ヘチマ の山 2 月 1 週
◆▲をクリックすると長文だけを表示します。◆ルビ付き表示▲
○自由な題名
○マラソン
★緊張したこと、節分
緊張した面接練習
◆
▲
【1】僕は、手の中にある小さなカードをにらみつけた。そこには僕の名前と、「受験番号008」という文字が印刷してある。そう、これは受験票なのだ。といっても、学校で開かれる「受験面接体験会」に使う、練習用のものである。
【2】いよいよ中学受験が迫っている。勉強はしっかりしてきたつもりだが、面接を受けるのは初めての経験だ。だから練習とはいえ、準備は入念にした。「尊敬している人は誰ですか」と聞かれたら「父です」、「日課はありますか」と言われたら「自習として読書と暗唱を続けています」と答えるように決めていた。
【3】体験会の当日。廊下にたくさんの椅子が置かれ、顔をこわばらせた同級生たちがずらりと並んで座っている。一人一人、部屋に呼び込まれていき、自分の番が目に見えて近づいてくる。いつも見慣れているはずの教室への入り口が、別世界への扉か、大きく開いた怪物の口のように思えてきた。
【4】そして、僕の番が来た。返事をして、教室の入り口で一礼。「どうぞ」と言われるまで待ってから、静かに椅子に腰を下ろし、受験票を提出する……ここまではイメージ通りだ。目の前に面接官役として、三人の先生が座っている。【5】どんな難しい質問をされるのか……と身構えていたら、真ん中の先生が困ったように笑って、こう言った。
「これは、逆だねえ。」
ハッとして机の上を見ると、「受験番号008」の文字が、僕の方を向いている。受験票は当然、それを見る面接官に向けて出すべきものだ。【6】僕は緊張のあまり、まるで漫画のようなミスをしてしまったのだった。
自分のしでかしたことが自分で信じられず、一気に顔が赤くなる。面接でのやりとりは、今でも「逆だねえ」以外には何も覚えていない。【7】結局、あまりにも分かりやすい失敗だったせいか、とくに注意されることはなかった。とても恥ずかしい思いをしてしまったが、それだけに、本番で同じ間違いをすることは決してないだろ∵う。【8】緊張しそうになったら「とりあえず、受験票を逆に出すなよ」と過去の自分に言い聞かせて、リラックスするつもりだ。
人間にとって、身が縮むような緊張の体験も、たまには必要だ。そうすることで自分と向き合い、思わぬ発見ができるかもしれないからだ。
【9】「初心忘るべからず」。
この時の緊張を忘れることなく、些細な失敗は笑い話にしてしまえるように、本番では良い結果を残したい。僕は練習用の受験票を、机の引き出しにそっとしまい込んだ。【0】
(言葉の森長文作成委員会 ι)