ネコヤナギ2 の山 3 月 2 週
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○自由な題名
○春を見つけた、種まき
○がんばったこと、給食
★(感)手紙を書く機会が
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【1】手紙を書く機会が減った。現在では、手紙は、基本的に礼状や冠婚葬祭の挨拶状や案内状くらいにしか使われていないのではあるまいか。ほとんどの人が、電話で用を済ませる。
が、もっと手紙を書くべきではなかろうか。手紙には長所がたくさんある。【2】第一の長所は、よく言われるとおり、電話と違って暇な時間に読んでもらえることだ。電話は他人の時間を邪魔する。相手は風呂に入っているかもしれない。家庭内で問題を抱えているかもしれない。いつも、人とおしゃべりをする余裕があるとは限らない。【3】手紙であれば、電話ほどの押しつけがましさがない。
しかし、手紙の長所がこれだけだと思われてしまうのは、私としては心外だ。ほかに、いくつもの手紙の長所があるのだ。
二番目の長所、それは、電話よりもまとまったことが一方的に語れるということだ。【4】電話の場合、どうしても、相手とのやり取りになる。一人で一〇分間しゃべることはできない。もし、そんなことをしたら、不躾者(ぶしつけもの)という評判が立つのがオチだろう。すぐに返事が必要で、相手と相談しながら結論を出さなければならないときには、電話が便利だが、そうでなければ手紙が好ましい。【5】手紙なら、一定時間、自分の文章に釘づけにできる。長い間、自分の言いたいことに耳を傾けてもらえる。
第三の長所、それは手紙の場合、じっくりと書き直せることだ。口で言うと、その場で返事が返ってくるのは便利な反面、自分の言葉を吟味できない。【6】言い直しにくい。頭の回転の速い人ならいいかもしれないが、私レベルの頭の回転だと、言った先から、「しまった、こんなこと言うんじゃなかった」と思う。しかも、話をするときには、相手の反応を予想してじっくりと対策を立てることができない。【7】だが、手紙なら、一度書いたあとしばらくしまっておいて、もう一度読み返すことができる。相手の立場になって考え直すことができる。文体を練り、書き直せる。
第四の長所、それは、手紙は理性的になれることだ。【8】とりわけ、誰かに抗議をしたいような場合、口で言うと、けんかになる場合がある。微妙な問題の場合、売り言葉に買い言葉ということにな∵りかねない。ところが、手紙であれば、冷静に考えることができる。【9】相手の言い分を言い負かそうと書いているうちに、相手の言い分にも正しい面があることに気づいたりする。あるいは逆に、もっと的確な自分の考えを見つけ出すこともできる。両者ともに納得するアイディアを思いつくこともあるかもしれない。【0】時には、書くうちにますます熱を帯びることもないではないが、その場合も、書いた後には冷静になることも多い。したがって、書きおわった後、すぐに投函しなければ、理性的に考えることができる。
もう一つ、手紙の長所がある。それは、相手が繰り返し読むことができることだ。もちろん、それは短所にもなる。不用意なことを書くと、それがのちのちまで尾を引くことになりかねない。そうならないように細心の注意が必要だ。だが、楽しい手紙であれば、繰り返し読むことになる。そうなることで、手紙は人と人との関係をいっそう緊密にすることができる。意地の悪い言い方をすれば、手紙をうまく使えば、面と向かって話をすると気まずくなる人とでも、心のふれあいができるのだ。そして、それをきっかけにして、良い関係を作ることもできるだろう。
(樋口裕一(ゆういち)『ホンモノの文章力』より)