●
https://youtu.be/1z39w-4-fW8
私(森川林)が、2013年に森リンを作ったころ、ちょうどアメリカでeraterという文章自動採点ソフトの開発がおこなわれていました。
文章の自動採点の本質は、どの国の言葉であっても同じなので、いずれ、ワープロソフトの一太郎が、アメリカのワードによってシェアを奪われたように、アメリカ製の文章自動採点が日本にも上陸し日本の社会で普通に使われるようになることが考えられました。
すでにアメリカでは、高校生の文章力採点で広く使われています。
私は、日本語の文化をアメリカの価値観で評価されるべきではないと考えたので、自分も日本語の文章採点ソフトを独自に作ろうと決心しました。
幸い、奈良先端科学技術大学院大学による日本語の形態素解析ソフトが自由に利用できるようになっていたので、それを使っていろいろ試行錯誤をし、数週間で日本語の文章採点ソフトを作ることができました。
それで国際特許を取得し、森リン(もりりん)という名前をつけて言葉の森の作文指導に使うことにしました。
試みに、この森リンで、eraterが行っていた英文の採点を森リンで同じように行ってみると、eraterとほぼ同様の傾向の点数を出したので、アメリカのソフトにも十分に対抗できると思いました。
しかし、私が今考えているのは、深層学習を使ったAI森リンです。
自分の時間ができるようになったらやりたいと思っていますが、考え方は簡単なので、いずれ誰かが先に作るだろうと思います。
こういう文章採点ソフトが自由に使えるようになると、入試の科目も、知識の詰め込みが必要な教科の勉強よりも、考える力を見る作文が中心になってくると思います。
さて、この森リンでどうやって高得点の作文を書くかということがよく質問されますが、これは単なる作文の書き方の技術としてできるものではありません。
森リンが評価しているのは、作文ではなく、作文力だからです。
作文力のもとになっているものは、思考力、語彙力、題材力です。
思考力は、思考語彙の点数として評価されています。
語彙力は、知識語彙の点数として評価されています。
題材力は、表現語彙の点数として評価されています。
だから、森リンの点数を上げるためには、説明文の難しい本も、ある程度読んでいる必要があるのです。
森リンの評価する字数は、1200字以上が基準です。
1200字よりも短い字数の文章では、誤差が大きくなるからです。
1200字の字数は、小6からの課題ですから、小6~高3までは同じ基準で評価されています。
小5の字数は1000字なので、小5までは、森リンの仮の点数です。それでも、小5で高得点を取れる作文は、優秀です。
小6以上の作文の森リン点の目標は86点ぐらいです。
小6の8月の作文でベスト5に入ったものの中で、森リン点の評価の仕方を説明しやすいく作品がありましたので、次のページで紹介します。
森リン点の解説(1)――高得点の作文はどのようにして書くか
森リン点の解説(2)――高得点の作文はどのようにして書くか
森リン点の解説(3)――高得点の作文はどのようにして書くか
森リン点の解説(4)――高得点の作文はどのようにして書くか
森リン点の解説(5)――高得点の作文はどのようにして書くか
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森リンは、日本初の実用化された文章自動採点ソフトです。
しかし、今後登場するのはAI森リンです。
これなら、もっと確実で客観的な文章評価ができます。
私には、すでにそのアイデアがあります。
また、言葉の森には、約9万件のテキスト化された小1から高3までのデータがあります。
いつか、暇になったら作る予定(笑)。
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https://youtu.be/nHMuKik5uJw
算数数学の勉強法は、実は簡単です。
しかし、その勉強法を知らないために遠回りしている人が多いのです。
オンラインの算数数学クラスでは、誰でも算数数学ができるようになります。
正しい勉強法がわかれば、算数数学はやりやすい勉強なのです。
私は、高校生のころ、間違った勉強法をしていました。
理系の選抜クラスというところにいたので、数学は比較的よくできる方でした。
しかし、そのときの勉強法は、わからない問題があると、ずっと考えるというやり方でした。
どうしてもわからないと、夜の街を歩きながら、1時間も2時間も考えることがありました。
しかし、その後、この勉強法が最もよくないやり方だとわかりました。
算数数学は、答えのある勉強です。
そして、受験の算数数学は、受験生に差をつけるためにわかりにくい問題を出します。
だから、考えるのではなく、解法を理解することが大事なのです。
日本の林学者で、日本の「公園の父」と言われる本多静六氏は、東京農林学校という今の東大農学部の1年生のとき、数学で赤点を取りました。
家が貧しくて勉強があまりできなかったために、数学が苦手だったのです。
しかし、家の手伝いをしているときに暗唱の練習をしていたために、文章を暗唱する力だけは十分にありました。
大学に合格したのは、数学ができなくても、作文が特に上手だったからです。
静六氏は、数学の赤点をきっかけに一念発起して、数学の問題集の例題をすべて暗唱することにしました。
すると、次の学期から数学はほとんどできるようになり、やがて、みんなから数学の天才と言われるようになり、数学の先生からは、「もう授業に出なくてもいい」とまで言われるようになりました。卒業するときには、主席の卒業生に送られる恩賜の銀時計を受け取るまでになったのです。
「
数学は暗記科目である」を書いた渡部由輝氏や、「
数学は暗記だ!」を書いた和田秀樹氏も、同じような数学の勉強法を提唱しています。
それは、わからない問題があったら、すぐに答えを見て解法を理解するという方法です。
数学を学問としてやるのであれば、考えることが大事ですが、受験のための数学は、解法を理解することが最も正しい勉強法なのです。
オンラインクラスの算数数学の勉強法も同じです。
生徒は、家庭学習で、毎日問題集の数ページを解いてきます。
先生は、その生徒の学習記録を見て、わかりにくそうな問題を質問します。
ほとんどの場合、生徒は答え方を正しく説明することができますが、うまく説明できないこともあります。「よくわかりません」と言うこともあります。
生徒がわからない問題があったとき、先生は、次のように言います。
「では、来週までに、その問題の答え方を説明できるようにしておいてね」
これで、ほぼすべての生徒ができるようになるのです。
しかし、難しい問題のときは、一度は正しく説明できても、次のときにまたできなくなることがあります。
そのときは、またその問題だけを解法を見て理解するようにします。
かなり難しい問題であっても、4回目か5回目には、完全に説明できるようになります。
数学ができない生徒は、先生に1回聞いただけでおしまいにするので、わかった気がするだけで、数学ができるようにならないのです。
この算数数学の解法の理解を繰り返していると、不思議なことに、初めて見る問題であっても、答え方の方向がわかるようになります。
図形の問題で、どこに補助線を引くか考えるときも、解法を理解する勉強を繰り返していると、自然にわかってくるのです。
よく、「考える勉強が大事だ」ということが言われますが、考える勉強は、作文でやればいいのであって、受験数学は、考えるのではなく解法を見て理解することが大事です。
今の算数数学の市販の問題集のほとんどは、解法が充実しています。解法が充実していないのは、学校の教科書ぐらいです。
自分で選んだ1冊の問題集を5回繰り返すつもりで、できない問題が1問もなくなるまで解いていけば、数学は必ずできるようになります。
算数数学が苦手な人は、言葉の森のオンラインクラスに参加して、算数数学の正しい勉強法を身につけてください。
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■小学1年生から小学3年生は、勉強の習慣がつく時期。大事なのは毎日の学習
小学1年生から3年生にかけては、勉強面で難しいことは何もありません。この時期は、勉強の内容については、特に何もしなくても問題ないのです。
この時期に大事なのは、毎日の勉強の習慣をつけることです。
しかし、長時間の勉強をする必要はありません。長い時間勉強をさせると、集中力がなくなりかえって勉強習慣がつきません。親からみて、少しものたりないと思うくらいが、子供にとってはちょうどいい時間です。
子供の勉強の習慣をつけるきっかけになるのが、総合学力クラスの授業です。授業の内容に合わせて勉強を進めれば、バランスのよい家庭学習ができます。
■国語力の基礎は、難しい説明文を読む力で、同じ文章を繰り返し読むこと
国語力の差は、学校の勉強ではあまり目立ちません。学校では難しいことはしないからです。
しかし、実は国語力は最も差のある学力で、いったん国語力の差がつくとなかなか追いつくことができません。
国語力をつけるコツは、ある程度難しい文章を繰り返し読むことです。総合学力クラスでは、これを問題集読書という問題集の問題文を音読する方法で取り組みます。
授業では、先生が生徒に個別に質問し、それぞれの生徒がどれだけ読めているかをチェックします。
■算数力の基礎は、問題の解法を見て理解する力。1冊の問題集を完璧に仕上げる
算数は、答えのはっきりした勉強なので、最も取り組みやすい教科です。
しかし、この算数の勉強の仕方にもコツがあります。低学年のうちに勉強のコツを身につけておくと、高学年、中学生、高校生になってからも、算数数学の勉強をうまく進めることができます。
算数の勉強法のよくないやり方は、第一にいつまでも考えること、第二にすぐ人に聞くことです。
算数は、自分で答えと解法を見て理解することが大事です。そして、できなかった問題だけを繰り返し解き、1冊の問題集を完璧に仕上げることです。
授業では、先生が生徒に問題集の中にある問題の解法を聞き、学習状況をチェックします。
■小学1、2年生は、暗唱の力が最も伸びる時期。暗唱力をつけると勉強が楽にできるようになる
暗唱の力が最もつけやすい時期は、幼児から小学2年生にかけてです。この時期は、素直に音読を続けることができるからです。
学年が上がると、単純に音読を続けることができずに、意識的に覚えようとするためにかえって暗唱がしにくくなります。
低学年のうちに暗唱の力をつけておくと、語彙力、記憶力、読解力、表現力が身につき、その後の勉強が楽にできるようになります。
暗唱力は、中学生や高校生になってから更に役に立ちます。
暗唱力のある子は、どの勉強も楽にできるようになるからです。
■これからの学力で大事になるのは、自主的に探究する力と、みんなの前で発表する力
現在、世界の教育は大きく変わっています。
知識の詰め込みと再現を中心としたこれまでの教育から、自主的に探究する力と発表する力が重視するようになっています。
今後の大学入試も、ペーパーテスト中心から、AO入試の方向に変わります。そのひとつの例が、東大の推薦入試、京大の特色入試です。
AIの時代には、求められる学力が大きく変わるのです。
総合学力クラスの発表の時間では、生徒がそれぞれ自分で取り組んだ理科実験や調査研究や工作を発表します。この発表に合わせて、家庭での親子の知的な対話も深まります。
これからの学力は、このような探究型、発表型の学力なのです。
■総合学力クラスの勉強をきっかけに、家庭学習の習慣をつけ、勉強の楽しさを知る
総合学力クラスの勉強は、先生の講義を聞く形の勉強ではありません。また、先生に教えてもらう勉強でもありません。
家庭学習で勉強の習慣をつけ、それを先生がチェックすることによって生徒の自主的な勉強を進めるかたちで授業を行っています。
また、授業の中で、生徒どうしの読書紹介や質問感想など、対話と交流の時間をできるだけ取るようにしています。
この対話と交流によって、友達と一緒に楽しく勉強する姿勢が身につくのです。
■毎週の読書紹介で、読書力と発表力をつける、オンライン4人クラスの学習
言葉の森のオンライン4人クラスでは、毎回、全員の読書紹介があります。
この読書紹介によって、どの子も本を読む習慣がつきます。
また、みんなの前で発表する力がつきます。
低学年のころは、まだうまく発表ができない子も多いのですが、学年が上がるにつれて、どの子も自然に発表が上手になってきます。
本の内容を簡潔に紹介し、自分なりの感想をわかりやすく述べることができるようになるのです。
みんなの前で毎回全員が発表する時間があるというのが、オンライン4人クラスの学習の重要な特徴です。
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小学1年生は、勉強のコツと勉強の習慣を身につける時期です。
長い時間やる必要はありません。
いいやり方でやっていくことです。
いいやり方とは、人に教えてもらうのではなく自分でやること、1冊を繰り返し学習して完璧に仕上げることです。
だから、小学生の勉強は、デジタル教科書ではなく、紙ベースのものの方がいいのです。
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言葉の森のオンラインクラスでは、どのクラスも、最初に15分程度の読書紹介を行っています。
そのクラスの勉強だけをした方がいいという考えもあるかもしれませんが、勉強は基本的に家庭で毎日やっていくものです。
せっかく、そのクラスに4人までの生徒が集まっているのですから、その集まりを生かして読書紹介などの交流の場を作っていく方がいいのです。
この読書紹介によって、どの小学生も、中学生も、高校生も、本をよく読むようになります。
そして、更に大事なことは、学年が上がるにつれて、子供たちの発表が上手になっていくことです。
小学校高学年になると、短い時間の中で簡潔にその本の内容を紹介し、自分の印象に残ったところを説明し、その本に対する自分なりの感想を述べることのできる生徒が増えてきます。
このようにみんなの前で必要なことをわかりやすく説明できる発表力は、オンライン4人クラスの読書紹介のような機会がなければ、なかなか育てることはできません。
読書紹介によって、子供たちの読書量は自然に増えます。
もし、この毎週の読書紹介の時間がなければ、本をわざわざ読む時間を取らない中学生や高校生は多いのです。
読書というものは、毎日の生活習慣ですから、数日読まない日が続くと、読書の習慣はすぐになくなります。
そのなくなった読書習慣を取り戻す方法はなかなかありません。だから、高校生の不読率が50%にもなっているのです。
しかし、毎週の読書紹介があれば、読書の習慣をすぐに回復することができます。
読書紹介は、読書力をつけるための最良の方法なのです。
ただし、読書の習慣がついたあとの課題はあります。
それは、読書の質です。
小学校低学年で、絵本のような本ばかり読んでいる場合、その絵本の内容がいくらよくても、文章として読む部分が少ない場合は、読書力はつきません。
読書力がつかないと、本当の読書の楽しさというものがわかりません。
文章のしっかり書かれた本を読むようにするためには、親の読み聞かせが必要です。
よく、幼児のときは読み聞かせをよくしていても、子供が小学生になったことを理由に、読み聞かせをやめてしまう人がいます。
子供の読んでいる本の内容を見て、絵ばかりの本であったなら、親が読み聞かせを復活する必要があります。
大事なことは、本に書かれたストーリーの面白さを、絵を見て理解するだけでなく、文章を読んで理解できるようにすることです。
小学校高学年や中学生、高校生の場合、いつまでも物語文の本しか読まない生徒がいます。
読書は、楽しみのために読むものですから、物語文の本でもいいのですが、それと並行して説明文の本を読んでいないと、考える力はつきません。
小学校高学年以上の生徒には、理屈を理解する力がありますから、「説明文の本も並行して読むことによって、読む力がつき、頭もよくなる」と話しておくことが大事です。
昔は近所に本屋さんがあったので、子供たちが学校の帰りに本屋さんに寄って立ち読みをする中で、いい本にめぐりあうことができました。
今は、そういう機会はほとんどありません。
しかし、ネットを利用することによって、本に接する機会を増やすことができます。
まず、子供にkindleなどの端末を買ってあげることです。
図の多い本を見るには、fireなどのカラーの大きいサイズのものでもいいと思いますが、大事なのは、いつでも手軽に読めることですから、まず小さい端末を買うといいと思います。
スマホで本を読むこともできますが、操作性を考えると、読書に特化したkindleのような端末の方がいいと思います。
そして、子供に、「毎月の読書の予算5000円分は、自由に使っていい」と言って、子供が自分でネットで本を買えるようにします。予算はその家庭の実情に応じてですが。
子供は、くだらない本も買うと思いますが、自分で自由に本を選んで買える環境があることによって、いい本にめぐりあう確率は高くなります。
ネットの書店のいいところは、自分が選んだ本と関連する本が次々と表示されることです。
また、他人の評価を見て、本を選ぶ参考にすることができます。
kindleであれば、本を読んでいて必要なところに傍線を引くことができます。
また、その本の一部分をコピーして、自分の書く作文などに引用することもできます。
電車通学などをしている子供には、audibleで耳から聴こえる本を契約してもいいでしょう。
読書紹介で読書の機会を増やし、ネットを利用した読書環境で本を選びやすくするというのがこれからの新しい読書生活になると思います。
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読書紹介の効果は、まず全員が必ず本を読むようになることです。
もうひとつ重要なのは、みんなの前で上手に発表する力がつくことです。
発表の練習のようなことは、4~5人の少人数のクラスでなければできません。
あとは、読書の質を高めていくことです。
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昔、言葉の森を始めたころ、「何のために勉強をするのか、そして、させるのか」と考えたことがあります。
その当時の社会の一般的な勉強の考え方と対置して考えたのは、次のようなことでした。
第一は、受験から実力へです。
受験に勝つことを目的にした勉強ではなく、自分の実力をつけるための勉強をしなければならないと考えたのです。
第二は、学校から家庭へです。
学校や塾などの外部の機関に頼る教育ではなく、教育の基本は家庭と地域で行うべきものだと考えたのです。
第三は、点数から文化へです。
点数をつけて評価されるようなことが中心になるのではなく、点数につかないような文化的なものこそ評価されるべきだと思ったのです。
第四は、競争から創造へです。
今の教育は、競争の中で行われています。それは、最終的には、受験に勝つことが目的になっているからです。
だから、人間にとって必要な知識ではなく、他人に勝つために間違いやすい問題ができるようになる知識を身につけなければならないのです。
この「競争から創造へ」というのは、最終的には、子供たちがその創造を生かして、独立した人生を歩むということにつながると考えていました。
独立とは、文字どおり独立して自分で会社を作り、又は、自分で仕事を作り出すようなことです。
しかし、当時は、そういうことを言っても、理解する人はあまりいなかったと思います。
だから、この教育の根本の目的は、自分の胸の中にしまっておいたのです。
ただ、教育は、個人を目的にしたものでなく、社会も目的にしたものでなくてはならないということはいつも思っていました。
だから、言葉の森のキャッチフレーズは、「明日の日本を支える子供たちの思考力、創造力、共感力を育てる」ということにしました。
大事なことは、子供たちが成長することと、日本がよくなることを結びつけることでした。
ところで、この「創造と独立」という考え方が、昔はあまり理解されなかったと思いますが、今は漠然と多くの人が、その方向を考えるようになっています。
この創造と独立という方向が、今後の教育の最も重要な柱になるのです。
その理由は、これまでの時代が利便性を中心とする時代だったのに対し、これからの時代は文化を中心とする時代になるからです。
人間の社会で価値あるものとは、みんなが求めるものです。多くの人が求めるものが価値あるものです。価値があるから求めるのではなく、多くの人が求めるから価値が生まれるのです。
わかりやすい例で言えば、ゴルフやサッカーのようなスポーツです。
メジャーなスポーツは、幅広い経済的な裾野を形成しています。つまり、そこで巨額のお金が動いています。
しかし、それは、例えば、地面の穴にボールを入れたり、ゴールの枠にボールを蹴り込んだりすることに価値があるからではなく、多くの人がそれらのスポーツに参加することによって価値が生まれたからなのです。
これまでの世界では、人間が求めるものは、多くは量的なものでした。
より多くの食糧、より多くの土地、より多くの人、という量の世界が価値の中心でした。
その後、価値は量的なものから、利便的なものに移りました。
より効率的なもの、より高性能なものを求めることが価値の中心になっていったのです。
その最新の現象を表すものは、GAFAに見られるネット企業の興隆です。
しかし、これは、利便性の時代がもうすぐ終わることの象徴でもあるのです。
利便性の追求は、やがて、その利便性がガスや電気や水道や交通機関のようなインフラになる方向に進みます。
ガスや電気や水道は、人間の生活に大きな価値のあるものですが、そこにはもはや新しい時代の価値を生み出すという魅力はありません。
人間の社会は、これから、そういう利便性の時代の先に進みます。
先の時代とは、文化の時代です。
その文化の時代のモデルは、江戸時代の300年間続いた平和の中にあります。
私がよく思い出すのは、ウズラの鳴き合わせという遊びがあったというような話です。
同じように、長い平和の時代の中で、真っ白な文鳥が作り出され、金魚や鯉のいろいろな色や形のものが作り出されました。
茶道や華道や俳句なども、それ自体の価値ではなく、文化的な価値として生まれ広がったものです。
このような文化を生み出す歴史を持っているのが、日本という国の特徴です。
イギリスやアメリカが世界の経済的中心であった時代に生まれたものは、ゴルフやサッカーやバスケットボールやアメリカンフットボールやマクドナルドやケンタッキーフライドチキンなどだったでしょう。
しかし、これからは、日本が、日本の歴史を背景にした新しい文化を生み出す時代になります。
その文化の時代には、多くの人が独立起業に参加できるようになります。
GAFAの時代の独立起業は、あるひとつのビジネスモデルでグローバルなシェアを取ることが成功の基準でした。
だから、独立起業に成功するためには、世界一になることが必要で、1位ではなく2位になることは敗北でした。
利便性を基準にした世界では、生き残るのは世界で1社だけというのが原則だったのです。
しかし、文化の時代はそうではありません。
オンリーワンの文化が多種多様に生まれるのが文化の時代です。
そして、今、私たちの価値観は、今、利便性の価値観から文化の価値観へと大きく動き始めています。
この文化の時代の独立起業を想定するならば、子供たちの教育の目標もそこに向かって進めることができます。
ここに来てやっと、勉強の目標として、競争と勝敗ではなく、創造と独立を考える時代が到来したのです。
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学校 あの不思議な場所
茨木のり子
午後の教室に夕日さし
ドイツ語の教科書に夕日さし
頁がやわらかな薔薇いろに染った
若い教師は厳しくて
笑顔をひとつもみせなかった
彼はいつ戦場に向うかもしれず
私たちに古いドイツの民謡を教えていた
時間はゆったり流れていた
時間は緊密にゆったり流れていた
青春というときに
ゆくりなく思い出されるのは 午後の教室
やわらかな薔薇いろに染った教科書の頁
なにが書かれていたのかは
今はすっかり忘れてしまった
"ぼくたちよりずっと若いひと達が
なにに妨げられることもなく
すきな勉強をできるのはいいなァ
ほんとにいいなァ"
満点の星を眺めながら
脈絡もなくおない年の友人がふっと呟く
学校 あの不思議な場所
校門をくぐりながら蛇蝎のごとく嫌ったところ
飛びたつと
森のようになつかしいところ
今日もあまたの小さな森で
水仙のような友情が生れ匂ったりしているだろう
新しい葡萄酒のように
なにかがごちゃまぜに醗酵したりしているだろう
飛び立つ者たち
自由の小鳥になれ
自由の猛禽になれ
====
茨木のり子さんの詩です。
わかるなあ。
「蛇蝎のごとく嫌ったところ
飛びたつと
森のようになつかしいところ
今日もあまたの小さな森で
水仙のような友情が生れ匂ったりしているだろう」
子供のころを思い出すと、いろいろ理不尽なことはあり、子供だったからそれに敏感だったこともあり、蛇蝎のごとく嫌ったこともありますが、大きく見れば、学校はやはり森のようになつかしいところでした。
言葉の森のオンラインクラスの運営も、そのようになつかしいところにしていきたいと思います。
そのためには、勉強の目的を、成績の輪切りの上に行くことではなく、オンリーワンになることに置く必要があります。
昔、年功序列と終身雇用の時代には、輪切りの輪のひとつでも上に行くことが勉強の目標でした。
今も、多くの先生は、その昔の意識で子供たちを指導しています。
しかし、未来は、ベーシックインカムと独立起業の時代になります。
今はまだ、その萌芽もほとんど見られないかもしれませんが、時代は確実にその方向に向かっています。
子供たちは、教科の成績の輪切りに収まらない、無限の個性の可能性を誰もが持っています。
もちろん、これからの個性は学問に裏付けされている必要があります。
だから、学問の実力をつけることは前提ですが、勉強の目的は、勉強そのものではなく自分の個性を生かして生きていくことなのです。
言葉の森は、そういう新しい学校のような場所になることを目指しています。
と書いていてい、ふと「学校ごっこ」という言葉を思い出しました。
子供たちは、学校はあまり好きではありませんが、学校ごっこという遊びは好きです。
勉強したり、教えたり、教えられたちということは、本来楽しいものなのでしょう。
それが、制度として強制されるのでなければ、学校は楽しい場所になるのです。
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いつも示唆に富んだ記事を公開して下さり、ありがとうございます。いつか中学生高校生と親のかかわり方について、先生のお考えをお聞きしてみたいと思います。中高生たちは、大きな変化の時代が訪れた社会に出ることが目前に迫った今現在も、頻回の試験や膨大な課題と向き合っています。親はどのような姿勢で子どもと過ごせばよいとお考えでしょうか。よろしくお願いいたします。
lemonadeさん、コメントありがとうございます。
今度の記事で、子供たちの今後の勉強の方向を書く予定です。
未来は、たぶんもっと明るいものになると思います。
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プログラミング学習の面白さは、創造と発表があることです。
ただ、言われたとおりに教えてもらって、そのとおりにできただけでは、本当の面白さはわかりません。
子供たちは、自分で何かをして、それをみんなの前で発表して、ほかの人の発表に刺激を受けて、自分も更に工夫しようと思うことで成長していきます。
子供たちが、勉強より遊びが好きなのは、遊びにはそういう創造と発表と交流という要素があるからです。
この創造と発表と交流のある遊びのような勉強が、プログラミング学習です。
創造性のある子は、最初はテキストのとおりにプログラミングの学習をしていても、途中で必ず自分なりの工夫を試みるようになります。
この工夫が、本当の勉強の面白さなのです。
工夫とは、すでにわかっている知識を組み合わせて、まだ誰も作ったことのない新しい創造をすることです。
必要なことは、知識がある程度あることですが、もっと大事なのはその既存の知識を組み合わせて、新しい知識を作り出すことです。
プログラミング学習は、その点で、算数数学の難しい問題の解法を考えることと似ています。
算数数学もまた、既存の知識を組み合わせて、新しい解法を作り出すことだからです。
ただし、今の受験の算数数学は、解法を覚えることが中心になっているので、勉強自体が面白いというものではなくなっています。
勉強の本当の面白さを実感できるのは、プログラミングと創造発表と作文なのです。
この3つの学習に共通しているのは、自分らしい工夫ができることです。
多くの子供たちは、勉強というと、漢字の書き取りや計算の練習のようなことを考えると思います。
それらは、勉強の準備にすぎません。
本当の勉強は、自分で新しい工夫することのできるものです。
AIの時代には、知識よりも、個性、思考力、創造力が必要になります。
その新しい勉強は、遊びのように面白い勉強になります。
ただし、その遊びのような勉強も、35人学級のような大人数の授業では、本当の面白さはわかりません。
全員が発表し交流できる人数は、4~5人です。
4~5人のクラスをコンスタントに作るためには、そのクラスはオンラインである必要があります。
オンラインと言っても、動画を一方的に流すようなオンラインではなく、全員が参加し交流できる双方向型のオンラインです。
そのオンラインクラスで、みんなと一緒に勉強する面白さを知れば、それはプログラミングに限らず、作文にも、総合学力にも、国語、数学、英語の勉強にも生かせるようになります。
将来の学校教育も、いずれオンライン4人クラスを組み入れたものになります。
同年齢、同進度の子供たちが、交流しながら学び合い、互いの学習成果を発表するという形の教育が、未来の新しい教育のスタイルになるのです。
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https://youtu.be/8NBPP9Tg-w4
この記事を書こうとしていたとき、ちょうど、学校に行きたくないという小4の子のお母さんから電話がありました。
学校に行きたくない理由は、別に学校が嫌いなわけではなく、勉強によっては好きなものもあるが、すでにわかっていることを聞くだけの授業はつまらないから行きたくないということでした。
具体的には、理科や社会の教科のようです。
それは、誰でも納得すると思います。
理科と社会は、自分で本を読めばわかることばかりです。
授業を意味あるものとするためには、各人が研究した成果を発表するようなかたちの授業にする必要があります。
しかし、それは35人学級の現実では、まずできません。
この学校教育の根本的な行き詰まりを打開する方法は、オンラインの4~5人のクラスで勉強を行える仕組みを作ることです。
しかし、学校が変わることは当面は期待できませんから、とりあえずの選択肢は、言葉の森のオンライン4人クラスで、自分が希望する勉強をすることです。
おすすめするクラスは、プログラミングと創造発表です。
国語、算数数学、英語などの教科の勉強は、市販の問題集や参考書で間に合います。
もし、苦手な科目があれば、オンラインクラスで受講すれば済みます。
大事なことは、自分の生活をうまくコントロールしながら、好きなことをより深める学習をすることです。
生活のコントロールのためには、朝起きてすぐの時間の使い方が大切です。
だから、できれば朝8時か9時の授業に参加するといいと思います。
勉強は長時間やる必要はありません。ひとりでやるのですから、学校の集団授業よりもずっと能率のよい勉強ができるからです。
ところで、自分の好きなことがないと、無駄に時間を費やすことになります。
プログラミングと創造発表は、いくらでも時間をかけられる勉強です。
こういう特定の分野で時間をかけて勉強すれば、それは将来の入試にも生きてきます。
将来の入試は、今のような知識の詰め込み、解法の丸暗記の反復、短時間で問題を解く訓練ではなく、その子なりの個性と実力によって評価されるようになるからです。
大事なのは実力ですから、不登校を生かして実力をつけていくことを中心に考えていくといいと思います。
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