面白長文集














 この長文集には、小学3年生ぐらいまでの生徒が楽しく読める説明的な文章を掲載しています。

 1 2などとついている番号は、100字程度のまとまりで暗唱する生徒のためにつけてあります。
 
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 1昔(むかし)、田んぼにはナマズやドジョウなどの生き物(い もの)がたくさんすんでいました。しかし、戦後(せんご)、これらの生き物(い もの)は急速(きゅうそく)に減っ(へ )てしまいました。その原因(げんいん)の一つは、田んぼの水路(すいろ)がコンクリートなどで固め(かた )られたために生き物(い もの)がすみにくくなったことです。2もう一つの原因(げんいん)は、田んぼに、強い農薬(のうやく)がまかれたためにやはり生き物(い もの)がすみにくくなったことです。
 田んぼには、稲(いね)を弱らせてしまう虫が発生(はっせい)します。たとえば、ウンカです。3梅雨(つゆ)のころ、雲に乗っ(の )て中国からやってくるウンカは、日本の田んぼで数を増やし(ふ  )、稲(いね)の汁(しる)を吸っ(す )てつぎからつぎへと枯らし(か  )てしまいます。ひどいときは、田んぼの稲(いね)が全滅(ぜんめつ)してしまうほどです。今年もウンカの大発生(はっせい)か。4ウンカ悪い(わる )なあなどと言ってはいられません。またヨコバイも、稲(いね)に病気(びょうき)をうつすやっかいな虫です。農薬(のうやく)をまくことで、一時的(てき)に害虫(がいちゅう)の力を抑え(おさ )て増え(ふ )方を横バイ(よこ  )にすることはできますが、虫たちが農薬(のうやく)に抵抗(ていこう)性(せい)を持ち(も )、やがて前よりも農薬(のうやく)に強くなってしまうという問題(もんだい)があります。 
 5また、農薬(のうやく)をまいたあと、逆(ぎゃく)にウンカが大発生(はっせい)してしまうこともあります。その理由(りゆう)は、農薬(のうやく)によって、ウンカやヨコバイを食べるクモやアメンボなどの天敵(てんてき)が減っ(へ )てしまうからです。
 6そこで、農薬(のうやく)を使わ(つか )ないで稲(いね)を育てる(そだ  )方法(ほうほう)がいろいろと考えられてきました。その一つは、小ブナを田んぼに泳がせる(およ   )ことで、害虫(がいちゅう)を食べてもらったり、草取り(くさと )を手伝っ(てつだ )てもらったりする方法(ほうほう)です。7草取り(くさと )は農家(のうか)にとってはたいへんな重労働(じゅうろうどう)ですが、コイやフナが田んぼを泳ぎ(およ )まわっていると、水がかきまわされてにごるので、雑草(ざっそう)が生えにくくなるのです。小ブナのおかげで、農薬(のうやく)もほとんど使わ(つか )ずにすみます。 
 8田んぼにアイガモを飼っ(か )て、害虫(がいちゅう)を食べさせるという方法(ほうほう)もあります。アイガモは、稲(いね)の天敵(てんてき)であるウンカの卵(たまご)まで食べてし
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まうので、殺虫(さっちゅう)剤(ざい)は不要(ふよう)です。雑草(ざっそう)は、水かきでけられたり、食べられたりして、生えてこなくなります。9その上、アイガモのふんは、とてもいい肥料(ひりょう)になるので、化学(かがく)肥料(ひりょう)をやらなくてもすむのです。まさに一石二鳥。アイガモを使う(つか )方法(ほうほう)はいかがですか。「あ、いいカモ!」0

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(κ)
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あし

 1二ひきの馬が、まどのところでぐうるぐうるとひるねをしていました。
 すると、すずしい風がでてきたので、一ぴきがくしゃめをしてめをさましました。
 ところが、あとあしがいっぽんしびれていたので、よろよろとよろけてしまいました。
2「おやおや。」
 そのあしに力をいれようとしても、さっぱりはいりません。
 そこでともだちの馬をゆりおこしました。
「たいへんだ、あとあしを一本、だれかにぬすまれてしまった。」
「だって、ちゃんとついてるじゃないか。」
3「いやこれはちがう。だれかのあしだ。」
「どうして。」
「ぼくの思うままに歩かないもの。ちょっとこのあしをけとばしてくれ。」
 そこで、ともだちの馬は、ひづめでそのあしをぽォんとけとばしました。
4「やっぱりこれは、ぼくのじゃない、いたくないもの。ぼくのあしならいたいはずだ。よし、はやく、ぬすまれたあしをみつけてこよう。」
 そこで、その馬はよろよろと歩いてゆきました。
5「やァ、椅子(いす)がある。椅子(いす)がぼくのあしをぬすんだのかもしれない。よし、けとばしてやろう、ぼくのあしなら、いたいはずだ。」
 馬はかたあしで、椅子(いす)のあしをけとばしました。
 椅子(いす)は、いたいとも、なんともいわないで、こわれてしまいました。
 6馬は、テーブルのあしや、ベッドのあしを、ぽんぽんけってまわりました。けれど、どれもいたいといわなくて、こわれてしまいました。
 いくらさがしてもぬすまれたあしはありません。
「ひょっとしたら、あいつがとったのかもしれない。」
と馬は思いました。
 7そこで、馬は、ともだちの馬のところへかえってきました。そして、すきをみて、ともだちのあとあしをぽォんとけとばしました。
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 するとともだちは、
「いたいッ。」
とさけんでとびあがりました。
8「そォらみろ、それがぼくのあしだ。君(きみ)だろう、ぬすんだのは。」
「このとんまめが。」
 ともだちの馬は力いっぱいけかえしました。
 9しびれがもうなおっていたので、その馬も、
「いたいッ。」
と、とびあがりました。
 そしてやっとのことで、じぶんのあしはぬすまれたのではなく、しびれていたのだとわかりました。0

「新美(にいみ)南吉(なんきち)童話(どうわ)作品(さくひん)集(しゅう)」
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狐(きつね)のつかい

 1山のなかに、猿(さる)や鹿(しか)や狼(おおかみ)や狐(きつね)などが、いっしょにすんでおりました。
 みんなはひとつのあんどんをもっていました。紙ではった四角な小さいあんどんでありました。
 夜がくると、みんなはこのあんどんに灯(あかり)をともしたのでありました。
 2あるひの夕方、みんなはあんどんの油(あぶら)がもうなくなっていることに気がつきました。
 そこでだれかが、村の油屋(あぶらや)まで油(あぶら)を買いにゆかねばなりません。さてだれがいったものでしょう。
 3みんなは村にゆくことがすきではありませんでした。村にはみんなのきらいな猟師(りょうし)と犬がいたからであります。
「それではわたしがいきましょう」
とそのときいったものがありました。狐(きつね)です4。狐(きつね)は人間の子どもにばけることができたからでありました。
 そこで、狐(きつね)のつかいときまりました。やれやれとんだことになりました。
 5さて狐(きつね)は、うまく人間の子どもにばけて、しりきれぞうりを、ひたひたとひきずりながら、村へゆきました。そして、しゅびよく油(あぶら)を一合かいました。
 かえりに狐(きつね)が、月夜のなたねばたけのなかを歩いていますと、たいへんよいにおいがします。6気がついてみれば、それは買ってきた油(あぶら)のにおいでありました。
「すこしぐらいは、よいだろう。」
といって、狐(きつね)はぺろりと油(あぶら)をなめました。これはまたなんというおいしいものでしょう。
 狐(きつね)はしばらくすると、またがまんができなくなりました。
7「すこしぐらいはよいだろう。わたしの舌(した)は大きくない。」
といって、またぺろりとなめました。
 しばらくしてまたぺろり。
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 狐(きつね)の舌(した)は小さいので、ぺろりとなめてもわずかなことです。8しかし、ぺろりぺろりがなんどもかさなれば、一合の油(あぶら)もなくなってしまいます。
 こうして、山につくまでに、狐(きつね)は油(あぶら)をすっかりなめてしまい、もってかえったのは、からのとくりだけでした。
 9待っ(ま )ていた鹿(しか)や猿(さる)や狼(おおかみ)は、からのとくりをみてためいきをつきました。これでは、こんやはあんどんがともりません。みんなは、がっかりして思いました、
「さてさて。狐(きつね)をつかいにやるのじゃなかった。」
と。0

「新美(にいみ)南吉(なんきち)童話(どうわ)作品(さくひん)集(しゅう)」
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 1冷蔵庫(れいぞうこ)がまだあまり普通(ふつう)の家庭(かてい)にはなかったころ、冷蔵庫(れいぞうこ)には、毒(どく)があって危険(きけん)な物質(ぶっしつ)が使わ(つか )れていました。この物質(ぶっしつ)は、液体(えきたい)からガスに変わる(か  )ときに周り(まわ )を冷やす(ひ  )性質(せいしつ)を持っ(も )ていました。
 2しかし、このように危険(きけん)な物質(ぶっしつ)を、家庭(かてい)におく冷蔵庫(れいぞうこ)に使う(つか )わけにはいきません。そこで、何かいい方法(ほうほう)はないものかと、研究(けんきゅう)が行われました。その結果(けっか)、フロンという新しい物質(ぶっしつ)が見つかりました。
 3フロンは、色も匂い(にお )もない物質(ぶっしつ)で、安定(あんてい)した性質(せいしつ)を持っ(も )ています。性質(せいしつ)が安定(あんてい)しているということは、ほかのものといっしょにしても、ほとんど反応(はんのう)を起こさ(お  )ないということです。また、燃える(も  )こともないので、火事(かじ)の心配(しんぱい)がありません。4さらに、簡単(かんたん)に液体(えきたい)にしたりガスにしたりできるので、取り扱い(と あつか )も楽です。そして、安く(やす )作ることができるのも、大きな長所(ちょうしょ)でした。
 こうして、フロンは「20世紀(せいき)最大(さいだい)の発明(はつめい)」として歓迎(かんげい)され、世界中(せかいじゅう)で使わ(つか )れるようになっていきました。5フロンは、まさに時代(じだい)のフロンティア(最前線(さいぜんせん))でした。
 日本では特に(とく )、精密(せいみつ)機械(きかい)の工場で、部品(ぶひん)を洗う(あら )のに使わ(つか )れました。普通(ふつう)の水にはゴミやほこりが溶け(と )こんでいるため、精密(せいみつ)機械(きかい)の工場では使え(つか )なかったのです。
 6しかし、こんなに長所(ちょうしょ)ばかりがあると思われたフロンに、意外(いがい)な欠点(けってん)があることがわかってきました。地球(ちきゅう)の上空にあるオゾン層(そう)を、フロンが破壊(はかい)するということがわかってきたのです。
 7フロンの長所(ちょうしょ)である安定(あんてい)した性質(せいしつ)が、逆(ぎゃく)に欠点(けってん)にもなっていたのです。フロンは壊れ(こわ )にくく、ほかのものと反応(はんのう)もしないため、そのままガスとなって空気中に出て行きます。8そして空の高いところまで行くと、太陽(たいよう)の強力な紫外線(しがいせん)によって初めて(はじ  )分解(ぶんかい)されることになります。そのときに、フロンから出た塩素(えんそ)がオゾン層(そう)を壊し(こわ )ていくのです。
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 9オゾン層(そう)は、太陽(たいよう)の強力な紫外線(しがいせん)から地球(ちきゅう)上の生き物(い もの)を守っ(まも )ているバリアのようなものです。このバリアが壊さ(こわ )れると、紫外線(しがいせん)が地球(ちきゅう)上に降り注ぎ(ふ そそ )、生き物(い もの)に大きな害(がい)を与え(あた )ます。0こうして、ヒーローだったはずのフロンは、いつの間にか悪者(わるもの)になってしまいました。
 しかし、人間が破壊(はかい)したものは、人間の手によって修復(しゅうふく)できるはずです。オゾン層(そう)を破壊(はかい)することは、人間にとってオーゾン(大損(おおぞん))ですから、今、世界中(せかいじゅう)でオゾン層(そう)を守る(まも )対策(たいさく)が進め(すす )られています。

「フロンさん、元気出してね。君(きみ)が悪い(わる )わけじゃなく、たまたまオゾン君(くん)と仲(なか)が悪かっ(わる  )ただけなんだから。」
「うん、フロン、がんばる。フロンでも(ころんでも)ただでは起き(お )ないわ。」
「そう。オゾン君(くん)も、だんだん元気が出てきたようだから。」
「オイゾンも、これからがんばって、紫外線(しがいせん)からみんなを守る(まも )でごわす。」
 フロー、フロー、オゾン!

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(τ)
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蟹(かに)のしょうばい

 1蟹(かに)がいろいろ考えたあげく、とこやをはじめました。蟹(かに)の考えとしてはおおできでありました。
 ところで、蟹(かに)は、
「とこやというしょうばいは、たいへんひまなものだな。」
と思いました。と申し(もう )ますのは、ひとりもお客( きゃく)さんがこないからであります。
 2そこで、蟹(かに)のとこやさんは、はさみをもって海っぱたにやっていきました。そこにはたこがひるねをしていました。
「もしもし、たこさん。」
と蟹(かに)はよびかけました。
 たこはめをさまして、
「なんだ。」
といいました。
3「とこやですが、ごようはありませんか。」
「よくごらんよ。わたしの頭に毛があるかどうか。」
 蟹(かに)はたこの頭をよくみました。なるほど毛はひとすじもなく、つるんこでありました。いくら蟹(かに)がじょうずなとこやでも、毛のない頭をかることはできません。
 4蟹(かに)は、そこで、山へやっていきました。山にはたぬきがひるねをしていました。
「もしもし、たぬきさん。」
 たぬきはめをさまして、
「なんだ。」
といいました。
「とこやですがごようはありませんか。」
 5たぬきは、いたずらがすきなけものですから、よくないことを考えました。
「よろしい、かってもらおう。ところで、ひとつやくそくしてくれなきゃいけない。というのは、わたしのあとで、わたしのお父さんの毛もかってもらいたいのさ。」
「へい、おやすいことです。」
 6そこで、蟹(かに)のうでをふるうときがきました。
 ちょっきん、ちょっきん、ちょっきん。
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 ところが、蟹(かに)というものは、あまり大きなものではありません。蟹(かに)とくらべたら、たぬきはとんでもなく大きなものであります。7その上、たぬきというものは、からだじゅうが毛むくじゃらであります。ですから、仕事(しごと)はなかなかはかどりません。蟹(かに)は口から泡(あわ)をふいていっしょうけんめいはさみをつかいました。そして三日かかって、やっとのこと仕事(しごと)はおわりました。
8「じゃ、やくそくだから、わたしのお父さんの毛もかってくれたまえ。」
「お父さんというのは、どのくらい大きなかたですか。」
「あの山くらいあるかね。」
 蟹(かに)はめんくらいました。そんなに大きくては、とてもじぶんひとりでは、まにあわぬと思いました。
 9そこで蟹(かに)は、じぶんの子どもたちをみなとこやにしました。子どもばかりか、まごもひこも、うまれてくる蟹(かに)はみなとこやにしました。
 それでわたくしたちが道ばたにみうける、ほんに小さな蟹(かに)でさえも、ちゃんとはさみをもっています。0

「新美(にいみ)南吉(なんきち)童話(どうわ)作品(さくひん)集(しゅう)」
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ひとつの火

 1わたしが子どもだったじぶん、わたしの家は、山のふもとの小さな村にありました。
 わたしの家では、ちょうちんやろうそくを売っておりました。
 ある晩(ばん)のこと、ひとりのうしかいが、わたしの家でちょうちんとろうそくを買いました。
2「ぼうや、すまないが、ろうそくに火をともしてくれ。」
と、うしかいがわたしにいいました。
 わたしはまだマッチをすったことがありませんでした。
 そこで、おっかなびっくり、マッチの棒(ぼう)のはしの方をもってすりました。3すると、棒(ぼう)のさきに青い火がともりました。
 わたしはその火をろうそくにうつしてやりました。
「や、ありがとう。」
といって、うしかいは、火のともったちょうちんを牛のよこはらのところにつるして、いってしまいました。
 4わたしはひとりになってから考えました。
 ――わたしのともしてやった火はどこまでゆくだろう。
 あのうしかいは山の向こう(む  )の人だから、あの火も山をこえてゆくだろう。
 5山の中で、あのうしかいは、べつの村にゆくもうひとりの旅人(たびびと)にゆきあうかもしれない。
 するとその旅人(たびびと)は、
「すみませんが、その火をちょっとかしてください。」
といって、うしかいの火をかりて、じぶんのちょうちんにうつすだろう。
 6そしてこの旅人(たびびと)は、よっぴて山道をあるいてゆくだろう。
 すると、この旅人(たびびと)は、たいこやかねをもったおおぜいのひとびとにあうかもしれない。
 その人たちは、
「わたしたちの村のひとりの子どもが、狐(きつね)にばかされて村にかえってきません。7それでわたしたちはさがしているのです。すみませんが、ちょっとちょうちんの火をかしてください。」
といって旅人(たびびと)から火をかり、みんなのちょうちんにつけるだろう。8長いちょうちんやまるいちょうちんにつけるだろう。
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 そしてこの人たちは、かねやたいこをならして、山や谷をさがしてゆくだろう。

 9わたしはいまでも、あのときわたしがうしかいのちょうちんにともしてやった火が、つぎからつぎへうつされて、どこかにともっているのではないか、とおもいます。0


「新美(にいみ)南吉(なんきち)童話(どうわ)作品(さくひん)集(しゅう)」
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 1ここに茶わんが一つあります。中には熱い(あつ )湯(ゆ)がいっぱいはいっております。ただそれだけではなんのおもしろみもなく不思議(ふしぎ)もないようですが、よく気をつけて見ていると、だんだんにいろいろの微細(びさい)なことが目につき、さまざまの疑問(ぎもん)が起こっ(お  )て来るはずです。2ただ一ぱいのこの湯(ゆ)でも、自然(しぜん)の現象(げんしょう)を観察(かんさつ)し研究(けんきゅう)することの好き(す )な人には、なかなかおもしろい見物(みもの)です。
 第(だい)一に、湯(ゆ)の面(めん)からは白い湯(ゆ)げが立っています。3これはいうまでもなく、熱い(あつ )水蒸気(すいじょうき)が冷え(ひ )て小さな滴(しずく)になったのが無数(むすう)に群がっ(むら  )ているので、ちょうど雲や霧(きり)と同じようなものです。この茶わんを縁側(えんがわ)の日向(ひなた)へ持ち出し(も だ )て、日光を湯(ゆ)げにあて、向こう(む  )側(がわ)に黒い布(ぬの)でもおいてすかして見ると、滴(しずく)の粒(つぶ)の大きいのはちらちらと目に見えます。4場合により、粒(つぶ)があまり大きくないときには、日光にすかして見ると、湯(ゆ)げの中に、虹(にじ)のような、赤や青の色がついています。これは白い薄(うす)雲が月にかかったときに見えるのと似(に)たようなものです。5この色についてはお話しすることがどっさりありますが、それはまたいつか別(べつ)のときにしましょう。
 6すべて全く(まった )透明(とうめい)なガス体の蒸気(じょうき)が滴(しずく)になる際(さい)には、必ず(かなら )何かその滴(しずく)の心(しん)になるものがあって、そのまわりに蒸気(じょうき)が凝っ(こ )てくっつくので、もしそういう心(しん)がなかったら、霧(きり)は容易(ようい)にできないということが学者(がくしゃ)の研究(けんきゅう)でわかって来ました。7その心(しん)になるものは通例(つうれい)、顕微鏡(けんびきょう)でも見えないほどの、非常(ひじょう)に細かい塵(ちり)のようなものです。空気中には、それが自然(しぜん)にたくさん浮遊(ふゆう)しているのです。8空中に浮かん(う  )でいた雲が消え(き )てしまった跡(あと)には、今言った塵(ちり)のようなものばかりが残っ(のこ )ていて、飛行機(ひこうき)などで横(よこ)からすかして見ると、ちょうど煙(けむり)が広がっているように見えるそうです。
 9茶わんから上がる湯(ゆ)げをよく見ると、湯(ゆ)が熱い(あつ )かぬるいかが、おおよそわかります。締め切っ(し き )た室(へや)で、人の動き回ら(うご まわ )ないときだと
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ことによくわかります。熱い(あつ )湯(ゆ)ですと湯(ゆ)げの温度(おんど)が高くて、周囲(しゅうい)の空気に比べ(くら )てよけいに軽い(かる )ために、どんどん盛ん(さか )に立ちのぼります。0反対(はんたい)に湯(ゆ)がぬるいと、勢い(いきお )が弱いわけです。湯(ゆ)の温度(おんど)を計る寒暖計(かんだんけい)があるなら、いろいろ自分でためしてみるとおもしろいでしょう。もちろんこれは、まわりの空気の温度(おんど)によっても違い(ちが )ますが、おおよその見当はわかるだろうと思います。

(寺田寅彦(とらひこ) 大正十一年五月、赤い鳥)

※「通常(つうじょう)は芯(しん)という字が遣わ(つか )れることが多いと思いますが原本は「心(しん)」となっています。
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 1哺乳類(ほにゅうるい)の赤ちゃんは、母親からミルクを与え(あた )られて育ち(そだ )ます。動物(どうぶつ)のミルクの成分(せいぶん)は、みな同じではなく、それぞれに特徴(とくちょう)があります。2たとえば、オランウータンやチンパンジーなどは、母親がいつも子供(こども)のそばにいてミルクを与える(あた  )ことができる生活をしているので、ミルクは薄く(うす )、たんぱく質(    しつ)と脂肪(しぼう)が少なくなっています。
 3ところが、ライオンなどの狩り(か )に出かける動物(どうぶつ)は、母親が何時間も留守(るす)にするため、その間は子供(こども)にミルクを与える(あた  )ことができません。長時間子供(こども)のお腹(なか)を満たし(み  )ておく必要(ひつよう)があるので、ミルクは濃く(こ )、たんぱく質(    しつ)と脂肪(しぼう)をたくさん含ん(ふく )でいます。
 4また、寒い(さむ )地方や水中にすむ動物(どうぶつ)は、体温(たいおん)をうばわれないように、皮膚(ひふ)の下にたくさんの脂肪(しぼう)をたくわえています。この仲間(なかま)であるアザラシやアシカのミルクはとても濃く(こ )、脂肪(しぼう)がたくさん含ま(ふく )れています。
 5クジラやイルカの赤ちゃんは、水中でミルクを飲み(の )ますが、まだ赤ちゃんなので長時間もぐっていることができません。そこで、短い(みじか )時間でもたくさんの栄養(えいよう)を取れる(と  )ように、やはり濃い(こ )ミルクになっています。
 6人間のお腹(なか)の中(なか)には、たくさんの細菌(さいきん)がすんでいて、その中には役に立つ(やく た )ものと病気(びょうき)のもとになるものがあります。赤ちゃんのお腹(なか)の中(なか)にも、生まれて間もなく、さまざまな細菌(さいきん)がすみつきはじめます。7母乳(ぼにゅう)には、赤ちゃんにとって役に立つ(やく た )微生物(びせいぶつ)が増える(ふ  )ための成分(せいぶん)や、病気(びょうき)のもとになる細菌(さいきん)を増やさ(ふ  )ないようにする成分(せいぶん)が入っていて、赤ちゃんの健康(けんこう)を保つ(たも )大きな役(やく)割り(わ )を果たし(は  )ています。
 8赤ちゃんが生まれて間もないころの母乳(ぼにゅう)は、初乳(しょにゅう)と呼ば(よ )れています。人間の体には、外から入ってきた病気(びょうき)のもとを撃退(げきたい)するための免疫(めんえき)というシステムがありますが、生まれたばかりの赤ちゃんは、まだ免疫(めんえき)を十分(じゅうぶん)に持っ(も )ていません。9初乳(しょにゅう)には、お母さんが
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持っ(も )ている免疫(めんえき)物質(ぶっしつ)がふくまれていて、それが赤ちゃんの体の中で吸収(きゅうしゅう)されて、いろいろな病気(びょうき)から赤ちゃんを守っ(まも )ているのです。

 おっぱいには、このようにいろいろなものがいっぱい入っています。
 0しかし、赤ちゃんが大きくなり、自分でご飯( はん)が食べられるようになると、やがて赤ちゃんは自分の力で生きていくようになります。
 そこで、「おっぱいさん、グッパーイ」となるわけです。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(κ)
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 1次(つぎ)に湯(ゆ)げが上がるときにはいろいろの渦(うず)ができます。これがまたよく見ているとなかなかおもしろいものです。2線香(せんこう)の煙(けむり)でもなんでも、煙(けむり)の出るところからいくらかの高さまではまっすぐに上(のぼ)りますが、それ以上(いじょう)は煙(けむり)がゆらゆらして、いくつもの渦(うず)になり、それがだんだんに広がり入り乱れ(い みだ )て、しまいに見えなくなってしまいます。3茶わんの湯(ゆ)げなどの場合だと、もう茶わんのすぐ上から大きく渦(うず)ができて、それがかなり早く回りながら上って行きます。
 これとよく似(に)た渦(うず)で、もっと大きなのが庭(にわ)の上なぞにできることがあります。4春先などのぽかぽか暖かい(あたた  )日には、前日雨でもふって土のしめっているところへ日光が当たって、そこから白い湯(ゆ)げが立つことがよくあります。そういうときによく気をつけて見ていてごらんなさい。5湯(ゆ)げは、縁(えん)の下や垣根(かきね)のすきまから冷たい(つめ  )風が吹き込む(ふ こ )たびに、横(よこ)になびいてはまた立ち上ります。そして時々大きな渦(うず)ができ、それがちょうど竜巻(たつまき)のようなものになって、地面(じめん)から何尺(しゃく)もある、高い柱(はしら)の形になり、非常(ひじょう)な速(はや)さで回転(かいてん)するのを見ることがあるでしょう。
 6茶わんの上や、庭先(にわさき)で起こる(お  )渦(うず)のようなもので、もっと大仕掛け(しか )なものがあります。それは雷雨(らいう)のときに空中に起こっ(お  )ている大きな渦(うず)です。陸地(りくち)の上のどこかの一地方が日光のために特別(とくべつ)にあたためられると、そこだけは、地面(じめん)から蒸発(じょうはつ)する水蒸気(すいじょうき)が特に(とく )多くなります。7そういう地方のそばに、割合(わりあい)に冷たい(つめ  )空気におおわれた地方がありますと、前に言った地方の暖かい(あたた  )空気が上がって行くあとへ、入り代わり(か  )にまわりの冷たい(つめ  )空気が下から吹き込ん(ふ こ )で来て大きな渦(うず)ができます。そして雹(ひょう)がふったり雷(かみなり)が鳴ったりします。
 8これは茶わんの場合に比べる(くら  )と仕掛け(しか )がずっと大きくて、渦(うず)の高さも一里とか二里とかいうのですからそういう、いろいろな
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変わっ(か  )たことが起こる(お  )のですが、しかしまた見方によっては、茶わんの湯(ゆ)とこうした雷雨(らいう)とはよほどよく似(に)たものと思ってもさしつかえありません。9もっとも雷雨(らいう)のでき方は、今言ったような場合ばかりでなく、だいぶ模様(もよう)のちがったのもありますから、どれもこれもみんな茶わんの湯(ゆ)に比べる(くら  )のは無理(むり)ですがただ、ちょっと見ただけではまるで関係(かんけい)のないような事(こと)がらが、原理の上からはお互いに( たが  )よく似(に)たものに見えるという一つの例(れい)に雷(かみなり)をあげてみたのです。0
 湯(ゆ)げのお話はこのくらいにして、今度(こんど)は湯(ゆ)のほうを見ることにしましょう。

(寺田寅彦(とらひこ) 大正十一年五月、赤い鳥)

※一里は約(やく)三・九キロメートル。
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 1白い茶わんにはいっている湯(ゆ)は、日陰(ひかげ)で見ては別に(べつ )変わっ(か  )た模様(もよう)も何もありませんが、それを日向(ひなた)へ持ち出し(も だ )て直接(ちょくせつ)に日光を当て、茶わんの底(そこ)をよく見てごらんなさい。2そこには妙(みょう)なゆらゆらした光った線や薄暗い(うすぐら )線が不規則(ふきそく)な模様(もよう)のようになって、それがゆるやかに動い(うご )ているのに気がつくでしょう。これは夜電燈()の光をあてて見ると、もっとよくあざやかに見えます。3夕食のお膳(ぜん)の上でもやれますからよく見てごらんなさい。それもお湯( ゆ)がなるべく熱い(あつ )ほど模様(もよう)がはっきりします。
 次に(つぎ )、茶わんのお湯( ゆ)がだんだんに冷える(ひ  )のは、湯(ゆ)の表面(ひょうめん)の茶わんの周囲(しゅうい)から熱(ねつ)が逃げる(に  )ためだと思っていいのです。4もし表面(ひょうめん)にちゃんとふたでもしておけば、冷やさ(ひ  )れるのはおもにまわりの茶わんにふれた部分(ぶぶん)だけになります。そうなると、茶わんに接し(せっ )たところでは湯(ゆ)は冷え(ひ )て重く(おも )なり、下のほうへ流れ(なが )て底(そこ)のほうへ向かっ(む  )て動き(うご )ます。5その反対(はんたい)に、茶わんのまん中のほうでは逆(ぎゃく)に上のほうへのぼって、表面(ひょうめん)からは外側(そとがわ)に向かっ(む  )て流れる(なが  )、だいたいそういうふうな循環(じゅんかん)が起こり(お  )ます。よく理科の書物(しょもつ)なぞにある、ビーカーの底(そこ)をアルコール・ランプで熱し(ねっ )たときの水の流れ(なが )と同じようなものになるわけです。6これは湯(ゆ)の中に浮かん(う  )でいる、小さな糸くずなどの動く(うご )のを見ていても、いくらかわかるはずです。
 しかし茶わんの湯(ゆ)をふたもしないで置い(お )た場合には、湯(ゆ)は表面(ひょうめん)からも冷え(ひ )ます。7そしてその冷え(ひ )方がどこも同じではないので、ところどころ特別(とくべつ)に冷たい(つめ  )むらができます。そういう部分(ぶぶん)からは、冷え(ひ )た水が下へ降りる(お  )、そのまわりの割合(わりあい)に熱い(あつ )表面(ひょうめん)の水がそのあとへ向かっ(む  )て流れる(なが  )、それが降り(お )た水のあとへ届く(とど )時分には冷え(ひ )てそこからおりる。8こんなふうにして湯(ゆ)の表面(ひょうめん)には水の降り(お )ているところとのぼっているところとが方々にできます。従って(したが  )湯(ゆ)の中までも、熱い(あつ )ところと割合(わりあい)にぬるいところとがいろいろに
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入り乱れ(い みだ )てできて来ます。9これに日光を当てると熱い(あつ )ところと冷たい(つめ  )ところとの境(さかい)で光が曲がる(ま  )ために、その光が一様(いちよう)にならず、むらになって茶わんの底(そこ)を照らし(て  )ます。そのためにさきに言ったような模様(もよう)が見えるのです。
 0日の当たった壁(かべ)や屋根(やね)をすかして見ると、ちらちらしたものが見えることがあります。あの「かげろう」というものも、この茶わんの底(そこ)の模様(もよう)と同じようなものです。「かげろう」が立つのは、壁(かべ)や屋根(やね)が熱(ねつ)せられると、それに接し(せっ )た空気が熱く(あつ )なって膨脹(ぼうちょう)してのぼる、そのときにできる気流(きりゅう)のむらが光を折り曲げる(お ま  )ためなのです。

(寺田寅彦(とらひこ) 大正十一年五月、赤い鳥)
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 1このような水や空気のむらを非常(ひじょう)に鮮明(せんめい)に見えるようにくふうすることができます。2その方法(ほうほう)を使っ(つか )て鉄砲(てっぽう)のたまが空中を飛ん(と )でいるときに、前面(ぜんめん)の空気を押しつけ(お   )ているありさまや、たまの後ろに渦巻(うずまき)を起こし(お  )て進ん(すす )でいる様子(ようす)を写真(しゃしん)にとることもできるし、また飛行機(ひこうき)のプロペラーが空気を切っている模様(もよう)を調べ(しら )たり、そのほかいろいろのおもしろい研究(けんきゅう)をすることができます。
 3近ごろはまたそういう方法(ほうほう)で、望遠鏡(ぼうえんきょう)を使っ(つか )て空中の高いところの空気のむらを調べよ(しら  )うとしている学者(がくしゃ)もいたようです。
 4次(つぎ)には熱い(あつ )茶わんの湯(ゆ)の表面(ひょうめん)を日光にすかして見ると、湯(ゆ)の面(めん)に虹(にじ)の色のついた霧(きり)のようなものが一皮(ひとかわ)かぶさっており、それがちょうど亀裂(きれつ)のように縦横(たてよこ)に破れ(やぶ )て、そこだけが透明(とうめい)に見えます。5この不思議(ふしぎ)な模様(もよう)が何であるかということは、私(わたし)の調べ(しら )たところではまだあまりよくわかっていないらしい。しかしそれも前の温度(おんど)のむらと何か関係(かんけい)のあることだけは確か(たし )でしょう。
 6湯(ゆ)が冷える(ひ  )ときにできる熱い(あつ )冷たい(つめ  )むらがどうなるかということは、ただ茶わんのときだけの問題(もんだい)ではなく、たとえば湖水(こすい)や海の水が冬になって表面(ひょうめん)から冷え(ひ )て行くときにはどんな流れ(なが )が起こる(お  )かというようなことにも関係(かんけい)して来ます。7そうなるといろいろの実用(じつよう)上の問題(もんだい)と縁(えん)がつながって来ます。
 地面(じめん)の空気が日光のために暖め(あたた )られてできるときのむらは、飛行(ひこう)家にとっては非常(ひじょう)に危険(きけん)なものです。いわゆる突風(とっぷう)なるものがそれです。8たとえば森と畑地(はたち)との境(さかい)のようなところですと、畑(はたけ)のほうが森よりも日光のためによけいにあたためられるので、畑(はたけ)では空気が上り森ではくだっています。それで畑(はたけ)の上から飛ん(と )で来て森の上へかかると、飛行機(ひこうき)は自然(しぜん)と下のほうへ押し(お )おろされる傾き(かたむ )があります。9これがあまりにはげしくなると危険(きけん)になるのです。これと同じような気流(きりゅう)の循環(じゅんかん)が、もっと大仕掛(じか)けに陸地(りくち)と海との
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間に行なわれております。それはいわゆる海陸(かいりく)風と呼ば(よ )れているもので、昼間は海から陸(りく)へ、夜は反対(はんたい)に陸(りく)から海へ吹き(ふ )ます。少し高いところでは反対(はんたい)の風が吹い(ふ )ています。
 0これと同じようなことが、山の頂き(いただ )と谷との間にあって、山谷風(さんこくふう)と名づけられています。これがもういっそう大仕掛(じか)けになって、たとえばアジア大陸(たいりく)と太平洋(たいへいよう)との間に起こる(お  )とそれがいわゆる季節風(きせつふう)(モンスーン)で、われわれが冬期(とうき)に受ける(う  )北西の風と、夏期(かき)の南がかった風になるのです。
 茶わんの湯(ゆ)のお話は、すればまだいくらでもありますが、今度(こんど)はこれくらいにしておきましょう。

(寺田寅彦(とらひこ) 大正十一年五月、赤い鳥)
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 1七五三というのは年のことですが、実際(じっさい)は六歳(さい)や四歳(さい)でお祝い( いわ )をすることがあります。七五三の年は、数え年というもので、実際(じっさい)の年より一つか二つ上になります。どうしてこういう年の数え方をするのでしょう。
 2今は誕生(たんじょう)日がくると一つ年をとる満年齢(まんねんれい)が普通(ふつう)です。しかし、昔(むかし)はそうではありませんでした。新しい年がくると、みんないっせいに一つ年をとったのです。
 3お年玉というのは、もともと年の魂(たましい)のことで、お正月に年の魂(たましい)であるお餅(もち)を食べて、年を一つとったというわけです。
 この数え年の考え方は東洋(とうよう)のもので、西洋(せいよう)では昔(むかし)から今のような満年齢(まんねんれい)の数え方でした。4西洋(せいよう)では、赤ちゃんが生まれてきたときから、年齢(ねんれい)を数えます。しかし、日本では、お母さんのおなかにいるときから赤ちゃんの年齢(ねんれい)を数えるため、生まれた瞬間(しゅんかん)に一歳(さい)としました。5もし、十二月三十一日に生まれたとしたら、その赤ちゃんは生まれたときにもう一歳(さい)です。そして、次(つぎ)の日に元旦(がんたん)を迎える(むか  )と、すぐに二歳(さい)になるのです。
 6だれもが同じ一月一日に一つ年をとるというのは、それだけ年が改まる(あらた  )お正月の意味(いみ)が大きかったからなのかもしれません。
 今の満年齢(まんねんれい)の数え方になったのは、第(だい)二次(じ)世界(せかい)大戦(たいせん)後のことです。7生まれた日から数える満年齢(まんねんれい)の考え方は、それなりに正確(せいかく)で実用(じつよう)的(てき)です。しかし、お正月にお餅(もち)を食べていっせいに年をとった古き時代(じだい)のやり方には、等しく(ひと  )命(いのち)を大事(だいじ)にする文化(ぶんか)があったように思えます。
 8お正月は、お雑煮(ぞうに)のお餅(もち)を食べながら、モチっと日本の文化(ぶんか)について考えてみるのもいいかもしれません。

 七五三は、三歳(さい)五歳(さい)七歳(さい)でお祝い( いわ )をします。9どうして、年齢(ねんれい)の順(じゅん)に三五七と言わないかというと、次(つぎ)のようなことがあるからです。
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「えーと、そろそろうちの子も、あれだな。あの三五、えーと三五……」
「十五でしょ」0

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(α)
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 1江戸(えど)時代(じだい)は、戦争(せんそう)の多かった当時のヨーロッパとはちがい、犯罪(はんざい)も少ない平和(へいわ)な時代(じだい)でした。大都会(とかい)の江戸(えど)で二百年以上(いじょう)もお風呂(ふろ)屋(や)さんの料金(りょうきん)が変わら(か  )ないという、とても安定(あんてい)した時代(じだい)だったのです。
 2多くの人が、長屋(ながや)というせまい家に身(み)をよせあって暮らし(く  )ていましたが、ぜいたくを言わなければ食べ物(た もの)は充分(じゅうぶん)にあり、貧しく(まず  )とも心豊か(ゆた )に生きることができる時代(じだい)でした。そこでいろいろな庶民(しょみん)の文化(ぶんか)が生まれ育っ(そだ )ていきました。3なかでも園芸(えんげい)はとてもさかんでした。
 広い庭(にわ)はなくても、鉢植え(はちう )の植物(しょくぶつ)ならだれでも楽しむことができます。たくさんの人々が鉢物(はちもの)のおもしろさに熱中(ねっちゅう)し、やがてそれぞれの時代(じだい)の流行(りゅうこう)も生まれました。4カラタチの小さな鉢植え(はちう )一つに、今で言えば数億(おく)円の値段(ねだん)がついたこともあったということですから、その熱中(ねっちゅう)の度合(どあい)がよくわかります。
 ところで、江戸(えど)時代(じだい)にはまだ電灯(でんとう)がなく夜は早く寝(ね)たので、多くの人が早起き(はやお )でした。5そこで早起き(はやお )で美しく(うつく  )見られる花、アサガオが親しまれ、大流行(りゅうこう)しました。江戸(えど)時代(じだい)以前(いぜん)には、アサガオは淡い(あわ )青色のものだけで、道のすみなどに咲い(さ )ている地味(じみ)な花でした。6それが江戸(えど)時代(じだい)の後期(こうき)になると、花も葉(は)も実に(じつ )さまざまな変わっ(か  )た種類(しゅるい)のものが栽培(さいばい)されるようになりました。カラーで印刷(いんさつ)されたアサガオの専門(せんもん)書まで何冊(さつ)も出されました。町中では、天秤棒(てんびんぼう)をかついだ植木(うえき)売りが歩いている姿(すがた)がよく見られました。7アサガオの優劣(ゆうれつ)を競う(きそ )花合わせ、コンクールもさかんに行われ、お寺や神社(じんじゃ)の境内(けいだい)などには、自慢(じまん)の珍しい(めずら  )鉢植え(はちう )がたくさん持ち寄ら(も よ )れました。
 アサガオは色や形が変化(へんか)しやすい植物(しょくぶつ)なので、いろいろなもの
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が作られました。8当時のカラーの本の中に、濃い(こ )黄色のアサガオがあります。濃い(こ )黄色のアサガオを咲かせる(さ   )ことは、現代(げんだい)の技術(ぎじゅつ)でもまだできていません。
 花の色や形だけでなく、葉(は)も花に合った形のものが珍重(ちんちょう)されました。9中でも好ま(この )れたのが牡丹(ぼたん)咲(ざ)きと言われるもので、これは雄しべ(お  )や雌しべ(め  )までが花びらと同じような色や形になったものです。しかし、苦労(くろう)を重ね(かさ )た末(すえ)、やっと満足(まんぞく)のいく色や形のものができても、変化(へんか)の進ん(すす )だ花ほど種(たね)ができないのが普通(ふつう)です。0牡丹(ぼたん)咲(ざ)きのものは、種(たね)をつくるのに必要(ひつよう)な雄しべ(お  )や雌しべ(め  )までが変化(へんか)したものになっているのでなおさらです。そこで、牡丹(ぼたん)咲(ざ)きの花と同じ親を持つ(も )兄弟で普通(ふつう)に咲い(さ )た花から種(たね)をとり、その種(たね)から芽(め)を出したものからまた牡丹(ぼたん)咲(ざ)きのものを選ぶ(えら )という、気の遠くなるような手間をかけて、新しい品種(ひんしゅ)を作っていったのです。
 こんなに手間のかかることでは、「アサガオ」そい人には、とてもできなかったでしょう。

 言葉(ことば)の森長(ちょう)文作成(さくせい)委員(いいん)会 α
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 1六人きょうだいの、下から二ばんめ。
 わたしは、あまたれでなき虫のすえっ子でした。
 それに、うまれたときから、めんどうをみてくれた、お手つだいのばあやが、わたしを、たっぷりあまやかしてしまったのです。
 2ころんでないたら、にいさんたちが、ころばしたのだろうと、ばあやは、にいさんをしかりました。
 ひとりでおきたら、「おお、つよいこと、つよいこと。」と、ほめました。
 にいさんたちにしてみると、おもしろくないことばかりでした。3にいさんたちがころんでも、「気をつけるんだよ。」とか、「おとこの子のくせに、なくなんて。」と、せりふが、まるでちがいましたから。
 そこで、いまいましいにいさんたちは、だれもいないるすになると、わたしをいじめました。

  4雨だれポッツリさん
  ポッツリ ポッツリ ポッツリさん

と、いううたを、かえうたで、

  あまたれ ポッツリさん

と、うたいはやしては、からかいました。そうして、わたしのほっぺたに、ポッツリと、雨がふりはじめると、それっと、うたは、ますます元気づいてきます。
 5なさけなくてかなしくて、わたしの目からポツリポツリおちるしずくは、やがて、とめどもない大雨になってしまうのでした。
 ある雪の日など、にわにつくった雪の馬にのせてくれたままどっかへいってしまったことがあります。6高い馬のせなかから、小さなわたしは、おりられません。
「にいさん、にいさぁん。」
 よんでも、きてくれないので、ながいこと、馬の上にのっかっていたことがあります。白い白い雪の馬が、夕やけでももいろになるまで──
 7そんなことがあったのに、ある日、またまた、わたしはにいさんにだまされたのです。にわには、雪がいっぱいでした。長ぐつをはいて、外へでたわたしに、大きいにいさんがいいました。
「あっ、ゆびわ!」
 8なんのことかしら。見ると、にいさんは雪の上をゆびさしています。
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「ほら、きれいなゆびわが、おちてる!」
「えっ、どこ?」
 びっくりすると、にいさんはゆびさして、
「ほら、そこ、そこにあるじゃないか。」
 9そこといったって、見えやしません。わたしは、むちゅうで、ゆびさされたところへかけよりました。そのとたん、足もとの雪がバシャン! とおっこち、わたしはふかいふかいあなの中にころげおちてしまいました。0おとしあなでした。シャベルであなをほって、あなの上に、小えだや、まつの葉(は)をかぶせて、雪をかけておいたのです。そこへ、おいでおいでと、ひとをおびきよせて、うまくおっことしたのです。
 雪まみれになって、わたしはようやくおきあがりました。まあ、なんてふかいあなでしょう。せいもとどかないあなです。頭の上に青い空があるばかり……、
 ひどいよう、にいさんのいじわる!
 もう、はんなきでした。
「うえーん、だしてよう。」
 よんだのに、見えないところで、にいさんがわらっています。
 うれしそうな声で、わらっています。
 大きいにいさんのほかに、小さいにいさんの声もします。にいさんたちは、こんな大きなあなをふたりでほってひとりはかくれて、わたしのおちるのを見てたのです。
 頭の上に、にいさんのにくらしいとくい顔が、ちらとのぞいて、きえました。

「ほらふきうそつきものがたり」(椋鳩十(むくはとじゅう)編(へん) フォア文庫(ぶんこ)より)
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 1ぼくが小学校二年生のころ、もう三十年いじょうもまえのはなしです。
 てい学年のじゅぎょうは午前中です。べんとうをたべおわると、ひるのそうじに上級生(じょうきゅうせい)が、ぼくらの組にやってきます。
 ぼくの組のうけもちは、わかい女の先生です。
 2ぼくらは、「さようならっ。」と、大声をはりあげて、先生にあいさつすると、教室をすっとぶようにでていくのです。
 冬のある日のことでした。
 かえりじたくをして、さあ下校だというときになって、ぼくは、先生によびとめられました。
3「しみずさん、あなたはちょっとのこっていなさい。」
 むこうがわのまどぎわの三、四人が、ほくそえみ、いみありげな顔をして、ぼくのほうを見ながらかえっていきました。
 ぼくには、なんのことかわかりません。
4(やだなあ。またなんか、手つだいなさいなんていうのかなあ。きょうは、とおるくんと、うら山のどんぐりひろいにいくやくそくしてあるというのに。……)
 5先生は、いままでも、ときどき、ほうかご、教室のけいじばんに絵をはりだしたり、うしろの黒ばんに絵をかいたりするのを手つだわせるのでした。ぼくがすこしばかりずががうまいからといって、ぼくのつごうもきかないで、先生はいつでも、
「ちょっと手つだってね。」なんていうのです。
 6だけど、その日、ぼくをよびとめた先生の声には、いつにないきびしさがこもっていました。
 みんなかえっていきます。とおるくんも、
「ぼく、さきにいってるよ。あとでこいよ。」といって、かえっていきました。
 7だれもいなくなった教室。ぼくと先生ふたりだけになりました。すると、先生は、がたがたと、じぶんのつくえの上をかたづけながら、
「しみずくん、きみはろうかにたっていなさい。なにをしたかわかるでしょう。8じぶんのやったことがどんなことだか、よくかんがえてみなさい。」
 そういって、すたすた教員(きょういん)室へいってしまいました。
 ぼくには、まったくなんのことかわかりません。9わからないからといって、このままかえってしまったら、あしたまた、ひどくしかられるにきまっています。
「なにかしらないけど、ろうかにたっていろというんなら、たっていればいいだろう。」
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 0ぼくは、きょうのごごのあそびのよていがまるつぶれになるのにはらをたてながら、ろうかにたちました。
 六年生のそうじとうばんの人たちがやってきました。
(中略(ちゅうりゃく))
 ろうかをふきそうじしているかれらから、ぼくは、さんざんにいじめられ、からかわれました。
 六年生は、そうじがおわって、ぼくの教室からひきあげていきました。
 ひる休みがすぎて、ごごのじゅうぎょうがはじまったようです。
 あれきり、先生は、教室にやってきません。二時間、三時間とすぎていきました。
(いったい、いつまでたってればいいんだ。なぜ、先生はこないんだ。)
 冬の日ざしがずーっと長くなって、校しゃはすっかりさびしくなりました。夕ぐれです。あたりが、うすぐらくなってきました。
 二年生の教室は、学校の西北のはずれのほうにあって、教員(きょういん)室ともとおいのです。
(さむいなあ。ぼくをほっといて先生はなにをしてるんだろう。)
 とうとう、夜になってしまいました。
 足がしびれてきます。たったりすわったりして、ろうかで、先生のくるのをまっていました。
 まどがまっくらになり、まどガラスに、ほしがはりつくようにまたたきはじめました。
(もう家では、夕ごはんすんだころなのになあ。)
 そんなことをおもって、なきべそかきそうになっているときでした。こつこつと足音がきこえてきました。かいちゅうでんとうの光が、ろうかをはうようにちかづいてきて、パッとぼくをてらしました。
「いったい、なにをしているのだ。そんなところで。」
 しゅくちょくの男の先生でした。
「先生がたっていなさいというので、たっていました。」
「なんだ。西沢(にしざわ)先生は、きょうはきゅうようで、ごぜんちゅうでかえったよ。きみをたたせて、わすれちゃったのかな。いそいでかえりなさい。」
 先生のほうがあわてているみたいでした。ぼくは、くさりをとかれた犬のように、家にむかって、まるくなって、夜道をかけていきました。
「ほらふきうそつきものがたり」(椋鳩十(むくはとじゅう)編(へん) フォア文庫(ぶんこ)より)
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