テイカカズラ2 の山 3 月 1 週
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○自由な題名
○ひなまつり
★初めてできたこと、わたしが生まれたとき
○すなのとう
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【1】わたしはニックを見あげました。小さいわたしにとって、ニックは見あげねばならぬくらい、せの高い男の子におもえました。まっ白いシャツにかいボタンが光っていました。目と目がぶつかると、ニックはちょっとまばたきをし、それからおどけたわらいかたでわらいました。【2】まつげが金いろでした。
この子といっしょにあそべる、ずっと、毎日あそべる、とおもうと、わたしは目のまえの空にうかびあがっていくような、ふうわりとした気もちになりました。【3】しかも一ぽうでは、きゅうにいきがつまり、ひやっこい風がゆびさきからしのびよる気もちも、あじわっていました。ほんとにへんな気もちでした。
とにかくうまれてはじめての、ふしぎなうずまきにつつまれたのです。
【4】ええ、いいわ、友だちになる。はやく、そうこたえなくては、とおもうのに、なにもいえずに、そのときは、ただつったっていました。
けれど、ニックとあそびはじめると、もうあのへんな気もちはきえてしまい、すぐに友だちになれました。
【5】「へえ――、ことばがつうじるのかねえ。」
ふたりが大げさな声をあげて、なみのちらしあいっこなどをしていると、海がんをとおりかかったホテルの人が足をとめ、ふしぎそうにいったりしました。【6】ことばはつうじなくても、ふたりにはちゃんとわかるきごうのようなさけびあいを、すぐに見つけていたのです。そしてふたりは、およぎやセミとりよりももっとおもしろい、気にいったあそびをおもいつきました。それは、すなのとうづくりです。
【7】大元(おおもと)こうえんのずっとおくの山から、海にむかってすいしょう川という小さい谷川が、ながれていました。ながれはつめたくて、そのあたりの木ぎまでひえびえとしめっています。そのせいか、川の上にひろがるえだもすきとおるうすみどりで、風にゆれるたびに空がちらちらのぞきます。【8】すいしょう川はまったくべっせかいでした。
ニックとわたしは、ながれの中ですなをすくっては、ちゅういぶかく、高く、高くつみあげます。ようやくとうになった、とおもって、ちょっとゆだんすると、そこのほうからながれにすうっとおしくずされてしまうのです。【9】ながされないうちに、そこを小石でかためねばなりません。
「ほら、はやく、石、石。」「あっ、くずれるよう。」
というつもりのおしゃべりを、わたしたちだけにつうじるきごうでさけびました。∵
【0】ふたりはそのうちに、とうづくりのコツをおぼえ、まる一日くらいはくずれないすなのとうを、ながれのまん中にたてることができるようになりました。
ある朝、いつもとすこしもかわらない青い海に、ランチがうかんでいました。でかける父を見おくりがてら、さんばしまできたときです。
「ほう、ニックたちもかえるのか。」
と、父がいいました。
おどろいてふりむくと、ホテルのほうから外人たちがやってき、その中にニックもいます。いつものあそびぎではなくて、まっ白いシャツでした。
ニックがいってしまう。
わたしはたちすくみました。いってしまうのはわかりきったことなのに、そんなこと、いまのいままでかんがえてもみなかったのです。
とおい外国に、かえりっきりにかえってしまう。ニックがいってしまう。それはもう、どうすることもできないほんとのこととなって、わたしの目のまえに、ニックがちかづいてきました。
ニックはまじめくさった、おこっているような顔で、手をさしだしました。
ふたりはむきあって、にらめっこのようにたち、あくしゅをしようとしたのです。
そのときです。
ああ、ほんとに、なんとしたことでしょう。あのうらめしい音が、あくしゅをさえぎってしまったのです。
そばにいた父が、ごくあたりまえの顔つきで、オナラをしたのです。
「人のまえでオナラをするのは、すこしもはずかしいことではない。」
と、日ごろからいっている父としては、じつになんでもないことだったのです。けれど、わたしは、そのしゅんかん、からだじゅうをはずかしさがつきぬけて、たおれそうになりました。
気がついたとき、わたしは、はじきとばされたように走って、走って、いきもつかずに走って、すいしょう川にとびこんでいました。そして、きのうせっかくつみあげたすなのとうを、ぐざぐざにくずして、すなだらけのびしょぬれになっていました。
『はずかしかったものがたり』「すなのとう」(山口勇子)より