ケヤキ の山 3 月 2 週
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★じゆうなだいめい
○春を見つけた、種まき
★おどろいたこと、ほっとしたこと(できるだけ自由な題名で)

○ふと気がついたとき(感)
 【1】ふと気がついたとき、しっかりと、手にもってきたふろしきづつみが、ぬれているのです。くすりをつつんできた、あのふろしきづつみです。
 はっとして、雪の道にうずくまると、つつみをといてみました。【2】水ぐすりがこぼれて、三分の一ぐらいへっているのです。こなぐすりのふくろは、べったりとぬれて、茶いろのしみをつくっていました。コルクのせんが、ゆるんでいたのです。ほてっていたからだじゅうのあせが、つめたくなるほど、びっくりしました。
 【3】そのくすり代がいくらだったか、いまはおもいだせませんが、わがやのくらしの中で、それは、たいへんなお金だったことだけは、たしかです。けんこうほけんなどはなかった、ずっとむかしのはなしです。
 どうしたら、よかっぺか――
 【4】わたしは、雪の上に、べったりと、すわりこんでしまいました。
 このまま家へかえったら、母がどんなにがっかりするか……、うんとしかられることは、わかりきっています。もう一どもどってくすりをもらうには、お金がありません。【5】五年生だったわたしには、どうしたらいいのか、わかりませんでした。
 そのとき、小さな水の音がきこえてきました。道ばたの石がきのあいだから、ちょろちょろとながれでている、わき水の音です。学校のいきかえりに、きまってのんでいく水でした。【6】だれがもってくるのか、みじかい青竹が、かけひのようにさしこんでありました。青竹は、ときどきだれかにひきぬかれます。すると、フキの葉っぱをまるめて、さしこんであることもありました。
 わき水は、夏の日のように、ふきだしてはおりません。【7】雨だれのように、ぽつん、ぽつんと、そこだけ、雪をとかしておちていました。
 わたしは、おもわず、まえとうしろを見まわしました。ひとっこひとり、あらわれません。たちあがると、そのかけひの下に、くすりびんを、あてがっていたのです。∵
 【8】びんの中のくすりは、うす茶いろになりましたが、三日分のその目もりまで、いっぱいになりました。
 しっかりせんをすると、びんだけをふろしきにつつみなおし、こなぐすりのふくろは、ふところのはだのところまで、じかにいれました。【9】からだのぬくもりで、すこしでもかわかそうとしたのです。
 そして、のろのろ、あるきだしました。あるきながら、うそのいいわけを、いっしょうけんめいかんがえていました。
「いってきたよ。」
 わたしは元気のない声で、そうあいさつしながら、おもい大戸(おおど)をあけました。
 【0】いろりには、火がもえていて、けだるそうな顔をして、母はおきていました。
 わたしは、だまって、あがりはなにこしをおろすと、母のほうにせなかをむけたまま、ゆっくりと、長ぐつをぬぎました。そのようすが、ふだんとはちがうことに、母は気づいたのでしょう。
「どうかしたんか? 頭でもいてえだか? くすりは、もらえたんか?」
と、やつぎばやに、ききました。
「もらってきたけえど……。いしゃどんからでたとこの水ったまりへおとしちまって……。」
 わたしは、ふところからぬれたこなぐすりをだすと、いろりばたからはとおい、あがりはなのいたのまに、ひざをついてなきだしたのです。
 道みち、かんがえてきたうそのいいわけを、とうとういってしまったじぶんが、こわくなっていたのかもしれません。
「ぬれたぐれえ、かわかせばすむこった。あっち(心配)はねえ。こんだっから、気いつけるだよ。」
 ないているわたしが、かわいそうだったのか、母は、やさしくそういっただけで、ぬれたくすりぶくろを、かわかすように、いろりのすみにおきました。
 色のうすくなった水ぐすりは、いつもいれておく戸だなへ、じぶんでそっとしまいました。∵
 さむいけれど、母とむきあって、いろりの火にあたるのは、つらかったので、
「おひるごろっから、頭がいたくってー。」
 そういって、こたつの中へもぐりこみました。
「かぜっけなだっぺあ、かぜにこたつはどくだぜ、ちゃんとふとんにねて、ひとあせかいたがいい。」
 むりやり、ふとんにねかされたのでした。
 目をつぶると、
(くすりって、なんの水でつくるのだんべえか。くすりの中へ、ただの水をたしてしまって、どくにはならなかっぺえか――。)
 と、つぎつぎ、またしんぱいになりました。

「ほらふきうそつきものがたり」『かけひの水』(宮川ひろ)より