「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一著・講談社現代新書)の中で、著者は、生命の本質は、単なる自己複製ではなく、代謝による動的な平衡ではないかと述べています。
自己複製だけであればウイルスも行っています。ここから連想されるのは、スパムメールです。スパムメールも、ウイルスと同じように、自己をコピーして増殖し、しかもより広がりやすいように進化をします。しかし、そこには何か価値ある中身を維持しようとする生命の積極的な意志は感じられません。
さらに、スパム的な書き込みというのも最近増えています。しかし、ウイルスに対する最も効果的な対策が免疫を作ることであるように、スパムに対しても、たくましい免疫力を作ることが最良の対策であるように思います。
さて、ネズミの実験で、餌に標識となる物質を組み込んだものを三日間与え、その結果を見たところ、ほとんどの標識が体内のあらゆる部位に見つかったということです。つまり、
三日間でほぼすべての餌がアミノ酸となり体内に蓄積され、その分だけ古いタンパク質が分解されて対外に排出されたということです。
人間の細胞も、毛髪や爪などの固い細胞も含めて、常に内部では物質が入れ替わって動的な平衡を保っています。
ここから私は、人間の認識についても、同じことが言えるのではないかと思いました。
「三日書を読まざれば、すなわち面目憎むべく、語言味なし」という言葉があります。この意味は、三日本を読まないと、顔つきに品がなくなり、言うことに味わいなくなる、ということです。
人間は、身体だけでなく、ものの考え方も、動的な平衡を保っています。
日々の学習や読書によって、生き方や考え方という「細胞」も常に新しく入れ替わっているのです。
塙保己一は、18歳のときに始めた般若心経の暗唱を晩年になっても続けていました。本多静六も、晩年に新たにドイツ語の勉強を始めました。本多静六の勉強法は、何度も反復して暗唱できるようにするというものでしたから、たぶんドイツ語もそのように勉強していたのでしょう。
食事が健康な身体を維持することに役立つように、読書や暗唱というものも、健康な知性を維持するために必要なのです。
ところで、動的な平衡を維持するためには、そのもとになる枠組みが必要です。
生命のもう一つの特徴として、タンパク質の枠組みを作る際の不可逆的な進行というものがあります。
身体は、ジグソーパズルのピースのように様々な形のピースが組み合わさって作られます。
ある重要なピースが欠けていても、その穴をカバーするようなほかの組み合わせ方ができて全体が正しく形成されるという柔軟性が生物の身体にあります。
しかし、ピースがないこと自体は問題ないのですが、なまじ不完全なピースが組み合わされると、それがあとで身体上の障害になってきます。しかも、いったんできた組み合わせは不可逆的なので、あとから修正することはできません。
このことを人間の認識の形成に当てはめてみると、
幼児期にバランスのよい文化の環境の中で育つことが人間の精神の成長にとって重要なのではないかということがわかります。
それは、ひとことで言えば、伝統的な人間関係、伝統的な子育てということです。
日本で昔から行われていた伝統的な子育てと、成長してからの日々の読書や暗唱という二つの面が、人間らしい生活をするために必要なのではないかと思いました。
(この文章は、構成図をもとにICレコーダーに録音した原稿を音声入力ソフトでテキスト化し編集したものです)
マインドマップ風構成図
記事のもととなった構成図です。
「フラット化する世界」(トーマス・フリードマン著 日本経済新聞社)には、世界のフラット化に伴い変化する社会の実例が様々に描かれています。
フラット化する世界とは、山や川で小さく隔てられていた世界がフラットになり、一挙に地球上の人口65億人の世界が目の前に広がるようになった世界です。
商業の世界でも、昔、商圏人口数十万だった店が、インターネットの市場に進出し日本中1億2千万人をマーケットにして急成長しているというケースがあります。
しかし、顧客がフラット化して数十万人が数億人になるということは、逆に言えば、ライバルもフラット化してそれだけ広がるということです。
現在、インターネットの世界では、世界一の企業しか生き残れないという状況が生まれています。
昔は、地域で一番であれば、その地域で生き残ることができました。今は、世界で一番でないと世界市場では生き残れないというになっているのです。
これは、個人のレベルでも起こりつつあります。例えば、これまで日本の中で12倍の倍率で競争していたものが、世界が相手になると一挙に650倍もの倍率になるということです。(日本の人口が1億2千万人、世界の人口が65億人と考えた場合。実際にはもっと多い)
例えば、相撲の世界では、今、日本人以外の力士が上位を占めています。日本人の中で競争するのではなく、世界の中で競争するという状況が、スポーツの世界では一足先に生まれているのです。
大学も、これからは、日本で名前の通った大学であっても、世界では通用しないというケースが増えてきます。名前ではなく実力で勝負する、というのがフラット化された社会の特徴です。
このような世界で仕事をしていくためには、アウトソーシング化される仕事や、オートメーション化される仕事とは異なる仕事の能力を持つことが必要になります。
これまでは、日本でしか通用しない仕事でもやっていくことができました。これからは世界で通用する仕事でなければやっていけません。
しかし、
さらに言うと、これからは、日本人でなければ通用しない仕事があるというふうに考えることもできるのです。
例えば、ある世界的な企業が社員を募集するときに、「ただし、左脳で虫の声を聞ける人を優先する」というような条件がついたとすれば、650倍の倍率は、一挙に12倍にまで下がります。左脳で虫の声を聞くことができるのは、日本語を母語とする人だけだからです。
日本文化の特徴は、製造業(ものづくり)の文化という考えがありますが、これまで、あまり表に出なかった特徴として、実は、高度な文化的教育の文化という面もあるのです。
フラット化した世界における日本の未来は、高度な教育文化を国内の需要で循環させていくとともに、海外のフラット化した経済を利用し、そして、日本文化そのものを高度な商品として世界に輸出するという形になると思います。
このときに、大事なことは四つあります。
第一は日本語力です。日本文化を自分のものにするためには、日本語の学習というのが土台になります。
第二は読む力です。生涯学習の基本は、新しい概念を次々に読み取る力だからです。
第三は書く力です。考えたことを発表する力がこれからはますます要求されてきます。
第四は自分の専門的な能力です。しかし、専門的の能力がただ一つだけしかなければ、それがオンリーワンになる割合は65億分の1です。複数の専門能力を組み合わせることができれば、自分の個性はもっと有利に発揮できるようになります。
フラット化する世界は、個性が求められる世界なのです。
(この文章は、構成図をもとにICレコーダーに録音した原稿を音声入力ソフトでテキスト化し編集したものです)
マインドマップ風構成図
記事のもととなった構成図です。