作文検定12級レベル
小学1年生になったら、あったことを書いてみよう
■ここが大切
□いつ・どこ」の書き出し
作文の書き出しを「いつ、どこ、だれ」などがわかるように書きます。必ずしも「いつ」と「どこ」の両方が入っている必要はなく、必要に応じて、日時や場所や主体が特定できていればよいとします。
□名前・数字
どこかに出かけたときなど、場所などの名前(固有名詞)や日時などの数字を書いていくと、正確な文章になります。男の子は会話よりも数字や名前に関心か高く、女の子は数字や名前よりも会話に関心か高くなる傾向かあります。数字は縦書きで書くときには、漢数字を使うのか」般的です。
□会話
そのときの会話を思い出して、描写的に書く練習です。長く書けない子の多くは、物事を説明的に書いています。
会話を思い出すと、そのときの様子を具体的に長く書けるようになります。会話は、カギカッコを使い、行を変えて書くと読みやすくなります。
□「〇□○□」
そのときの様子を、「カラカラ」「きらきら」など擬声語・擬態語を使って表します。音はカタカナ、状態はひらがなで書きます。
□思ったこと
作文の結びに思ったことを書く練習です。これは、二つの意味があります。一つは、結びを「たのしかった」「おもしろかった」などの単純な感想でまとめずに、白分なりに思ったことを書いてまとめることです。「たのしかったと思いました」は、一年生ではよいとします。もう一つの意味は、将来意見文を書くときの構成に合わせて、結びには感想や意見を書く意識付けをすることです。
■作文を書き終えたあとに
一年生は、この見本のようには書けません。まず、書いたことを褒めてあげましょう。
間違いはたくさんあるはずですが、直すのは一つの作文で一ヶ所だけにとどめます。見本の作文は、見やすいように段落をつけていますが、一年生はまだ段落をつけて書く必要はありません。
■作文のお手本!
ザリガニをつかまえたこと
ぼくは、このあいだの日よう日、ちかくのせがみのいけにザリガニをつかまえにいきました。
いっしょにいったのは、けんちゃんとみよこちゃんです。
でも、いつもいるばしょに、でした。ザリガニは一ぴきもいませんでした。ぼくは、
「おかしいなあ。」
といいました。けんちゃんは、
「もう、にげちゃったんじゃないの。」
といいました。みよこちゃんは、
「じゅんくん、もっとふかいところにいってみたら。」
と、ひとごとみたいにいいました。
ぼくは、「よし」とけっしんすると、ながぐつのまま、どろの中に入りました。
ズブズブッとながぐつがどろの中に入りました。右の足をぬこうとカを入れたら、こんどは左の足がズボッとしずみました。
ズボッ。ズブズブ。ズボット。ズブズブ。
となんどもくりかえして、あみをどろの中にいれ、やっとどろから出てきてみたら、りょうほうともはだしでした。
でも、ラッキーなことに、あみの中には、どろだらけの小さいザリガニが三びきも入っていました。
みよこちゃんは、
「やったあ。じゅんくんすてき。」
といいました。けんちゃんは、
「ようし、おれも。」
といったあとすぐに、
「いくのはやめとこう。」
といいました。
いえにかえると、おかあさんがいいました。
「ながぐつは、どうしたの。」
それから、くらくなったみちを、おかあさんとおにいちゃんとでながぐつをさがしにいきました。
おにいちゃんが、どろの中からながぐつをひろってきてくれました。
ぼくは、おにいちゃんすごいなあとおもいました。
■小学1年生の日記の書き方
その日の出来事を、「名前・数字」「会話」「思ったこと」か入るように書きましょう。
余裕かあれば、二年生の書き方で学ぶ「まるで……みたい」というたとえを入れなから書きましょう。散歩のときなどにお父さんやお母さんかたとえを使って話してあげるといいでしょう。勉強のように話すのではなく、お父さんやお母さん白身か楽しみなからたとえを使うことか大切です。
○月○日
きょうは、たはらというおみせに、ザリガニのいれものをかいにいきました。
ほくが、
「あ、あった。」
というと、おとうさんが、
「もっと大きいのにしよう。」
といいました。ぼくは、いちばん大きい入れものをかいました。ねだんは三九八○円でした。
いえにかえって、水草も入れて、ジャングルみたいにしました。
ぼくは、ザリガニがきもちよさそうだなあとおもいました。
■日記を書き終えたあとに
家族で旅行に出かけても、日記に書いたのは、朝ごはんかおいしかったことだけということもあります。また、数日たつと、作文に書きたいという気持ちは急速に薄れていきます。親が書いてほしいことを無理にかせようとするのではなく、子供はそういうものだと思ってあきらめるしかありません。
作文という形には残らなくて皇楽しい思い出は子供の心の中に残っています。
学年別作文感想文の書き方
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すばらしーーっ
おかしいなあ。」
とおいいました。けんちゃんは、
”お”はタイプミスですよね
ご指摘ありがとうございます。
タイプミスでした。
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小学校高学年の子のお母さんから、本を読みすぎることについての質問がありました。
その子は、家でも学校でもいつでも本を読んでいるというのです。学校から帰ってきてもすぐに本を読み始めるそうです。
小学校時代は、勉強よりも読書優先の生活の方が力がつきますから、本が好きだということはよいことです。しかし、このように読みすぎるのは何か不自然な感じがします。そこで、お母さんも相談をしてきたのでしょう。
一般に、読書というものは、人生がうまくいっていないときにするという面があります。毎日の生活が幸せに満ちていれば、本を読む必要性はあまり感じません。
勝海舟も、自伝の中で、自分が初めて本格的に本を読んだのは蟄居(ちっきょ)の時代だったと述べています。
読書は、自分の人生に満足できないものがあり、求めるものがあるからするという面と、その裏返しとして、自分の今の人生から逃避したいからするという面があります。
そこで、その子は、学校生活で友達があまりいないために、その現実から逃がれることを読書に求めているのではないかと思いました。これは、いじめというほどのことではなく、友達と楽しく遊ぶ関係が作りにくいということです。
しかし、そういう子も、成長する中でやがて本当に仲のいい友達ができるはずですから、今友達がいるかいないかということあまり気にする必要はありません。
ただ、本人は心の中で友達と楽しく遊べないことを悩んでいるわけですから、家庭で、その子にとって楽しい人間関係を作ってあげることが大切です。
例えば、家族でどこかに遊びに出かける、家族で何かイベントを企画する、というようなことです。
現在の社会では、KYという言葉に見られるように、他人からどう思われているかということを気にする傾向があります。しかし、
他人の目にはあまりとらわれず、自分らしく生きていけば必ずその自分らしさに共鳴してくれる他人と出会うものだというふうに長い目で考えていけばいいのです。
ただし、友達の関係があまりない子は、やはり人間関係の技術がうまく身についていない面もあります。そこで、家族との遊びの中で、友達と遊ぶときのコツをお父さんやお母さんが先輩の立場から少しずつ教えてあげることです。
子供の問題で大事なことは、一緒にいる家族です。身近に見ている親がいちばんよく事情を把握していて、またいちばん根本的な決断ができます。
この子も、優しく心配してくれるお母さんがいるというだけで、もう問題はほぼ解決していると思いました。
(この文章は、構成図をもとにICレコーダーに録音した原稿を音声入力ソフトでテキスト化し編集したものです)
マインドマップ風構成図
記事のもととなった構成図です。
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拝読して、「家の娘とまったく同じ!」と思いました。先生が書かれたアドバイス通りの運びとなり、今は読書好き、国語が得意の中3です。
つい先日のことです。
「あのころは話す友達がいなかったから本ばかり読んでいた」と母に打ち明けてくれました。もっとかかわってあげれば良かったと、少々反省しています。
彼女は今も毎日相当な量の読書をしていますが、中学では、やはり読書好きの親友ができ、毎日充実している様子です。
そうですね。
その時代は苦しかったと思いますが、それがその子の心の豊かさになっていったのだと思います。
若いときは友達がいるかいないかということが大きな問題となりますが、自分らしく生きていれば、自然にそういう友達と出会うようになるのでしょうね。
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