面白長文集














 この長文集には、小学3年生ぐらいまでの生徒が楽しく読める説明的な文章を掲載しています。

  などとついている番号は、100字程度のまとまりで暗唱する生徒のためにつけてあります。
 
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 むかし、田んぼにはナマズやドジョウなどの生き物い ものがたくさんすんでいました。しかし、戦後せんご、これらの生き物い もの急速きゅうそく減っへ てしまいました。その原因げんいんの一つは、田んぼの水路すいろがコンクリートなどで固めかた られたために生き物い ものがすみにくくなったことです。もう一つの原因げんいんは、田んぼに、強い農薬のうやくがまかれたためにやはり生き物い ものがすみにくくなったことです。
 田んぼには、いねを弱らせてしまう虫が発生はっせいします。たとえば、ウンカです。梅雨つゆのころ、雲に乗っの て中国からやってくるウンカは、日本の田んぼで数を増やしふ  いねしる吸っす てつぎからつぎへと枯らしか  てしまいます。ひどいときは、田んぼのいね全滅ぜんめつしてしまうほどです。今年もウンカの大発生はっせいか。ウンカ悪いわる なあなどと言ってはいられません。またヨコバイも、いね病気びょうきをうつすやっかいな虫です。農薬のうやくをまくことで、一時てき害虫がいちゅうの力を抑えおさ 増えふ 方を横バイよこ  にすることはできますが、虫たちが農薬のうやく抵抗ていこうせい持ちも 、やがて前よりも農薬のうやくに強くなってしまうという問題もんだいがあります。 
 また、農薬のうやくをまいたあと、ぎゃくにウンカが大発生はっせいしてしまうこともあります。その理由りゆうは、農薬のうやくによって、ウンカやヨコバイを食べるクモやアメンボなどの天敵てんてき減っへ てしまうからです。
 そこで、農薬のうやく使わつか ないでいね育てるそだ  方法ほうほうがいろいろと考えられてきました。その一つは、小ブナを田んぼに泳がせるおよ   ことで、害虫がいちゅうを食べてもらったり、草取りくさと 手伝ってつだ てもらったりする方法ほうほうです。草取りくさと 農家のうかにとってはたいへんな重労働じゅうろうどうですが、コイやフナが田んぼを泳ぎおよ まわっていると、水がかきまわされてにごるので、雑草ざっそうが生えにくくなるのです。小ブナのおかげで、農薬のうやくもほとんど使わつか ずにすみます。 
 田んぼにアイガモを飼っか て、害虫がいちゅうを食べさせるという方法ほうほうもあります。アイガモは、いね天敵てんてきであるウンカのたまごまで食べてし
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まうので、殺虫さっちゅうざい不要ふようです。雑草ざっそうは、水かきでけられたり、食べられたりして、生えてこなくなります。その上、アイガモのふんは、とてもいい肥料ひりょうになるので、化学かがく肥料ひりょうをやらなくてもすむのです。まさに一石二鳥。アイガモを使うつか 方法ほうほうはいかがですか。「あ、いいカモ!」

 言葉ことばの森長文ちょうぶん作成さくせい委員いいん会(κ)
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あし

 二ひきの馬が、まどのところでぐうるぐうるとひるねをしていました。
 すると、すずしい風がでてきたので、一ぴきがくしゃめをしてめをさましました。
 ところが、あとあしがいっぽんしびれていたので、よろよろとよろけてしまいました。
「おやおや。」
 そのあしに力をいれようとしても、さっぱりはいりません。
 そこでともだちの馬をゆりおこしました。
「たいへんだ、あとあしを一本、だれかにぬすまれてしまった。」
「だって、ちゃんとついてるじゃないか。」
「いやこれはちがう。だれかのあしだ。」
「どうして。」
「ぼくの思うままに歩かないもの。ちょっとこのあしをけとばしてくれ。」
 そこで、ともだちの馬は、ひづめでそのあしをぽォんとけとばしました。
「やっぱりこれは、ぼくのじゃない、いたくないもの。ぼくのあしならいたいはずだ。よし、はやく、ぬすまれたあしをみつけてこよう。」
 そこで、その馬はよろよろと歩いてゆきました。
「やァ、椅子いすがある。椅子いすがぼくのあしをぬすんだのかもしれない。よし、けとばしてやろう、ぼくのあしなら、いたいはずだ。」
 馬はかたあしで、椅子いすのあしをけとばしました。
 椅子いすは、いたいとも、なんともいわないで、こわれてしまいました。
 馬は、テーブルのあしや、ベッドのあしを、ぽんぽんけってまわりました。けれど、どれもいたいといわなくて、こわれてしまいました。
 いくらさがしてもぬすまれたあしはありません。
「ひょっとしたら、あいつがとったのかもしれない。」
と馬は思いました。
 そこで、馬は、ともだちの馬のところへかえってきました。そして、すきをみて、ともだちのあとあしをぽォんとけとばしました。
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 するとともだちは、
「いたいッ。」
とさけんでとびあがりました。
「そォらみろ、それがぼくのあしだ。きみだろう、ぬすんだのは。」
「このとんまめが。」
 ともだちの馬は力いっぱいけかえしました。
 しびれがもうなおっていたので、その馬も、
「いたいッ。」
と、とびあがりました。
 そしてやっとのことで、じぶんのあしはぬすまれたのではなく、しびれていたのだとわかりました。

新美にいみ南吉なんきち童話どうわ作品さくひんしゅう
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きつねのつかい

 山のなかに、さる鹿しかおおかみきつねなどが、いっしょにすんでおりました。
 みんなはひとつのあんどんをもっていました。紙ではった四角な小さいあんどんでありました。
 夜がくると、みんなはこのあんどんにあかりをともしたのでありました。
 あるひの夕方、みんなはあんどんのあぶらがもうなくなっていることに気がつきました。
 そこでだれかが、村の油屋あぶらやまであぶらを買いにゆかねばなりません。さてだれがいったものでしょう。
 みんなは村にゆくことがすきではありませんでした。村にはみんなのきらいな猟師りょうしと犬がいたからであります。
「それではわたしがいきましょう」
とそのときいったものがありました。きつねですきつねは人間の子どもにばけることができたからでありました。
 そこで、きつねのつかいときまりました。やれやれとんだことになりました。
 さてきつねは、うまく人間の子どもにばけて、しりきれぞうりを、ひたひたとひきずりながら、村へゆきました。そして、しゅびよくあぶらを一合かいました。
 かえりにきつねが、月夜のなたねばたけのなかを歩いていますと、たいへんよいにおいがします。気がついてみれば、それは買ってきたあぶらのにおいでありました。
「すこしぐらいは、よいだろう。」
といって、きつねはぺろりとあぶらをなめました。これはまたなんというおいしいものでしょう。
 きつねはしばらくすると、またがまんができなくなりました。
「すこしぐらいはよいだろう。わたしのしたは大きくない。」
といって、またぺろりとなめました。
 しばらくしてまたぺろり。
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 きつねしたは小さいので、ぺろりとなめてもわずかなことです。しかし、ぺろりぺろりがなんどもかさなれば、一合のあぶらもなくなってしまいます。
 こうして、山につくまでに、きつねあぶらをすっかりなめてしまい、もってかえったのは、からのとくりだけでした。
 待っま ていた鹿しかさるおおかみは、からのとくりをみてためいきをつきました。これでは、こんやはあんどんがともりません。みんなは、がっかりして思いました、
「さてさて。きつねをつかいにやるのじゃなかった。」
と。

新美にいみ南吉なんきち童話どうわ作品さくひんしゅう
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 冷蔵庫れいぞうこがまだあまり普通ふつう家庭かていにはなかったころ、冷蔵庫れいぞうこには、どくがあって危険きけん物質ぶっしつ使わつか れていました。この物質ぶっしつは、液体えきたいからガスに変わるか  ときに周りまわ 冷やすひ  性質せいしつ持っも ていました。
 しかし、このように危険きけん物質ぶっしつを、家庭かていにおく冷蔵庫れいぞうこ使うつか わけにはいきません。そこで、何かいい方法ほうほうはないものかと、研究けんきゅうが行われました。その結果けっか、フロンという新しい物質ぶっしつが見つかりました。
 フロンは、色も匂いにお もない物質ぶっしつで、安定あんていした性質せいしつ持っも ています。性質せいしつ安定あんていしているということは、ほかのものといっしょにしても、ほとんど反応はんのう起こさお  ないということです。また、燃えるも  こともないので、火事かじ心配しんぱいがありません。さらに、簡単かんたん液体えきたいにしたりガスにしたりできるので、取り扱いと あつか も楽です。そして、安くやす 作ることができるのも、大きな長所ちょうしょでした。
 こうして、フロンは「20世紀せいき最大さいだい発明はつめい」として歓迎かんげいされ、世界中せかいじゅう使わつか れるようになっていきました。フロンは、まさに時代じだいのフロンティア(最前線さいぜんせん)でした。
 日本では特にとく 精密せいみつ機械きかいの工場で、部品ぶひん洗うあら のに使わつか れました。普通ふつうの水にはゴミやほこりが溶けと こんでいるため、精密せいみつ機械きかいの工場では使えつか なかったのです。
 しかし、こんなに長所ちょうしょばかりがあると思われたフロンに、意外いがい欠点けってんがあることがわかってきました。地球ちきゅうの上空にあるオゾンそうを、フロンが破壊はかいするということがわかってきたのです。
 フロンの長所ちょうしょである安定あんていした性質せいしつが、ぎゃく欠点けってんにもなっていたのです。フロンは壊れこわ にくく、ほかのものと反応はんのうもしないため、そのままガスとなって空気中に出て行きます。そして空の高いところまで行くと、太陽たいようの強力な紫外線しがいせんによって初めてはじ  分解ぶんかいされることになります。そのときに、フロンから出た塩素えんそがオゾンそう壊しこわ ていくのです。
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 オゾンそうは、太陽たいようの強力な紫外線しがいせんから地球ちきゅう上の生き物い もの守っまも ているバリアのようなものです。このバリアが壊さこわ れると、紫外線しがいせん地球ちきゅう上に降り注ぎふ そそ 生き物い ものに大きながい与えあた ます。こうして、ヒーローだったはずのフロンは、いつの間にか悪者わるものになってしまいました。
 しかし、人間が破壊はかいしたものは、人間の手によって修復しゅうふくできるはずです。オゾンそう破壊はかいすることは、人間にとってオーゾン(大損おおぞん)ですから、今、世界中せかいじゅうでオゾンそう守るまも 対策たいさく進めすす られています。

「フロンさん、元気出してね。きみ悪いわる わけじゃなく、たまたまオゾンくんなか悪かっわる  ただけなんだから。」
「うん、フロン、がんばる。フロンでも(ころんでも)ただでは起きお ないわ。」
「そう。オゾンくんも、だんだん元気が出てきたようだから。」
「オイゾンも、これからがんばって、紫外線しがいせんからみんなを守るまも でごわす。」
 フロー、フロー、オゾン!

 言葉ことばの森長文ちょうぶん作成さくせい委員いいん会(τ)
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かにのしょうばい

 かにがいろいろ考えたあげく、とこやをはじめました。かにの考えとしてはおおできでありました。
 ところで、かには、
「とこやというしょうばいは、たいへんひまなものだな。」
と思いました。と申しもう ますのは、ひとりもお客 きゃくさんがこないからであります。
 そこで、かにのとこやさんは、はさみをもって海っぱたにやっていきました。そこにはたこがひるねをしていました。
「もしもし、たこさん。」
かにはよびかけました。
 たこはめをさまして、
「なんだ。」
といいました。
「とこやですが、ごようはありませんか。」
「よくごらんよ。わたしの頭に毛があるかどうか。」
 かにはたこの頭をよくみました。なるほど毛はひとすじもなく、つるんこでありました。いくらかにがじょうずなとこやでも、毛のない頭をかることはできません。
 かには、そこで、山へやっていきました。山にはたぬきがひるねをしていました。
「もしもし、たぬきさん。」
 たぬきはめをさまして、
「なんだ。」
といいました。
「とこやですがごようはありませんか。」
 たぬきは、いたずらがすきなけものですから、よくないことを考えました。
「よろしい、かってもらおう。ところで、ひとつやくそくしてくれなきゃいけない。というのは、わたしのあとで、わたしのお父さんの毛もかってもらいたいのさ。」
「へい、おやすいことです。」
 そこで、かにのうでをふるうときがきました。
 ちょっきん、ちょっきん、ちょっきん。
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 ところが、かにというものは、あまり大きなものではありません。かにとくらべたら、たぬきはとんでもなく大きなものであります。その上、たぬきというものは、からだじゅうが毛むくじゃらであります。ですから、仕事しごとはなかなかはかどりません。かには口からあわをふいていっしょうけんめいはさみをつかいました。そして三日かかって、やっとのこと仕事しごとはおわりました。
「じゃ、やくそくだから、わたしのお父さんの毛もかってくれたまえ。」
「お父さんというのは、どのくらい大きなかたですか。」
「あの山くらいあるかね。」
 かにはめんくらいました。そんなに大きくては、とてもじぶんひとりでは、まにあわぬと思いました。
 そこでかには、じぶんの子どもたちをみなとこやにしました。子どもばかりか、まごもひこも、うまれてくるかにはみなとこやにしました。
 それでわたくしたちが道ばたにみうける、ほんに小さなかにでさえも、ちゃんとはさみをもっています。

新美にいみ南吉なんきち童話どうわ作品さくひんしゅう
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ひとつの火

 わたしが子どもだったじぶん、わたしの家は、山のふもとの小さな村にありました。
 わたしの家では、ちょうちんやろうそくを売っておりました。
 あるばんのこと、ひとりのうしかいが、わたしの家でちょうちんとろうそくを買いました。
「ぼうや、すまないが、ろうそくに火をともしてくれ。」
と、うしかいがわたしにいいました。
 わたしはまだマッチをすったことがありませんでした。
 そこで、おっかなびっくり、マッチのぼうのはしの方をもってすりました。すると、ぼうのさきに青い火がともりました。
 わたしはその火をろうそくにうつしてやりました。
「や、ありがとう。」
といって、うしかいは、火のともったちょうちんを牛のよこはらのところにつるして、いってしまいました。
 わたしはひとりになってから考えました。
 ――わたしのともしてやった火はどこまでゆくだろう。
 あのうしかいは山の向こうむ  の人だから、あの火も山をこえてゆくだろう。
 山の中で、あのうしかいは、べつの村にゆくもうひとりの旅人たびびとにゆきあうかもしれない。
 するとその旅人たびびとは、
「すみませんが、その火をちょっとかしてください。」
といって、うしかいの火をかりて、じぶんのちょうちんにうつすだろう。
 そしてこの旅人たびびとは、よっぴて山道をあるいてゆくだろう。
 すると、この旅人たびびとは、たいこやかねをもったおおぜいのひとびとにあうかもしれない。
 その人たちは、
「わたしたちの村のひとりの子どもが、きつねにばかされて村にかえってきません。それでわたしたちはさがしているのです。すみませんが、ちょっとちょうちんの火をかしてください。」
といって旅人たびびとから火をかり、みんなのちょうちんにつけるだろう。長いちょうちんやまるいちょうちんにつけるだろう。
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 そしてこの人たちは、かねやたいこをならして、山や谷をさがしてゆくだろう。

 わたしはいまでも、あのときわたしがうしかいのちょうちんにともしてやった火が、つぎからつぎへうつされて、どこかにともっているのではないか、とおもいます。


新美にいみ南吉なんきち童話どうわ作品さくひんしゅう
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 ここに茶わんが一つあります。中には熱いあつ がいっぱいはいっております。ただそれだけではなんのおもしろみもなく不思議ふしぎもないようですが、よく気をつけて見ていると、だんだんにいろいろの微細びさいなことが目につき、さまざまの疑問ぎもん起こっお  て来るはずです。ただ一ぱいのこのでも、自然しぜん現象げんしょう観察かんさつ研究けんきゅうすることの好きす な人には、なかなかおもしろい見物みものです。
 だい一に、めんからは白いげが立っています。これはいうまでもなく、熱いあつ 水蒸気すいじょうき冷えひ て小さなしずくになったのが無数むすう群がっむら  ているので、ちょうど雲やきりと同じようなものです。この茶わんを縁側えんがわ日向ひなた持ち出しも だ て、日光をげにあて、向こうむ  がわに黒いぬのでもおいてすかして見ると、しずくつぶの大きいのはちらちらと目に見えます。場合により、つぶがあまり大きくないときには、日光にすかして見ると、げの中に、にじのような、赤や青の色がついています。これは白いうす雲が月にかかったときに見えるのとたようなものです。この色についてはお話しすることがどっさりありますが、それはまたいつかべつのときにしましょう。
 すべて全くまった 透明とうめいなガス体の蒸気じょうきしずくになるさいには、必ずかなら 何かそのしずくしんになるものがあって、そのまわりに蒸気じょうき凝っこ てくっつくので、もしそういうしんがなかったら、きり容易よういにできないということが学者がくしゃ研究けんきゅうでわかって来ました。そのしんになるものは通例つうれい顕微鏡けんびきょうでも見えないほどの、非常ひじょうに細かいちりのようなものです。空気中には、それが自然しぜんにたくさん浮遊ふゆうしているのです。空中に浮かんう  でいた雲が消えき てしまったあとには、今言ったちりのようなものばかりが残っのこ ていて、飛行機ひこうきなどでよこからすかして見ると、ちょうどけむりが広がっているように見えるそうです。
 茶わんから上がるげをよく見ると、熱いあつ かぬるいかが、おおよそわかります。締め切っし き へやで、人の動き回らうご まわ ないときだと
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ことによくわかります。熱いあつ ですとげの温度おんどが高くて、周囲しゅういの空気に比べくら てよけいに軽いかる ために、どんどん盛んさか に立ちのぼります。反対はんたいがぬるいと、勢いいきお が弱いわけです。温度おんどを計る寒暖計かんだんけいがあるなら、いろいろ自分でためしてみるとおもしろいでしょう。もちろんこれは、まわりの空気の温度おんどによっても違いちが ますが、おおよその見当はわかるだろうと思います。

(寺田寅彦とらひこ 大正十一年五月、赤い鳥)

※「通常つうじょうしんという字が遣わつか れることが多いと思いますが原本は「しん」となっています。
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 哺乳類ほにゅうるいの赤ちゃんは、母親からミルクを与えあた られて育ちそだ ます。動物どうぶつのミルクの成分せいぶんは、みな同じではなく、それぞれに特徴とくちょうがあります。たとえば、オランウータンやチンパンジーなどは、母親がいつも子供こどものそばにいてミルクを与えるあた  ことができる生活をしているので、ミルクは薄くうす たんぱく質    しつ脂肪しぼうが少なくなっています。
 ところが、ライオンなどの狩りか に出かける動物どうぶつは、母親が何時間も留守るすにするため、その間は子供こどもにミルクを与えるあた  ことができません。長時間子供こどものおなか満たしみ  ておく必要ひつようがあるので、ミルクは濃くこ たんぱく質    しつ脂肪しぼうをたくさん含んふく でいます。
 また、寒いさむ 地方や水中にすむ動物どうぶつは、体温たいおんをうばわれないように、皮膚ひふの下にたくさんの脂肪しぼうをたくわえています。この仲間なかまであるアザラシやアシカのミルクはとても濃くこ 脂肪しぼうがたくさん含まふく れています。
 クジラやイルカの赤ちゃんは、水中でミルクを飲みの ますが、まだ赤ちゃんなので長時間もぐっていることができません。そこで、短いみじか 時間でもたくさんの栄養えいよう取れると  ように、やはり濃いこ ミルクになっています。
 人間のおなかなかには、たくさんの細菌さいきんがすんでいて、その中には役に立つやく た ものと病気びょうきのもとになるものがあります。赤ちゃんのおなかなかにも、生まれて間もなく、さまざまな細菌さいきんがすみつきはじめます。母乳ぼにゅうには、赤ちゃんにとって役に立つやく た 微生物びせいぶつ増えるふ  ための成分せいぶんや、病気びょうきのもとになる細菌さいきん増やさふ  ないようにする成分せいぶんが入っていて、赤ちゃんの健康けんこう保つたも 大きなやく割りわ 果たしは  ています。
 赤ちゃんが生まれて間もないころの母乳ぼにゅうは、初乳しょにゅう呼ばよ れています。人間の体には、外から入ってきた病気びょうきのもとを撃退げきたいするための免疫めんえきというシステムがありますが、生まれたばかりの赤ちゃんは、まだ免疫めんえき十分じゅうぶん持っも ていません。初乳しょにゅうには、お母さんが
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持っも ている免疫めんえき物質ぶっしつがふくまれていて、それが赤ちゃんの体の中で吸収きゅうしゅうされて、いろいろな病気びょうきから赤ちゃんを守っまも ているのです。

 おっぱいには、このようにいろいろなものがいっぱい入っています。
 しかし、赤ちゃんが大きくなり、自分でご飯 はんが食べられるようになると、やがて赤ちゃんは自分の力で生きていくようになります。
 そこで、「おっぱいさん、グッパーイ」となるわけです。

 言葉ことばの森長文ちょうぶん作成さくせい委員いいん会(κ)
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 つぎげが上がるときにはいろいろのうずができます。これがまたよく見ているとなかなかおもしろいものです。線香せんこうけむりでもなんでも、けむりの出るところからいくらかの高さまではまっすぐにのぼりますが、それ以上いじょうけむりがゆらゆらして、いくつものうずになり、それがだんだんに広がり入り乱れい みだ て、しまいに見えなくなってしまいます。茶わんのげなどの場合だと、もう茶わんのすぐ上から大きくうずができて、それがかなり早く回りながら上って行きます。
 これとよくうずで、もっと大きなのがにわの上なぞにできることがあります。春先などのぽかぽか暖かいあたた  日には、前日雨でもふって土のしめっているところへ日光が当たって、そこから白いげが立つことがよくあります。そういうときによく気をつけて見ていてごらんなさい。げは、えんの下や垣根かきねのすきまから冷たいつめ  風が吹き込むふ こ たびに、よこになびいてはまた立ち上ります。そして時々大きなうずができ、それがちょうど竜巻たつまきのようなものになって、地面じめんから何しゃくもある、高いはしらの形になり、非常ひじょうはやさで回転かいてんするのを見ることがあるでしょう。
 茶わんの上や、庭先にわさき起こるお  うずのようなもので、もっと大仕掛けしか なものがあります。それは雷雨らいうのときに空中に起こっお  ている大きなうずです。陸地りくちの上のどこかの一地方が日光のために特別とくべつにあたためられると、そこだけは、地面じめんから蒸発じょうはつする水蒸気すいじょうき特にとく 多くなります。そういう地方のそばに、割合わりあい冷たいつめ  空気におおわれた地方がありますと、前に言った地方の暖かいあたた  空気が上がって行くあとへ、入り代わりか  にまわりの冷たいつめ  空気が下から吹き込んふ こ で来て大きなうずができます。そしてひょうがふったりかみなりが鳴ったりします。
 これは茶わんの場合に比べるくら  仕掛けしか がずっと大きくて、うずの高さも一里とか二里とかいうのですからそういう、いろいろな
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変わっか  たことが起こるお  のですが、しかしまた見方によっては、茶わんのとこうした雷雨らいうとはよほどよくたものと思ってもさしつかえありません。もっとも雷雨らいうのでき方は、今言ったような場合ばかりでなく、だいぶ模様もようのちがったのもありますから、どれもこれもみんな茶わんの比べるくら  のは無理むりですがただ、ちょっと見ただけではまるで関係かんけいのないようなことがらが、原理の上からはお互いに たが  よくたものに見えるという一つのれいかみなりをあげてみたのです。
 げのお話はこのくらいにして、今度こんどのほうを見ることにしましょう。

(寺田寅彦とらひこ 大正十一年五月、赤い鳥)

※一里はやく三・九キロメートル。
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 白い茶わんにはいっているは、日陰ひかげで見ては別にべつ 変わっか  模様もようも何もありませんが、それを日向ひなた持ち出しも だ 直接ちょくせつに日光を当て、茶わんのそこをよく見てごらんなさい。そこにはみょうなゆらゆらした光った線や薄暗いうすぐら 線が不規則ふきそく模様もようのようになって、それがゆるやかに動いうご ているのに気がつくでしょう。これは夜電の光をあてて見ると、もっとよくあざやかに見えます。夕食のおぜんの上でもやれますからよく見てごらんなさい。それもお湯 ゆがなるべく熱いあつ ほど模様もようがはっきりします。
 次につぎ 、茶わんのお湯 ゆがだんだんに冷えるひ  のは、表面ひょうめんの茶わんの周囲しゅういからねつ逃げるに  ためだと思っていいのです。もし表面ひょうめんにちゃんとふたでもしておけば、冷やさひ  れるのはおもにまわりの茶わんにふれた部分ぶぶんだけになります。そうなると、茶わんに接しせっ たところでは冷えひ 重くおも なり、下のほうへ流れなが そこのほうへ向かっむ  動きうご ます。その反対はんたいに、茶わんのまん中のほうではぎゃくに上のほうへのぼって、表面ひょうめんからは外側そとがわ向かっむ  流れるなが  、だいたいそういうふうな循環じゅんかん起こりお  ます。よく理科の書物しょもつなぞにある、ビーカーのそこをアルコール・ランプで熱しねっ たときの水の流れなが と同じようなものになるわけです。これはの中に浮かんう  でいる、小さな糸くずなどの動くうご のを見ていても、いくらかわかるはずです。
 しかし茶わんのをふたもしないで置いお た場合には、表面ひょうめんからも冷えひ ます。そしてその冷えひ 方がどこも同じではないので、ところどころ特別とくべつ冷たいつめ  むらができます。そういう部分ぶぶんからは、冷えひ た水が下へ降りるお  、そのまわりの割合わりあい熱いあつ 表面ひょうめんの水がそのあとへ向かっむ  流れるなが  、それが降りお た水のあとへ届くとど 時分には冷えひ てそこからおりる。こんなふうにして表面ひょうめんには水の降りお ているところとのぼっているところとが方々にできます。従ってしたが  の中までも、熱いあつ ところと割合わりあいにぬるいところとがいろいろに
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入り乱れい みだ てできて来ます。これに日光を当てると熱いあつ ところと冷たいつめ  ところとのさかいで光が曲がるま  ために、その光が一様いちようにならず、むらになって茶わんのそこ照らして  ます。そのためにさきに言ったような模様もようが見えるのです。
 日の当たったかべ屋根やねをすかして見ると、ちらちらしたものが見えることがあります。あの「かげろう」というものも、この茶わんのそこ模様もようと同じようなものです。「かげろう」が立つのは、かべ屋根やねねつせられると、それに接しせっ た空気が熱くあつ なって膨脹ぼうちょうしてのぼる、そのときにできる気流きりゅうのむらが光を折り曲げるお ま  ためなのです。

(寺田寅彦とらひこ 大正十一年五月、赤い鳥)
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 このような水や空気のむらを非常ひじょう鮮明せんめいに見えるようにくふうすることができます。その方法ほうほう使っつか 鉄砲てっぽうのたまが空中を飛んと でいるときに、前面ぜんめんの空気を押しつけお   ているありさまや、たまの後ろに渦巻うずまき起こしお  進んすす でいる様子ようす写真しゃしんにとることもできるし、また飛行機ひこうきのプロペラーが空気を切っている模様もよう調べしら たり、そのほかいろいろのおもしろい研究けんきゅうをすることができます。
 近ごろはまたそういう方法ほうほうで、望遠鏡ぼうえんきょう使っつか て空中の高いところの空気のむらを調べよしら  うとしている学者がくしゃもいたようです。
 つぎには熱いあつ 茶わんの表面ひょうめんを日光にすかして見ると、めんにじの色のついたきりのようなものが一皮ひとかわかぶさっており、それがちょうど亀裂きれつのように縦横たてよこ破れやぶ て、そこだけが透明とうめいに見えます。この不思議ふしぎ模様もようが何であるかということは、わたし調べしら たところではまだあまりよくわかっていないらしい。しかしそれも前の温度おんどのむらと何か関係かんけいのあることだけは確かたし でしょう。
 冷えるひ  ときにできる熱いあつ 冷たいつめ  むらがどうなるかということは、ただ茶わんのときだけの問題もんだいではなく、たとえば湖水こすいや海の水が冬になって表面ひょうめんから冷えひ て行くときにはどんな流れなが 起こるお  かというようなことにも関係かんけいして来ます。そうなるといろいろの実用じつよう上の問題もんだいえんがつながって来ます。
 地面じめんの空気が日光のために暖めあたた られてできるときのむらは、飛行ひこう家にとっては非常ひじょう危険きけんなものです。いわゆる突風とっぷうなるものがそれです。たとえば森と畑地はたちとのさかいのようなところですと、はたけのほうが森よりも日光のためによけいにあたためられるので、はたけでは空気が上り森ではくだっています。それではたけの上から飛んと で来て森の上へかかると、飛行機ひこうき自然しぜんと下のほうへ押しお おろされる傾きかたむ があります。これがあまりにはげしくなると危険きけんになるのです。これと同じような気流きりゅう循環じゅんかんが、もっと大仕掛じかけに陸地りくちと海との
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間に行なわれております。それはいわゆる海陸かいりく風と呼ばよ れているもので、昼間は海からりくへ、夜は反対はんたいりくから海へ吹きふ ます。少し高いところでは反対はんたいの風が吹いふ ています。
 これと同じようなことが、山の頂きいただ と谷との間にあって、山谷風さんこくふうと名づけられています。これがもういっそう大仕掛じかけになって、たとえばアジア大陸たいりく太平洋たいへいようとの間に起こるお  とそれがいわゆる季節風きせつふう(モンスーン)で、われわれが冬期とうき受けるう  北西の風と、夏期かきの南がかった風になるのです。
 茶わんののお話は、すればまだいくらでもありますが、今度こんどはこれくらいにしておきましょう。

(寺田寅彦とらひこ 大正十一年五月、赤い鳥)
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 七五三というのは年のことですが、実際じっさいは六さいや四さいお祝い いわ をすることがあります。七五三の年は、数え年というもので、実際じっさいの年より一つか二つ上になります。どうしてこういう年の数え方をするのでしょう。
 今は誕生たんじょう日がくると一つ年をとる満年齢まんねんれい普通ふつうです。しかし、むかしはそうではありませんでした。新しい年がくると、みんないっせいに一つ年をとったのです。
 お年玉というのは、もともと年のたましいのことで、お正月に年のたましいであるおもちを食べて、年を一つとったというわけです。
 この数え年の考え方は東洋とうようのもので、西洋せいようではむかしから今のような満年齢まんねんれいの数え方でした。西洋せいようでは、赤ちゃんが生まれてきたときから、年齢ねんれいを数えます。しかし、日本では、お母さんのおなかにいるときから赤ちゃんの年齢ねんれいを数えるため、生まれた瞬間しゅんかんに一さいとしました。もし、十二月三十一日に生まれたとしたら、その赤ちゃんは生まれたときにもう一さいです。そして、つぎの日に元旦がんたん迎えるむか  と、すぐに二さいになるのです。
 だれもが同じ一月一日に一つ年をとるというのは、それだけ年が改まるあらた  お正月の意味いみが大きかったからなのかもしれません。
 今の満年齢まんねんれいの数え方になったのは、だい世界せかい大戦たいせん後のことです。生まれた日から数える満年齢まんねんれいの考え方は、それなりに正確せいかく実用じつようてきです。しかし、お正月におもちを食べていっせいに年をとった古き時代じだいのやり方には、等しくひと  いのち大事だいじにする文化ぶんかがあったように思えます。
 お正月は、お雑煮ぞうにのおもちを食べながら、モチっと日本の文化ぶんかについて考えてみるのもいいかもしれません。

 七五三は、三さいさいさいお祝い いわ をします。どうして、年齢ねんれいじゅんに三五七と言わないかというと、つぎのようなことがあるからです。
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「えーと、そろそろうちの子も、あれだな。あの三五、えーと三五……」
「十五でしょ」

 言葉ことばの森長文ちょうぶん作成さくせい委員いいん会(α)
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 江戸えど時代じだいは、戦争せんそうの多かった当時のヨーロッパとはちがい、犯罪はんざいも少ない平和へいわ時代じだいでした。大都会とかい江戸えどで二百年以上いじょうもお風呂ふろさんの料金りょうきん変わらか  ないという、とても安定あんていした時代じだいだったのです。
 多くの人が、長屋ながやというせまい家にをよせあって暮らしく  ていましたが、ぜいたくを言わなければ食べ物た もの充分じゅうぶんにあり、貧しくまず  とも心豊かゆた に生きることができる時代じだいでした。そこでいろいろな庶民しょみん文化ぶんかが生まれ育っそだ ていきました。なかでも園芸えんげいはとてもさかんでした。
 広いにわはなくても、鉢植えはちう 植物しょくぶつならだれでも楽しむことができます。たくさんの人々が鉢物はちもののおもしろさに熱中ねっちゅうし、やがてそれぞれの時代じだい流行りゅうこうも生まれました。カラタチの小さな鉢植えはちう 一つに、今で言えば数おく円の値段ねだんがついたこともあったということですから、その熱中ねっちゅう度合どあいがよくわかります。
 ところで、江戸えど時代じだいにはまだ電灯でんとうがなく夜は早くたので、多くの人が早起きはやお でした。そこで早起きはやお 美しくうつく  見られる花、アサガオが親しまれ、大流行りゅうこうしました。江戸えど時代じだい以前いぜんには、アサガオは淡いあわ 青色のものだけで、道のすみなどに咲いさ ている地味じみな花でした。それが江戸えど時代じだい後期こうきになると、花も実にじつ さまざまな変わっか  種類しゅるいのものが栽培さいばいされるようになりました。カラーで印刷いんさつされたアサガオの専門せんもん書まで何さつも出されました。町中では、天秤棒てんびんぼうをかついだ植木うえき売りが歩いている姿すがたがよく見られました。アサガオの優劣ゆうれつ競うきそ 花合わせ、コンクールもさかんに行われ、お寺や神社じんじゃ境内けいだいなどには、自慢じまん珍しいめずら  鉢植えはちう がたくさん持ち寄らも よ れました。
 アサガオは色や形が変化へんかしやすい植物しょくぶつなので、いろいろなもの
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が作られました。当時のカラーの本の中に、濃いこ 黄色のアサガオがあります。濃いこ 黄色のアサガオを咲かせるさ   ことは、現代げんだい技術ぎじゅつでもまだできていません。
 花の色や形だけでなく、も花に合った形のものが珍重ちんちょうされました。中でも好まこの れたのが牡丹ぼたんきと言われるもので、これは雄しべお  雌しべめ  までが花びらと同じような色や形になったものです。しかし、苦労くろう重ねかさ すえ、やっと満足まんぞくのいく色や形のものができても、変化へんか進んすす だ花ほどたねができないのが普通ふつうです。牡丹ぼたんきのものは、たねをつくるのに必要ひつよう雄しべお  雌しべめ  までが変化へんかしたものになっているのでなおさらです。そこで、牡丹ぼたんきの花と同じ親を持つも 兄弟で普通ふつう咲いさ た花からたねをとり、そのたねからを出したものからまた牡丹ぼたんきのものを選ぶえら という、気の遠くなるような手間をかけて、新しい品種ひんしゅを作っていったのです。
 こんなに手間のかかることでは、「アサガオ」そい人には、とてもできなかったでしょう。

 言葉ことばの森ちょう作成さくせい委員いいん会 α
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 六人きょうだいの、下から二ばんめ。
 わたしは、あまたれでなき虫のすえっ子でした。
 それに、うまれたときから、めんどうをみてくれた、お手つだいのばあやが、わたしを、たっぷりあまやかしてしまったのです。
 ころんでないたら、にいさんたちが、ころばしたのだろうと、ばあやは、にいさんをしかりました。
 ひとりでおきたら、「おお、つよいこと、つよいこと。」と、ほめました。
 にいさんたちにしてみると、おもしろくないことばかりでした。にいさんたちがころんでも、「気をつけるんだよ。」とか、「おとこの子のくせに、なくなんて。」と、せりふが、まるでちがいましたから。
 そこで、いまいましいにいさんたちは、だれもいないるすになると、わたしをいじめました。

  雨だれポッツリさん
  ポッツリ ポッツリ ポッツリさん

と、いううたを、かえうたで、

  あまたれ ポッツリさん

と、うたいはやしては、からかいました。そうして、わたしのほっぺたに、ポッツリと、雨がふりはじめると、それっと、うたは、ますます元気づいてきます。
 なさけなくてかなしくて、わたしの目からポツリポツリおちるしずくは、やがて、とめどもない大雨になってしまうのでした。
 ある雪の日など、にわにつくった雪の馬にのせてくれたままどっかへいってしまったことがあります。高い馬のせなかから、小さなわたしは、おりられません。
「にいさん、にいさぁん。」
 よんでも、きてくれないので、ながいこと、馬の上にのっかっていたことがあります。白い白い雪の馬が、夕やけでももいろになるまで──
 そんなことがあったのに、ある日、またまた、わたしはにいさんにだまされたのです。にわには、雪がいっぱいでした。長ぐつをはいて、外へでたわたしに、大きいにいさんがいいました。
「あっ、ゆびわ!」
 なんのことかしら。見ると、にいさんは雪の上をゆびさしています。
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「ほら、きれいなゆびわが、おちてる!」
「えっ、どこ?」
 びっくりすると、にいさんはゆびさして、
「ほら、そこ、そこにあるじゃないか。」
 そこといったって、見えやしません。わたしは、むちゅうで、ゆびさされたところへかけよりました。そのとたん、足もとの雪がバシャン! とおっこち、わたしはふかいふかいあなの中にころげおちてしまいました。おとしあなでした。シャベルであなをほって、あなの上に、小えだや、まつのをかぶせて、雪をかけておいたのです。そこへ、おいでおいでと、ひとをおびきよせて、うまくおっことしたのです。
 雪まみれになって、わたしはようやくおきあがりました。まあ、なんてふかいあなでしょう。せいもとどかないあなです。頭の上に青い空があるばかり……、
 ひどいよう、にいさんのいじわる!
 もう、はんなきでした。
「うえーん、だしてよう。」
 よんだのに、見えないところで、にいさんがわらっています。
 うれしそうな声で、わらっています。
 大きいにいさんのほかに、小さいにいさんの声もします。にいさんたちは、こんな大きなあなをふたりでほってひとりはかくれて、わたしのおちるのを見てたのです。
 頭の上に、にいさんのにくらしいとくい顔が、ちらとのぞいて、きえました。

「ほらふきうそつきものがたり」(椋鳩十むくはとじゅうへん フォア文庫ぶんこより)
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 ぼくが小学校二年生のころ、もう三十年いじょうもまえのはなしです。
 てい学年のじゅぎょうは午前中です。べんとうをたべおわると、ひるのそうじに上級生じょうきゅうせいが、ぼくらの組にやってきます。
 ぼくの組のうけもちは、わかい女の先生です。
 ぼくらは、「さようならっ。」と、大声をはりあげて、先生にあいさつすると、教室をすっとぶようにでていくのです。
 冬のある日のことでした。
 かえりじたくをして、さあ下校だというときになって、ぼくは、先生によびとめられました。
「しみずさん、あなたはちょっとのこっていなさい。」
 むこうがわのまどぎわの三、四人が、ほくそえみ、いみありげな顔をして、ぼくのほうを見ながらかえっていきました。
 ぼくには、なんのことかわかりません。
(やだなあ。またなんか、手つだいなさいなんていうのかなあ。きょうは、とおるくんと、うら山のどんぐりひろいにいくやくそくしてあるというのに。……)
 先生は、いままでも、ときどき、ほうかご、教室のけいじばんに絵をはりだしたり、うしろの黒ばんに絵をかいたりするのを手つだわせるのでした。ぼくがすこしばかりずががうまいからといって、ぼくのつごうもきかないで、先生はいつでも、
「ちょっと手つだってね。」なんていうのです。
 だけど、その日、ぼくをよびとめた先生の声には、いつにないきびしさがこもっていました。
 みんなかえっていきます。とおるくんも、
「ぼく、さきにいってるよ。あとでこいよ。」といって、かえっていきました。
 だれもいなくなった教室。ぼくと先生ふたりだけになりました。すると、先生は、がたがたと、じぶんのつくえの上をかたづけながら、
「しみずくん、きみはろうかにたっていなさい。なにをしたかわかるでしょう。じぶんのやったことがどんなことだか、よくかんがえてみなさい。」
 そういって、すたすた教員きょういん室へいってしまいました。
 ぼくには、まったくなんのことかわかりません。わからないからといって、このままかえってしまったら、あしたまた、ひどくしかられるにきまっています。
「なにかしらないけど、ろうかにたっていろというんなら、たっていればいいだろう。」
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 ぼくは、きょうのごごのあそびのよていがまるつぶれになるのにはらをたてながら、ろうかにたちました。
 六年生のそうじとうばんの人たちがやってきました。
中略ちゅうりゃく
 ろうかをふきそうじしているかれらから、ぼくは、さんざんにいじめられ、からかわれました。
 六年生は、そうじがおわって、ぼくの教室からひきあげていきました。
 ひる休みがすぎて、ごごのじゅうぎょうがはじまったようです。
 あれきり、先生は、教室にやってきません。二時間、三時間とすぎていきました。
(いったい、いつまでたってればいいんだ。なぜ、先生はこないんだ。)
 冬の日ざしがずーっと長くなって、校しゃはすっかりさびしくなりました。夕ぐれです。あたりが、うすぐらくなってきました。
 二年生の教室は、学校の西北のはずれのほうにあって、教員きょういん室ともとおいのです。
(さむいなあ。ぼくをほっといて先生はなにをしてるんだろう。)
 とうとう、夜になってしまいました。
 足がしびれてきます。たったりすわったりして、ろうかで、先生のくるのをまっていました。
 まどがまっくらになり、まどガラスに、ほしがはりつくようにまたたきはじめました。
(もう家では、夕ごはんすんだころなのになあ。)
 そんなことをおもって、なきべそかきそうになっているときでした。こつこつと足音がきこえてきました。かいちゅうでんとうの光が、ろうかをはうようにちかづいてきて、パッとぼくをてらしました。
「いったい、なにをしているのだ。そんなところで。」
 しゅくちょくの男の先生でした。
「先生がたっていなさいというので、たっていました。」
「なんだ。西沢にしざわ先生は、きょうはきゅうようで、ごぜんちゅうでかえったよ。きみをたたせて、わすれちゃったのかな。いそいでかえりなさい。」
 先生のほうがあわてているみたいでした。ぼくは、くさりをとかれた犬のように、家にむかって、まるくなって、夜道をかけていきました。
「ほらふきうそつきものがたり」(椋鳩十むくはとじゅうへん フォア文庫ぶんこより)
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