解説集 プラタナス の池 (最新版)
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10.1週
●人間にとっての幸福、季節感のある暮らし
不幸は生きるばねになることもありますが、最初から不幸を求める人はいません。だれでも幸福に生きたいと願っているはずです。しかし、現代の社会には人間が幸福に生きることをはばんでいる多くの障害があります。このような中で幸福に生きるためにはどうしたらいいかと考えてみましょう。
高1 10.1週 ●人間にとっての幸福、季節感のある暮らし
人文科学的なテーマについて、「べき」というかたちで意見を書く練習です。
第一段落は、状況実例と意見。「電車に乗ると、日本は豊かな国だとは言うが、憂鬱そうな顔をして通勤や通学に向かう人が多いのに驚く。」続けて意見。「幸福とは、どこか遠くにあるものではなく、今この場所を幸福だと感じる心の持ち方ではないか。私たちは、幸福になろうとするのではなく、今の状態を幸福だと感じようとするべきだと思う。」もちろん、逆でもいいです。高校生の場合は、逆の方がピンと来ると思います。「幸福とは、満足した状態のことではなく、何かを求める過程だと思う。私たちは、未来に幸福を求めるべきだ。」
第二段落は、そのための方法を書きます。第一の方法は、心がまえのようなものを中心に。「第一の方法は、現状に満足しないことだ。」そのあと、体験実例を書きます。「バスケットボールの市大会で優勝した私たちは、その幸福にいつまでもひたっていることはできなかった。すぐに次の県大会優勝を目標に練習を始めた」など。
第三段落は、もう一つの方法です。第二の方法は、社会のあり方や教育のあり方などを中心に。「第二の方法としては、成功したことが尊いのではなく、挑戦することが尊いのだという価値観をもてるような社会を作ることだ。」実例は、歴史上の話で。「明治維新前夜の日本では、多くの若者たちが新しい社会を作るために立ち上がった。西郷隆盛は『児孫に美田を残さず』と言った。当時の若者たちの幸福感は、自分の満足を求めるようなところにはなかった。」
第四段落は、反対理解を入れながら、最初の意見に戻ってまとめです。「確かに、幸福は心の持ち方だという考え方もわかる。しかし、私は敢えて、幸福とは未来を目指すなかにあると言いたい。」
高1 自作名言とは
自作名言とは、自分で作った名言です。本当は、これがいちばん大事なのですが、最初から「自分で名言を作る」と言ってもわかりにくいので、中学生のころは、名言集から名言の引用を行なって練習をしています。
名言は、「○○はAでなくBである。」というかたちの文です。名言集の多くの名言も、このようなスタイルを持っています。「出口のないトンネルはない」→「人生はトンネルのようにどんなに暗く見えようとも、行き止まりではなく、必ず出口がある」。「民主主義は教科書には書かれていない」→「民主主義は、教科書のように既にできあがったものではなく、自分たちで日々作っていくものだ」。
Aは世間で一般に思われている常識、Bは逆説に見える真理、という位置づけです。かたちだけ「○○はAでなくBである」と書いてあっても◎にしますが、「夏は、寒いのではなく、暑い」のように当たり前のことを書いている場合は、名言ではありません。
名言の効果が出るのは、文章の結びの5〜10行です。できるだけ結びの5行に、決めの言葉を書いていきましょう。
●構成図の書き方
構成図は、小3以上の生徒が書きます。小2以下の生徒は、絵をかいてから作文を始めるという課題になっているので、構成図は書かなくて結構です。
構成図を書くときに大事なことは、思いついたことを自由にどんどん書くことです。テーマからはずれていても、あまり重要でないことでも一向にかまいません。
たくさん書くことによって、考えが深まっていきます。したがって、構成図は、できるだけ枠(わく)を全部うめるようにしてください。しかし、全部埋まらなくてもかまいません。
枠と枠の間は→などで結びます。この矢印は、書いた順序があとからわかるようにするためです。作文に書く順序ということではありません。
構成図は、原稿用紙や普通の白紙に書いて結構です。
構成図を書きます。
| 頭の中にあるものをそのまま書くとき。
| 構成図で書くとき。
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初めに絵をかきます。(絵はどこにかいてもいいです)
| 思いついた短文を書きます。(どこから始めてもいいです)
| 思いついたことを矢印でつなげていきます。
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関係なさそうなことでも自由にどんどん書きます。
| はみだしてもかまいません。 | 大体うまったらできあがり。
|
10.2週
●効力感は(感)
解説:意見は現代の社会の問題にかかわらせながら書いていきましょう。子供は(人間は)自分の力で、周囲の大人や兄弟のお手本を参考にしながら、新しい課題に挑戦し効力感を獲得していく、というのが長文の内容です。みなさんも子供のころ、お母さんが危ないからやめなさいというのを振り切って自分の力で玉子焼きを作ろうとしたり、電車の切符を買おうとしたり、自転車で遠出をしたりしたことがあるでしょう。現代の社会は、子供が自分の力で課題を見つけ達成することにあまり寛容ではありません。それよりも、勉強のスケジュールに合わせて、子供が自分からは必ずしもやりたいと思っていないことまで賞罰で押し付けているようなところもあります。これは、文明社会が持つ共通の弱点です。「あぶないからしちゃダメ」という制限と、「したくないことでもしなさい(ごほうびをあげるから)」という押し付けが共存しているのが現代の社会です。ここから、当為の主題「子供は……べきだ」という意見や、社会問題の主題「……は問題だ」という意見を書いて、そのあと方法や原因や対策で展開していきましょう。
ことわざの加工は、こんな感じです。「『蟹は甲羅に似せて穴を掘る』ということわざがある。人間も本来自分の甲羅に合わせてそのときどきの課題を見つけ出す力があるはずである。しかし、現代の社会は、甲羅の大きさにかまわずに一律に同じ穴を掘ることを要求しているように見える」。ことわざをほかの言葉にあてはめたり、ことわざを逆の意見のところで引用したりするのが「ことわざの加工」です。
高1 10.2週 効力感は(感想文)の書き方
第一段落で要約。そのあと続けて、「子供のころから効力感(やる気や自信)を持たせる育て方をするべきだ。」
第二段落で方法1。「そのための方法としては第一に、できたことをどんどんほめることだ。」続けて、体験実例。「私も、苦手だったスポーツを、ほめ方のじょうずなコーチに教わって得意になった。」など。
第三段落で方法2。「また、第二の方法としては、日本の減点主義の文化風土を改めることだ。」続けて、社会実例(歴史実例)。「江戸時代の日本は、減点主義であったために、政治の中枢は実力に乏しい人によって占められていた。明治維新はその古い体制を打破したために、多くの若者が活躍した。」など。
第四段落で、反対理解と結びの意見。「確かに、自分の限界を知るということは大切だ。しかし、日本の社会はもっと効力感を持たせるような教育をすべきだと思う。」
Re: ●効力感は(感)
第3段落を「学歴尊重の世の中を改め、人間性を大切にすることだ。」などとした場合の「歴史実例」。
下克上の戦国時代は、世の中が不安定ではあったが、才覚次第で誰にでも出世のチャンスがあった。足軽から天下統一を成し遂げた豊臣秀吉のように。
★効力感は(感)
第一段落 要約、当為の主題「子供がやる気や自信を持てるように育てるべきだ。」
第二段落 方法1「そのための方法としては第一に、子供自身がしたいと思うことにどんどん挑戦させることだ。」大人の目から見たらつまらないと思えるようなことでも、子供が本気で追究すると、達成感が得られ、自信に繋がります。恐竜の研究、プラモデルやレゴの制作、お料理、おしゃれなど、勉強とは関係ないけれど、個性を育ててくれるものを考えてみましょう。
第三段落 方法2「また、第二の方法としては、誰もが自分らしさを大切にする社会を作っていくことだ。」歴史実例としては、江戸時代末期の天保の改革。倹約令を徹底し、庶民の恨みを買ったことも、改革を行った水野忠邦の力を急速に衰えさせ、改革は2年で崩壊。幕府権力を弱める一因となりました。ほんの少しの贅沢も禁止し抑圧するというのは、人間の本性を無視したものだったといえます。
第四段落 反対意見への理解、結び 「確かに時代の要請に応じる人間は、好まれるかもしれない。」「しかし、子供の個性を尊重し、やる気や自信を育てる社会を作っていくべきだ。出る杭があるなら、その杭を有効に活用する方法を考えるべきだ。」(ことわざの加工)
10.3週
●大人になって(感)
人間の内的世界にかかわる神話=物語的説明と、人間の内的世界を排除した科学的説明との対比です。世界を理解する方法には、大きく分けて、この物語的説明と科学的説明とがあるようです。「夕焼けはどうして赤いの?」「お空が恥ずかしがっているのでしょ」「ふーん」というような会話を、子供のころお母さんやお父さんと交わしたことがだれにもあるでしょう。(ないか^^;)
科学的説明の強力さは、現代のテクノロジーの発展が如実に示しています。物語的説明だけでは、理科や数学の世界はなかなか理解できません。「マイナスとマイナスをかけるとプラスになる」などという説明を物語的にすることは不可能ではありませんが、その説明は、その後に続く数学の世界に何ら発展的に結びつかない説明です。物語による実感を排除して、物事を客観的に理解することが数学や科学を発展させました。
しかし、この科学的説明だけで押し通していくと、世界は次第に味気ないものになってきます。会計の専門家などは、桁の大きいところにある9や8の数字は笑っているように見え、1や2の数字は悲しそうに見えるそうです(ホント?)。数字のような味気なさの代表のようなものでも、人間は自分の内面世界とかかわらせて理解したがるのです。それは、内的世界との関連で世界とかかわることが人間の生きている実感と結びついているからです。ニュートン力学で記述される世界では、登場する質量や速度はその個性を捨象された任意の物質や質量です。同じように、その世界を理解する個人もAさんでもBさんでもだれでもいい任意の個人になっています。任意の個人の方が気楽でいいや、などという人もいるかもしれませんが、生きている実感は特定の個人として生きる中にあります。これを社会問題や生き方の主題に関連させて考えてみましょう。
高1 10.3週 ●大人になって(感)
第一段落は要約。続けて、「現代は、科学的説明が幅を利かせていて、物語的説明は幼稚なものだと見なされている。しかし、世界との一体感を回復するために、私たちは、物語的説明の重要性も見直していくべきではないか」。
第二段落は、その方法。「そのためには、子供時代の感性を失わないことだ」。体験実例。「私も、昔は、物がなくなるとよく床下の小人が持っていったのだと思っていた。云々」。
第三段落は、方法2。「また、もう一つの方法としては、幼児期から、科学的な理屈の説明をしすぎないことだ。ここに歴史実例。「戦前、日本の歴史は皇国史観として教えられてきた。それは神話と融合した非科学的な面もあったが、その中で子供は自分なりの歴史のイメージを持つことができた。現在の歴史は知識の羅列だけで、イメージのわかない味気ないものになっているのではないか」など。
第四段落は、反対理解。「確かに、科学的な裏づけを持たずに、物語的説明だけに頼ることは危うい。しかし……」。自作名言。「世界は、頭で理解するものではなく、まず心から味わうべきものである」など。
11.1週
●例えば市町村で(感)
内容:レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンというバンドは、社会のあらゆる機械(権力や制度)に反抗することをメッセージとしている。ヴァレリーは十九世紀末、方法が世界を支配し、英雄や偉大な個性は不要になると述べた。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの語る「機械」こそが、私たちから個体性を剥奪する「方法」にほかならない。
解説:機構が完備され、手順やマニュアルが精緻になればなるほど、個人の自由裁量の余地は減っていきます。機械=方法は、レベルの低い個人でもある一定の水準を保てることを保証しましたが、同時に、個人が創造する自由も奪ってしまいました。手順どおりにものごとを進めるスケールの小さな個人が「よくできる人」ともてはやされ、みずから手順を創造しようと試みる人は逆に「変わった人」扱いされてしまうようなところがあります。勉強でもスポーツでも、決められたとおりにやる人のほうが高く評価されがちです。サッカーのシュートで、まだだれもやったことがない空中一回転シュートをしてみようとか、野球で、漫画にしか登場しない消える魔球を投げてみようなどと試みる人は、どうしても変人扱いされてしまいます。確かに変人だけど……。
高1 11.1週のヒント ●例えば市町村で(感)
第一段落は要約と意見(当為の主題)。「機械(方法)に抗して、個体性を持ち続けるべきだ。」
第二段落は方法と実例。「そのための方法としては、マニュアルに頼らないことだ。理科の授業で、先生が語呂合わせで覚える方法を教えてくれたが、先生の言われたとおりに覚えたくないので、そのまま覚えた。」
第三段落は方法2と歴史実例。「また第二の方法としては、正しい結果よりも途中の試行錯誤の過程を評価する社会にすることだ。歴史上の例で言うと、エジソンは『1プラス1がどうして2になるのか』という疑問を持ったが、このように自分なりに考える生徒を大事にするような社会にすることだ。」
第四段落は、反対理解と自作名言。「確かに、先人の知恵を生かすことも能率を上げる方法だ。しかし、私たちは自分らしさというものをもっと大事にするべきだ。人間の目標は結果だけではなく途中の過程もまたそうなのだ。」
●例えば市町村で(感)
「それはマニュアルにありませんね」「それは規則があるのでできません」そういって、何もしないことを「お役所仕事」といいます。「事件は会議室で起こっているんじゃないんだ、現場で起こっているんだ!」という映画の有名な台詞もありますが、人間の命という大事なことを考えたとき、上のようなことばで壁を作るのでなく、どうしたらよいか、考える努力が必要ですよね。『バスラの図書館員−イラクで本当にあった話』という実話をもとにした絵本があります。(ジャネット・ウィンター絵と文・晶文社)戦争の足音が近づく中、イラクのバスラ中央図書館の司書責任者であるアリアさんが、「当局」に貴重な本を安全な場所に移したいといいますが、「当局」はできないと断ります。爆撃が始まったとき、アリアさんは、貴重な本をどうしても守りたくて、近所の人の協力を得て、3万冊の図書を自分の家に持っていったのです。その9日後、バスラ中央図書館は燃え落ちてしまいます。しかし図書は、アリアさんの家にぎゅうぎゅうづめになったまま、無事だったのです。「機械」や「マニュアル」ではできないことをやった一人の勇気ある女性司書。この絵本を見た人の感想では、「目がいいです。『心配の目』『決意の目』『夢見る目』があって、『絶望の目』がない」。
11.2週
●私は長いこと京都に(感)
宗教や教育に携わる人を批判していますが、大人全体についても言えそうです。自分の現在の位置に満足したときに成長は止まるということで、今日の安定した社会で自己満足に陥らないで生きていくためには……という主題で考えていくといいと思います。
高1 11.2週のヒント ●私は長いこと京都に(感)
第一段落は、長文の要約と意見(当為の主題)。「およそ人間として成長するためには、絶えず現在の自分の生き方を恥じることが必要であろう。(ただ引用しただけ(^^ゞ)」
第二段落は、方法1と体験実例。「そのための方法は、第一に、自己満足に陥らないことだ。私も、中間テストの成績がよかったので、気持ちが余裕のよっちゃん(死語か)になり、カラオケに行って遊んでいたら、期末テストは悲惨な結果になった。」
第三段落は、方法2と社会実例(歴史)。「第二の方法としては、井の中の蛙にならないように、常に外部との交流を進めるような仕組みを組織の中に作ることだ。歴史上の例では、鎖国時代の日本や清の国は、自分の国の中だけの序列を基準にし、世界の情勢を無視していたために、大きく立ち後れてしまった。」
第四段落は、反対理解と自作名言。「確かに、人間には息抜きも必要だ。自分がありのままで認められているという感覚があればストレスにも耐えられる。しかし……。人は○○のために生きるのではなく、△△のために生きているのである。」
Re: ●私は長いこと京都に(感)
第3段落を「外部との交流を盛んにし、柔軟な組織にすることだ。」などとした場合の「歴史実例」。
現代の会社などにもありがちですが、江戸幕府も世襲制(リーダーの子供がその地位を受けつぐこと)だったため、安定はしたが組織は硬直化しました。地位を守るための悪政も多かったようです。
会社でも、だいたい事業を興して拡大した初代はすばらしくても、2代目あたりでやや傾き始め、3代目になると苦しくなる、というパターンが多いようです。もちろん、うまく外部の力を取り込んで拡大を続ける会社もありますが。長文にも宗教や教育の例が出ていますが、結局のところ、身内の利益を優先するようになるとおかしくなるようです。
11.3週
●鯨や象は(感)
内容:鯨や象は人とは別種の知性を持っている。鯨やイルカや象の知性は、科学技術を進歩させてきた人間の攻撃的な知性ではなく、自然の多様性を理解し適応しようとする受容性の知性である。
解説:人間の知性と鯨や象の知性は種類が違うだけで優劣があるものではない、という内容です。人間の知性は、愛情や調和を欠いた、自己中心的で攻撃的なものになりがちです。これを現代の問題として考えていきましょう。かつてのアメリカインディアンやオーストラリア原住民には、そういう調和ある知性があったという例なども参考になりそう。日本人は、どちらかな。
高1 11.3週のヒント ●鯨や象は(感)
第一段落は、要約と当為の主題。「私たちは、もっとゾウやイルカの知性に学ぶべきだゾウ。」
第二段落は、方法1と体験実例。「そのためには、第一に、私たちの知性を攻撃のためではなく調和のために使うという方法が考えられる。私たちも、バスケットボールの試合で、最初は相手チームの弱点をいかに攻撃するかと考えていたが、だんだんみんなの顔つきが悪くなっていった。(笑)しかし、それよりも自チームの長所をいかに活用するかと考えるようにしたら、みんな明るくなった。」
第三段落は、方法2と歴史実例。「第二の方法としては、人類がゾウやイルカの知性をもって生きていた時代を再評価することだ。ヨーロッパが侵略を始める前のアメリカ大陸では、インディアンが独自の文化を築いていたと言われる。そこでは、捕った獲物の一部は自然の神に返すという文化があった。現代人のように、できるだけ自分ひとりが多くを取るという発想とは対極にある考え方だ。」
第四段落は、反対理解と自作名言。「確かに、攻撃的な知性は科学と経済を発達させた。しかし、これからは、自然と調和する知性に切り換えていくべきだ。調和とは、自分が我慢して相手を立てることではなく、相手を生かすことによって自分もまたよりよく生きるということである。」
Re: ●鯨や象は(感)
第3段落を、「自然に多くを学ぶことだ。」「生態系を乱さないようにすべきだ。」などとした場合の「歴史実例」。
江戸時代は、今よりもはるかに「リサイクル社会」だったようです。たとえば道具なども必ず「修理屋さん」がいて、穴のあいたナベなんかも、しっかり直してもらえたようです。
また、人の屎尿も肥料として再利用されていましたが、これも市街地から農村に屎尿を回収して運んでいく職業が確立していたようです。ちなみに、屎尿にもランクがあって、大名屋敷から出るものが最高ランクで高額買い取り、一般庶民のものは低ランクだったそうです。こうして、下水道が完備していなくても、屎尿があふれて困るようなことはなかったわけです。
なんでも使い捨てにしていく現代人の生活を江戸の人が見たら、どう思うでしょうか。
★鯨や象は(感)
歴史実例は例えば、信長・秀吉・家康の考え方の違いなどを引用してもおもしろいかもしれません。「鳴かないホトトギスをどうしたらいいか」ということで、三者三様の考え方がありましたね。信長は、「鳴かぬなら ころしてしまえ ホトトギス」、秀吉は「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス」、そして家康は「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」。結果的に、家康が長く続く江戸幕府を開いたことを考えると、家康方式の考え方が一番よかった、と言えそうです。そこから考えると、例えば「自然をありのまま受け止める心の余裕を持つことだ」などの方法も考えられそう。誰もが知っている有名なエピソードをうまく引用していくというのも腕の見せ所ですね。
12.1週
●音楽といえば(感)
内容:何度も聴いていたビートルズの一曲がある日突然心に響いた。一瞬の閃きによる理解は読書についてもある。長い試行錯誤の歳月ののちに感動の基準となる本に出合うと、あとはどんな本を読んでも楽しくなる。また試行錯誤の経験の蓄積が読書全体の見取り図を作ることにも役立つ。
解説:勉強でもスポーツでも仕事でも、はじめの一年は無我夢中ということが多いものです。しかし、その無我夢中の長い蓄積ののちに、ある日突然、全体像が手に取るようにわかるという状態に達します。
身近なところでは数学や英語の勉強などが当てはまりそうです。スキーの練習も、初めはころんでいる時間のほうが長いのに、やがて滑るコツが急につかめるようになります。水泳も、初めはおぼれている時間のほうが長いのに、やがて急に泳ぐコツがつかめるようになります。
何事も自分なりの試行錯誤が必要なのですが、今の社会は、能率を優先して無駄な試行錯誤をさせないようにするあまり、自分でわかるという経験を逆に奪っているところがあるようです。試行錯誤の大切さということで考えてみましょう。
高1 12.1週のヒント ●音楽といえば(感)
説明文の長文なので、意見はいろいろに考えられます。ここでは、「長い蓄積のあとに一瞬の閃きがある」というところから、「蓄積の必要性」を主題として説明していきますが、別の意見で書くことももちろん可能です。
第一段落は、要約と当為の主題。「物事の全体像がつかめるようになるまでには時間がかかる。それまでの蓄積を大切にするべきだ。」
第二段落は、その方法と体験実例。「そのためには、第一の方法として、何かに取り組んだら難しくてもすぐに投げ出さずにしばらく我慢して続けてみることだ。私も、最初、バタフライの泳ぎ方を練習したときは、ただ溺れているようにしか見えなかったが、ある日突然体が水に乗るようになった。」
第三段落は、方法2と歴史実例。「第二の方法としては、即効性を求める現代のあわただしい社会の風潮を改めることだ。日本の歴史を見ると、昔からの技能の伝承は、「床磨き3年、うさぎ跳び5年(なんじゃそりゃ)」というように、長い時間をかけて技を盗むという教えられ方をされてきたことがわかる。」
第四段落は、反対理解と自作名言。「確かに、できるだけ短い時間で全体の理解まで進める工夫は必要だ。しかし、私たちは、物事の理解にはある程度の時間が必要だということをもっと自覚して取り組むべきではないだろうか。閃きは天から突然やってくるものではなく、地道な努力によって自分の中から生み出すものである。」
Re: ●音楽といえば(感)
第3段落を、「効率ばかりを求める社会のあり方を見直すことだ。」「結果よりも過程を重視していくことだ。」などとした場合の「歴史実例」。
ドイツには伝統的に、「マイスター制度」というものがあります。これは一種の「親方制度」で、職人が徒弟奉公をしながら一人前になっていく、その制度が法制化されています。マイスターという親方は、見習いとして3年間、働きながら職業学校に通い、さらに徒弟として3から5年研修後、さらに試験を受けてようやく資格を得ることができます。こうして、手作業を中心とした伝統工芸が守られてきたのです。
ただ、最近はやはりドイツにも効率主義の波が来て、2003年にこのマイスター制度の法的見直しが行われました。
★音楽といえば(感)
あの有名なピラミッドは建設にどのくらい時間がかかったのか調べてみました。80年くらいかかるという説、20年くらいでできるのではないかという説(ちなみに現代の技術をもってすれば5年くらいで建設可能というデータもあるようです)、諸説あるようです。また、万里の長城は完成までにどのくらいかかったのかを調べてみました。すると、およそ400年くらいかかって作られたという説があり、また、修復や追加建設なども考えると、今、知られているような形になるまでは、なんと2000年近くかかったという説もあるようです。いずれにしても、一朝一夕いで作られるものではないですね。もし功を焦って、早く完成させようとしていたら、現代に残るような建設物にはならなかったのではないでしょうか。そんな観点から歴史実例が書けると面白いですね。
12.2週
●人間以外の動物は(感)
解説:人間は、文化=記号=言葉によって混沌とした世界に秩序を与えるという話です。だから逆に文化の中に組み入れられていない周辺部については、禁忌感情が働くと述べられています。これを現代の社会の問題として考えてみましょう。ある一つの文化に属することで世界の見方に枠組みを与えられ、異なる文化の見方を許容できなくなるというようなところが問題点として考えられそうです。いつも同じ黒髪、肌色の日本人を見ていると、肌の色が違ったり髪の色が違ったりする人を見るとき、一種の忌避感情が働きます。「おまえ、茶髪なんてやめろよなあ」という具合に。身近な例を通して考えてみましょう。
高1 12.2週のヒント ●人間以外の動物は(感)
第一段落は要約と意見(当為の主題)。「人間は文化を通して世界を見ている。自分の狭い世界を基準として他の文化を忌避するべきではない。」
第二段落は、その方法と体験実例。「そのための方法としては、第一に、自分の理解しがたいものに対してもできるだけ理解しようと努めることだ。私も、昔は茶髪やピアスに抵抗があったが、今は、髪が泥で固めてあって、鼻の穴に骨をさして歩いている人を見ても平気になった。」
第三段落は、方法2と歴史実例。「また、第二の方法としては、学校などで子供のころから幅広い体験をさせ、異文化と接触する機会を持たせることである。歴史上の例を見ると、明治維新は、日本人が民族として急激な異文化体験をした時代である。しかし、このことによって、従来の日本人の枠を打ち破るような人物が多数登場した。」
第四段落は、反対理解と自作名言。「確かに、自分の文化の枠組みで物事を見ることは、物の見方の効率化につながる。犬はワンワンと鳴くという共通の文化があるから話もスムーズに進む。小学生がダリのような絵をかき出したら、だりでも危ないと思うだろう。しかし……。文化は、認識の幅を狭める枠組みではなく、幅を広める枠組みでなければならない。」
●人間以外の動物は(感)
体験実例は海外旅行などの思い出におおいのではないでしょうか。
私は韓国に行ったとき仰天しました。男と男が手をつないで歩いている! 腕を組んで歩いている! 女もしかり。同じ布団で寝るのも違和感ないそうです。下宿は独り住まいではなく3人くらいでアパートを借りるのが多いのです。みんなで外食するときはみんな同じメニューを注文します。なぜなら早く食べたいから(笑)。
韓国の食堂やカフェでは食べ物の持ち込みができるのです。長く住んでいるとそれに慣れてしまって、日本に帰国したとき、レストランに他の店のケーキを持ち込んで食べようとひろげたら、マスターに怒鳴られ追い出されました。ちなみに私じゃありませんよ。
オーストラリアで夏に生活したとき、蚊がぶんぶん飛んでいるのに、網戸なんてものはなく、蚊取り線香なんてものもなく、それなのに窓を開け放して寝るのです。これは仰天というか、困り果てました。
あちらは草地にヒルがわんさかいるのですが、これも足にいっぱいヒルをひっつけてても平気でいます。
そして学校のトイレは便座がない! 校舎のニ階や三階の外廊下にはフェンスがない! さすがにこれは恐ろしかった‥‥。
こうしていろいろ思い返してみると、体験実例は掃いて捨てるほどありますね。
でもこういった生活習慣あるいは文化の違いというのは、情報流通の国際化とともに均一化されている面もあります。日本がその好例なのではないでしょうか。
そういった面から感想文を書いてみることも面白い内容になりますね。
12.3週
●誰かがいつか(感)
内容:神経が苛立って眠れない時があるが、これは神経の疲労が肉体の疲労とのバランスを欠いて、独自に進行してしまった結果である。そこで私は、長時間原動機付自転車に乗った日は必ず、家に入る前にその場で体操をしたり、家の周囲を暫く走ったりして、「肉体」を酷使し、疲労のバランスをとるよう努めている。
解説:肉体と神経の乖離(かいり)というのが長文の主題です。今日の社会では、高速道路を時速百キロで鼻歌交じりに運転してみたり、居間でくつろいで世界のニュースを眺めたり、というような肉体と神経が一致しない場面が数多くあります。これを今日の問題として考えてみましょう。
高1 12.3週のヒント ●誰かがいつか(感)
第一段落は要約と当為の主題。「現代の社会では、ますます環境の変化の速さに、心の実感が追いつかない状況が生まれている。テレビ番組を見ていると、お笑い番組のすぐあとに悲惨な戦争のニュースがあり、そのまた直後に明るいコマーシャルが流れるというような場面がある。私たちは、心の実感を持てるような生き方をするべきだ。」
第二段落はその方法。「そのためには、第一に、バーチャルな世界よりも、自分の手足を使った実感のある世界をできるだけ体験することだ。私も、ハムスターを飼っているが、ときどき手を噛まれたり、冬眠して死なせそうになったりと、いろいろな経験をした。これは、パソコンの飼育ソフトでは得られない体験だった。」
第三段落は、方法2と歴史実例。「しかし、逆に、新しい時代に対応した実感を育てていくことも必要になる。歴史的に見ると、産業革命のときにイギリスで起こったラッダイト運動は、当時の人々の機械に対する単純な反感から発したものだった。しかし、それが見当違いの運動だったことは今では明らかだ。現代の高度情報化時代に対応した感覚を育てるためには、やはり教育の力も必要だろう。」
第四段落は、反対理解と自作名言。「確かに、環境の変化のあまりの速さにはマイナスも多い。しかし、私たちは、そのマイナスをできるだけ抑えつつ、環境の変化に対応していくべきだ。」