになります。塾を利用することはよいのですが、塾がないと勉強ができないとか、塾でしか勉強できないというようになっては本末転倒です。家庭での学習が中心で、塾や予備校は補助的に利用するという形でやっていくのが理想的な勉強の姿です。なぜかというと、塾や予備校はどれほど優れた先生がいても、一人ひとりの子供の特性に合った指導はできないので、どうしても生徒集団全体に向けた一般的な勉強をさせるしかないからです。
この塾の勉強をそのまま真に受けると、無駄の多い不必要な勉強までもしなければならなくなり、勉強以外の時間がどんどん少なくなっていきます。そして、勉強の時間が長すぎる小学校生活を送った子の多くは、勉強に対するマイナス感情からなかなか抜け出せず、自分から進んで勉強するという姿勢になるのが遅れるのです。
さて、小学校1、2年生は、親の言うことを素直に聞く時期です。この時期に既に親の言うことを素直に聞けないというのは、親のそれまでの育て方に問題があります。しかし、これも、万人に共通な特効薬はありません。親が試行錯誤の中で、よりよい親子関係を作っていくように日々工夫していかなければなりません。
小学校低学年のころの子供が、親の言うことを素直に聞くということから、実は大きな問題が生じることがあります。それは、親が、子供にとっては苦しい勉強をさせすぎる場合があることです。子供は内心嫌だと思っていても、親にさからうことができません。それで、親の指示に応える形で苦痛の大きい勉強に耐えていることがあります。これが、子供の将来の勉強嫌いのもとになることも多いのです。
また、
苦しい気持ちで勉強したことは、そのときは勉強の成果として残っているように見えますが、その知識が失われることもまた早いのです。小学校低学年では、勉強をすれば、その分の成績は必ず上がります。だから、親はそのまま勉強させればどこまでも成績がよくなるように思いがちです。それが無理強いの勉強のもとになるのです。しかし、このようにして無理に身につけたことは、時間がたつと消えてしまうことが多くなります。
大人でも、自分の子供時代の記憶をたどると、先生や友達と仲よく楽しく生活していた時期のことはよく覚えていますが、先生や友達と相性が悪くて学校生活があまり面白くなかった時期のことはほとんど覚えていません。勉強でも同じです。苦しい思いをして勉強しても、その勉強は記憶から抜けてしまうことが早くなるのです。
また、もっと大事なことは、
勉強というのは、本人が本気で取り組み始めたときに、それまでの何十倍もの吸収力を発揮するものだということです。小学校低学年のころに自覚も意欲もなく身につけたことがどれほど多いように見えても、それらは、その後、子供が中学生や高校生になって自覚して勉強に取り組むようになったときに、簡単に逆転されてしまうのです。
だから、低学年の勉強で大事なことは、決して厳しく叱るような形でやらないということです。勉強というよりも、親子で対話を楽しむような感覚で取り組んでいくことが大切です。勉強が終わって、子供が、「ああ、面白かった」と思えるような勉強をすることが理想です。
小学校低学年の学力で最も大切なものは何かというと、日本語を豊かにすることに尽きます。低学年のときに、日本語を豊かにしておけば、そのほかの勉強はやる気になったときにいつでも伸ばすことができます。
しかし、日本語を豊かにする勉強は、国語のドリルのようなものではできません。日本語の力は、日本語を豊かに交わす生活の中で身につきます。ですから、小学校低学年の日本語の勉強は、音読、暗唱、読書、対話などになるのです。
この中で、対話の重要性は意外と見落とされがちです。言葉というものは、そのときの感情と結びついて吸収されます。例えば、何かのことわざを覚える場合でも、ことわざ集やことわざの問題集で覚えるのと、対話の中で覚えるのとどちらが感情豊かに受け止められるかと言えば、対話の中でそのことわざを聞いたときです。読書というものも、ストーリーの臨場感がある場合は、使われている言葉を感情豊かに吸収する方法になります。だから、国語の問題集をやっている子よりも、ただ本を読んでいる子の方が国語力は育つのです。
対話は、読書以上に子供の感情に働きかけます。特に、小学校低学年のころは、親と交わす楽しい会話が、読書の何倍もの効果を生み出します。
このときも対話の基本は、楽しい話を明るく話すということです。しかし、単に明るく楽しいだけでは効果がありません。
親が、意識的に、やや難しい内容を、やや難しい言葉を使って、やや複雑な文で話すということが大事です。その子にとって興味の持てる内容を、面白おかしく、やや難しく話すということは、その子と一緒に暮らしている親でなければなかなかできません。しかし、この対話の仕方に慣れてくると、特別の勉強などしなくても、いつでもどこでも、勉強以上に効果のある日本語の学習ができるようになるのです。
■言葉の森の作文では、どういう勉強をするか
・作文の字数は100字から400字です。
・自由な題名ですので、毎週あった出来事の中から作文に書くことを見つけて書きます。
・毎週楽しく作文を書く習慣をつけていきます。
・正しく書くことも目標のひとつですが、注意したことがすぐに直らなくても焦らずに気長に見ていきます。
・欠点を直すのではなく、まず書いたことを認めて、家族での楽しい話題として取り上げていくようにします。
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小学1、2年生は、学校の勉強も基本的な易しいことばかりなので、勉強に関する心配をしている人はほとんどいないと思います。
しかし、実は、ここで学力の大きな差がすでに生まれています。
英語や算数は、やればすぐに効果が出るので、そこに関心を向ける人が多いのですが、本当の差は、日本語の語彙力の中で生まれています。
しかし、日本語力の差は、話をしている分には表面には出てきません。
読み書きの中で、初めて出てくるのです。
小学1、2年生で作文を上手に書けるという子はまずいません。
だから、3年生ぐらいになって普通に文章が書けるようになってから作文の勉強を始めようかと思う人が多いのですが、それが実は逆です。
まだ字もしっかり書けない時期からでも、親子作文で作文の勉強を始めていくといいのです。
しかし、ここで注意することは、うまく書かせようとしないことです。
書くことと、書く準備をすることを楽しむように勉強をしていくのです。
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毎年この時期になると、「志望校に合格しました」という知らせとともに、「合格しませんでした」という知らせも受けます。
そのときに、いつも思うのが、「合格しなくたって大丈夫」ということです。
勉強をよくしていて、考える力も十分にあり、読書も好きで、性格もよく、絶対に合格してほしい生徒が合格しなかったという報告を受けると、「その学校は人を見る目がなかったんだなあ」と思います。
合格しなかったのは、受験した生徒の問題ではなく、受けた学校の問題です。
だから、合格しなかった人は、それを乗りこえて、「合格しなくてよかった」と思うような人生をこれから歩むことになるのです。
私も昔、出版社と新聞社を受けて、ペーパー試験はもちろん楽勝でしたが(ホントか)、面接で軽く落とされました。
それまで、大きい試験で不合格になるというようなことはなく初めての経験だったので、心からがっかりしましたが、すぐに、「あんなところに受からなくてよかったと言えるような人生にしよう」と考えを切り換えました。
だから、不合格の人も、考えを切り換えることです。
たぶんもう切り換えていると思いますが。
しばらくすると、不合格ということが、自分の人生の一つのエピソードになります。
生きていれば、山もあり谷もあり、時には山頂に立つことも、谷底に落ちることもあります。
しかし、振り返ると、それらがどれも自分の人生のそれぞれの色どりになって、その人の個性を形成していくのです。
不合格になった人は、その不合格が自分の勲章になるような生き方をこれからしていってください。
失敗は、あとから振り返ると、すべて自分の勲章になるのです。
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受験には、合格も不合格もありますが、不合格の人は、その学校が人を見る目がなかっただけです。
そして、そのかわり、自分の人生が更に個性豊かになったと思うことです。
何年かのちには、あそこで合格しなくってよかったと思う日が来ます。
そういう人生をこれから歩んでいけばいいのです。
すべて挑戦に価値があります。
成功や失敗は、今後の教訓になるという意味しかありません。
どちらも、未来の大きな足がかりで、どちらかと言えば、失敗の方がより大きな足がかりになるのです。
2024年度受験生です。私は偏差値59で都立国際高校を目指しています。ちなみに、推薦を頂けましたがやはり倍率の高い推薦だけでは心細く毎日不安に襲われています。一般の方では常にⅭ判定です。そんな中この記事を読んで、合格することが全てじゃないことに気づけました。本当にありがとうございます。残り一か月間、死ぬ気で頑張ります。
英語辞書さん、その心意気が大事です。
本気で取り組む人の未来は開けています。
人生は、山あり谷ありですが、結局すべて山につながっています。
谷に落ちたときも、ちょっとしゃがんで次にジャンプする準備をしていると思うことです。
だから、結局すべていい方向に進むのです。
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Y.K君、鎌倉学園中学校、横浜国大附属横浜中学校に合格。
<担当講師より>
小6になってから始めた作文の勉強が、生来の真面目さでみるみる上達しました。
作文の勉強がよくできているときは、他の教科の勉強も必ずよくできています。
実力が一貫して向上していたので、試験はかなり高得点で合格したのではないかと思います。
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お世話になりました。
文章を書くことが苦手で、小6の5月より先生にお世話になり、毎回先生に褒めていただくことが嬉しくて頑張っていました。
お陰様で、書く楽しさを覚えたようで、試験にも自信を持って臨むことが出来たようです。
私も先生からたくさんのことを学ばせていただき、本当にありがとうございました。
これからも頑張ります。
今後も引き続きよろしくお願いいたします。
コメント、ありがとうございました。
Kくんは、とても上達しました。やはり読書をよくしていることが背景にあったのだと思います。
それから、もちろんお母さんの似た話の取材が効果があったと思います。
お母さんと話をすることで、考えが深まっていることがよくわかりました。
高校入試は先の話ですが、記述力があるとかなり有利になると思いますから、引き続き考えて書く練習、がんばっていってください。
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兵庫県立芦屋国際中等教育学校 R.Y.さん
<担当講師より>
合格おめでとうございます。受験コースの毎週の課題を滞ることなくこなし、冬休みを利用して一度書いた作文の書き直し(補足)にもしっかりと取り組んでくれました。作文の書き直しは地道な作業で大変だったと思いますが、そのころからどんどん力が伸びていきました。楽しい中高生活を送ってください。おめでとう!!
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学習院大学文学部英語英米文化学科(指定校推薦) S.D.さん
小3から高2まで言葉の森の生徒でした。
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学芸大学附属国際中学校 K.K.さん
<担当講師より>
毎週、きっちりと事前の準備をして作文に取り組んでいました。長文の内容が難しくてもなんとか書き上げようと努力を重ねてきました。ご家族のしっかりとしたサポートもあり、安心して自信をもって作文を書くことができたと思います。自分の目標に向かってひたむきにがんばってきた成果が出ました! 先日「緊張したこと」という課題で指導したときも、「受験の時の面接なんて全然緊張しなかったよ」とも! 万全の対策をしていたからこその自信ですね。おめでとうございます!
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読解力は、読む力と解く力が組み合わさったものです。
だから、読解力がないという場合、どちらの比重が高いかによって対策も異なってきます。
読めていない読解力とは、設問の周辺だけを見て答えてしまうような読み方をするレベルの読解力です。
長い問題文の中で、「AはBですか」という設問があったとき、AとBの話が書いてある1、2行あとのところだけを見て答えてしまうような読み方です。
ところが、読解検定のような難問の場合、その設問が問われている箇所からかなり離れたところに、もっと重要なAとBの話が出ていることがあります。
そして更に、内容的にはAとBのことであっても、表現の上でAやBという言葉が使われていない場合もあるのです。
こういう問題文を読む力をつけるには、かなり時間がかかります。
しかし、方法は簡単です。その方法とは、難しい文章を読む練習を続けることです。
そのもっともやりやすい方法が、問題集読書です。
しかし、問題集読書は続けにくいので、自主学習クラスなどでやっていく必要があります。
なぜ家庭では続けにくいかというと、問題を解いて○×をつける勉強ではなく、ただ繰り返し読む勉強なので、親子だけで続けるには張り合いがなさすぎるからです。
高校生ぐらいになれば、勉強に対する自覚があるので、問題集読書という勉強も続けられますが、小中学生が自分の意志だけで問題集読書を続けるのは難しいと思います。
さて、もう一つの「解く読解力」は、「読む読解力」とは異なります。
読む力のある子なのに、正しく解けていないという場合が、解く読解力がないということです。
正しく解けない理由は、設問の答えを問題文の中だけに限定せず、自分の考えや世間の常識の範囲で考えてしまうからです。
この場合の対策は、比較的簡単です。
(1)一般論として考えるのではなくその問題文に書かれている範囲で、(2)必ずしもそうとは言えないところがあるとすれば、(3)その選択肢は○ではない、という三重否定を頭の中で考えて選択するのです。
解く力をつけるためには、考える力がなければなりません。
しかし、逆に言えば、こういう二重否定、三重否定の論理の筋道をたどっていける思考力があれば、国語の読解問題は誰でも100点近い点数が取れるようになるのです。
例を挙げてみます。
「浦島太郎」の話をもとにした問題文があるとします。
その問題文で、「浦島太郎は亀を助けました」とだけ書いてあったとしたら、設問の選択肢に、「太郎は、亀がかわいそうなので助けました」とあった場合、この選択肢は○ではないのです。
自分の感覚や、浦島太郎一般の話の範囲では、正しいように見えても、問題文の範囲に限ってみれば、「必ずしも正しいとは言えない」から「○ではない」ということです。
読解検定をやっていて国語の成績が上がる生徒は、自分の選択がなぜ間違っていたのかという質問をよくする生徒です。
先日、「国語の得意な丘」や「保護者掲示板」に、何人かの生徒から質問が入っていました。
こういう質問をする生徒は、必ず国語の成績が上がります。
だから、今度、質問専用の掲示板を作り、できるだけ検定試験のあとに質問を入れてもらうようにし、生徒どうしが互いの質問を見られるようにしようと思っています。
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国語の問題の見直しをする場合、正しい答えがなぜ正しいかわかるだけでは力はつきません。
正しくない答えがなぜ正しくないかを説明できて初めて力がつきます。
だから、今度、読解検定の質問コーナーをもっと充実させていこうと思っています。
これまでの読解試験で印象に残っている生徒は、毎月の試験のたびに、「なぜこの答えが違うのですか」としつこく質問をしてきた数人の生徒です。
その生徒たちは、全員が毎回ほぼ百点を取れるようになり、みんな難関校に進学しました。
しかし、そういう質問をするのは、中学生や高校生の生徒でした。
小学生の場合は、まだ質問をするところまで行かないことが多いので、家庭でお母さんが一緒に読解検定の見直しをしてあげるといいと思います。
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