4月の清書をもとにした学年別の森リンベスト10です。
感想文課題のときも、自分らしい個性的な実例が上手に書けています。
※ 1位の作品は、要約の部分がかなりありましたが、ほかの段落もよく書けていたので、代表作品としました。次回の清書は、要約の部分は省略するか、自分なりの説明に書き換えてみてください。
4月の森リン大賞(小6の部132人中)
里山を歩いていると
ひたえ
今、美しく維持されている里山は、必要なてまひまを、すべて里山の人々の善意に負っている。だが、わたしは、里山を私有財産という枠組みの中だけで考えていたのでは、守れないと思う。都市に暮らす人々が、大切な里山を維持してもらえるように里山の人々に対して相応の負担をするべきではないかと考えている。また、開発が進む里山では、野生動物たちが訪れる森が分断されることが多くなった。このため、野生動物の交通事故が増えているようだ。だから、人間の側の注意と配慮がもっと必要だ。野生動物にとって一番いいのは、緑のコリドーという、野生動物の体を隠してくれる緑の廊下だ。緑のコリドーを伝わって、里山の野生動物が姿を見せてくれたら、どんなに楽しいだろう。そして、大切なのは、野生動物とのほんとうの付き合い方をわたしたちがしっかり知ることだ。
森には、運動のため、楽しむためだけではなく、体を休ませるためというのもある。森の緑は、人に安らぎを与えることもできるのだ。わたしの家族はよく、山などへキャンプに行く。それは、安らぎを感じることでもあり、いままでにたまった疲れを取るためでもある。そういう目的で、キャンプに行くのだ。キャンプであたりの山道によく、「ごみを捨てるな」などという立て札がある。立て札は、ここに来た人がやっていたことの、悪さの証拠でもあるので、どんなにきれいな風景の山でも、そういう立て札があると、せっかくの気分が壊れてしまう。だから、一人ひとり、個人個人が気づいていかなくてはならないことなのだ。
野生動物の安全について、緑のコリドーというように、例えば、絶滅寸前の動物を保護する活動がいろいろある。その中で、先日、トキのような大切な鳥が、ある日突然テンに襲われてしまい、九羽も死んでしまう事件があった。保護する中で、周りの危険に常に注意を払わなければならない。
山の自然や生き物を守るために、人間が手を加えて、動物がより良いくらしになればいいのだとわたしは思うけれど、ぎゃくに、自然に影響が出てしまったらどうだろう。人が手を加えて、ひとつの生き物は住みやすくなったけれど、それにかかわる生き物に影響が出てしまう。こんなことは決してないとは言い切れない。
人間にとって自然はただ楽しむだけの存在ではなく、生きていくために欠かせない存在なのだ。前に国語の教科書に載っていた、「サクラソウとトラマルハナバチ」という話では、サクラソウを守るためには、受粉をするためにトラマルハナバチが必要で、そのトラマルハナバチのすみかになる穴を掘るネズミが必要になる。この三つの生き物がひとつでもいなくなると、他のすべての生態系が崩れてしまう。だから、自然を守るためには、人間だけでなく、それに関係するすべての生き物を守っていかなければならないのだ。
順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
---|
1位 | ●里山を歩いていると | ひたえ | 84 | 1165 | 56 | 61 | 75 | 87 |
2位 | ●神様は一番えらい | ドレミ | 82 | 887 | 56 | 67 | 78 | 96 |
3位 | ●物事の土台 | まかじろう | 81 | 1273 | 57 | 106 | 113 | 84 |
4位 | ●難しい野性動物 | すずめ | 81 | 956 | 53 | 60 | 75 | 90 |
5位 | ●普段の小さな〝ありがとう〟 | なみり | 80 | 1065 | 49 | 60 | 76 | 90 |
6位 | ●第一歩のための目標 | あんこ | 80 | 1128 | 49 | 54 | 62 | 87 |
7位 | ●里山は日本の宝 | コレルリ | 79 | 897 | 44 | 82 | 104 | 87 |
8位 | ●目標の役割 | ブレイド | 79 | 1049 | 43 | 81 | 98 | 84 |
9位 | ●さようなら、山田先生 | バナナ佐々木 | 78 | 1048 | 46 | 64 | 97 | 83 |
10位 | ●山は生きている | しもん | 78 | 826 | 52 | 60 | 75 | 81 |
※ 1位の作品は、書き出しの1マスが空いていなかったので直しておきました。ワードで入力したものをそのままフォームに貼り付けると、ワードのスペースは書式だけのスペースなので消えてしまいます。いったんメモ帳などにコピーし、メモ帳の上でスペースをつけてからフォームに貼り付けておくといいと思います。
4月の森リン大賞(中1の部108人中)
他を認める
闇の女帝
普段私たちはコインを丸いものとしか見ない。でも見方によっては薄い長方形や短い棒状に見えることがある。それは誰でも承知しているが、実際に「コインは長方形だ」というと変な目で見られてしまう。けれど物事をいろいろな視点からみていろいろな感想を持つのはいいことなはずだ。なぜなら皆が同じ視点から物事をみれば、そこから生まれるものは何もないからである。しかし、奇想天外な見方をしてうまれた新しい事実は、大概発表すると世の中の批判や野次の的となる。だから、新しい意見を出すことに躊躇する人や世の中の常識、見方に満足する人が増加して、私たちの創造力はますます失われていく。どうして、こうも人は新しい考えを拒絶するのだろうと私は考えてみた。
理由①。自分の意見より、新しい意見を推す人が増えれば自分を支持してくれる人が誰もいなくなってしまう、ということに恐れを抱いているから。だから新しい意見に猛反発したり批判したりして、どんな行動をとっても新しい意見を潰そうと企んでしまう。意見というのは誰かに支持されることによって、初めて意見とよべる。発案者だけが支持する意見なんて、恰好悪いと思っている人が多いのだ。しかし、実際はそんなことはない。今では当たり前になった地動説、しかし昔では天動説が信じられていた。更に天動説に多少のほころびがあっても、天動説を支持する者は圧倒的に多く、たびたびそのほころびは無視されてきた。そんな中、出てきたのはガリレオ・ガリレイである。ガリレイは、木星の衛星、金星の満ち欠け、太陽の黒点などから地動説は正しいと確信し、地動説についての本を出版した。それを理由にガリレイは裁判にかけられてしまい、有罪判決を受ける。そして彼は「それでも、地球はまわっている」という有名な言葉を残し、亡くなってしまうのだ。ガリレイは一人でも(内密に支持したひともいるかもしれないが)、自分の意見をちゃんと持ち、結局その意見は正しかった。自分の意見に自信を持って、支持する人が減っても、新しい意見を叩き潰すのはいけないことだと思う。
理由②。自分の意見は正しいと思いこんでいるから。これは一番いけないことだと思う。思い込みというのはよく災難を引き起こすものだからである。自分の意見を正しいと思っている人は、自分の意見に陶酔して、素晴らしい意見を出した自分に自惚れているのだろう。もしくは、視野が狭く一方的な見方しか認められないのかもしれない。しかし、自分にだって盲点はあるだろう。他人の意見をきくことで「あっ」と思うことがあるに違いない。そして、その意見を認めるか、認めないかでその後の将来は大きく変わってしまうのだ。その意見を認めれば、より強力な意見ができ新しい見方に納得することができる。しかし、意地を張って自分の意見を押し通せばやがて決裂することだろう。他人の声に耳を傾ける広い心をもたないと、物事は進まないのだ。
しかし、どうしても負けられない相手に気づかされたことはなかなか認められないものだ。でも、そこで認める、強い心を持つひとが真の英雄、真の勝者となるのだろう。だから、私は物事をいろいろな角度から見るのはよいことだと思う。
順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
---|
1位 | ●他を認める | 闇の女帝 | 87 | 1316 | 58 | 89 | 91 | 89 |
2位 | ●レトリック感覚の重要性 | よっしー | 85 | 1548 | 52 | 62 | 75 | 83 |
3位 | ●矛盾… | バービー | 85 | 1184 | 68 | 60 | 73 | 81 |
4位 | ●あだ名はよい(清書) | コッペパン | 84 | 1139 | 53 | 69 | 80 | 92 |
5位 | ●「文字」と「映像」で | チョコボ | 84 | 1029 | 56 | 65 | 79 | 92 |
6位 | ●様々なところから見る | さおりん | 84 | 1687 | 57 | 57 | 76 | 87 |
7位 | ●友達と打ち解けたいあなたへ | R&Y | 84 | 1170 | 59 | 60 | 69 | 84 |
8位 | ●あだなはよいか | なつみかん | 83 | 1196 | 49 | 60 | 79 | 89 |
9位 | ●多角的な視点 | はるかぜ | 83 | 1054 | 59 | 66 | 76 | 90 |
10位 | ●矛盾は嫌なヤツ? | ことのは | 82 | 1308 | 62 | 61 | 89 | 87 |
4月の森リン大賞(中2の部77人中)
「私」の存在
hikari
「私」とは何のか、このことは人間にとって、もっとも根本的な「ふしぎ」である。外界と自分との比較で、「私」の存在意識がだんだんと分るようになり、そうすることで「私」の実感も生まれてくるのだ。「私」の「ふしぎ」を忘れた「たましい」を忘れたヒトにとって、それを理解してもらうという点で、そしてその「ふしぎ」を自分の物語にするという点でも、児童文学は重要な手段であると言えよう。
「私」は唯一の存在である。今の自分は、隣の誰かになることも、その人の未来、あるいは過去を歩んでいくことが不可能である。それが現世の理であり、変えることのできない事実なのである。
私の小学校時代の後輩に、U子とK子がいる。彼らは本当に瓜ふたつの一卵性双生児だ。本当に瓜ふたつ…とは言っても、どちらかがクローン人間、あるいはニセモノであるわけではない。性格や趣味や考え方、成績だって違う。U子は少しおてんばで、ピンク色が好きだが、K子はおっとりしていて水色が好きだ。ちなみに、最近聞いた話なのだが、二人とも中学受験をしたそうだ。ふたりとも同じ中学に行くものだと、周囲はてっきりそう思っていた。ところがどっこい、私立に進学したのはK子のみだったのだ。残念ながらU子は不合格だったそうだが、今では地元の中学に、元気に通っているとのことだ。二人が意気投合している姿は、私がまだ小学生だった頃には良く見かけられた。よく似通った彼らだが、一人ひとりが違う心を持った唯一の存在であることに、変わりはない。最近では中学が違うためか、二人を見ることが、めっきり減ってしまった。けれども、ふっとした時に見かける彼らの姿は一人ひとりが生き生きとして見えた。
けれども、自分と似通った存在だっている。「私」の「ふしぎ」を自分のモノ、つまり物語にするという時に、文学は非常に役立ってくれることは、前にも書いた。私の場合、「武士道シックスティーン」という物語を参考にさせていただいている。その物語は、剣道をする、二人の女子高生が主人公で、二人が交互に語り継いでいくという流れだ。私はその中の磯山香織という主人公の一人に共感している。私は剣道をしているが、目立った成績も持っていないし、さほど強くない。というより弱い。剣道オタクの彼女と私では、似ている所など、ほとんどない(と思う)。けれど、香織が、この先自分が剣道を続けていくかの道に迷った時、わたしはもの凄く彼女に共感できた。何故なら私も幾度なく、そんな経験をしたことがあるから。
私は剣道を、幼稚園生の頃から始めた。年が経つにつれてやめる人もいれば始める人もいて、終いにはごくわずかの人しか残らなかった。私は正直、なんで剣道をするのかよく分らなくて、けれどやめたら何かに負けてしまうような気がして、続けていた。私が中学に入ったら剣道以外の部活に入ろう、と決めたのは、小六の春。でも私は中一の春、剣道部に入部した。理由は簡単、結局私は、もうひとりの負けず嫌いな自分に負けられなかった、という訳だ。ただ、また以前と変わらない不安が、むくむくと頭をもたげてきた。そんな時、私は彼女に会ったのだ。自分と同じように悩む女の子。年や努力、実力の差はあっても、香織は私に答えの糸口を見つける手助けをしてくれた。何だかんだ言ったって、結局私は剣道が好きなんだ、と分らせてくれた。仲間が大好きなんだ、と。私に大切なことを教えてくれた彼女は今も、私の目標のような存在になって、助けてくれている。
このように、「私」の存在は、様々なとらえ方ができる。だが、最も大切なのは、「カメラマンは、レンズのほこりを払うまえに目のほこりを払わねばならない」というように、まずは自分の存在を、自分で理解する段階から見直していきたいと思う。
順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
---|
1位 | ●「私」の存在 | hikari | 86 | 1554 | 52 | 75 | 80 | 95 |
2位 | ●古いものと新しいもの | たけたけ | 85 | 1189 | 62 | 61 | 86 | 89 |
3位 | ●道草に道草 | 本因坊 | 84 | 1243 | 61 | 90 | 105 | 89 |
4位 | ●長所・短所の自己管理 | ピプリー | 84 | 1647 | 52 | 63 | 71 | 86 |
5位 | ●私 | かまむ | 83 | 993 | 59 | 78 | 85 | 83 |
6位 | ●大人と子どもの抱く「不思議」 | きとみ | 83 | 2057 | 58 | 62 | 66 | 87 |
7位 | ●私の「不思議」 | パダワン | 81 | 1045 | 51 | 66 | 77 | 74 |
8位 | ●新しいもの 古いもの | まりい | 79 | 876 | 52 | 64 | 72 | 84 |
9位 | ●利点が楽しみに | 201系 | 78 | 1494 | 51 | 86 | 105 | 93 |
10位 | ●a | かりる | 78 | 866 | 51 | 57 | 72 | 84 |
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4月の清書の森リン大賞が決まりました。
生徒のみなさんには、4.4週の「山のたより」に、自分の点数の推移と併せて掲載しています。
小5の「なぞのたびびと」君は、結びのダジャレをうまく工夫していますね。
4月の森リン大賞(小1の部34人中)
順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
---|
1位 | ●マーチ | きしせ | 60 | 287 | 38 | 44 | 56 | 80 |
2位 | ●おともだち | もっち | 60 | 272 | 41 | 43 | 52 | 87 |
3位 | ●体育のこと | きゆけ | 59 | 397 | 42 | 43 | 52 | 84 |
4位 | ●きゅうしょく | きおら | 59 | 322 | 38 | 43 | 52 | 77 |
5位 | ●きゅうしょく | きよれ | 59 | 268 | 38 | 43 | 50 | 81 |
6位 | ●バレエのリハーサルのこと | きけは | 57 | 108 | 37 | 50 | 48 | 80 |
7位 | ●すなば | くうり | 55 | 105 | 37 | 50 | 49 | 73 |
8位 | ●コンビニ | うらら | 55 | 106 | 37 | 50 | 49 | 73 |
9位 | ●だいめいなし | きらお | 55 | 107 | 37 | 50 | 49 | 67 |
4月の森リン大賞(小2の部88人中)
順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
---|
1位 | ●矢田川たんけんたい | みやまのはるかぜくん | 67 | 474 | 44 | 46 | 65 | 95 |
2位 | ●さあ行くぞ、水泳大会へ! | とらたいがくん | 66 | 510 | 39 | 56 | 76 | 84 |
3位 | ●まちきれなかった遠足 | ハリーポッター | 66 | 332 | 41 | 57 | 68 | 89 |
4位 | ●きょうはさむいね | こまつな あやめ | 66 | 394 | 46 | 44 | 56 | 96 |
5位 | ●なつかしかったしゃたく | きりと | 65 | 562 | 42 | 46 | 63 | 80 |
6位 | ●リトルシェフサークル | きりる | 65 | 437 | 41 | 46 | 60 | 89 |
7位 | ●おそうしき | ダイアナ | 65 | 610 | 41 | 43 | 59 | 86 |
8位 | ●かみのけをきったよ!! | おはなちゃん | 65 | 484 | 43 | 44 | 59 | 84 |
9位 | ●春休みの思い出 | リリー | 65 | 501 | 48 | 43 | 57 | 87 |
10位 | ●たのしかったな私の誕生日レオマワールド | ひゆあ | 65 | 389 | 41 | 51 | 56 | 87 |
4月の森リン大賞(小3の部136人中)
順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
---|
1位 | ●清書(十五分ゆめの中) | ふうこ | 71 | 729 | 44 | 59 | 71 | 84 |
2位 | ●がんばり坂の通学路 | レモネード | 71 | 804 | 46 | 53 | 71 | 87 |
3位 | ●そうじですっきり! | きけひ | 70 | 765 | 38 | 53 | 72 | 83 |
4位 | ●新しいクラス | おゆな | 69 | 831 | 47 | 48 | 69 | 76 |
5位 | ●たくさん旅をする実や種 | ちーちゃん | 69 | 545 | 42 | 50 | 68 | 86 |
6位 | ●学校へ行く道 | かなろ | 69 | 569 | 42 | 54 | 67 | 86 |
7位 | ●お花見は楽しい | すももちゃん | 69 | 851 | 41 | 45 | 64 | 84 |
8位 | ●つう学ろ | りすっぴ | 69 | 773 | 38 | 44 | 60 | 90 |
9位 | ●白いカラス | ひなた | 69 | 733 | 58 | 45 | 58 | 87 |
10位 | ●宮内先生から大原先生にかわって~! | ゆいゆ | 69 | 1105 | 51 | 45 | 57 | 86 |
4月の森リン大賞(小4の部137人中)
順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
---|
1位 | ●きけんなミイラ取り | さやか | 76 | 876 | 43 | 58 | 85 | 83 |
2位 | ●イタズラ ラララ | メゾピアノ | 75 | 876 | 48 | 49 | 83 | 81 |
3位 | ●ふしぎな時計 | レモン | 74 | 927 | 44 | 51 | 74 | 89 |
4位 | ●庭そうじ | ゆかり | 74 | 860 | 43 | 50 | 69 | 89 |
5位 | ●北海道の思い出いかめし | ショコラ | 74 | 1249 | 51 | 49 | 63 | 86 |
6位 | ●不思議な料理 | スヌーピー | 73 | 1104 | 47 | 47 | 65 | 77 |
7位 | ●ミイラになったら困っちゃう | クリスタル | 73 | 849 | 42 | 46 | 65 | 86 |
8位 | ●ミイラはちょっときらいです | なるちゃん | 73 | 789 | 46 | 49 | 62 | 86 |
9位 | ●大事けん発生 | フックー | 72 | 1102 | 42 | 45 | 69 | 81 |
10位 | ●動物たちの大きらいなシャンプー | なっち | 72 | 720 | 42 | 51 | 64 | 89 |
4月の森リン大賞(小5の部137人中)
くずかごのないくらし
なぞのたびびと
くずかごを持たない人はいないだろう。でも、くずかごはやはりただのくずかごだ。大きなくずなかごを部屋に置き、不必要なものを捨てて、日々のくらしの姿勢を作るべきだと筆者は言うが、ぼくは筆者の書いた、『たくさん捨てる』ということに反対だ。なぜ反対かは、たとえば日本人全員が、一日に百個のゴミを一年出したとすると、約五兆個にもなる。そんなことをしたら、ちりがつもれば山となるということわざのとおり、日本がゴミの国になってしまうではないか。いくら海をうめたてても、うめたてる場所には限りがある。いつだったか、清掃工場を見学した時に、案内役の作業員が、
「東京湾の最後のうめたて場所は、計算ではあと五十年したらなくなってしまうのです。」
と話していたのを思い出す。ぼくたちの子孫はいったいどうなるのだろうか。
しかし、筆者がなるべく手に入れないと書いたことには賛成だ。要るもの、たとえば、食料などは食べるためなら買っても良いだろう。なぜかというと、食べ物が無いとうえ死にしてしまうからだ。では、要らないものとは何だろう?月間お買い得品や、十個入りの商品など、まとめて買うとお得だからといって、まんじゅうでもチーズでも、今すぐ必要でないのに買ってしまうことがある。そして、食べないうちに賞味期限切れになる。それを捨てるのならば金をドブに捨てているようなものだ。それだったらそのお金をユニセフなどに寄付した方が、人が助かるのだからいいに決まっている。
ぼくの部屋にはゴミ箱が無い。この間、ぼくが学校から帰ると、
「このゴミ箱、ちょっと貸して。」
母が勝手に持って行ってしまった。母になぜゴミ箱を持ち出したかを聞いてみた。
「雄介の部屋以外からはゴミがよく出るんだけど、雄介のへやからはまったくゴミが出ないのよね。リビングのゴミ箱もいっぱいで足りなくなったの。買い直さないでも、雄介の部屋のゴミ箱を使えばいいと思ったから。」
ハァー。どうせこんなことだと思った。
「必要なとき、必要なものを、必要なだけ」というのがぼくの父の口ぐせだ。母は父の言うことを実行している。ぼくは、車を買うのに高い外車、家はお城みたいに広く、召使いさんまでついている家庭ではなくて良かったと思った。我が家のくらしがしゃんとしていることが、よくわかる。
「雄介。」
母が走って来た。
「クズクズしていないで、宿題しなさい!」
「ゴミんなさい。お母さぁ~ん。宿題、やるよぉ~。」
順位 | 題名 | ペンネーム | 得点 | 字数 | 思考 | 知識 | 表現 | 文体 |
---|
1位 | ●くずかごのないくらし | なぞのたびびと | 79 | 1020 | 52 | 69 | 94 | 83 |
2位 | ●何が必要で何が不必要か | ピッピ | 79 | 1094 | 48 | 54 | 70 | 84 |
3位 | ●わかれたって、いっしょだよ。 | ミント | 79 | 1109 | 44 | 53 | 68 | 87 |
4位 | ●九州最南端 鹿児島旅行 | さやの | 78 | 761 | 38 | 80 | 110 | 93 |
5位 | ●さよなら四年四組 | リラックマ | 78 | 1106 | 47 | 62 | 89 | 90 |
6位 | ●目立たなくても大切な物 | まーりん | 78 | 1146 | 51 | 49 | 70 | 83 |
7位 | ●お別れ会 | シャーロック・ホームズ | 77 | 809 | 41 | 65 | 81 | 86 |
8位 | ●くずかご学 | ぴょんぴょん | 76 | 1328 | 46 | 47 | 70 | 93 |
9位 | ●ピンチ! | はなはな | 76 | 812 | 53 | 55 | 66 | 83 |
10位 | ●くずかごの話を読んで | らんら | 76 | 908 | 59 | 51 | 61 | 89 |
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国語の模試の結果が返ってきたときに、意外に点数が低くて驚くということがあります。それは、普段の学校のテストと比べて、傾向と難度が違うためです。
模試のように難度の高い問題を、学校のテストのように易しい問題のつもりで解くと、ほとんど×になるという場合があります。だから、模試の準備ということは必要ありませんが、どういう難度で出るか知っていた方が、本当の実力がわかります。
では、テストが返ってきたあとは、どのように見直しをしたらいいのでしょうか。
例えば、選択肢の問題で、1、2、3、4とあって、3が正解の場合、「なぜ3が正解なのか」ということを理解するだけでは不十分です。「なぜ、1と2と4がそれぞれ不正解なのか」ということを、個別に取り上げて理屈で説明できるようにしておく必要があります。そこで、もし親が理屈で説明しきれないような問題であれば、それはできなくてもよい問題と考えておきます。
そして、そのあと、子供がテストをするときは、いつも同じように理詰めに解くスタイルを守らせるようにします。
中高生で、テストの問題部分がきれいなままの子がかなりいます。選択肢の問題の場合は、ひとつひとつの選択肢の文に、傍線や×や△や?をつけて、自分がどのような考えでその選択肢を選択したか、又は、選択しなかったかということがわかるようにしておきます。そういう解き方をして初めて、そのテストが返ってきたときに、間違いを次の勉強に生かしていくことができるのです。
ですから、模試などの場合は特に、判断しかねる問題は勘で選ぶようなことはせず、空欄のまま残しておいて×にしてもらった方が実力がつきます。
国語のテストは、解き方が半分、実力が半分です。ということは、実力だけでも、解き方のコツを知るだけでも十分ではないということです。
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今日は、ちょっと大きな話です。
言葉の森は、作文教室としてスタートしました。国語教室や学習塾のようなものではなく、作文教室として始めたのは、作文以外の勉強というものはほとんどが独学で可能だと思っていたからです。
音楽やスポーツなどの分野は独学が難しい面がありますが、作文も同様に独学がかなり難しいという面があります。その要因はまず、自分では自分の書いた文章が評価できないということです。また、文章を書くというのは、あらたまったものになると大きな精神的エネルギーが必要になります。しかも、文章を書くということについての方法論が、「三多」や「起承転結」のようなもの以外にあまりありませんでした。
しかし、その後、いろいろな試行錯誤の結果、現在その最も難しい作文指導で、基本的な道筋ができたと思います。まだ、意欲化という点で不十分なところがありますが、作文指導の大きな流れはもう既にできています。
そこで、このあと考えているのは、作文以外のトータルな教育についてです。
教育というものを大きく考えると、四つの分野に分けられると思います。
第一は、科学的なものです。ここには、現在の勉強の多くが含まれます。特に、理科や社会の関係の勉強は、テキストを読んで内容を把握することが学習の基本になります。現在の無駄の多い、重箱の隅をつつくような教材を廃して、もっと精選された教材で能率よく吸収する方法があると思います。
第二は、哲学的なものです。これは、現在の作文を発展させたもので、数学のようなものも一部に入る、考える力をつける勉強になります。
第三は、工学的なものです。ここには、技術、美術、音楽、語学、プログラミングなどが含まれます。つまり、手足や道具やシステムを自分の意志と一体のものとして自由に動かす技能を身につける勉強です。これも、現在は、一部の才能ある人だけがその分野を楽しめるような狭い世界になっていますが、だれでも日常的にできるものにしていく必要があります。音楽も、絵画も、日曜大工も、料理も、プログラミングも、気ままに自由にハイレベルでできるようになるというのが、工学の教育のイメージです。
第四は、心身的なものです。ここには、保健、体育、倫理、道徳などが含まれます。これは、人間の健康、幸福、愛、美、楽、笑などの分野です。
これらの四つの分野で、今最も未開拓の分野が、心身の教育だと思います。
心身の教育の目的は、ひとことで言えば、願ったことを実現する力を育てることだとも言えます。自分がもっと健康で、幸福で、美しく、楽しく生きたいという願いを実現する力を育てる教育です。それをファンタジーのレベルではなく、教育的な方法論をもって成立させることが、今後の課題です。
人間というものは、考えてみると、不自由な存在です。それは、身体と言語と感情と感覚に制約されているからです。しかし、同時に、その制約が人間の創造性の源になっています。だから、それらの制約をうまく組み合わせるシステムとしての文化が必要です。
生物の世界では、何十万年という歴史の中で、現在見られるようなほぼ完成された生態系が作られてきました。目に見えないようなバクテリアも含めて、地球上の生物が大きなシステムの中で多様に生きているのです。
その生態系が、人間にあっては文化にあたります。今、欧米文明というひとつの文化的生態系の限界が明らかになりつつあります。それは、単に、環境保護の心構えや工夫だけで済む問題ではなく、欧米文明が立脚している根本的な哲学そのものに問題があるのではないかと思います。
その欧米の哲学に対置できるのが、この島国で数千年に及ぶ平和と英知の文化を築き上げてきた日本の存在です。しかし、それを単に、日本のローカルな自慢にとどめるのではなく、日本文化を世界的なレベルにまで抽象化する必要があります。日本文化の特徴の一つは、言挙げをしないことでした。しかし、阿吽の呼吸というような世界は、すぐには普遍的な文化にはなりません。
これからの新しい学校の目的は、トータルな教育に加えて、日本、それもローカルな日本ではなく、抽象化された日本を世界に伝えることにもなると思います。
以上、やはりちょっと大きくなりすぎたか。(^^ゞ
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公立中高一貫校では、作文の試験があります。言葉の森では、9月ごろから志望校の過去問に合わせた課題で作文を書く「受験コース」が始まります。このコースは、高校入試、大学入試についても同様です。
作文は、答えというものが一つではない世界なので、自分なりに考えて書いていくことが大切です。
作文の勉強には、字数、構成、題材、表現、主題、表記などの分野があります。このうち、字数、構成、表現、表記については、練習を重ねていけば力がつきます。しかし、題材と主題に関しては、生徒の側の事前の準備が必要になってきます。ここが、自分で考える要素になるのです。
事前の準備でいちばんよい方法は、テーマを見て、お父さんやお母さんが一緒に対話をしてあげることです。「もし、お父さんだったらどうするか……」「お母さんも、子供のころ、こんな話が……」という話をしていくのです。
ところで、小学校6年生以上でそのような話をオープンにできるようにするためには、小学校1、2年生のころから、家族での対話が日常生活で自然に行われている必要があります。
小学校の低中学年では、暗唱や音読の自習を聞いてあげる時間があります。そのとき、お父さんやお母さんは、「次の週の課題で、作文はどんなことを書くのか」ということも聞いてあげてください。また、小学校3年生以上は、題名課題や感想文課題になっているので、次の週の課題を聞いて、それに関連した話をお父さんやお母さんがしてあげることもできます。
このような家族での対話が、子供が自分で考える土台になっていくのです。
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15日(土)午前10時から17日(月)午前10時まで、サーバー故障のため、要望受付などからのメールが受信できていません。
もし、この期間に要望受付のページからメールを送られた方は、再度ご連絡くださるようお願いいたします。
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これまで、読書の大切さを書いてきました。ひとことで言えば、作業的な勉強、つまりできる問題をただ解くような勉強をするよりも、読書をする方が頭がよくなるということを説明してきました。
しかし、ここで考える必要があるのは、読書だけでは考える力を育てるのには不十分だということです。
例えば、よく本を読んでいる子の中でも、なるほどよく考えていると思わせる子がいる一方で、ただ読書の量が多いだけで、作文を読んでもあまり考えているようには見えない子がいるという問題があります。
一般に、考える子は、本を読むのに時間がかかることがあります。考えながら読むので、速くは読めない本があるのです。ところが、そういう本でも同じペースで読み終える子がいます。それは、考えずに読んでいるからです。
考えずに読んでいる子の作文は、下手ではありませんが、あまり面白くはありません。つまり、創造性が感じられないのです。(もちろん、それは固定的なものではありません)
では、その創造性はどこから来るのでしょうか。その前に、創造性とは何かということについて考える必要があります。
創造性とは、似ているものの異なる面、異なるものの似ている面を見る力です。両者の間にある隙間を発見することが創造性です。
読書は、材料を提供しますが、考える力のない子は、AとBの二つの材料の間にギャップを感じません。AはAとしてそのまま受け取り、BはBとしてそのまま受け取り、AとBを並列的に読みます。それは、なぜかというと、ABそれぞれの読み取り方が浅いからです。
例えると、ゾウという書物を読むのに、鼻と耳と脚を別々に読み取って、ゾウという全体像を読み取っていないということです。つまり、浅い読み方とは、狭い範囲で読み取ったことをただ集めたという読み方で、深い読み方とは広い範囲をひとつの全体として読む読み方です。この広く深く読む力は、別の言葉で言うと、抽象的なレベルにまで深めて読む力ということができます。
現代の受験の仕組みでは、試験に受かるための頭のよさは、主に記憶力のよさと結びついています。しかし、本当の頭のよさとは、ディベートをする頭のよさです。これは、物事を構造的に抽象化して読む力です。
では、そういう読む力はどこから来るのでしょうか。それは、1冊の本を何度も繰り返して読み、その本を全体的に把握することによって身につきます。
何度も繰り返して、その本を全体的に読み取るためには、その本自体に本物の深みがあることも必要ですが、本のレベル以上に大事なことは、繰り返して読むことそのものです。繰り返し同じ本を読むことによって、広く深く本質的に読む力がついてきます。
この繰り返して読む効果を抽出した勉強法が、言葉の森で現在行っている長文暗唱という練習です。
人間の思考力は、生まれつきはそれほど変わりません。変わるのは、思考力を育てるコツを知っているかどうかです。そのコツとは、小中学生の時期に繰り返して読む力をつけることです。
多読で材料を広げ、暗唱で思考力を深めるということが、これからの勉強の重要な柱になってきます。考える力を育てることによって、初めて読書の豊かな材料が生きてくるのです。
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構成図は、作文を書く前に、自分が考えついたことを全部並べてみるという方法です。
考える分野が未知のものであるほど、途中でいろいろな仮説が出てきます。どのような理由や方法や原因や対策があるかという仮説です。
ここでいくつかの仮説の候補が出てきたときに、Oリングテストを使えるのではないかというのが、今考えていることです。
以前、「パワーかフォースか」(デヴィッド・R・ホーキンズ著)という本を読み、アメリカにキネシオロジーという手法があることを知りました。
Oリングテストは、あるものが身体によいかどうかということを、筋肉の反応に聞くという手法です。ホーキンズのキネシオロジーは、これを身体だけではなく、社会現象にまで拡張したものです。
しかし、社会現象まで広げると、恣意的な要素が出てきます。現に、ホーキンズのキネシオロジーは、アメリカ文化の影響を強く受けています。つまり、アメリカ人の価値観や集合意識に、結果がかなり影響されているのです。
しかし、そういう限界を見きわめた範囲で使えば、これらの手法は、思考の無駄な遠回りを減らすことができるのではないかと思いました。つまり、間違った仮説で考えを深めることが少なくなるのではないかということです。
ところで、Oリングテストやキネシオロジーがなぜ可能なのかというこは、まだ立証されていません。Oリングテストは、米国で特許を取得するなどその効果は実証されていますが、仕組みは実はよくわかっていません。科学として考えるためには、物理的な因果関係が必要になりますが、物理的な媒体がまだ見つかっていないのです。
そこで、ここは発想を変えて、これらの手法を、科学の問題としてではなく、哲学と工学の問題として考えていけばよいのではないかと思います。つまり、理屈はまだわからないが、何しろ役立てばよいという考えです。
では、具体的にどうするかというと、あることを考えるために構成図を書いた場合、途中で仮説がいくつか出てきます。すると、それらをOリングテストやキネシオロジーでチェックします。そこで、いちばん妥当性が高いものを中心に考えを進めていくということです。
また、自分ではよい考えだと思っていても、Oリングテストやキネシオロジーなどでチェックをすると、それほどの結果が出ないことがあります。それは、まだ考えを深める余地があると見ることができます。
Oリングテストやキネシオロジーは、ひとりでものを考えるときのよい相談相手になるという感じで使っていけるのではないかと思います。
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