タラ の山 6 月 1 週
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○自由な題名
○スポーツをしたこと、たまごを使った料理
★私の父(母)、体育の時間
○蛙の子は蛙(感)
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【長文が二つある場合、音読の練習はどちらか一つで可。】
【1】「エリ、バドミントンやるぞ。降りてこい。」
今週も父の声が響きます。毎週日曜日の朝、私は父とバドミントン、テニス、キャッチボールなどをします。【2】家の前の広場でやるのですが、本当は少し恥ずかしい気もします。父は、声が大きいので近所中に聞こえるし、隣のおばあちゃんが必ず窓から顔を出してこう言うのです。
「親子で仲がいいねえ。」
【3】父とのスポーツは、まるで特訓のようです。父は、テニス漫画に出てくる鬼コーチのように私をしごきます。だから、冬でも汗だくになります。
【4】「エリ、これおいしいぞ。もっと食べろ。」
夕飯の時は、自分のお皿から私のお皿におかずを移します。自分の好物は、私も好きだろうと思い込んでいるのです。
【5】父は出張に行くと、必ずおみやげを買ってきます。それは、私から見ると大体変なものです。その地方の名産やお菓子ではなく、だいぶ前にはやった小物や、学校に持っていけないような変わった文房具、もう遊ばない小さい子用のおもちゃなどです。
【6】父は、会社でとてもむずかしい仕事をしている経理の専門家なのですが、うちにいるときは、とてもそんなふうには見えません。【7】昨日も
「えっ、今夜はキムチ鍋。そりゃ、きむちいい(気持ちいい)。」
などと受けないダジャレを言って、母にジロリとにらまれました。
【8】テレビのドラマで見るような格好いい父親とは違うけれど、私はそんな父が大好きです。いろいろ好き勝手にやっているように見えますが、本当は日曜日の特訓も、体育が苦手な私のためにやってくれているのです。∵
【9】私は、今度の父の日に、秘密のプレゼントを用意しています。それは自然教室の陶芸コーナーで作った湯のみです。H・Eと父のイニシャルを入れ、大きなハートで囲みました。父がどんな顔をするかとても楽しみです。【0】
(言葉の森長文(ちょうぶん)作成委員会 φ)∵
蛙の子は蛙
【1】カエルの卵がふ化すると、オタマジャクシになる。オタマジャクシの時は、尾があって、カエルの子どもとは思えない。ナマズの子みたいだ。それが大きくなるにつれ、尾がとれ足がはえて、けっきょくはカエルになる。【2】そこから、なにごとも子は親に似るものだ、というんだ。体のことではなくて、人間のなかみとか、心が似るという。あまりいい意味のことわざではなくて、わるい意味に使われるよ。
たとえば、「あいつのお父さんはなまけ者で、ぐうたらしていたが、蛙の子は蛙だ。【3】あいつもやっぱりぐうたらな人間だ」というように使われる。でもことわざの意味をとりちがえて、ほめことばとして使う人もいる。「息子さんは○○大学に入学されたんですか。さすがはあなたのお子さんだ。蛙の子は蛙ですね」これは、けっしてほめたことにはなっていない。まちがった使い方だ。
【4】おなじような意味のことわざに、「瓜のつるには茄子はならぬ」がある。平凡な親からは、すぐれた子どもはうまれない、という意味だよ。また、「蝮の子は蝮」というのがある。【5】これは、親が悪人ならその子はやっぱり悪人だ、ということになる。
このことわざでは、カエルをすぐれたものとしてはあつかっていない。けれどむかしの日本人は、カエルを神様の使いとしてうやまっていたんだ。【6】群馬県では「ヒキガエルは神様のお使いである」といい、千葉県では「オオガマガエルは天神さまのお使いだから、殺してはならない」といったんだ。また福島県・東京都・福井県・和歌山県などでは、「アマガエルは神様のお使い」なので、つかまえてはいけないとか、殺してはいけない、とされていた。【7】熊本県玉名郡では、「アマガエルは仏(ほとけ)様を背負っているので、殺してはいけない」といわれ大切にされていたんだよ。これは、カエルたちは田んぼに多くすんでいるから、田の神の使いとされていたからだ。
【8】「蛙の面(つら)に水」ということわざは、どんなことをされても平気なようす。また人からきつく忠告されても、知らん顔して聞こ∵うとしないことをいうんだ。
【9】「蛙も歌のなかま」というのもある。カエルはあまりいい声ではないが、さかんにカエルの歌をうたっている。鳥も虫も、歌をうたう。そのように、カエルから人間まで、生きものはみんな歌がすきである、という意味だ。ほんとにそうだよ。【0】だから、小さな生きものとも仲よくした方がいいんだ。ことわざの中にも、こんなすばらしいものもあるんだ。
「常識のことわざ探偵団」(国松俊英著 フォア文庫)より