テイカカズラ2 の山 3 月 2 週
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○自由な題名
○種まき
★給食、春を見つけた
○わたしのブラジルいみん
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【1】母のよくしてくれたはなしは、ヨーロッパからアメリカヘ、さいしょにいみん(移民())した人たちのはなしでした。母が女学校のときに、アメリカ人のせんきょうしの先生からきいたというはなしでした。ほろ馬車にのって、いく日走っても町も村も、山もない平原を、いく組もの家ぞくがすすんでいくのです。【2】子どもが病気になっても、もちろんおいしゃさんもありません。子どもが死ぬと、馬車をとめ、道ばたにあなをほってうめ、木をきって十字架をたて、みんなでおいのりをして、すぐまた馬車は走りつづけるというのです。わたしはそんなはなしをいつもなみだをためてききました。
【3】ですから、わたしは「いみん」ということばも、小学生になるまえからしっていたのです。
その「いみん」を、わたしの一家がするかもしれないというはなしがおこったのです。いいえ、わたしは一家が、あすにもいみんにでかけることになったとしんじてしまったのです。【4】ねてもおきても学校にいっても、わたしはそのことで頭がいっぱいになってしまったのです。
――ブラジルにいって、ほろ馬車にのっていたら、ぼくが病気になって死ぬかもしれない。そしたら、ぼくは土にうめられ、おとうさんやおかあさんが十字架をたてておいのりをするだろう。
【5】わたしは夜、とこの中にはいると、そんなことまでかんがえるのです。そして、そんなじぶんがかわいそうで、しまいにはしくしくなきだすしまつです。
それほど、わたしにとってはじゅうだいじだったものですから、これをどうして、じぶんひとりでだまっていることができるでしょう。【6】わたしは、友だちにはなしてしまったのです。
すると、友だちは、あくる日すぐにほかの友だちにそれをしゃべり、とうとう先生にまでしれてしまったのです。
「おまえ、ブラジルへいくんだって?」
「はい。」
「そりゃたいへんだな。でもうらやましいよ。先生もいけるものならブラジルなんかへいってみたいな。」
【7】先生はそんなことをおっしゃいました。
つぎの日、先生は、さいしょの一時間めのべんきょうのときに、べんきょうをやめて、わたしがブラジルへいくはなしと、南アメリカやブラジルがどんな国であるか、いろいろはなしてくださいました。
【8】わたしはうれしいやら、はずかしいやら、へんな気もちで先生のはなしをききました。∵
ところが、家にかえってみると、ブラジルにいみんするというのに、父も母もいつもとすこしもかわったところがないのです。あにやあねたちも、ブラジルのはなしなど、すこしもしないのです。
【9】わたしは、だんだんしんぱいになってきました。とうとう夜になって、台所をかたづけている母にたずねました。
「いつ、うちはブラジルヘひっこすの。」
「えっ、ブラジル、ブラジルなんかへ、だれもいきませんよ。どうしたの?」
【0】母はいともかんたんにいうのです。わたしは目さきがまっくらになりました。みんな、わたしひとりのはやがてんだったのです。
友だちにも、先生にもはなしてしまったのです。どうしていまさら、とりやめになっただなんて、いえるでしょう。
わたしはその夜、どうしても、じぶんひとりででもブラジルへいくんだとないていいはりました。そして、とうとうあまりうるさくわたしがダダをこねるので、父や母をおこらせてしまいました。
あくる日から二日間、わたしは学校を休みました。とてもはずかしくて、友だちや先生に、顔をあわせられません。
二日め、とうとう母が学校にいって、すべてを先生にはなしてくれました。
『はずかしかったものがたり』「わたしのブラジルいみん」(今西祐行())より